第33話 「任せろ」は、そんなに便利な言葉じゃない
翌日、十四時。
指定された喫茶店の一番奥に、秋葉隆司は先に座っていた。
昔より少し髪に白いものが増えた。それ以外は、妙に変わっていない。
「遅い」
「二分前です」
「昔なら十分前には来てた」
「退職者に現役基準押しつけないでくださいよ」
「口だけは変わってないな」
「そっちは少し老けましたね」
「お前は荒れたな」
「お互い様ってことで」
向かいへ座る。
酒のない店を選んだのは、たぶんわざとだ。
「飲まねえのか、とは言わないんですね」
「酔わせて話すことじゃない」
「相変わらず面倒な人だ」
「お前にだけは言われたくない」
コーヒーが来た。
秋葉は余計な前置きをしなかった。
「ひなたから聞いた。あの日のこと、まだ自分の判断ミスだと思ってるらしいな」
「結果が悪かった」
「質問に答えろ」
「みんな同じこと言うんだよなぁ」
「お前が同じ逃げ方するからだ」
俺は黙った。
秋葉は鞄から一枚の紙を出した。
細かな内容までは見せない。古い記録の写しらしい。
「事後確認は何度もやった。お前が当時見ていた情報、位置、時間、周囲の状況。関係者の証言も突き合わせた」
「知ってます」
「本当に知ってるなら、その先も聞け。お前が確認できた情報から出した判断と、その後に発生した要因は分けて整理されてる。何でも一つの原因へまとめたら、検証にならん」
「書類の上ではそうでしょうね」
「現場でも同じだ。結果が重大だからって、後から因果関係まで書き換えるな」
秋葉は俺の顔を見た。
「それと、負傷した連中の聞き取りも残ってる。少なくとも、お前を責める内容はない」
「気を遣っただけかもしれない」
「そう言うと思った。だから俺は慰めに来たんじゃない。記録と証言を事実として話してる」
「本人が本音を全部記録に書くとは限らない」
「なら、お前は何を言われたら納得するんだ?」
答えられなかった。
「『お前のせいだ』って誰かが言うまで探すのか。言われなかったら、自分で代わりに言い続けるのか」
秋葉の声は静かだった。
「陸。そこまで行くと、もう検証じゃない。罰だ」
喉が乾いた。
「……なら聞きますけど。誰も恨んでないなら、あの日の結果はどこへ置けばいいんです」
「置き場所がないから困ってるんだろ。だからって全部お前の背中に載せる必要はない」
秋葉はそこで初めて少しだけ眉を寄せた。
「なら聞け。お前の判断そのものに、重大な誤りは認められなかった」
胸の奥が、嫌な形で縮む。
「でも怪我人は出た」
「そうだ。出た」
「俺が判断したあとに」
「そうだ」
「じゃあ同じでしょう」
「同じじゃない」
秋葉は声を荒げなかった。
「結果と、お前が見たものを一緒にするな。お前が制御できない要因まで、後から自分の担当範囲に入れるな」
「現場で『そこは担当外でした』って言えば怪我が消えるんですか」
「消えない」
「なら――」
「だからって、全部お前のせいにもならん」
言葉が止まる。
秋葉は紙を指で叩いた。
「陸。お前の観測は合ってた」
「……結果は外れた」
「弾着は外れてない」
店の音が遠くなる。
「あの日、お前が見た弾着だけは外れてない」
俺はしばらく何も言えなかった。
「……それ、一番嫌な言い方ですね」
「知ってる」
秋葉はコーヒーを飲んだ。
「俺は『忘れろ』とは言わん。無理だからな。『気にするな』とも言わん。人が怪我した事実は消えないし、お前が背負ったものも簡単には消えん。俺だって、あの日のことを都合よく美談にする気はない」
「じゃあ、俺だけ楽になれって?」
「違う。楽になるかどうかまで俺が決める話じゃない。ただ、お前が間違っていなかった部分まで間違いにして、自分を殴る材料へ使うなと言ってる」
昔もこの人は、慰めるより先に事実を並べる人だった。
だから嫌だった。
だから、信用もしていた。
「じゃあ何しに呼んだんです」
「事実を渡しに来た。お前は事実より、自分に都合の悪い結論をずっと優先してる」
「都合が悪い?」
「自分が悪いって決めとけば、次に本気を出さなくて済む。断言しなくて済む。期待されなくて済む。失敗しても『俺は最初からやる気なかった』って逃げ道が残る」
胸ぐらを掴まれるよりよっぽど効いた。
「……随分言いますね」
「元部下だからな」
「もう部下じゃない」
「ならただのおっさんの感想だ」
俺は煙草を吸いたくなった。
店内では吸えない。
「お前、昔から予備は多めだった。だが辞める前の頃は、さらにひどくなったな」
「足りねえよりマシでしょう」
「そう言うと思った」
「使わなかった装備は無駄じゃない。持ってなくて必要になった時が終わるんです。予備があれば――」
「安心するか?」
言葉が詰まる。
「必要だから持つんだよ」
「必要な量以上でも?」
「必要になるかもしれない」
「昔から予備は必要だと言ってたな。だが今のお前は、“備える”と“安心するまで積む”の境目がなくなってる」
「境目なんて現場ごとに違うでしょう」
「そうだ。だから必要数を考える。お前は今、考えた結果じゃなく、不安になった分だけ増やしてるんじゃないのかって聞いてる」
俺は返事をしなかった。
「陸。お前は足りなかった物を探してるんじゃない。次に同じことが起きた時、自分を責めなくて済むだけの量を探してる」
反論しようとした。
できなかった。
「予備が一個あれば、『二個あれば』と思う。二個持てば、『三個目があれば』と思う。最後には、持てるだけ持って、それでも何か起きたら自分を責める。違うか?」
「……現場で足りないよりはいい」
「それは否定してない。必要な予備は持て。備えるなとも言ってない。だが、備えれば未来を全部支配できると思うな」
「思ってませんよ」
「なら、必要以上に持った荷物を『全部必要』と言い張るのをやめろ」
「それは装備ごとに精査が必要です」
「急に逃げたな」
「装備の話は別です」
「そういうところは昔から変わらんな」
少しだけ、秋葉が笑った。
俺も鼻で笑った。
重い話の最中でも、装備だけは譲れないらしい。
「俺が言えるのはここまでだ。お前の判断は間違ってなかった。怪我人が出た事実も変わらない。そこから先、どう生きるかは俺の仕事じゃない」
「戻ってこい、とか言わないんです?」
「言って戻るなら、とっくに戻ってるだろ」
「まあ」
「訓練に来いとは思うがな」
「結局仕事の話かよ」
「即納予備自だろ、お前」
「肩書きだけです」
「それを、肩書きだけにするなよ」
店を出た。
秋葉と別れてから、俺は喫煙所を探し、煙草へ火をつけた。
一口。
二口。
いつもなら、ここで「知らん。寝る」と言う。
言えば、少しだけ楽になる。
今日は出なかった。
煙草が短くなるまで、ただ立っていた。
【神界・追加ご請求】
・現代側長時間滞在監督費 金貨15枚
・契約者状態経過観察費 金貨15枚
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今回加算 金貨30枚
日本円換算 150,000円相当
前回繰越残高 金貨41,740枚
合計残高 金貨41,770枚
日本円換算 208,850,000円相当
※現代側飲食・煙草代は黒田本人負担。ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務は別口。




