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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#11 請求書破り (正式名称:広域魔物避難事象対処及び防衛拠点緊急構築作戦)

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第35話 魔物が大挙して来た。なのに一匹もこっちを見ていない

 日本でひなたと秋葉さんに会った翌朝。

 俺としては、昨日の話を布団の底へ埋めて、そのまま昼まで寝ている予定だった。


 昔のことを話したからって、急に真人間へ戻れるわけじゃない。胸の奥に引っ掛かっていたものが少しだけ動いた。それだけだ。なのに朝っぱらから枕元へ現れやがったクソ女神ゼニスは、俺の予定表なんぞ最初から存在しないみたいな顔で指を鳴らした。


「黒田さん、異世界側で緊急連絡です! 昨日まで現代側に長居した分は十分休まれたでしょうから、起きてください」

「あーうっせ。人が珍しく過去と向き合った翌朝くらい休ませろよ。精神的労災って言葉を神界の辞書に追加してこい!」

「昨日の面談を労働扱いして休暇申請しないでください。しかも緊急ですから、今回は却下です」


 光に飲まれ、次に足が床へ着いた時には異世界側の宿「やどり木」だった。


 最初の違和感は、妙に静かなことだった。

 朝なら聞こえる荷車の音も、宿の前を行き交う冒険者の声も少ない。代わりに遠くで鐘が何度も鳴り、ミャオが入口で旅人から何かを聞き取っていた。


「北の街道で魔物を見たって話が増えてるにゃ。最初は十匹、二十匹だったのに、さっき来た商人は百を超えてたって」

「盛ってんじゃねえの。逃げ帰った奴の目撃数なんて、だいたい三割増しくらいで聞いとけ」

「それならいいんだけど、別の村から来た人も同じことを言ってるにゃ。それに、種類が変なんだって。ゴブリンと獣型が同じ方向へ走ってるらしいにゃ」


 そこへ冒険者ギルドの使いが駆け込み、今度は北西の村から避難民が出たと告げた。

 一報なら誤報で済む。二報なら偶然もある。三つ、四つと別々の場所から同じ話が来れば、さすがに寝直す理由には使えない。


「黒田さん、顔が完全に『聞かなかったことにしたい』になっていますけど、行きますよ」

「分かってるよ。分かってるから、せめて朝飯くらい持たせろ。緊急だからって空腹まで無料で我慢する義理はねえ」


 それから半日も経たないうちに、俺たちは王都北西、やどり木から馬車で半日ほどの街道沿いへ出ていた。

 冒険者ギルドの臨時詰所が急造され、避難民を乗せた荷車が南へ流れていく。俺はミャオに包んでもらった朝飯の残りの固いパンを咥えたまま、詰所前で空を見上げた。


 鳥が飛んでいない。

 その代わり、地面がずっと鳴っている。


 ドドドドドドドド......。


 遠雷みたいな音が、森の奥から途切れず続いていた。


「黒田さん! 北側の第三村から追加報告です!」


 リゼットが机いっぱいの紙を抱えて走ってくる。いつもの営業スマイルは残っているが、額には汗が浮いていた。


「ゴブリン群およそ百、獣型魔物多数、さらに小型亜竜まで南下しています。東街道でも同様の報告が――」

「百とか数えなくていい。どうせ後ろから増える」

「増える前提で言わないでください!」


 前方ではガロンが怒鳴っていた。


「避難民を南へ回せ! 冒険者は勝手に追うな、村へ入る群れだけ止めろ! バルガス、お前は西門を頼む!」

「分かった。追い返すだけでいいんだな?」

「ああ。無理に討つな!」


 鉄壁(アイアン・ウォール)バルガス・レインは大盾を担いで、西側へ走っていく。派手さはないが、あのおっさんが立った場所は不思議と人の流れが落ち着く。


 反対側では銀の槍が閃いた。


「ジークフリード、深追いするな! 切り込んだら必ず戻れ!」

「分かっています、カイゼルさん!」


 Aランク、白銀槍(シルバー・ランス)カイゼル・アルベルトが、若手をまとめながら街道へ出る。


 さらにその前。


 ズガァンッ!!


