第20話 古竜の故郷へ来たのに、なぜか全員メシの話しかしない
翌朝。
宿屋兼万屋「やどり木」の食堂では、昨日の商隊から貰った干し肉が皿の上に残っていた。
残っている、と言っても俺が確保した分ではない。モグが昨夜から何度も「もう一つだけじゃ」と要求し、そのたび俺とミャオが阻止した結果、奇跡的に三切れ生き残っただけだ。
「陸。もう一度食わせてくれ。昨日は驚いて味をよく確かめられなかったのじゃ。今度こそ一切れだけ、ほんとうに一切れだけじゃ、のう頼む……」
「おいデブ竜。お前の“一切れ”は信用できん。昨日も一切れから始まって袋の半分消えた。これは証拠品だ。仕入れ先を聞くまで保存する」
「わらわのどこがデブなんじゃ! 食べ物を証拠品扱いするでない! 食べ物は食べるためにあるのじゃ!」
「食欲がだよ! お前が言うと説得力ありすぎて逆に怖いっての」
商隊の男から聞いた話では、その干し肉は王都よりかなり北、山間の小さな集落から仕入れたものらしい。塩と燻し方に独特の癖があり、さらに北の峡谷へ入った竜族の交易地でも似た保存肉が作られているという。
その説明を聞いてから、モグは妙に静かだった。
普段なら「行くぞ! 今すぐじゃ!」くらい言いそうなものなのに、椅子へ座って尻尾の先だけを動かしている。
「お前さ、故郷に帰りたいなら帰ればいいだろ」
「べ、別に帰りたいとは言っておらぬ。味が似ているから、本物か確かめてやってもよいと思っただけじゃ」
「面倒くせえ言い方するな。お前、俺がひなたから逃げてた時より分かりやすいぞ」
「陸にだけは言われたくないのじゃぁぁぁぁ!!」
ミャオが苦笑しながら、北方へ向かう街道図を持ってきた。
「竜の里まで人間の足なら何日もかかるにゃ。モグが案内できるなら迷わないと思うけど、山越えもあるにゃよ」
「何日も?」
「順調でも何日かは見るにゃ。途中で野営も必要だと思うにゃ」
「じゃあ行くのやめよう。俺は昨日働いた。人間には休養が必要だ」
「陸! さっき帰ればいいと言ったではないか!」
「お前が勝手に帰る話だ。俺が同行するとは言ってない。主語を勝手に増やすな」
そこで俺は、モグを見た。
正確には、その頭の小さな角と尻尾を見た。
「ん……待てよ」
「なんじゃ?」
「お前、そもそも竜だよな」
「今さら何を言っておる。わらわは誇り高き古竜じゃぞ」
「飛べるよな?」
「当たり前じゃ! 昔はこの辺りの空など庭のように――」
「じゃあ乗せろよ」
食堂が静かになった。
「……わらわに?」
「乗って飛べば山道歩かなくて済むだろ。何日も歩く必要ねえじゃん。何で誰も気づかなかったんだよ」
「陸! わらわを馬車か何かと勘違いしておらぬか!?」
「馬車より速いだろ。しかも餌代は……」
俺は途中で口を閉じた。
モグが干し肉を見ていた。
「……まあ、そこは後で考えるか」
その瞬間、食堂の端に光が集まり、嫌な気配とともにゼニスが現れた。
今日はカーキ色の山岳ジャケットに膝丈のブーツ、つばの広い帽子。胸には双眼鏡らしき神具、腰には地図筒まで下がっている。仕事はできそうなのに、やっていることは完全に秘境番組の案内役だった。
「ちょうどよかったです。北方竜種生息圏への移動について、こちらでも経路を確認しました。神術による短縮移動、安全監督、位置情報、緊急帰還保証をまとめた特別プランを――」
「いらん。デブ竜便がある」
「誰がデブ竜便じゃぁぁぁぁ!!」
「……モグさんに乗るんですか?」
「タダだろ?」
「わらわはまだ了承しておらぬぞ!」
「ほら、本人も否定してない」
「否定しかしておらぬわ!!」
ゼニスが提示しかけていた料金表を、俺はそっと押し返した。
神術での移動は早い。だが高い。対してモグはすでにここにいる。
「移動費ゼロ。転送費ゼロ。俺は歩かなくていい。完璧だ」
「黒田さん。その計算、何か大事なものを忘れている気がします」
「知らん。未来の俺に引き継ぐ」
結局、残りの干し肉はやるという提案で、モグが折れた。
宿の外で漆黒の巨竜へ戻ったモグの背へ、俺とゼニスが乗る。ミャオは宿があるので留守番だ。
「落ちても知らぬぞ! あと陸、角を掴むな!」
「安全帯ないんだから仕方ねえだろ!」
「わらわの角は手すりではないのじゃぁぁぁぁ!! あとちょっとそこ、敏感なのじゃ......」
翼が大きく開いた。
ドンッ、と地面を蹴った瞬間、胃袋が置き去りになるような浮遊感が襲う。宿も街道も一気に小さくなり、北へ延びる山々が眼下へ流れていった。
