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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#10 弾着だけは外さなかった日 (正式名称:現代側退職原因事案再確認及び関係者接触対応)

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第32話 後輩と元上官に挟まれた。逃げ道がない

 翌日の昼過ぎ。

 俺は駅前の定食屋で、冷たい水を飲みながらひなたを待っていた。

 酒は飲んでいない。煙草も店内では吸えない。逃げ道が少ない。


「はぁ、やっぱり酒飲んでから来ればよかった」


 独り言を言ったところで、入口からひなたが入ってきた。

 制服ではない。休日らしい地味な私服。それでも姿勢だけは現役そのものだった。


「大事な話なので素面でお願いします」

「聞いてたの?」

「顔に書いてありました」

「俺、素面の方が性格悪いぞ」

「知ってます」

「即答すんなよ」


 向かいへ座ったひなたが、メニューを開く。


「何か食べました?」

「朝は食った」

「何を?」

「煙草を2本」

「食べ物じゃないです」

「水も飲んだ」

「何か注文しますね」

「勝手に俺の健康管理始めるな」


 結局、生姜焼き定食を頼まれた。

 待っている間、ひなたは最近の訓練の話をした。20式がどうとか、装具の更新がどうとか。俺は聞きながら箸袋をいじる。


「ニーマルはやめたとき入ってきたくらいで、ほぼ知らん。退職者へ勝手にアップデート要求すんなよ」

「だから訓練に来てくださいって言ってるんです。現役の頃の感覚だけで全部分かった顔される方が困ります」

「ハチキュウなら分かるけどな」

「それは知ってます。陸さん、そういう話になると急にちゃんと喋りますよね」

「専門分野だからな。知らんことを知ってる顔するほど若くない」

「普段は知らないことでも適当に誤魔化しますけどね」

「そこは生活の知恵だ」


 少しだけ普通に話せた。

 料理が来て、半分ほど食べた頃、ひなたが箸を置いた。


「ずっと聞きたかったんですけど」


 来た。


「どうして、私たちから逃げたんですか」


 俺は味噌汁を飲んだ。


「逃げてねえよ。辞めただけ」

「辞めたあと、連絡も取らなくなりました」

「忙しかった」

「今、無職ですよね」

「心が忙しい」

「そうやって、また話をずらすんですね」


 ひなたは笑わなかった。


「私、陸さんを責めたことありますか?」


 答えなかった。


「連絡を返さなくなった頃、私、何度もメッセージ送りましたよね。最初は訓練のこと。次は体調。返事がないから食べ物も置きました。陸さん、全部迷惑だったんですか?」

「……飯は助かった」

「そこだけですか?」

「保存利くの選んでたし、量も邪魔にならない程度だった。あれは助かった」

「褒めてほしいわけじゃありません」

「じゃあ何て言えばいいんだよ」

「そうやって、具体的な話に逃げるのをやめてほしいんです」


 俺は口を閉じた。

 食料の種類ならいくらでも話せる。誰が何を思っていたかになると、急に言葉が減る。自覚はあった。


「秋葉さんも、他の人も。少なくとも私が知る限り、陸さんに『お前のせいだ』って言った人はいません」

「言われなきゃ責任ないのかよ」

「そういう話じゃありません」


 俺は箸を置いた。


「あの日、俺が見た。俺が判断した。俺が口にした。結果として、人が怪我した。それは変わらん」


 ひなたの眉が少し動く。


「判断が間違っていたんですか?」

「結果が悪かった」

「質問に答えてください」

「同じだろ」

「違います」


 ひなたの声は大きくない。

 だから逃げにくい。


「陸さんが見ていた範囲で、何を確認して、何を判断したか。私は全部知っているわけじゃありません。でも、後から何度も説明を聞きました。陸さんの判断そのものが原因だった、とは聞いていません」

