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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#06 渋々本気 (正式名称:遭難冒険者一行緊急救出及び魔獣脅威排除作戦)

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第17話 安全な依頼を選んだ俺の前に、どうして魔狼がいる

 山間街道へ入ってから二時間ほど。

 安全な運搬依頼のはずだった俺は、荷車の横で煙草の残り本数を数えていた。


「五本......いや、四本半か。朝の一本を途中で消したから、あれを再利用すれば実質五本。帰還まで持つな」


 ゼニスが隣で呆れた顔をする。

 今日はずっと山岳ガイド風の格好だ。帽子まで被ってるくせに、土の上を歩いても裾が妙に綺麗なのが腹立つ。


「命の危険より煙草の在庫を先に計算するの、やめません?」

「命の危険はいつ発生するか分からん。ヤニ切れは在庫がゼロになったら確実に発生する。確定リスクから管理するのが基本だ」

「ヤニ切れを災害みたいに扱わないでください」

「精神災害だぞ。俺の機嫌が悪くなる」

「それは周囲への災害ですね」

「うまいこと言った顔すんな」


 俺は一本だけ取り出して眺め、結局戻した。


「昼までは温存する。ここで吸ったら帰りの在庫が危ない」

「煙草に関しては珍しく計画的ですね。装備購入の時にも同じ慎重さが欲しいです」

「一億九千万近く借金あったら誰でも倹約家になる」

「装備を買う時にもその感覚を思い出してください」

「装備は必要経費。煙草は精神維持費。酒は睡眠導入費。ギャンブルは資産運用」

「最後だけ明確に嘘です」

「資産運用にはリスクがある。結果だけ見てギャンブル扱いするのは早計だ」

「あなたの場合、リスクしかないでしょう!」


 荷車を引く商人が笑った。


「黒田さん、女房みたいに怒られてますね」

「やめろ。こいつが女房だったら婚姻届の横に請求書ついてくるんだぜ?」

「あなたと結婚するぐらいなら神界の監査部へ異動願い出します!」

「ほらな」


 くだらない会話をしながら進んでいたが、山道の空気は少しずつ変わっていた。

 最初に見つけたのは折れた枝だった。

 次に、道脇の泥へ深く残った靴跡。

 さらに少し先で、木の幹へ黒い焦げ跡がある。

 俺は荷車を止めた。


「......待て。荷車を一回止めろ。この先、何かおかしい」


 商人が振り返る。


「どうしました? 道に何か見つけましたか?」

「この先、ちょっと変だ。枝の折れ方も足跡も、普通の通行じゃない」


 俺は焦げた幹へ近づく。

 表面だけじゃない。樹皮が一方向へ弾け、内側まで焼けている。

 ゼニスも顔つきを変えた。


「この焦げ方、魔法痕でしょうか。自然に焼けた感じではありません」

「多分な。少なくとも山火事の跡じゃない。狙って撃った形だ」

「もしかしてティアナさんの魔法ですか? 痕跡だけで区別できます?」

「似てる。あいつの火は収束が綺麗だから、焼け方に癖がある」

「分かるんですか?」

「前に散々、俺の初級火球を馬鹿にされたからな。あいつのは収束が綺麗で、余計な焼けが少ない。俺のはもっと雑に散る」

「そこまで分析できるのに、比較対象が自分の下手な魔法なのが悲しいですね」

「うっせぇわ!!下手は下手なりに教材になるんだよ」


 そこから十数メートル先。

 草が踏み荒らされている。

 土に血。

 壊れた革製の肩当て。

 俺はしゃがみ、指で土を触った。


「血痕が新しい。半日も経ってない」


 商人の顔が青くなる。


「この先に救援班がいる可能性がありますか? 進んで確認するんですか?」

「分からん。だから今から確認する。あんたらはここで待て。いや、待つのも危ないな。少し戻って、さっきの分岐手前まで下がれ」

「黒田さんはどうします? まさか一人で先へ行くつもりじゃありませんよね」

「俺は見てくるだけ。依頼の荷物は持ってけ。運搬失敗扱いにされたら困る」

「こんな時まで運搬報酬の心配をするんですか。普通は負傷者が先でしょう」