「おお。速え。これなら最初からこうすりゃよかったな」
「だからわらわは古竜じゃと言っておろう! もっと敬うがよい!」
「はいはい、便利便利」
「便利と言うなぁぁぁぁ!!」
徒歩なら数日という道程は、驚くほどあっさり縮んだ。
ただし途中から、モグの口数も露骨に減った。
「……なぁ陸よ」
「なんだ」
「(ぐぅぅぅ)腹が減ったぞ」
「まだ半分くらいだぞ」
「二人も乗せて飛んでおるのじゃ! いつもの倍、いや三倍腹が減る!」
「気のせいだ。そのまま飛べ」
「竜を燃料切れで墜落させる気かぁぁぁぁ!!」
仕方なく休憩を挟み、持ってきた保存食を食わせた。
一度。
二度。
三度。
俺は途中から面倒臭くなって数えるのをやめた。
「……神術の方が安かったんじゃねえだろうな」
「だから言ったじゃないですか。何か忘れている気がするって」
「結果論で殴らないで!」
夕方前、ようやく北方の峡谷が見えてきた。
モグが高度を落としていくと、岩壁の上に巨大な影が走った。
次の瞬間、ゴォッと風が落ち、赤い鱗を持つ巨大な竜が岩棚へ降り立つ。金色の瞳がこちらを見据えた。
モグの身体が露骨に固まった。
「……最悪じゃ」
「知り合い?」
「陸。帰るぞ。今ならまだ間に合う!」
「お前がここまで運んできたんだろ。何で故郷の入口でUターンしようとしてんだよ」
俺たちを降ろしたモグが人間形態へ戻るのとほぼ同時に、赤竜の身体も光へ包まれ、人の姿へ縮んでいく。
現れたのは、燃えるような深紅の長髪を巨大な縦巻きロールにした若い女だった。小さな赤い角、金色の目、白と赤と金をこれでもかと盛ったフリルだらけのドレス。山道で日傘まで差している。
どう考えても歩いて来る格好じゃない。
「おーっほっほっほっほっほっほっ!! 誰かと思えばモグではありませんこと! あなた、とうとう人間に餌付けされて、街で飼われているそうですわね!」
「誰が飼われておるかぁぁぁぁ!! ルヴィア! お主こそその頭、昔より巻きが増えておらぬか!」
「これは高貴なる紅玉古竜の美意識の極みですわ! あなたの寝癖みたいな銀髪と一緒にしないでくださる!?」
俺は二匹を見比べた。
「なるほど。モグの同類か」
「「誰が同類じゃ/ですの!!」」
息まで揃っていた。
ルヴィアと名乗った女は俺を上から下まで眺め、扇子を口元へ当てる。
「それで、あなたがモグを飼育している庶民ですの?」
「逆だ。俺の食費がこいつに飼育されてる。それと庶民なのは合ってる。金ないから」
「まあ。でしたら金貨くらい差し上げればよろしいでしょうに。モグ、あなたお金ないのかしら?」
俺の耳が止まった。
ゼニスの視線が横から刺さる。俺に耳打ちでひそひそとゼニスが言った。
「黒田さん。その顔やめてください」
「どの顔だよ」
「新しい収入源を発見してウッキウキの顔です」
「人聞き悪いな。俺は今、異文化交流の可能性を感じただけだぞ?」
「あの人、金貨の話しかしてませんでしたよね!?」
モグはそんな俺たちを置いて、峡谷の奥を見た。
「ルヴィア。わらわは……里を見に来ただけじゃ。昨日、昔と同じ味の肉を食べた」
ルヴィアの笑みが、ほんの一瞬だけ消えた。
「……そう」
扇子を閉じる。
「でしたら見ていきなさいな。あなたがいなくなったあとも、ここは少し変わりましたもの」
モグは返事をせず、峡谷の先を見つめた。
俺も余計なことは言わなかった。
ただ、直後にモグの腹が盛大に鳴った。
ぐぅぅぅぅぅぅ……。
「……陸。腹が減った」
「おいデブ、さっき食っただろ!!」
「飛んだからもうないって誰がデブじゃああああああっ!」
「燃費悪すぎんだろ、このデブ竜!」
徒歩代を浮かせたつもりが、飛行中の保存食はほぼ全滅。
さらに到着早々、モグは「飛んだ分を取り戻すのじゃ」と夕飯の増量まで要求し始めた。
どうやら世の中、楽をすると別のところから請求が来るらしい。
【神界・追加ご請求】
・北方竜種生息圏安全査定費 金貨45枚
・竜種生息圏位置情報提供費 金貨35枚
・契約者遠隔監督費 金貨40枚
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今回加算 金貨120枚
日本円換算 600,000円相当
前回繰越残高 金貨40,530枚
合計残高 金貨40,650枚
日本円換算 203,250,000円相当
※モグ飛行後の追加食費・消費保存食はミャオ管理債務へ別途加算。
※ミャオ管理債務は別口。




