第37話 女神「寝ている人なら借りてもバレません」 俺「犯罪だろ」
夜。
臨時防衛拠点の天幕の中で、俺はゼニスが広げた契約書を睨んでいた。
「嫌だ。説明を聞く前から嫌な予感しかしねえし、お前の有料オプションは聞いた時点で契約が進みそうで怖い」
「まだ一行目ですよ。説明も料金も提示していません」
「一行目に『集団夢境接続』って書いてある時点で十分怖いんだよ。人間を何人まとめて夢へ放り込む気だ」
「では名称をもう少し柔らかく変更しますか?」
「そういう問題じゃねえ。看板を可愛くしても中身が強制連行なら一緒だろうが!」
ゼニスは今度は黒い事務スーツに眼鏡という、完全に契約担当者の格好だった。
さっきまで軍務官だったくせに衣装替えが早い。
「使用する神術は【追憶再編】。対象者の肉体は現実世界で睡眠状態のまま、意識、感覚、身体記憶を限定領域へ接続します」
「夢だろ」
「共有夢境型因果接続です」
「夢だろ」
「料金区分が違います」
「そこだけ細けえんだよ!」
ティアナが契約書を横から覗く。
「つまり本人たちは寝てるけど、こっちでは動けるってこと?」
「はい。過去の複製を呼ぶわけではなく、現在の本人です」
「それ、余計まずくねえか?」
俺はゼニスを指差す。
「相馬たちは今も現役だ。ひなたも現役。寝てるところ勝手に引っ張って、起きたら異世界で実戦でしたとか色々アウトだろうに」
「接続した時点で状況を説明し、本人の意思で離脱できるようにします。強制戦闘参加にはしません」
「ならまだマシ......いや、最初に夢へ引っ張る時点で強制じゃねえか」
「非常事態ですので」
「その言葉で全部通るとでも思ってんのか?頭お花畑女神か、このパープリンが!」
アレクシスが苦笑している。
「黒田さん、神様相手でもずっとその調子なんですね」
「神だからって請求書が安くなるわけじゃねえからな」
「そこなんですか?」
ゼニスが次の紙を出した。
「なお、必要装備については夢境内で再構築します。FH-70、輸送車両、89式5.56mm小銃、20式5.56mm小銃、機関銃、弾薬、被服、個人装具――」
「待て。今さらっと聞き流しかけたけど、『被服』って何の料金だよ」
「対象者の戦闘服です。夢境内で安全に活動できるよう、現行状態へ合わせて再現します」
「寝てる奴の服を勝手に着替えさせるのか? 現実側までいじるなら即中止だぞ」
「夢境側だけです。現実側の肉体や寝巻きには触れません」
「それで金取るのかよ。勝手に着替えさせて請求書まで寄越すって、神界の更衣室どうなってんだ」
「九名分ですので、当然それぞれに再構築費が発生します」
俺は契約書を閉じた。
「全員パジャマでやれ!」
「戦闘ですよ!?」
「夢だろ!パジャマでいいじゃねえか」
「最低限の尊厳と安全性を確保してください!」
「じゃあ言わせてもらうけどよ、尊厳に課金すんなよ!」
ロイドが紙を横から見て、感心したように頷く。
「追加対象一人ごとに料金か。なるほどな」
「学ぶな。こいつの料金体系を異世界へ広めるな、マジで。頼む」
「いや、商売としては面白い」
「敵増やす気か」
少し離れた場所では、モグが巨大な鍋を覗き込み、ルヴィアが「庶民的ですわ」と言いながら三杯目をよそっていた。
リリアは寝る必要がないので、椅子の背へ逆さにぶら下がっている。
「陸ぅ。私も夢に入れるかなー? 死んでるけど!キャハハハハ!」
「お前ずっと起きてるだろ、いや死んでるのか」
「じゃあ見学ならいい?」
「仕事増えるから却下だ!」
「死人への娯楽が少なすぎるーーーっ!」
俺はもう一度、契約書を開いた。
「分かった。使うなら条件を付ける。ここだけは一個でも破ったら、その神術ごと止めろ」
「どうぞ。契約条件として記録しますから、順番におっしゃってください」
「一晩だけだ。日の出で強制的に切れ。あと向こう八人に借金つけるな。勝手に契約者にするな。現実側に致命傷とか残すな。途中で嫌だって言った奴はすぐ帰せ」
