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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#09 好条件にご用心 (正式名称:第三者債務引受契約提示事案対処)

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第28話 神様の契約書は読め。特に小さい字を読め

 翌朝。

 俺は王都外縁部の冒険者ギルドアドベンチャラーズ・ギルドの隅で、昨日の黒い契約書を机いっぱいに広げていた。

 やどり木で読もうとしたのだが、三ページ目で寝た。酒のせいではない。文字が多い方が悪い。


「リゼット。これ読んで」

「できません」

「まだ内容説明してないぞ」

「黒田さんがご自分で持ち込まれた、ギルド管轄外の契約書ですよね。神界契約について当ギルドが法的判断を行う権限はございません」

「何で俺が頼む前から全部分かるんだよ」

「黒田さんの場合、先にお断りした方が業務時間を短縮できますので」

「成長したなあ、お前」

「ありがとうございます。黒田さん対応だけ異常に経験値が入りました」


 営業スマイルのまま刺してくる受付嬢は今日も強い。

 後ろから元気な声が飛んできた。


「師匠ゥゥゥ! 新しい依頼ですか!?」

「違う。そして師匠と呼ぶな」


 冒険者アンディ、ポーレン、タンナーの三人だ。こいつら、あれから本当に朝から訓練しているらしい。俺が一度も教えてないのに弟子だけ勝手に育っている。効率はいいが後の責任を考えると怖い。


