第16話 討伐は嫌だ。荷運びならする。絶対に戦わん
翌朝。
俺は自分の四畳半ではなく、宿屋兼万屋「やどり木」の食堂にいた。
昨夜、寝る宣言をした十五分後にゼニスから強制的に呼び出された。
理由は単純だ。
「“明朝出発予定”って言ったのに、何で昨夜のうちに呼ぶんだよ。朝呼べ。俺には睡眠権ってものがあるんだぞ?」
俺が文句を言うと、ゼニスは救助隊風ジャケットのまま、食堂の端で書類をめくった。
「朝に呼んだ場合、あなたが“寝起きだから無理”“二日酔いだから無理”“腹減ったから無理”の三段構えで抵抗する可能性が高いからです。事前搬送しておけば、少なくとも現地にはいます」
「拘束の発想が犯罪者に対するそれなんだよなぁ」
「逃亡実績のある債務者に対する適切なリスク管理と言ってもらえますか?」
「言葉を綺麗にしても監禁は監禁だからな」
「ここは監禁施設じゃありません。ちゃんとした宿屋ですよ! ミャオさんにも失礼です!」
その横で、モグが袋を漁っていた。
「陸! これ、うまいぞ! この赤い袋の肉、もっとないのか!」
「勝手に食うな。それ、ひなたの差し入れだぞ」
「ひなた? それは誰じゃ。新しい飯の名前か?」
「日本の後輩。お前は知らんやつだ」
モグは市販の保存肉を咀嚼しながら目を輝かせる。
「知らぬが、良い者だな。モグへ飯をくれる者に悪い奴はおらぬ。ひなたは良い奴じゃの」
「お前にやったんじゃねえ。俺にくれたんだよ!」
「陸に与えればモグへ来る。つまり最初からモグへの補給じゃな」
「兵站経路を勝手に最終消費者基準で解釈すんな」
ミャオが厨房から顔を出す。
「その“ひなた”って子、前から差し入れしてくれる後輩にゃ?」
「そう。俺が飯食ってるか監視してくる」
「いい子にゃ。黒田、ちゃんとお礼言った?」
「言ったようなもんは渡した」
「具体的には何を返したにゃ? ちゃんとお礼になる物にした?」
「缶コーヒー一本。第一回の返済としては妥当なところだろ」
ミャオの猫耳がぴたりと止まる。
「差し入れいっぱい貰って、コーヒーだけかにゃ?」
「現物返済の第一回分だ。分割払い」
「黒田ぁ......それ、差し入れの量と全然釣り合ってないにゃあ......」
「やめろ。その“しょうがない男を見る目”は昨日ひなたにもやられた。債権者と後輩の反応が同じになると俺の立場が危うい」
「危ういのは元からにゃ」
俺は食卓へ突っ伏した。
モグがもう一つ保存食へ手を伸ばす。
「残りは取っとけ。山で食うんだ」
「山ならモグも行くぞ! 飯も食えるし、敵が出たらモグが全部倒してやる!」
「行かん。お前が行くと救援じゃなく大型生物投入になる。今回は普通の冒険者の仕事だ」
「モグも普通の冒険者みたいに行けばよいではないか。何が違うのじゃ?」
「自覚持て、規格外だ。お前が出ると救援班より災害側へ分類されるんだぞ」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
朝食後、冒険者ギルドへ行く。
朝から人が多い。
受付のリゼットはいつもの営業スマイルで書類を並べ、奥ではガロンが数人の冒険者へ指示を出していた。
ジークフリードはすでに装備を整えている。
その中に、一人だけ明らかに若手連中とは空気の違う大男がいた。俺より頭一つ近くでかい。分厚い大盾を背負い、使い込まれた片手槍を壁へ立て掛けている。派手な装飾はないが、傷だらけの盾だけで何度も面倒な現場から帰ってきたことは分かった。
胸元の認識票はBランク。鉄壁の二つ名を持つバルガス・レインというらしい。
「バルガス。お前は第二救援班を率いて西側の旧道から入れ。北東支線と合流できる場所まで確認し、斥候が残した印を拾ってくれ」
ガロンが言うと、バルガスは地図を受け取り、真っ先に目的地ではなく帰路側へ指を走らせた。
「了解。その前に戻り道を決める。ここと、こっちだな。雨が降った場合は南側が使えんから、退路は実質一本。負傷者を拾ったら欲張らず戻るぞ」
