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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#09 好条件にご用心 (正式名称:第三者債務引受契約提示事案対処)

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第27話 借金二億円の男に、神様が「いいお話があります」

 扉の向こうから聞こえた声に、俺は咥えていた煙草を指で挟んだ。

 聞き覚えがある。昨日、神界の応接室の奥から聞こえた男の声だ。


「黒田陸さん。少々、お時間をいただけますか?」

「ゼニス。お前の知り合いか?」

「知り合いという括りに入れないでください。黒田さん、出なくていいです。むしろ出ないでください。そのまま寝てください!」

「さっきまで寝るな働け言ってた奴が、客来た瞬間だけ寝ろって言うと余計気になるだろうが!」

「あなたの好奇心、無料と値引きにだけ異常に強く反応しますよね!?」


 ミャオが困った顔で扉と俺を見比べる。モグは夕飯の残りを食べているし、リリアは椅子の背へ逆さにぶら下がっていた。こやつ、死人のくせに妙にくつろいでいる。


「お客さんをずっと外に立たせるのも悪いにゃ」

「俺は居留守を推すぞ」

「もう会話聞こえてると思うにゃ」

「なら寝言ってことにしよう」

「寝言で契約競合他社の話する人初めて見たよ!!」


 リリアの余計な一言を無視して、俺は仕方なく入口へ向かった。

 扉を開けると、黒を基調とした上質な礼装の男が立っていた。整った顔に穏やかな笑み。隣には黒い事務服のコレット。二人とも、夜の宿屋へ借金持ちを訪ねてくる格好には見えない。


「初めまして、黒田陸さん。私、リボルヴと申します」

「どうも。じゃ、帰っていいぞ」

「黒田さんんんんん!」

「挨拶しただろ。社会人として最低限は果たした」

「最低限が本当に最低なんですよアナタ!」


 ゼニスが俺の肩を掴むより早く、リボルヴは小さく笑った。


「なるほど。事前に伺っていた通りですね。では要点だけにしましょう。私はあなたの現在の神界債務を、全額引き受ける用意があります」


 俺は扉を閉めかけた手を止めた。


「……全額?本気で?」

「はい」

「今の残高、知ってる?」

「金貨四万一千二百九十五枚。神界会計基準で二億六百四十七万五千円相当。ゲイン氏の装備ローン、ミャオさん管理の宿泊・食費等は別口でしたねね」

「かなり正確だな」

「これが仕事ですので」


 俺は扉を全開にした。


「まあ入れよ。立ち話も何だ」

「黒田さんんんんんっ!?」

「何だよ。客を外に立たせるなってミャオも言っただろ。俺は宿の評判を第一に考えてるんだ」

「借金を肩代わりすると聞いた瞬間でしたよね!?」


 リボルヴとコレットが食堂へ入る。ゼニスは今日は監査官姿のまま、俺とリボルヴの間へ椅子をねじ込んだ。


 リボルヴが黒い契約書を机へ置く。


「条件は単純です。既存の神界債務は当方で精算。利息はありません。返済期限もありません。さらに、現在有料で利用されている即日レベルアップインスタント・レベリング物資転送(トランスポート)原状復帰(リストア)などについて、当方の契約体系へ移行すれば大幅な優遇が可能です」

「ちょっと待て。即レベも安くなるんか?」

「契約範囲内であれば、実質負担をゼロにする設計も可能です」

「おいゼニス」

「こっち見ないでください」

「お前、完全に負けてんぞ、この負け組女神」

「料金表だけで神を比較するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 モグが肉を噛みながら首を傾げた。


「もぐもぐ。借金が消えて、飯代も減るのか? なら良い奴ではないか」

「ほら。アホのデブ竜でも理解できる優良条件だ」

「誰がアホでデブ竜じゃ! それと飯代はわらわの話ではないのか?」

「お前の飯代は誰と契約しても消えねえよ」


 リリアが片手を挙げる。


「はーい!私の宿代も消えるかなっ?」

「お前、昨日から勝手に住み始めたばっかだろ」

「じゃあ将来債務の肩代わりってことで!」

「死人だろお前?未来に借金作ろうとすんな」


 リボルヴは騒ぎを止めず、ただ観察するように俺を見ていた。


「今日決めていただく必要はありません。むしろ、よく比較してください。契約は人生を左右するものです。読まずに署名されても、こちらが困ります」

「……敵なのに一番まともなこと言うじゃん」

「だーかーら! 怖いと言ってるんです!」


 ゼニスが契約書を睨む。


「黒田さん。表面条件だけで判断しないでください。リボルヴの契約は――」

()()()()


