第21話 金貨より飯を大事にする奴には、だいたい理由がある
竜の里は、俺が想像していた「竜がその辺を飛び回る集落」とは少し違った。
北方峡谷の奥に、巨大な洞窟と岩棚、それを繋ぐ石段や交易所が点在している。人の姿を取った竜族もいれば、人間や獣人の商人もいる。巨大な竜が通るためか、全体的に道だけはやたら広い。
そんな中、モグはさっきから落ち着かない。
懐かしそうに周囲を見るくせに、俺と目が合うと「別に何とも思っておらぬ」という顔をする。
「お前、素直じゃねえな」
「何がじゃ。わらわは普通じゃぞ」
「尻尾がさっきから全部喋ってんだよ。右見てブン、左見てブン、昔の店見つけてブンブンのブンだ」
「貴様ぁぁ!見るなぁぁぁぁ!!」
ルヴィアが扇子を広げ、高笑いした。
「おーっほっほっほっ! モグは、昔から分かりやすい子でしたもの。食べ物を見つけた時など、尻尾だけで方角が分かりましたわ!」
「お主は黙っておれ! 陸に余計な情報を渡すでない!」
「もう手遅れだ。今後の索敵に使える」
「わらわを犬扱いするな!」
そんな騒ぎをしながら案内された先は、ルヴィアの宝物庫だった。
扉が開いた瞬間、俺は言葉を失った。
金貨。銀貨。宝石。魔石。装飾品。古い武具。
床から棚まで光っている。俺の借金なんて、この部屋から見れば本当に誤差なのかもしれない。思わず金貨の山へ一歩近づいたところで、ゼニスにグイッと襟を掴まれた。
「――見るだけです。触った場合、竜族財産への損害査定が発生しますからね」
「まだ触ってねえだろ。信用なさすぎる」
「今、右手が伸びていました」
「文化財の質感を確認しようとしただけだ」
「金貨を文化財扱いするな」
「モグ」
「なんじゃ」
「よく見ておけ、これが本当の財宝だ」
「わらわの干し肉も財宝じゃ!」
ルヴィアが勝ち誇ったように胸を張る。
「聞きましたこと? 昔からこの子は金銀より肉、宝石より芋。竜としての美意識が根本から欠けていますの!その点、黒田とやらは庶民の割によくわかっておりますわ」
「食えぬ石より肉の方が偉いに決まっておる!」
「宝石を石と言わないでくれますことぉぉぉぉ!!」
いつもの喧嘩かと思ったが、モグの声は途中で少し低くなった。
「......腹が減っておる時、金は食えぬ」
ルヴィアの扇子が止まる。
俺は何も言わず、近くの箱へ腰掛けた。
住民に聞いたところ昔、この北方一帯では長い飢えがあったらしい。寒さが続き、獲物が減り、山道も塞がれた。交易商人が来なくなり、金貨をいくら持っていても買う物そのものがなかった。
「最初は皆、すぐ終わると思っておった。わらわもじゃ。食べればまた取ればよい、無くなれば買えばよいと思っておった。だが獲物は戻らぬ。倉の穀物も減る。最後は、昨日食べた者が今日食べられぬようになった」
モグは古い石壁を眺めたまま続けた。
「それから、食える物は取っておくようになった。干せる肉は干す。穀物は湿らぬ所へ置く。腹いっぱい食える時には食う。......また無くなるかもしれぬからの」
大食い自体は元からだろう。
だが、あの異常な食料備蓄と、誰かが飯を粗末にした時だけ見せる妙な真剣さは、そこから来ているらしい。
俺はぽりぽりと頭を掻いた。
「だからって俺の分まで食っていい理由にはならんぞ」
「陸ぅ......そこはもう少し優しいことを言う流れではないのか」
「保存するのは正しい。備蓄も正しい。でも食い尽くしたら備蓄じゃねえ。ただの暴食だ。それに貯めるなら古い方から食え。腐らせるのが一番もったいない」
「......陸は怒らぬのか? 食べ物を溜め込むことを」
「何で怒るんだよ。予備がある方が安心するのは分かる。必要になった時に“ありません”が一番嫌なんだよ」
口から出してから、自分で少しだけ引っかかった。
