第3話 「一番ラクな依頼をくれ」と頼んだだけなのに受付嬢の目が冷たい
翌朝、王都近郊の集落から王都へ延びる街道を、俺は世界の終わりみたいな顔で歩いていた。
目的地は王都外縁部にある冒険者ギルド。目的は仕事探し。人生で最も口にしたくない単語が、今回二つも並んでいる。
右にはミャオ。左にはモグ。
どこにも逃げ道はなかった。
「なあミャオ。まだ引き返せるぞ。店の手伝いとかどうだ。俺、店番なら得意だぞ。座って客が来るのを待つだけだろ?」
「前に一度やらせたら、昼寝してる間に客が三組帰ったにゃ。しかも起きたあと『買う気がある客なら起こす』って逆ギレしたの、忘れてないにゃ」
「客にも主体性が必要だと思うんだよなあ俺は」
「商売を精神論に逃がすなにゃ。今日はちゃんとギルドで依頼を受けて、ちゃんと報酬を持って帰る。途中で酒場に寄らない、変な買い物をしない、モグに全部食わせない。ここまでが任務にゃ」
「うわあ条件が多い。俺は複雑な指示を受けると性能が落ちるタイプなんだけど」
「普段から性能が最低値に張り付いてるにゃ」
モグは街道脇の露店を見つけるたび、首だけそちらへ向けていた。見た目は完全に幼女で、食い物を前にした思考回路に至っては見た目よりさらに単純だった。
「陸、あの串焼きは何じゃ。昨日の肉より香りが強いぞ。あっちは丸いパンに蜜を塗っておる。王都という場所は財宝が道端に並んでおるのか?」
「見るな。今のお前に食わせたら、ギルドへ着く前に俺が破産するだろうが」
「もう破産してるようなものにゃ」
「ミャオ、朝から事実で殴られると、俺のやる気ゲージがマイナスになるんですけど?」
王都の門を抜け、人通りの多い通りを進むと、石造りの大きな建物が見えてきた。入口の上には剣と盾を組み合わせた紋章。扉の向こうからは酒と革と汗、それから妙に焦げた肉の匂いが流れてくる。
「くんかくんか。じゅるじゅる、うまそうな飯の匂いがする!」
「おいモグ、待て!!」
尻尾を振って飛び込んだモグを追い、俺たちもギルドへ入った。
広い一階には受付台、依頼板、簡素な酒場がひと続きになっている。鎧姿の冒険者たちが朝からジョッキを傾け、受付前では依頼書を奪い合うように眺めていた。
俺は入って三秒で帰りたくなった。
ついでに朝から酒を飲んでいる連中を見て、足が無意識に酒場側へ半歩だけ曲がる。
「陸、受付は反対にゃ」
「一杯だけ。仕事前の景気づけ」
「仕事を探す前から飲むなにゃ!」
「労働前に精神を整えるのも準備だろ」
「酒を準備運動扱いするなにゃ!」
受付へ向かう途中、モグが酒場の皿に手を伸ばしたので、尻尾を掴んで回収した。
受付にいたのは、亜麻色の髪を低い位置でまとめた若い女性だった。緑色の瞳に、白いブラウスと濃紺のギルド制服。胸元の名札には「リゼット・ベルナー」とある。
リゼットは一瞬だけモグの角を見たものの、職業柄なのか深く突っ込まず、事務的な笑顔をこちらへ向けた。
「ご依頼ですか? 受注でしたら冒険者証をお願いします」
「ない」
「では登録からですね。氏名、年齢、得意分野、戦闘経験をこちらへお願いします」
「黒田陸、三十二歳。得意分野は寝ること。戦闘経験はなるべく忘れたい。希望職種は低危険、短時間、高報酬、できれば座ったまま終わるやつで頼む!」
俺なりに正直に答えたつもりだったが、リゼットの営業スマイルが一瞬だけ止まった。
「......ミャオさん、この方は本気でお仕事を探していらっしゃるんですか?」
「本人以外は全員本気なんにゃが......」
その時、受付の奥から低い声が飛んできた。
「朝から随分と景気の悪い希望条件だな」
現れたのは、初老の大男だった。