「結果は変わらん」

「だからって、私たちの気持ちまで勝手に決めていいんですか?」


 言葉が詰まった。


「私は事故のことより、その後の方に怒ってます」

「……何」

「勝手にいなくなったことです」


「陸さんが辞めるって聞いた時、最初は何か事情があると思いました。少し休めば戻ってくるかもしれないとも思った。でも、その後は電話も出ない。会えば『忙しい』『寝てた』『今度』で終わる。こっちが事故の話をしようとすると、急にもっとどうでもいい話を始める」

「どうでもいいは失礼だろ。煙草の値上げは生活に関わる」

「今それです!」

「ほら、怒った。だから事故の話は空気悪くなるんだよ」

「空気を悪くしたくないんじゃなくて、自分が聞きたくないだけでしょう!」


 店内で少し声が大きくなった。

 ひなたは一度口を閉じ、水を飲んだ。


「……すみません。でも、ずっと言いたかったんです」

「俺も今のは悪かった。そこは認める。で、声は少し落とせ。隣の席がこっち見てる」

「そういう時だけ周囲を観測するの早いですね」

「過去の職業病だよ」

「だったら私たちの顔も、もう少し見てください」


 言い返せなかった。

 ひなたは一度息を整えた。


「私たちが何を思っていたか聞かない。連絡しても返さない。会おうとしても逃げる。自分が悪いって決めて、それを訂正される場所から全部いなくなった。陸さん、それって私たちのためじゃないですよね」


 俺は水を飲んだ。

 冷たすぎた。


「……悪かったな」

「軽いです」

「じゃあ重く言えばいいのかよ。申し訳ございませんでした、これで満足?」

「そういうところです」

「難しいなあ、お前」

「陸さんが面倒なんです」


 少しだけ、いつもの空気が戻った。

 ひなたは続ける。


「私は、陸さんがあの時どういう判断をしたかより、その後ずっと一人で答えを固定してることの方が嫌です。誰も陸さんを責めていないって言っても、陸さんは『気を遣ってるだけだ』って決める。感謝してるって言っても、『結果が悪かった』で終わらせる。そうやって何を言われても、自分の結論だけが正しいことにしてきたでしょう」


「……悪いかよ」

「悪いです。少なくとも、私たちの気持ちを勝手に使って自分を罰するのはやめてください」


 真正面から言われると、逃げ道がない。


「秋葉さんに会ってください」

「やだ」

「もう明日で約束取ってあります」

「何で俺より俺の予定把握してんだよ」

「陸さんが返信したからです」

「『いつ』って送っただけだぞ」

「それを了承として秋葉さんが受け取りました」

「なんじゃそれ、完全に罠だろ」


 ひなたが初めて少し笑った。


「逃げないでください」

「努力目標な」

「また逃げ道残す」

「人間は退路が必要なんだよ」


 その言葉を口にした瞬間、異世界のバルガスの顔が少し浮かんだ。

 退路は二本以上。

 あのおっさんなら、逃げることと帰ることは違うと言うだろう。


 店を出る前、ひなたがスマホを見せる。


「明日、十四時ですよ」

「朝じゃないだけ評価する」

「秋葉さんが『あいつは午前中だと逃げる』って」

「ちぇ、理解されてんなあ」

「昔からですよ」


 外へ出た。

 煙草を一本咥える。


「ひなた」

「はい」

「……今日は、ありがと」


 ひなたが一瞬固まった。


「何」

「いえ。普通にお礼言えるんだなって」

「失礼だなお前」

「その言い方で安心しました」


 俺は煙を吐いた。

 明日会う。

 まだ逃げる余地はある。

 でも今は、帰らなかった。


【神界・追加ご請求】

・現代側契約者位置確認費        金貨15枚

・契約保全遠隔監督費          金貨15枚

・異世界接続維持基本料         金貨10枚

─────────────────

今回加算                金貨40枚

日本円換算               200,000円相当

前回繰越残高              金貨41,700枚

合計残高                金貨41,740枚

日本円換算               208,700,000円相当

※現代側飲食費は黒田本人負担。ミャオ管理債務は別口。


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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