だが、それ以上考えるのは面倒だったので止めた。
ルヴィアが静かに言う。
「食料を財宝と呼ぶことだけは、わたくしも笑いませんわ。あの時ばかりは、宝石より一袋の麦の方が価値がありましたもの」
モグが意外そうに見る。
「ルヴィア......」
「ただし! あなたがわたくしの非常用保存肉を勝手に食べた件は別ですわ!! あれは最後まで残しておく予定だったのです!今でも許しておりませんから!!」
「古い話を蒸し返すなぁぁぁぁ!!」
「三百年経っても窃盗は窃盗ですわよぉぉぉぉぉ!!」
ちょっとだけいい話は三秒で終わった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夕方、交易所の脇で野営することになった。
ルヴィアは「わたくしの館へ来ればよいですわ」と言ったが、モグが嫌がり、俺も豪華な客室に泊まった後で宿泊費を請求されたら死ぬと思ったので断った。
ゼニスは今日は野外調理指導員みたいなエプロンを山岳服の上から着けている。
「何でお前まで飯作る格好してんの?」
「食材衛生確認です。契約者が変な物を食べて腹を壊すと行程が延びますから」
「そのエプロンいる?」
「必要です!」
「絶対いらねえわ」
俺は昨日の干し肉と、交易所で買った根菜や葉物を鍋へ放り込んだ。
干し肉はそのまま齧ると硬く、塩気も強い。水で戻して野菜と煮れば、その塩気が汁へ移る。そこへ日本から持ち込んでいた胡椒、中華だし、少量のうま味調味料を足す。
モグが鍋の前で鼻をひくつかせた。
「陸。何を入れた? 昨日の肉と匂いが違うぞ」
「硬けりゃ戻す。塩辛けりゃ野菜入れる。足りねえ味は足す。保存食ってのは保存するために味を捨ててる部分もあるからな。別に料理ってほどじゃねえ」
ルヴィアが白い粉を見て眉を寄せる。
「その怪しい粉は?」
「うま味調味料」
「説明になっていませんわ!」
「食えば分かる」
「わたくしは高貴なる古竜ですのよ。庶民が鍋へ保存肉を放り込んだだけの物など、前菜にも――」
「文句言うやつは食うな」
「いただきますわ」
「結局、食うんじゃねえか」
モグとルヴィアへ椀を渡す。
二匹とも一口目で止まった。
「......陸」
「何だ。まずいか?」
「わらわ、これ毎日食べたいぞ!!」
「はあ?絶対に嫌だ。毎日は面倒」
「頼む陸ぅぅぅぅぅ!!」
隣ではルヴィアが無言でもう二口食べていた。
「どうよ、お嬢様のお口にはあいませんでしたかね?」
「......まあ。庶民料理としては、決して悪くありませんわね。塩気の角が取れて、野菜へ肉の味が移っていますし、この胡椒も......あら、もう一杯いただけますかしら?」
「評価より先にお椀出してんじゃねえか」
モグが笑う。
「ルヴィア、お主も餌付けされておるではないか!」
「ぜぇぇぇったいにされてませんわぁぁぁぁぁ!! これは純粋な味覚評価です!!」
「三杯目の評価は長いな」
「黒田陸ぅぅぅぅ!!」
俺は鍋を覗いた。
もう半分ない。
「お前ら、俺の分まで食ったら、二度と作らんからな」
二匹が同時に椀を抱え込んだ。
どうやら竜相手には、剣より飯の方が効くらしい。
【神界・追加ご請求】
・竜族交易圏滞在監督費 金貨30枚
・異世界食材安全確認費 金貨25枚
・現代調味料少量持込因果精算費 金貨40枚
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今回加算 金貨95枚
日本円換算 475,000円相当
前回繰越残高 金貨40,650枚
合計残高 金貨40,745枚
日本円換算 203,725,000円相当
※ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務は別口。