「こんな時だからだ。危険に首突っ込んで運搬報酬まで失ったら完全赤字だろ。命張るならせめて帳簿上は黒字にしろ」


 ゼニスが小さくため息をつく。


「そういう言い方をする時ほど、帰らないんですよね」

「帰る。確認したら帰る。俺は昨日ちゃんと学習した」

「では、その言葉も記録しておきます」

「お前、記録魔かよ」


 商人たちを下がらせ、俺とゼニスだけで先へ進む。

 焦げ跡は一つじゃない。

 岩肌に浅い亀裂。

 矢が一本。

 血痕。

 足跡は複数。

 人間の靴跡に混じって、獣のものがある。


「獣の足跡、思ったより数が多いな。一匹二匹の襲撃じゃない」

「重なっていて読みにくいですね。何体くらいだと思います?」

「分からん。重なってる。ただ、一匹二匹じゃねえ」


 俺は視線を道の端へ移す。


「こっちは人間側。走ってる。こっちは獣側。追ってる。途中で分かれて......」


 少し先の岩陰に、誰かが倒れていた。


「おい!」


 駆け寄る。

 若い男。商隊の護衛らしい。肩から血を流しているが、息はある。


「聞こえるか。おい、目開けろ」

「......う......」

「水飲めるか? 無理なら無理に起きなくていい。まず呼吸整えろ」

「くろ......だ......?」

「俺を知ってんのか」

「ギルドで......見た......」


 ゼニスが応急処置用の包帯を出す。神術ではない、普通の物だ。


「誰にやられた。ジークフリードたちは?」


 男は苦しそうに息を整えた。


「商隊は......先に逃がした......若い剣士と、ピンク髪の魔術師が......残って......群れを止めるって......」

「馬鹿か、あいつら。商隊逃がした後まで自分らだけ残るなよ」

「谷の方へ......狼みたいな魔獣が......何十......」

「何十って、そんな群れ相手に二人で残ったのか。ほんと馬鹿だな」


 嫌な数字だ。


「大きいのが......一匹......指示してる......」


 俺は立ち上がった。


「ゼニス。こいつ、さっきの商人らに引き渡せるか」

「可能です。ここからなら私の補助で安全な位置まで誘導できます。神術としての治療は――」

「いらん。今は生きてる。普通の手当てで運べる」

「分かりました」


 ゼニスは男へ肩を貸しながら、俺を見る。


「黒田さんは?」

「俺は痕跡だけ見て戻る。位置と状況が分かれば後続へ渡せる」

「また“見るだけ”ですか。そう言って前も最後まで残りましたよね」

「今回は本当だ。俺だって毎回危険へ突っ込むほど善人じゃない」


 遠くで、ゴォンッ――と低い音がした。

 続いて、山肌の向こうが一瞬だけ赤く光る。

 俺は目を細めた。


「......あいつ魔力無駄遣いしてんな」

「ティアナさんですか?」

「多分。あんな出力を連発してたら長く持たねえ」

「救援依頼へ切り替えますか?」


 ゼニスは業務的な口調に戻った。


「現在の運搬依頼とは別件になりますが、ギルド側へ緊急救援として事後申請できます。追加報酬の対象になる可能性もあります」

「いくら」

「確定はできません。ただ、危険度次第では金貨百枚以上」

「百枚以上か......命張る金額として高いのか安いのか、微妙な線だな」


 一瞬だけ心が揺れた。


「いや待て。そこから手数料、ミャオ、ゲイン、神界。俺の手元に残るの何枚だ」

「今その場で手取り計算します? まだ助けるかどうかの場面ですよ」

「一番大事だろ。人命救助で赤字になったら、次から救助する人間がいなくなる。持続可能性ってやつだ」

「あなたは自分が働きたくないだけでしょう」

「それも持続可能性の一部だ」


 もう一度、赤い光。

 今度は近い。

 俺は煙草を一本出した。

 火をつける。

 一吸い。

 吐く。


「......行って見るだけだ。状況確認して、無理ならそのまま戻る」

「戻るんですよね?」

「危なかったらな」

「では、同行します」

「お前はまず患者を安全圏へ運べ。俺への監視はその後でいい」

「安全圏まで送ったら追いつきます。勝手に高額オプション使わないでくださいね」