白髪混じりの短髪に、左眉から頬へ走る古い傷。現役を退いて長いはずなのに肩幅は厚く、袖をまくった腕には剣を振ってきた人間特有の硬い筋が残っている。机の上の書類より、人間の立ち方を見る目をしていた。
「俺はガロン。このギルドを預かっている。ミャオ、その男が例の居候か」
「そうにゃ。働かせに来たにゃ!」
「俺の意思が一切反映されてない紹介やめろぉ」
ガロンは俺の顔から足元まで一度見た。
腹の出たジャージ姿。武器らしい武器は腰の短剣一本。どう見てもやる気のある冒険者には見えない。
「お前、黒田と言ったな。ここは慈善施設じゃない。依頼をこなせば金を払う。失敗すれば信用を失う。危険な仕事なら命も落とす。簡単な話だ」
「そうかそうかー、簡単なら助かるぜ。じゃあ命を落とさなくて信用も別に必要なくて、金だけもらえる依頼をくれ!」
「お前、話を聞いていたか?」
「聞いた上で希望を出してる」
ガロンの片眉が上がった。
「働きたくないのか」
「可能なら一生!」
「そこまで堂々と言う奴は初めて見た」
「誇れるところが少ないんで、せめて一貫性くらいは持とうかと」
ミャオが横から俺の脇腹をつねった。
「ガロンさん、難しい依頼じゃなくていいにゃ。こいつ、今は本当に金がないにゃ。宿代も食費もツケ。しかも昨日からもう一人ごくつぶしが増えたにゃ」
「もう一人?」
ガロンの視線がモグへ移る。
モグはいつの間にか受付横の試食用らしい乾燥果物を口いっぱいに頬張っていた。
「わらわのことか。安心せい、強いぞ。飯をくれれば働いてやってもよい」
「お前の方が就労意欲あるじゃねえか」
「飯が出るなら当然じゃ」
「その思想を俺に押しつけるな」
ガロンは数秒黙ったあと、喉の奥で笑った。
「妙な組み合わせだな。まあいい。登録したばかりの人間に回せる依頼ならある。王都南側の街道沿いで薬草採集。指定された種類を二袋ぶん。危険な魔物の報告はほぼない。日没までに戻れば報酬は金貨12枚だ」
俺は即座に首を横へ振った。
「面倒なくせに安い」
「新人向けだからな」
「考えてもみろ。袋二つだぞ。腰に来る。草を探すためにしゃがむ。立つ。またしゃがむ。これを何十回も繰り返す。労働強度と膝への負担を考えたら、せめて20枚は欲しい」
「依頼票を見ただけでそこまで嫌がる奴も珍しいな」
「仕事は始める前が一番つらいんだよ。始めたら終わらせないといけなくなるから」
ガロンは腕を組んだ。
「では断るか?」
「断った場合は?」
「登録料だけ払って帰れ」
「ええっ、登録料あるの!?」
リゼットが申し訳なさそうに紙を差し出した。
「金貨2枚です」
「聞いてない!」
「今、説明いたしました」
「払う金がない!」
ミャオが深いため息をつき、腰の財布から金貨を二枚取り出した。
「......立て替えるにゃ。その代わり、今すぐ帳簿に追加するにゃ」
「さすがミャオ。持つべきものは金を持ってる友達だな」
「友達じゃなくて債権者にゃ!」
「黒田さん、念のため申し上げておきますが、依頼報酬は受領するまで黒田さんのお金ではありませんので」
「当たり前だろ」
「......今のうちに確認しておいた方がよさそうでしたので」
リゼットの笑顔は崩れていない。
なのに、なぜか少しだけ信用されていない気がした。
登録書へ署名した瞬間、受付台の横に金色の光が浮かび上がった。
「うわ、嫌な色」
光の中から現れたゼニスは、白いシャツに細身のジャケット、首から職員証らしき札を下げていた。どう見ても職業相談窓口の担当者である。
「黒田さん、冒険者登録及び就労開始を確認しました。おめでとうございます」
「何ひとつめでたくねえよ」
「なお、契約者就労状況確認事務手数料として金貨20枚を計上します」
「クソ女神!! 働く前から十万円取るなぁぁぁぁぁっ!」
