第36話 戦争になるかもしれん。とりあえず飯を炊く
その日の夕方。
王都北西の臨時防衛拠点は、野営地と避難所と冒険者ギルドを鍋に突っ込んで煮詰めたような有様になっていた。
負傷者。
避難民。
冒険者。
王国兵。
逃げてきた家畜。
全部が同じ場所にいる。
俺は炊き出し用の大鍋から湯気が上がるのを横目に、ガロンが用意した作戦机へ肘をついていた。
「もう俺、帰って寝たいよー」
「まだ日が落ちてもいないにゃ!」
ミャオが食料袋を積みながら呆れる。
「時間の問題じゃねえ。気分の問題だ。今日はもう十分働いた。俺の労働基準では超過勤務なの!」
「黒田の労働基準だと、一日二十分くらいじゃないかにゃ?」
「十八分はできるぞ。盛るな」
「半分冗談だったのに、改めて聞くと黒田の労働意欲のなさにドン引きするにゃ......」
そこへ馬蹄の音が近づいた。
王国兵の一隊。
その中央に、やけに絵になる若い男がいる。
金髪。
青い目。
白銀の鎧。
背には見るからに高そうな剣。
「うわ、主人公来たじゃねえか」
「何です、その感想は」
ゼニスに肘で小突かれた。
男は馬を降りると、ガロンへ礼をし、次に俺たちを見た。
「王国及び神殿の要請を受けて参りました。アレクシス・レイフォードです」
その名前には聞き覚えがある。
異世界の勇者だ。
俺が面倒そうな顔をしていると、アレクシスの方が俺を見て固まった。
「......あの、ちょっと確認してもいいですか」
「何だよ。そんな幽霊でも見たみたいな顔して、俺のどこがそんなに気になる」
「あなた黒田、陸さん......ですよね?」
「そうだけど、初対面でいきなりフルネームを当てるの怖いからな。説明はちゃんとしろよ」
アレクシスの視線が俺の私物迷彩服から、腰の雑な装具、手に持っていた紙巻き煙草へ動く。
「日本人......ですよね?」
「戸籍はまだあると思うが、一応」
「うわああああっ!! やっぱり日本人だ!」
いきなり両肩を掴まれた。
「ちょ、近い近い。落ち着け。日本人を見つけた野良犬みたいに肩を揺するな、まず事情を喋れよ」
「僕も日本人なんです! 転生する前は日本にいました。まさかこんなところで日本人に会えるなんて思わなくて!」
「転生ってことは、お前も元は日本にいたけど、一回こっちへ生まれ直したって意味か」
「はい、その理解で合ってます!」
「じゃあ一回死んだのか? そこだけ聞くと急に話が重くなるな」
「そこをそんな平坦な顔で確認します!?」
背中の剣から低い声が響いた。
『アレクシス。初対面の相手を揺さぶるな。貴様は勇者なのだぞ』
俺は剣を見た。
「剣が普通に喋ったぞ。魔法だの竜だの見慣れてきたけど、装備品から説教されるのはまだ慣れてねえ」
『その反応はそちらなのか。まず我を聖剣として認識しろ』
「魔法より分かりやすいからな。音が出た」
『我は聖剣ルクシオン。神々の祝福を受けし――』
「ふーん、高そう」
『最後まで聞けぇぇぇぇい!』
アレクシスの後ろから三人が降りてくる。
黒髪で細身の男が、最初に俺ではなく作戦机の報酬欄を見た。
「ロイド・クロウ。斥候だ。で、今回の国家報酬ってどのくらい出る?」
「いやー話が分かりそうだな、お前」
「だろっ?」
俺とロイドが握手する。
「困ってる人がいるんですよ!?」
「だから何だ。助けるのと金の話は別だろ」
「そうそう。報酬確認してから助けても助ける事実は変わらん」
「なんで初対面でそこだけ意気投合するんですか!」
次に、短めの髪をした女が弓を肩へ掛けた。
「シェリア・ファルネ。射撃と遠距離なら任せて。あんたが黒田? 距離を見るのが変に上手いって聞いたけど」
「変にって何だよ」
「褒めてるのよ」
「褒め方覚えてから出直してこい」
最後の一人は、俺ではなくドーガンが広げていたFH-70の簡単なスケッチへ一直線だった。
「これが異界の大型投射兵器ですね!? 魔力炉が見当たりませんが、では推進術式は内部ですか? 発射時の反動制御は? 材質は? 一度分解して――」
「駄目だ。『一度分解して』まで聞こえた時点で却下。研究者の好奇心に俺の借金を巻き込むな」
即答した。
賢者エルミナ・アークライトが振り返る。
「まだ最後まで言ってません。ちゃんと元に戻すところまでが研究です」
「分解って単語が出た時点で信用が半分になった。しかも『元に戻します』は機械壊す奴が一番言う台詞だぞ」
「それは偏見です!」
「経験則だよ。俺は返却前整備で散々見てきたからな」