 地面が丸ごと跳ねた。

 飛び込んできた大型獣が、何かに正面から殴られて地面へ沈む。


「次ィィィィィィッ!」


 Sランク、破城フォートレス・ブレイカーグレン・ヴァルハルト。

 人間サイズのくせに、やってることが攻城兵器だ。


「おっさん、壁壊す仕事の方が向いてね?」

「誰がおっさんだ。お前よりは働いてるぞ、無職が」

「急所刺すなよ」


 その時、俺の横を白っぽい尻尾が横切った。


「お前、黒田か! 変だワン、ものすっごく変! 鼻の奥がむずむずするくらい、いつもの群れと臭いが違うワン!」


 犬人族(カニス)のフェンナ・ベルクが四つん這いになりそうな勢いで地面の臭いを嗅いでいる。


「何が変なんだよ。臭いか、群れの動きか、それとも後ろから別の何かが来てるのか」

「魔物の臭いだワン! 怒ってないし、狩りでもない。みんな怖がってるワン。尻尾がある奴なんか、ほとんど巻いたまま走ってる!」

「怖がってるって、あの魔物全部がか? 種類までバラバラなのに、同じ理由で逃げてるように見えるぞ」

「そうだワン! しかも後ろから、もっと怖い臭いが来てる。鼻が『近づくな』って叫んでるワオーン!」


 俺はパンを口から外した。


 街道の向こうから駆けてくるゴブリンを見る。

 武器を振り上げていない。こっちを見てもいない。ただ前へ、前へと走っている。


 獣型も同じだ。

 互いに食い合う種類が、横並びで逃げている。


「......なるほどな。こっちを見もしねえ理由がやっと分かった」

「一人で納得しないで。何が分かったのか、こっちにも説明しなさいよ」


 ティアナが杖を握ったまま振り返る。


「こいつらは俺らを襲いに来てんじゃねえ。後ろから来る何かに追われて、必死に逃げてるだけだ」

「だったら余計に嫌なんだけど。この数の魔物をまとめて追い立てるなんて、いったい何が来てるってのよ」


 答える前に、森の向こうで木々が沈んだ。


 一本じゃない。

 二本でもない。

 地平線そのものが、ゆっくりこちらへ近づいてくるように見えた。


 ズズズズズズズズ......。


 次の瞬間、森から巨大な黒い頭部が持ち上がった。


 大きい。モグの竜形態よりさらに上だ。


 全身を覆う黒灰色の殻には、金色の線が幾重にも走っている。鎖と帳簿の文字を無理やり生き物へ焼き付けたみたいで、見ているだけで胸糞が悪い。


 ゼニスが俺の横へ現れた。

 今日は白い軍務官風の制服に、なぜか制帽まで被っている。


「確認しました。リボルヴ側の契約執行個体です!」

「てめぇその格好なんだよ。緊急事態になるたびに衣装だけ妙に本気出すのやめろ。こっちは朝から強制出勤なんだぞ!」

「緊急時ですので現地指揮官仕様です。服装から業務意識を整えるのは大切なんです」

「似合ってるのが余計むかつくんだよ。仕事できる女みたいな顔しやがって、ポンコツ女神が!」

「みたいじゃなくて仕事してるんです! そこ今どうでもいいでしょう!」


 ゼニスが巨大個体を指す。


債権執行巨獣デット・エグゼキューター。周囲の生物へ強制的な契約圧を与え、逃走・服従・資産差押えに近い現象を発生させます」

「生き物に差押えとかやめろよ。金融神、戦い方まで嫌すぎるわ」


 巨獣が一歩踏み出す。


 ドォォォンッ――!!