 ポーレンが契約書を覗き込む。


「これは……高度な神界契約。師匠、まさか敵勢力へ潜入するため、自ら契約対象になる二重工作を?」

「普通に借金肩代わりしてもらうか迷ってるだけだ」

「そこまで日常的な動機に偽装しているとは」

「違う。お前は今日も話を深読みしすぎだ」


 タンナーはもう手帳を開いていた。


「師匠が所属変更する場合、我々の訓練予定はどうしましょう。先方の拠点位置を確認して、通いやすい場所へ――」

「何で俺についてくる前提なんだよ! 弟子契約すら成立してねえのに神界契約より拘束力強いなお前ら!」


 アンディは拳を握る。


「師匠がどこへ行っても俺は鍛えます!」

「そこだけは偉い。俺がいなくても勝手に鍛えろ。そして俺を追い越したら師匠卒業な」

「分かりました!」

「簡単に卒業条件飲むな。いや飲め。むしろ今日卒業してくれ」


 騒ぎを聞きつけて、ガロンが奥から出てきた。


「朝から何をやってる」

「俺の人生が売りに出されてる」

「物騒な言い方をするな。……む、その契約か」


 昨日コレットから聞き取りを受けたらしく、事情はある程度知っているようだった。


「条件だけ見れば悪くない」

「だろ?」

「だからこそ、自分で最後まで読め。ギルドの契約も同じだ。報酬が高い仕事ほど、何を求められるか確認しろ」

「まともなこと言うなあ。もっと『黒田は我々の仲間だ』とか熱い引き止めないの?」

「お前にそれを言うと逃げるだろ」

「いやはや、理解が深いことで」


 入口近くでは、バルガスが大盾の縁を布で拭いていた。俺が契約書を見せると、ざっと目を通してから一か所を指で叩く。


「俺は契約に詳しくない。ただ、帰り道まで相手に握られるなら嫌だな」

「帰り道って?」

「途中で嫌になった時、やめられるのかって話だ。逃げ道は二本以上。俺は仕事でも契約でも、その方が好きだ」

「おっさん、何でも退路から考えるんだな」

「お前に言われたくない」


 そこへ淡い桜色の髪が割って入る。


「ねえ黒田。これ、本気で迷ってるの?」

「ティアナ。お前も読んでみる?」

「神界契約なんて専門外。でも『永久優先使用権』って文字くらい読める。あんた、ただでさえ働きたくないって毎日言ってるのに、自分から永久で働かされる権利渡す気?」

「だから全部読む前に結論出すなって。俺は今、無料という強敵と必死に戦ってる」

「無料に負けそうな顔してるのが腹立つのよ!」


 ジークフリードも依頼帰りらしく、剣を背負ったままこちらへ寄ってきた。


「黒田。リボルヴのところへ行けば、本当に戦う必要もないのか?」

「必要な時だけ使う、みたいなことらしい」

「それなら楽そうだな」

「あら?お前、意外と肯定派?」

「いや。俺なら自分で受ける依頼を決めたい。前は無茶な依頼でも突っ込んだが、最近は選ぶようにしてる」


 少し離れた工房受け渡し口から、ドーガンのおっさんが笑う。


「道具も同じだ。使う側が扱い方を決める。使われる側になったら、いくら性能が良くてもたまったもんじゃねえ」

「俺を攻城兵器みたいに言うな」

「お前、前に本物の大砲まで持ってきただろうが」

「それとこれは別だ」


 結局、ギルドへ持ち込んでも契約書の文字は減らなかった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 夕方。

 やどり木の食堂で、俺は契約書の後半を読んでいた。

 ゼニスは今日、黒いスーツに赤い細身のネクタイ。完全に企業法務の人だった。俺が酒瓶へ手を伸ばすたび、無言で遠ざける。


「まだ飲んでねえ」

「昨日もその台詞から三杯飲みました」

「三杯は酒じゃねえ。夢への助走だ」

「契約判断の前に助走するんじゃねぇぇぇ!」


 そこへリボルヴとコレットが来た。

 俺は契約書の一文を指で叩く。


「聞きたい。永久優先使用権って何だ?」


 リボルヴは隠す様子もなく答えた。


「契約期間中、あなたの労働力、固有特性即応ラピッド・アダプテーション、将来取得する能力、異世界間活動による収益について、私どもが優先的に利用を指定できる権利です」

「俺が嫌だって言ったら?」

「契約義務が優先されます」

「休みは?」

「必要な休養は保障します」

「誰が必要って決める?」

「当方です」

「仕事の種類は俺が選べる?」

「希望は伺います。ただし最終決定権は当方にあります」


 俺は背もたれへ身体を預けた。


「……なるほどねえ」


 リボルヴは穏やかなままだった。


「誤解なさらないでください。あなたへ毎日単純労働を課すつもりはありません。むしろ価値の低い状態で消耗させるのは非効率です。必要な時だけ、最も価値の高い形で働いていただく。それ以外の時間は自由に過ごして結構です」

「働かなくていい、じゃなくて、働く時を俺が決めなくていいってことか」

「そう表現することもできます」


 コレットが書面を示す。


「債務は消えます。利息もありません。生活保障も付与可能です。しかし契約履行命令への拒否権は制限されます。ここは重要事項として明記しております」

「ちゃんと怖いこと書いてあるな」

「はい。隠して契約していただく意味がありませんので」


 ゼニスが腕を組む。


「だから言ったでしょう。条件が良いから危ないんです」

「お前の条件が悪すぎるのも問題だけどな」

「今それ言います!?」


 リボルヴは俺を見る。


「黒田さん。あなたは、働きたくないのでしょう?」

「おう」

「でしたら、その性格を直す必要はありません。借金も、浪費も、怠惰も。あなたは今のままでいい。面倒な管理はこちらで引き受けます」


 それは、ゼニスが一度も言わなかった言葉だった。

 ゼニスは働けと言う。返せと言う。鍛えろと言う。煙草を減らせ、酒を飲みすぎるな、部屋を片付けろとまで言う。

 目の前の男は、何も直さなくていいと言う。


「……考える」


 それしか言えなかった。

 リボルヴが帰ったあと、ゼニスが何か言おうとしたので手を上げた。


「今日は説教すんな。マジで考えるから」


 ゼニスは口を閉じた。

 俺は日本から持ってきた保存食の袋を一つ開ける。中に、ひなたが以前置いていった小さなメモが挟まっていた。


『ちゃんと食べてください』

「……うるせえよ」


 誰もいない相手へ小さく言って、紙を捨てずに畳んだ。


【神界・追加ご請求】

・敵対契約条件比較照合費        金貨35枚

・契約危険条項精査費          金貨40枚

・契約者意思確認立会費         金貨20枚

─────────────────

今回加算                金貨95枚

日本円換算               475,000円相当

前回繰越残高              金貨41,415枚

合計残高                金貨41,510枚

日本円換算               207,550,000円相当

※ミャオ管理債務は別口。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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