第24話 無職32歳、神様から真顔で資産査定される
なぜか朝からゼニスの機嫌が悪い。
しかも今日は黒いピンストライプのスーツに銀色の腕時計、革の書類鞄という、昨日よりさらに金融屋感の強い格好だった。
「昨日から何なんだよ、その格好。神様辞めて銀行員に転職した?しかも無駄にお色気あるんだよなお前」
「契約交渉に合わせた正式な業務衣装です。あなたは気にしなくて結構です」
「気にしてねえよ。似合ってないって言ってるだけ」
「朝一番に呼び出されて最初の仕事が私の服への悪口なんですか!?」
「俺は呼ばれた側だ。客だぞ」
「債務者でしょうがぁぁぁ!」
その言い方に、昨日の妙な黒縁通知を思い出した。
「で、何。昨日の誰かと揉めたんか?」
「揉めていません。先方から契約譲渡の提案を受けただけです」
「俺の?」
「......はい」
「え、買い取ってくれるの?」
思わず姿勢を起こした。
「待て。それって俺の借金まとめて向こうが払ってくれるってこと? 俺、ゼニスから解放される?」
「そこだけ聞けば、そうです」
「まじか!!最高じゃん」
「話を最後まで聞けぇぇぇぇ!!」
ゼニスが机を叩く。
「相手はリボルヴ。別系統の金融神です。既存債務を引き受ける代わりに、契約者本人の能力、労働力、将来収益へ強い権利を設定する。あなたが想像している“借金チャラで自由”とは違います」
「でも条件見ないと分からんだろ。お前より良心的かもしれない」
「う、そこを否定しにくいのが腹立つんですよ!」
「否定できねえんじゃん」
「表面条件は良い可能性があります! だから危ないと言ってるんです!!」
ゼニスがこれほど焦る相手なら、少し興味はある。
だが面倒事の匂いも濃い。俺としては、向こうから来ない限り放置するのが正解だ。
「分かった。来たら話だけは聞くがな」
「話も聞かなくていいです」
「何でだよ。比較見積もりは大事だろ!」
「自分を住宅ローンみたいに比較するな!!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼過ぎ。
その「向こうから」が、本当にやって来た。
やどり木の扉を開けたのは、銀灰色の髪をした女だった。見た目は二十代半ば。黒い事務服に黒革手袋、薄い書類鞄。背筋が真っ直ぐで、笑顔も営業用なのにゼニスほど怖くない。
「黒田陸様でいらっしゃいますか」
「違います」
「黒田ですにゃ」
ミャオが即答した。
「ミャオ。最近みんな俺を売るの早くない?」
「宿の中で本人確認を拒否しても意味ないにゃ」
女は一礼した。
「コレット・ノワールと申します。リボルヴ様の契約執行担当です。本日は現契約状況の確認と、資料のお届けに参りました」
「帰って」
「承知いたしました。では資料のみお渡しします」
「対応が早いな」
渡された黒い封筒を、その場で二つに破った。
「これで読めない」
「再発行いたします」
もう一通出てきた。
「......じゃあ燃やす」
「再発行いたします」
「川へ捨てる」
「環境負荷が生じますのでお勧めしませんが、再発行は可能です。なお、故意の連続再発行は事務手数料の対象となります」
「金取るのかよ! やっぱ敵だわ!」
「何で敵側の方が落ち着いてんだよ!」
横でゼニスが腕を組む。
「私だって最初は落ち着いていましたよ! あなたが毎回、破る、逃げる、寝る、屁理屈をこねるを繰り返した結果が今です!」
「人のせいにするな。感情管理は自己責任だろ」
「お前が言うなぁぁぁぁ!!」
コレットは二人のやり取りを見ても眉一つ動かさず、書類を開いた。
「確認事項は多くありません。神界債務、宿泊等の生活債務、武具購入に伴う分割債務。複数の債権が存在していますね」
「借金をポートフォリオみたいに言うな。まとめた瞬間、俺の人生が金融商品みたいに見えるだろ」
「現在の返済優先順位は設定されていますか?」
「気分」
「黒田さん!」
「正確には、取り立てに来た順。ミャオが目の前で帳簿出したら宿代、ゲインが店で睨んでたらローン、ゼニスが叫んだら神界。現場対応だ」
「返済計画と呼べるものが一つもありませんね」
「柔軟性が高いと言え」
コレットは真顔で書類へ何か書いた。
「“計画性なし”と記録します」
「言い換えろ!」
ミャオが帳簿を持ってくる。
「宿代と食費はこっちにゃ。黒田、最近また増えてるにゃよ」
「モグの食費混ざってるだろ」
「黒田名義で泊まってるにゃ」
「居候の扶養控除とかないの?」
「異世界の宿屋に何を求めてるにゃ、お前は」
コレットは淡々と数字を書き留める。
「装備ローンについては?」
「ゲインの店。必要装備だな」
ゼニスがすぐ刺す。
「予備を含めて必要以上に購入しています」
「必要かどうかは現場で決まる。使わなかったから不要だった、は結果論だろ」
「同じ用途の剣を何本も買う理由にはなりません」
「安売りしてた店が悪い」
「出た。最後だけ他人のせい」
コレットはそこで初めて少しだけ目を細めた。
「なるほど。支出抑制より、収益機会を増やした方が効率的かもしれませんね」
「オ、コレットちゃん、分かってるじゃん」
「同意しないでください!」
ゼニスが声を上げる。
コレットは書類を閉じた。
「本日は確認のみです。契約変更を強制する権限はありません。ご安心ください」
「意外とまともだな。もっと玄関で契約書押しつけてくると思ってた」
「拒否自体は契約上可能です。ただし今後、正式な提案が届く場合があります」
「条件いい?」
「私から申し上げる立場にはありません」
「利息は? 返済期限は? 最低返済額だけでも」
「正式提案前のため回答できません」
「じゃあ資料置いてけ」
「先ほど破棄されましたので、次回は耐水・耐火仕様をご用意します」
「対策進化すんなよ!」
「そこだけ教えてくれよ。聞くだけならタダだろ」
「そういう入り口から契約に近づくんです!」
俺はゼニスを無視して、コレットを見送った。
扉が閉まった瞬間、ゼニスが詰め寄ってくる。
「黒田さん!絶対にサインしないでくださいね」
「条件見てから」
「見るな!」
「じゃあお前がもっと条件良くしろ」
「それが簡単にできれば苦労してないんですよ!!」
そこだけ妙に本音に聞こえていた。
俺は少し黙ってから、椅子へ寝転ぶ。
「まあ、来たら考える。今日は考えない。脳みその営業時間終わり」
「まだ昼です!」
「知らん。寝るわ」
【神界・追加ご請求】
・敵対契約照会対応事務費 金貨25枚
・契約執行官来訪監視費 金貨30枚
・債務情報照合保全費 金貨30枚
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今回加算 金貨85枚
日本円換算 425,000円相当
前回繰越残高 金貨40,960枚
合計残高 金貨41,045枚
日本円換算 205,225,000円相当
※ミャオ管理債務は別口。