 ただ足を置いただけで、遠くの地面が波打った。

 逃げていた魔物の群れがさらに速度を上げる。


「モグ!」

「分かっておる!」


 銀髪の小さな身体が光に包まれ、一気に膨れ上がった。

 漆黒の翼が空を叩く。


「わらわが止めるのじゃ!」


「おーっほっほっほっほっ!! お待ちなさい! モグだけに格好をつけさせると思いまして!?」


 今度はルヴィアだ。

 深紅の髪とドレスが炎のような光に飲まれ、巨大な紅玉古竜ルビー・エルダー・ドラゴンへ姿を変える。


 二頭が空へ舞い上がった。


 直後。

 ゴオオオオオオオオオッ!!


 漆黒と深紅、二条のドラゴンブレスが地面を舐めた。

 村へ直進していた魔物の群れが熱と光に驚き、左右へ大きく流れを変える。


「おい、無駄に焼き殺すなよ! 進路変えるだけでいいんだ!」

『分かっておる!』

『わたくしへ命令なさらないでくださる!?』

「なら勝手に被害出してんじゃねえ!」


 二頭のブレスが今度は巨獣へ向いた。


 ゴォォォォォォォンッ!!

 炎が黒い殻を包む。

 ティアナも杖を振るい、幾重もの魔法陣を展開した。


「【雷槍連界ライトニング・ランサー】!」


 白紫の雷槍が雨のように降る。

 グレンまで地面を蹴り、真正面から巨獣の前脚へ拳を叩き込んだ。


 ズガァァァンッ!!

 巨体がわずかに揺れる。

 だが――倒れない。


「マジかよ。古竜二頭とSランクが殴って、それでも歩いてくるってどーいうことだよ......」


 攻撃が当たる直前、黒い殻の表面に金色の膜が浮いている。

 ティアナが魔力を練った瞬間には、もう防壁が厚くなっていた。


 俺は目を細める。


「あー、そういうことか。アレ、魔力動いた時点で読まれてるな」

「何ですって?」

「お前らが撃つ前から守り始めてるのよ。魔法だから分かるんじゃねえの」


 ティアナの眉が吊り上がった。


「だったらどうするのよ。魔力なしで、あんなのを止められる手段がこの世界にあるっていうの?」

「魔力を使わずに叩く手なら、あるにはある。ただし持ち出した瞬間から俺の借金が元気に育ち始める」

「そこまで嫌そうに言うなら、何を使うつもりなのよ」

「高いんだよ。名前を口にしただけでゼニスが営業スマイルになる程度にはな」


 ゼニスが即座にこちらを見る。


「黒田さん、その言い回しで何を持ち出すつもりか、もうだいたい分かりましたよ」

「まだ使うって言ってねえからな。勝手に見積書を開くんじゃねえ」

「あなたが『高い』と言った時点で私には分かります。長い付き合いですので」

「そういうところだけ理解度上げんな。嫌な信頼関係を育てやがって」


 ドーガンが俺の横へ来た。

 遠くの巨獣を見ながら、無精髭を撫でる。


「そうか陸。前に使った、あの鉄の大砲だな」

「FH-70、155㎜りゅう弾砲だ」

「一発でもあれだけの威力だった。だが、あの装甲にも通るか?」

「魔力で防ぐなら、少なくとも反応は遅れるだろうけどよ――」


 俺は巨大な敵を見た。


 一門。

 以前なら、それで何とかした。時間もあった。


 だが今回は、後ろに村がある。

 逃げる魔物がいる。

 前には、古竜二頭のブレスを受けても歩いてくる化け物。


「......一門じゃ足りねえなあ」


 ゼニスの営業スマイルが、ゆっくり深くなった。


「では、追加オプションをご案内しますね」

「うっざ!! その顔やめろ。絶対高い」


【神界・緊急ご請求】

・広域戦況緊急解析費           金貨120枚

・契約執行個体識別料           金貨80枚

・現地指揮支援オプション         金貨100枚

─────────────────

今回加算                金貨300枚

日本円換算               1,500,000円相当

前回繰越残高              金貨41,860枚

合計残高                金貨42,160枚

日本円換算合計             210,800,000円相当

※ミャオ管理債務は別口。


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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