「高額神術は使わんって言ってんだろ。今日は財布を守る日だ」

「信用が」

「ゼロなのは知ってる!」


 俺は谷の方へ走った。

 道は途中から細くなり、岩場へ変わる。

 血痕が増える。

 その先で、一匹目が出た。

 黒い毛並み。

 犬より遥かに大きい。

 低い姿勢で岩陰を縫うように走り、こちらを見た瞬間、左右へ細かく進路を変える。


 影走魔狼《シャドウランナー・ウルフ》。

 ギルド資料で名前だけ見たことがある。


「うわ、想像より速えな。こういう細かく動く奴、本当に嫌いだ」


 俺は剣へ手を掛けた。

 魔狼は正面から来ない。

 岩を使って視界を切り、俺の横を取ろうとする。


「そういう頭使うタイプが一番面倒なんだよ」


 右へフェイント。

 左へ来る。

 俺は半歩下がり、突っ込んできた鼻先を剣の腹で逸らした。

 魔狼が着地した瞬間に蹴りを入れる。


「一匹ならいい。群れで来るなよ」


 言った直後、岩陰から三匹出た。


「一匹ならいいって言ったそばから三匹で来んな! 会話を聞いてたのかお前ら!」


 剣だけじゃ面倒だ。

 小さな火球を作る。


「ほら、俺の魔法を見ろ。ティアナより安いぞ!」


 放つ。

 魔狼の横を抜ける。


「......風だな」


 後ろから声。


「無風です」

「患者送ったばっかだろ。追いつくの早えよ、少しは俺を信用して遅れて来い!」


 ゼニスが立っていた。

 俺は剣で一匹を牽制し、岩の隙間へ走る。


「こいつら正面から相手するな。狭いとこ通せ。三匹同時に来られる方が面倒だ」

「了解しました。では私は後方で状況確認と必要時の支援に徹します」

「お前は戦わなくていい。俺が見る」

「戦闘に入ると急に指示が具体的になりますね。普段からその半分くらい真面目なら楽なんですが」

「後で言え!」


 岩場を抜ける。

 その先で、景色が開けた。

 谷底へ続く斜面。

 折れた木。

 焼けた地面。

 そして、遠くに人影。

 ジークフリードが片膝をついている。

 鎧の肩が裂け、剣を地面へ支えにして立とうとしている。

 ティアナはその前で杖を構えていた。

 桜色の髪が汗で頬へ貼りつき、呼吸が荒い。

 周囲を十数匹の影走魔狼が囲んでいる。

 

 さらに奥。

 普通の魔狼より一回り、いや二回り大きい黒い個体がいた。

 額から首筋へ銀灰色の筋が入り、他の個体がそいつの動きに合わせて位置を変えている。

 黒月狼王《ブラックムーン・アルファ》。

 群れの指揮個体。


「......いるじゃねえか、面倒の親玉が」


 俺は斜面を下りながら声を張った。


「お前らさあ!」


 ティアナが振り返る。


「黒田!?」

「何でわざわざ、俺が通る道で遭難してんだよ! 安全依頼だった俺まで危険手当の対象になるだろうが!」


 ジークフリードが苦笑した。


「本当に来ると思ってなかったぞ。お前、別の運搬依頼だっただろ」

「俺も来ると思ってなかったよ! 今から帰っていいか?」

「帰れるならな!」


 影走魔狼が一斉に低く唸る。

 俺は剣を抜き、煙草を地面へ落とした。


「......チッ。一本無駄になっちまったじゃねえか」


【神界・追加ご請求】

・危険区域同行監督費           金貨40枚

・緊急救援対象位置照合費         金貨35枚

・戦闘状況記録/危険度再査定費      金貨45枚

─────────────────

今回加算                金貨120枚

日本円換算               600,000円相当

前回繰越残高              金貨38,360枚

合計残高                金貨38,480枚

日本円換算               192,400,000円相当

※ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務は別口。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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