「では、しっかり稼いでくださいね」
ゼニスは完璧な営業スマイルだけ残し、光と一緒に消えた。
「......あの女神、最近どんどん取り立て業者として完成してない?」
「陸が働かないから進化してるんだと思うにゃ」
俺は現実を見なかったことにして、依頼票へ視線を戻した。
「......確認だ。南側街道沿い、指定薬草二袋、日没まで。魔物はほぼなし。報酬12。現地までの移動時間は?」
「徒歩で一時間弱だ」
「採集地点の地形は。湿地か、林縁か、斜面か」
「林縁と浅い沢沿いが多い。薬草は日陰側にまとまる」
「依頼人が欲しいのは葉か根か」
「葉だ。根を抜く必要はない」
「なら道具は小刀と袋だけで足りる。モグを荷物持ちにすれば、昼過ぎには戻れるな」
「わらわは飯係じゃ」
「そんな係はねえ」
ガロンの目が、少しだけ細くなった。
さっきまでのだらしない男を見る目と、ほんの少しだけ種類が変わった気がした。
「今の確認は妙に手慣れてるな」
「働く時間を短くするための確認だよ。俺はな、労働が長引くのが一番嫌なんだ」
「なるほど。目的はどうあれ、段取りは悪くない、か」
俺は依頼票へ署名した。
するとミャオが、すぐ隣から別の紙を差し出してくる。
「こっちにも署名するにゃ」
「え、何これ」
「『報酬受領後、宿代及び食費の返済を優先する』って約束にゃ」
「聞いてない」
「今説明したにゃ」
「さっきと同じ手口やめろ!」
モグが依頼票を覗き込み、首を傾げる。
「草を集めれば肉が食えるのか?」
「報酬が入れば食えるにゃ」
「よし陸、早く草を取るぞ。わらわは肉が食いたい」
「明日な。今日は登録で精神力を使い切った」
「まだ午前中にゃ!」
ガロンは笑いを堪えるように口元を歪め、依頼票の控えを俺へ渡した。
「明日の朝、南門から出ろ。黒田。楽な仕事だと舐めて忘れ物をするなよ」
「忘れ物はしない。持ちすぎることはあるけど」
「それはそれで面倒な奴だな」
その言葉にだけ、俺は返事をしなかった。
代わりに依頼票を折りたたみ、ジャージのポケットへ押し込む。
帰り道、ミャオは珍しく機嫌が良かった。
「これでやっと収入が入るにゃ。金貨12枚。まず宿代と食費の返済について話し合うにゃ。登録料の立替分も別口でちゃんと残ってるから忘れるなにゃ」
「話し合うだけなら無料だな」
「払う話にゃ!」
「まあまあ。報酬を受け取ってから考えようぜ」
俺は鼻をほじりながら空を見上げた。
明日、一日だけ働けば金貨12枚。
十二枚。
この時の俺は、珍しく前向きだった。
報酬として受け取る金貨12枚が、まるごと自分の自由になる金ではないという当たり前の事実だけは、都合よく頭の外へ追い出していた。
【今月のご請求】
・異世界滞在延長基本料 金貨30枚
・契約者就労状況確認事務手数料 金貨20枚
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今回加算 金貨50枚
日本円換算 250,000円相当
前回繰越残高 金貨21,850枚
合計残高 金貨21,900枚
日本円換算 109,500,000円相当
※冒険者登録料、宿代、食費等のミャオ管理債務は別口。
【キャラ紹介:ガロン】
王都外縁部の冒険者ギルドを預かる初老のギルドマスター。元冒険者で、厳格だが公正。やる気のない黒田を初対面から甘やかさず、新人向けの依頼をきっちり回す実務家。
黒田のだらしない外見と、必要な情報だけを妙に正確に拾う癖の落差を早くも気に留めている。
【スキル紹介】
現時点でガロン固有の正式スキル名は未開示。
元冒険者としての戦闘経験、依頼の危険度判断、冒険者を見る観察眼を持つ。今後、黒田の実力が異常に上下することへ気づいていく立ち位置となる。