 コレットが静かに遮った。


「当方は条項を隠しません。黒田様には全文をお渡しします。質問にも回答いたします。それでも拒否されるなら、それまでです」


 俺は契約書を持ち上げた。分厚い。嫌な厚さだ。


「これ全部読むの?」

「はい」

「口頭説明だけで済まない?」

「後から『聞いてない』と言われる可能性が高いと評価しております」

「誰がそんな卑怯なことを――」

「お前だよぉぉぉぉぉ!!」


 ゼニスとミャオが同時に言った。


 リボルヴは立ち上がる。


「返答期限は三日後で結構です。黒田さん。私は、あなたの怠惰を矯正したいわけではありません」

「ほう」

「働きたくないのであれば、働かずに済む形へ変えればいい。あなたは、あなたのままで構わない」


 その一言だけ、妙に耳へ残った。


 扉が閉まったあと、食堂にはしばらく沈黙が落ちた。


「……ミャオ、酒ある?」

「今その流れで飲むのかにゃ?」

「今だから飲むんだよ。二億の借金が消える話を素面で考えたら胃が痛くなるだろ」

「飲んで判断力落とした方が危ないです!」

「正常な判断力で二億まで借金増やした実績がある。多少落とした方が改善する可能性あるぞ」

「その統計、一件しかないでしょうが!」


 ミャオが渋々、安い麦酒を一杯だけ出した。

 俺が飲むと、モグが鼻を近づけてくる。


「陸。それ、美味いのか?」

「お前にはまだやらん。飯だけでも底なしなのに酒まで覚えたら俺が破産する」

「もうしておるようなものではないか?」

「クソデブ竜、言っていいことと悪いことがあるぞ」


 リリアが笑いながら契約書を覗き込む。


「でも永久契約とかだったら気をつけた方がいいよ。私、三百年以上死んでるけど、永久って本当に長いからね!」

「死人の実体験、リアルすぎて重い」


 俺は酒をぐびっと一口飲み、黒い表紙を開いた。


 ゼニスがそれを見て、少しだけ目を細める。


「念のため言っておきますけど、向こうへ移ったからといって、ミャオさんやゲインさんへの債務まで自動的に消えるわけではありませんからね」

「分かってる。神界分だけでも二億だ。真面目に働いて返す金額じゃねえ」

「真面目に働く選択肢を最初から捨てないでください」

「じゃあ俺が煙草も酒も装備も全部我慢して返済する未来、想像できる?」

「……できませんね」

「ほら。神様でも不可能判定した」

「あなたの意思の問題でしょうが!」


 ミャオまで帳簿を抱えて口を挟む。


「黒田がどこへ行っても、こっちのツケは残るにゃよ」

「逃げる時は踏み倒す」

「安心できる要素が一つもないにゃ!」


 いつものやり取りだった。

 なのに黒い契約書を前にすると、その面倒くさい帳簿すら少しだけ違って見えた。


 最初のページには大きな文字で、こう書かれていた。


【既存神界債務 全額引受】


「……これ、マジで全部消えるんだよなあ」


 ゼニスは答えなかった。

 いつもなら請求書を突きつける顔が、今夜だけはひどく硬かった。


【神界・追加ご請求】

・敵対契約勢力接触緊急監査費      金貨45枚

・契約保全対応費            金貨40枚

・契約文書危険条項一次照合費      金貨35枚

─────────────────

今回加算                金貨120枚

日本円換算               600,000円相当

前回繰越残高              金貨41,295枚

合計残高                金貨41,415枚

日本円換算               207,075,000円相当

※ミャオ管理債務は別口。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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