ゼニスの表情が少しだけ真面目になる。
「承知しました」
「あと請求は全部俺に回せ」
「本当に全額、黒田さんご本人へ請求してよろしいんですか? 追加八名分まで含めると安くありませんよ?」
「どうせ最初から俺へ寄越す気だったんだろ。あいつらに神界債務なんか背負わせたら、夢から覚めたあと俺が八方向から殺されるだろが」
「はい。契約上も黒田さんが主契約者ですので、その予定でした」
「確認した俺が馬鹿だった。今ちょっとだけ格好いいこと言った気分を返せ」
ゼニスが小さく笑った。
「黒田さん。珍しく格好いいことを――」
「勘違いすんな。あいつらに請求飛ばしたら現実で俺が八方向から殺される。特に大庭が怖いんだよ」
「最後まで台無しですね」
アレクシスが少しだけ真面目な顔で聞いた。
「その八人って、黒田さんが自衛隊にいた頃の仲間なんですよね」
「仲間って言うと気持ち悪いな。元部下と同僚」
ゼニスが名簿を確認する。
「秋葉隆司さんは対象外でよろしいですね?」
「秋葉さんは砲班じゃねえ。あの人まで夢に引っ張ったら、起きたあと普通に説教される」
「では、黒田さんを含め九名のみ」
「『のみ』って言う人数じゃねえけどな」
アレクシスが首を傾げる。
「上司だった人までいるんですか」
「いる。だから現実の人間関係掘るな。異世界でまで職歴面接されたくねえ」
「同じじゃないですか」
「違う。仲間って言うと急に青春っぽくなるだろ」
ティアナが呆れた顔をする。
「そこまで嫌がるくせに、必要な人数も顔も一瞬で出てくるのね。変な人」
「仕事の編成忘れるほどボケてねえよ」
「そういうところよ。嫌だ嫌だって逃げるくせに、必要な時だけ人数も役割も一瞬で出てくる」
「何が言いたいんだよ。仕事の編成を忘れるほどボケてねえってだけだろ」
「別に。そういうことにしておいてあげるわ」
ドーガンが腕を組んだ。
「会えば分かるだろ。昔のお前がどんな奴だったか、俺も少し興味がある」
「見るな。夢の中まで人事評価されてたまるかよ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ここは日本。同じ夜。
相馬直樹は仕事を終え、自宅の灯りを落とした。
橋本航平は翌朝の予定を確認してから布団へ入った。
大庭拓海はスマートフォンを充電器へ投げるように置いた。
田所圭介は工具の通販ページを閉じた。
栗原亮太は夜食を食べてから眠った。
西尾拓真は無言で目を閉じた。
森谷悠斗は明日の勤務を気にしながら布団へ潜る。
望月ひなたは、黒田とのトーク画面を一度だけ開いた。
最後の返信は短い。
『分かった』
以前の「生存」よりは二文字多い。
それだけで少し笑い、スマートフォンを伏せた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
俺も四畳半の部屋へ戻されていた。
布団の脇には空き缶。
灰皿。
外れ馬券。
いつもの部屋だ。
「夢まで仕事って、労基どこに通報すりゃいいんだよ......」
煙草を灰皿へ押しつけ、布団へ転がる。
「頼むから普通の夢見せろ。温泉とか。焼肉食い放題とか。できれば料金なしで」
天井が滲んだ。
最後にゼニスの声がした。
『【追憶再編】、接続開始』
「絶対請求書の額が怖いやつじゃん......」
そこで意識が落ちた。
【神界・夢境接続ご請求】
・追憶再編基本接続料 金貨600枚
・追加対象8名因果接続料 金貨800枚
・睡眠中被服・装具再構築料 金貨180枚
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今回加算 金貨1,580枚
日本円換算 7,900,000円相当
前回繰越残高 金貨42,750枚
合計残高 金貨44,330枚
日本円換算合計 221,650,000円相当
※火器・車両・弾薬再構築料は使用時別途加算。




