第22話 古竜二頭、元自衛官の鍋の前だけ妙に素直
翌朝。
目を覚ますと、モグとルヴィアが鍋の前で待っていた。
「......何してんのお前ら」
「陸が起きるのを待っておった」
「わたくしは別に待っていたわけではありませんわ。昨日の料理について改善点を伝える必要があると思っただけです」
「じゃあ今日は作らん」
「ええっ、なぜですの!?」
即座に食いついた。
モグが腹を抱えて笑う。
「ほれ見ろ! 貴様も完全に餌付けされておるではないか!」
「されてませんわ! わたくしは美食家として、庶民料理の研究に付き合って差し上げているだけです!」
「三杯おかわりした研究熱心なお嬢様な」
「四杯ですわ!」
言ってからルヴィアが固まった。
「お前、完全に自白したぞ」
「いやあああああああああああああああ!!」
朝から元気で何よりだ。
竜の里を出る前に、昨日の干し肉を作っている燻製小屋へ寄った。
モグは職人から一切れ受け取り、目を細めて噛む。昨日と同じ、少しだけ昔へ戻ったような顔をしたが、今度はすぐに笑った。
「うむ。やはりこれじゃ。陸、いっぱい買って帰るぞ」
「お前の財布でな」
「財布とな?」
「持ってないの?」
「わらわ、竜ぞ?」
「竜だから何で無一文が許されるんだよ」
結局、俺が立て替える流れになりかけたところでルヴィアが扇子を鳴らした。
「その程度、わたくしが払いますわ。たかが保存肉でしょう?」
「いやいや。モグの食欲を甘く見るな。こいつ箱で買うぞ。さすがのお嬢様でも厳しいんじゃない?」
「誰に向かって言っていますの!? 金貨五百枚程度、わたくしの宝物庫では埃レベルですわ!」
「お願い、埃ちょうだい」
「あなた、プライドありませんの⁉」
横でゼニスが頭を抱えた。
今日は白い料理人風の上着に黒いエプロン、なぜか首へ赤いスカーフまで巻いている。
「黒田さん。今、完全にプライドを放棄しましたよね?」
「俺は“厳しいんじゃない?”って心配しただけだ。本人が勝手に金持ちアピールした。俺は悪くない」
「心配する人は、あんな期待に満ちた目で相手の財布を見ません!」
「財布じゃねえ。極太スポンサー様だ」
「もっと悪いですよ!!」
ルヴィアのこめかみに青筋が浮く。
「わたくしは財布でもスポンサーでもありませんわぁぁぁぁ!!」
「じゃあ干し肉代は自分で払う」
「おーっほっほっほっ! 庶民の意地ですの? 結構。では昨日の料理代として金貨百枚差し上げますわ!」
「毎食作ろうか?」
「売ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ゼニスが叫んだ。
俺としては正当な労働契約である。
働きたくはない。しかし一食金貨百枚なら話は変わる。労働が嫌なのではなく、安い労働が嫌なのだ。たぶん。
「黒田陸。では今夜も作りなさい。昨日より豪華な食材を用意しますわ」
「専属は嫌。拘束時間長そうだから。単発ならやるぞ、気が向いた時な」
「何ですの、その妙に現実的な条件交渉は!」
「雇われる側にも権利があるんだよ」
ゼニスがこめかみを押さえた。
「一食金貨百枚って、一般の料理人の日当どころじゃないですよ」
「だからやるんだよ。安い仕事は嫌、高い仕事なら考える。筋が通ってる」
「働きたくないんじゃなかったんですか?」
「正確には、割に合わない労働をしたくない」
「後付けで思想を修正するな!」
モグが袖を引っ張る。
「陸。わらわの分は?」
「デブ竜は金払え」
「わらわの愛では駄目かのう?」
「そんなもの、飯代にならん」
「ううううううう、陸、冷たいのじゃぁぁぁぁ!!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
帰る前の昼飯は、結局また俺が作った。
ルヴィアが持ち込んだのは、見るからに上等な肉と新鮮な野菜だった。昨日みたいに濃い調味料を足す必要はない。軽く塩と胡椒を使い、野菜と一緒に焼いて、残った肉汁を汁物へ回した。
「昨日の白い粉は使いませんの?」
「素材が良すぎる。こんないい肉に余計な味付けしたらもったいねえだろ。調味料は魔法じゃない。必要な時だけ足すもんだ」
ルヴィアが少し驚いた顔をした。
「......あなた、何でもあの粉で美味しくするのかと思っていましたわ」
