第23話 笑顔で借金の話をする神は信用してはいけない
翌日の昼。
俺はやどり木の食堂で、昨日竜の里から持ち帰った干し肉を齧りながら寝ていた。もちろんケツをかきながらのいつものブッダ・涅槃図スタイルだ。
「陸。寝ながら食べると喉に詰まるにゃ」
「大丈夫。噛んでる間は起きてる」
「それを起きてるとは言わないにゃ!......あと寝っ転がって食べてるの行儀悪いにゃー」
ミャオに椅子を蹴られたところで、食堂の端に光が集まった。
ゼニスは濃紺のタイトスーツに白いシャツ、細い金縁眼鏡。今日は完全に銀行か証券会社の人間だった。胸元には黒いファイルを抱えている。
「黒田さん。少し神界側へ来てください」
「嫌だ。服装からしてどーせ金の話だろ。俺は今、食後休憩という非常に重要な業務中だ」
「業務ではありません。あと食べながら寝ないでください。今日は請求ではなく、契約確認です」
「もっと嫌だ。金の話より契約の話の方がだいたい長くなるに決まってるんだ!」
「あなたが先日利用した【|即日レベルアップシステム《インスタント・レベリング》】を含め、契約資産評価に外部照会が入りました。本人確認が必要なんです」
「外部照会? 誰が俺の借金見てんだよ。個人情報保護どうなってる、神界のコンプラおかしいだろ!」
「それを確認するためにも来てください!」
結局、強制的に連れていかれた。
神界の事務室はいつ来ても腹が立つくらい綺麗だ。
俺の四畳半とは真逆で、書類は揃い、床は光り、机の上に飲みかけの缶チューハイもない。人が暮らしている気配が薄すぎて、逆に落ち着かない。
「ここ、ほんと落ち着かねえんだよな。もうちょい散らかせよ」
「あなたの部屋基準で神界の衛生環境を下げないでください」
「人間は適度な雑然さに安心するんだよ」
「ゴキブリと同居する状態を“適度”と呼ぶなぁぁぁぁ!」
ゼニスが書類を差し出した。
俺が署名する欄は二つだけだった。
「ここまで呼んで二か所?」
「あなたの場合、説明を省くと後で“聞いてない”と言うでしょう」
「説明したって俺は聞いてないって言うぞ」
「そこ、威張るとこじゃねぇぇぇぇぇ!!」
署名した直後、奥の応接室から低い男の声が聞こえた。
「随分と賑やかな契約者ですね」
ゼニスの表情が固まった。
「誰?」
「あなたには関係ありません」
「俺のこと言ってなかった?」
「関係ありません」
「二回言うと余計怪しいぞ」
ゼニスは営業スマイルのまま、俺の背中を押した。
「確認は終わりました。【異世界送還】します。黒田さんは帰って寝てください」
「珍しく話が早いな。追加料金は?」
「今回はこちらで処理します」
「げげ怖っ。無料が一番怖い。無料って言われると後でまとめて請求される気しかしねえ」
「今回は本当に請求しません! だから早く帰れって!!」
視界が光に包まれた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
黒田を送り返したあと、神界の応接室にはゼニスと一人の男だけが残った。
男は黒を基調とした上質な礼装に身を包み、脚を組んで契約書を眺めていた。表情は柔らかい。声にも棘はない。それなのにゼニスは、黒田の暴言を受けている時より背筋を硬くしていた。
「改めまして。リボルヴです」
「存じています。闇の金融神が、私の担当契約へ何の御用ですか」
「そんなに警戒なさらなくても。私はただ、価値のある契約が適切に運用されているか興味を持っただけですよ」
リボルヴは黒田の戦績記録を指先でめくる。
「興味深い。平時は低水準。鍛錬を怠れば落ちる。しかし戦闘へ入れば【即応】で急激に伸びる。そして伸びるたびに即レベ利用料が発生する。現代装備を持ち込めば転送費、返却時には原状復帰費。稼働のたびに複数の収益源が立つ」
「黒田さんを商品みたいに言わないでください」
「商品とは言っていません。資産です」
「もっと悪いでしょう!」
リボルヴは少し笑った。
「しかも、彼は自分の価値を自分で低く見積もっている。働きたくない、責任を負いたくない、評価されたくない。ですが必要になれば動く。そして動けば大きな費用が発生する。実に持続性の高い契約です」
「だから何です」
「あなたは彼を活かせていない」
ゼニスの眉が動く。
「請求を嫌がれば値引きする。返済交渉では譲歩する。危険依頼へ出した後は、本人が嫌がるからと休ませる。あなたは債権回収者として、かなり情が混じっていますね」
「安全管理です。契約者が死亡すれば回収不能になります」
「では、なぜ回収可能な範囲まで能力を使わせないのです? 彼は強くなればなるほど支払い能力も上がる。あなたは“本人が嫌がるから”という理由で、収益最大化を自分から止めている」
「人間は壊れたら交換できる備品ではありません」
「もちろん。だから壊さない範囲で使うのです」
声はどこまでも穏やかだった。
ゼニスはその言い方が、黒田の雑な暴言よりよほど気に入らなかった。
「......黒田さんは、あなたの帳簿の数字ではありません。一人の人間です」
「ええ。数字より価値がある。ですから私が欲しい」
ゼニスは黒田の契約書へ手を置いた。
「彼は面倒で、口が悪くて、請求書を見れば逃げて、値切って、勝手に装備を増やして、こちらの予定を毎回壊します。ですが、それを理由に契約者本人の意思を無視して使い潰すつもりはありません」
「随分と評価が低いのか高いのか分からない紹介ですね」
「私も分かりません!!」
リボルヴは初めて小さく声を立てて笑った。
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
「あなた、何が言いたいんですか」
リボルヴは一枚の書類を机へ置いた。
「彼の契約を、私へ譲渡しませんか?」
ゼニスは書類を見ない。
「お断りします」
「まだ条件を申し上げていませんが」
「聞く必要がありません」
「あなたの銭神様への立替残高も、かなり軽くできますよ」
そこで初めて、ゼニスの指が止まった。
リボルヴはそれを見逃さなかった。
「やはり。あなたも苦しいのですね」
「......関係ありません」
「ええ。今日はここまでにしましょう。ただ一つだけ」
男は立ち上がり、穏やかに笑う。
「あなたは、回収が下手ですね。では、近いうちにまた――」
扉が閉じたあと、ゼニスはしばらく動かなかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
その頃の俺は、やどり木でモグに干し肉を奪われていた。
「返せ! それ俺の分じゃねえか!」
「陸はさっき食べたではないか!」
「食ったら所有権消える理論どこで覚えたんだ!」
俺は知らなかった。
知らない方が幸せな話は、だいたい向こうからやって来る。
【神界・追加ご請求】
・契約資産外部照会事務費 金貨30枚
・本人確認神界転送費 金貨35枚
・契約情報保全処理費 金貨25枚
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今回加算 金貨90枚
日本円換算 450,000円相当
前回繰越残高 金貨40,870枚
合計残高 金貨40,960枚
日本円換算 204,800,000円相当
※ミャオ管理債務は別口。