ティアナまでスケッチを覗き込んだ。
「私も内部は気になる。あんな威力なのに魔力回路がないって、どういう構造なのよ」
「研究者二人まとめて近づけたくねえな......」
ドーガンが鼻で笑う。
「で、陸。あれを何門出せるんだ?」
「出すだけならゼニスが金取れば何でも出すだろ」
「人聞きの悪い言い方やめてください。質量、複雑性、距離、因果干渉量に応じた正規料金です」
「つまり、”高い”ってことだろ」
「そうです!何か文句でも!?」
「こいつ、とうとう開き直りやがった!」
俺は机の上へ簡単な地図を広げた。
「問題は数じゃなくて人だ。前回は時間あったから、ほとんど俺一人でやった。ドーガンとかには重いもん持たせたり、押せ引け、それ以上触るな、くらいしかやらせてねえ」
ティアナが腕を組む。
「じゃあ私たちに教えればいいじゃない。今日から覚えれば――」
「今日教えて今日使えるなら、俺ら何年も仕事してねえよ。見るだけと、分かったつもりと、身体が勝手に動くのは全部別だ。今から一個ずつ説明してる時間がないんだ」
ドーガンは納得した顔をした。
「今後、時間を取って覚えるならどうだ?」
「......正直めっちゃやりたくないが、それなら考える。お前は攻城兵器を扱ってたから、構造や役割の話は通じやすそうだしな」
「よし。戦いが終わったら話を聞かせろ。俺もあの仕組みは気になってた」
「今、俺の未来の仕事が勝手に増えた気がするんだけど。まだ契約してねえからな!」
ティアナが横から食いつく。
「それ、魔力いらないのよね?」
「いらん。俺の未来の勤務予定へ勝手に講習会を追加すんな」
「詠唱も必要ないの?」
「しない。少なくとも魔法の詠唱みたいなもんは要らねえ」
「術式も組まない?」
「魔法術式はない。だからお前らの感覚だと余計に気持ち悪いと思うぞ」
「じゃあ何であれだけ遠くまで飛ばせるのよ。そこを毎回一言で済ませないで」
「火薬だよ。そこから先を説明すると長くなるし、俺に教育手当も出ないから今はそれで我慢しろ」
「その火薬っていう説明、毎回雑すぎない!?」
「説明すると仕事になるから嫌なんだよ」
エルミナの目が輝いた。
「魔法封鎖下でも使用可能な投射兵器......」
「お前、その顔で近づくなよ。絶対分解する顔してる」
ゼニスが咳払いした。
「話を戻します。黒田さん、経験者がいれば間に合うんですね?」
「条件次第だな。経験者が揃って、俺が一から教えなくて済むなら間に合う可能性はある」
「経験者で固めるなら、何名必要です? 人数さえ分かれば、こちらでも接続条件を組めます」
俺はすぐには答えず、煙草を灰皿へ押しつけた。
頭に浮かぶ顔は決まっている。当時の隊員たちだ。
相馬。
橋本。
大庭。
田所。
栗原。
西尾。
森谷。
――そして、ひなた。
「俺含めて九人だな」
ゼニスの目が細くなった。
「なるほど。黒田さんを含めて九名ですね。条件としては現実的です」
「その『実現可能です』って顔やめろ。お前がそういう顔すると、大抵ろくでもない有料案が出てくる」
「まだ何も言ってませんが?」
「現役隊員を異世界へ拉致するとか言ったら、お前を先にあの化け物へ投げるからな」
「肉体を拉致する必要はありませんよ」
「もっと嫌な表現になったな」
アレクシスが困った顔をする。
「ええ?どういうことです?」
ゼニスは営業スマイルで、指を一本立てた。
「眠っている間だけ、お借りします」
俺は椅子から立ち上がった。
「帰る。これ以上聞いたら本当に巻き込まれる気がするから、日本へ戻って寝る」
「どこへ!?」
「日本。今すぐ。聞かなかったことにして寝る」
「黒田さん!」
「寝てる人間を戦力としてレンタルすんな! 発想が金融神より怖えんだよ!」
その背後で、遠くの地面がまた揺れた。
ドォォォン......。
全員が黙る。
俺だけが、しばらく黙れなかった。
「......クソ。こういう時だけタイミングいいんだよな、世界って」
【神界・事前見積】
・集団夢境接続基本設計費 金貨250枚
・域外火器複数再現事前査定費 金貨180枚
・対象者因果照合費 金貨160枚
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今回加算 金貨590枚
日本円換算 2,950,000円相当
前回繰越残高 金貨42,160枚
合計残高 金貨42,750枚
日本円換算合計 213,750,000円相当
※実際の接続・火器再現料金は別途発生予定。