「俺を怪しい薬売りみたいに言うな。腹に入る物を普通にうまくするだけだ」
食事が始まると、今度はルヴィアも文句を言わなかった。
モグは当然のように三人前食い、さらに持ち帰り用の干し肉を抱え込んでいる。
「これはミャオの分。これはティアナの分。これは......ひなたにも取っておくかの」
「お前、ひなたに会ったことないだろ」
「飯をくれた者には飯を返すのじゃ。良いことじゃろ?」
俺は少しだけ黙った。
「まあな。食う前に名前書いとけ。お前自身が夜中に食う未来しか見えん」
「信用がないのう!」
「食べ散らかした実績がある」
モグはむくれながらも、袋を三つに分けた。
帰り際、ルヴィアは峡谷の入口までついてきた。
「モグ。今度は数百年も空けずに顔を見せなさい。たまにで構いませんわ」
「気が向いたらの」
「毎月来なさいって言っておりますの!」
「多いわ!実家の母ちゃんか!!」
また喧嘩が始まる。
俺が先に歩き出すと、今度はルヴィアがこっちへ声を飛ばした。
「黒田陸! 次はわたくしが今以上の最高級の食材を用意しますわ! あなたはそれを料理なさい!」
「一食金貨百枚な」
「金の話から入るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!! でも悔しい!!お願いしてしまいそうですわぁぁぁぁぁ!!」
モグが笑い、俺も肩をすくめた。
結局、里へ来て分かったのは、モグが食い意地の張ったデブ竜である事実は何も変わらないということだ。ただ、その食い意地には昔の理由があった。
今は腹いっぱい食える。なら、それでいい。俺の財布には全然よくないが――。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夜、やどり木へ戻ると、ゼニスの神具が短く鳴った。
さっきまで料理人みたいな格好でモグの食費を計算していたゼニスの顔から、ふっと表情が消える。
「どうした。追加請求なら明日にしろ。今日はもう働いた」
「......違います」
「じゃあ俺関係ないな。帰らせろ、寝る」
「黒田さん」
珍しく低い声だったので、俺は一度だけ振り返った。
ゼニスの手元には、見慣れない黒縁の通知書が浮いている。
表題は【契約資産移管事前協議】。
「何それ」
「あなたは知らなくて結構です」
「じゃあ本当に寝るぞ」
「どうぞ」
「止めねえの?」
「今日は止めません、が自宅に戻るのはもう少しお待ちください」
気味が悪かった。
だが、面倒事なら知らない方がよく眠れる。
「知らん。ならここで寝る」
俺はそのまま宿の自室の部屋へ戻った。
背後でゼニスが通知書を閉じる音だけがした。
【神界・追加ご請求】
・北方行動帰還経路保証費 金貨35枚
・現代調味料追加使用因果精算費 金貨30枚
・竜族高額取引立会査定費 金貨60枚
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今回加算 金貨125枚
日本円換算 625,000円相当
前回繰越残高 金貨40,745枚
合計残高 金貨40,870枚
日本円換算 204,350,000円相当
※ミャオ管理債務は別口。
【登場キャラクター紹介】
モグが「財宝」と呼ぶもの。
そして、なぜ彼女が食べ物を何より大切にするのか。
少しだけ古竜の過去が見えました。
【★初登場 ルヴィア・ヴァーミリオン】
モグと古くから張り合ってきた紅玉古竜。
深紅の長い縦巻きロール、金色の瞳、豪華なドレスという絵に描いたようなお嬢様です。
「おーっほっほっほっ!」と高笑いする超お金持ちですが、本人に庶民の金銭感覚はほぼありません。
モグが「量」なら、ルヴィアは「美食」担当。
黒田の料理を馬鹿にした直後、普通に何杯もおかわりしました。
【◆主要登場 モグ】
食べ物への執着は、単なる食いしん坊だけではありませんでした。
金銀財宝よりも「腹が減った時に食べられる物」を大切にする古竜。
それでも現在は、黒田やミャオたちと騒ぎながら飯を食べています。
【◆主要登場 黒田 陸】
料理人ではありません。
本人いわく「食えるようにしただけ」。
ただし保存食や余り物を腹いっぱい食える飯へ変えることには、妙に慣れています。