思わず俺はそっちを見る。
「おっさん、話分かるじゃん。普通、救助って聞いたらまず“どこまで行くか”を聞くだろ。最初に“どう帰るか”を確認する奴は信用できる」
バルガスも俺を見た。四十手前くらいだろうか。厳つい顔に似合わず、視線は地図と俺の荷物を細かく往復している。
「お前が黒田か。噂は聞いてる。俺からすりゃ、入った道から戻れる保証もないのに奥へ進む方がよほど勇敢だ。俺は臆病でいい。報酬は死体じゃ受け取れんからな」
「いいこと言うな。俺も今度からそれ使おう」
「自分の言葉みたいな顔で盗るな。あと、お前の荷物は何だ。運搬依頼にしちゃ多すぎるだろ」
「予備だ。現場で足りなくなるよりいい」
バルガスは荷車へ積まれた装備を一度見回し、真顔で首を振った。
「予備は必要だ。だが、それは慎重じゃなくて病気の側だ」
「初対面でそこまで言う?」
「慎重な奴と、荷物を増やせば安心する奴は別物だ」
「なんだよ。途中まで話の分かる良いおっさんだったのに」
「俺も、お前とは気が合いそうだと思ったんだがな」
バルガスは豪快に笑い、地図を畳んだ。
隣にはティアナ。淡い桜色の髪を実戦向けにまとめ、実用的なローブの上から小型の魔道具ポーチをいくつも装着していた。
「来たのね、黒田。昨日ゼニスから聞いてたんでしょ?」
「来たんじゃない。無理やり運ばれた。俺の意思を尊重しろ」
「朝から元気に文句言えてるなら大丈夫そうね」
「元気じゃねえ。昨夜、人間関係で疲れた」
「人間関係で疲れたって何それ。昨日、日本で何かあったの?」
「十九にはまだ分からん話だ」
「年齢で逃げるなぁぁぁっ!」
ジークフリードがこちらを見て、少し顎を上げた。
「なあ黒田。今回は、あの巨大な兵器は使わないのか?」
「使わん。少なくとも今回は世界間搬送の高額兵器は絶対に使わないぞ」
「ずいぶん即答だな」
「一発撃って七千三百万円だぞ!!今の俺の軍事力は財政再建期間に入った。しばらく高額兵器は封印だ。魔物より先に俺の人生が吹き飛ぶ」
「七千三百万円って、あの一回の戦闘でそこまで払ったのか?」
※わかりやすいように日本円表記。
ジークが固まる。
ティアナは前に聞いているので、同情するような呆れるような顔をした。
「だから今回は普通にやる。剣、魔法、現地の装備。世界間搬送なし。俺の財布に優しい戦争を目指す」
「戦争じゃないわよ。救援依頼よ?」
「言葉が小さいだけで命張るのは同じだろ。俺の場合は金まで飛んでく」
リゼットが依頼書を差し出した。
「山間街道の北東支線で、二日前から商隊一組と調査班の連絡が途絶えています。昨日、救助へ向かった斥候が途中で引き返し、複数の魔獣痕跡を確認しました。ジークフリードさんたちは先行救援班として出発します」
「“たち”ってことは、俺入ってないよな?」
「はい。黒田さんには別件があります」
「よし、今日は愛するリゼットを信用する。別件なら俺は安全に帰れる」
「相変わらず言葉が軽いです」
「感情は仕事内容によって変動する。安全依頼なら好感度は上がるぞ」
「後方集落への薬品と食料の運搬です。同じ山道を途中まで使用します」
「別件じゃねえじゃん!」
「目的地は別です」
「進行方向が同じなら危険の匂いがする。俺は学習する男だ。こういう“途中まで一緒”は大抵、途中で面倒へ合流する」
「どうしても嫌なら変更はできます。別依頼へ振り替えますか?」
「する。危険の匂いがするなら早めに進路変更した方がいい」
「違約金が発生します」
「いくら」
「金貨十二枚です」
「十二枚は高い。すいません、やっぱり予定どおり行ってきます」
リゼットが微笑む。
「判断が早くて助かります」
「財布を人質に取っただけだろ」
ガロンが俺たちの会話を聞きながら地図を広げた。
「黒田。救援へ入れとは言わん。ただ、同じ道を使うなら覚えておけ。山間街道の北東側は谷が深い。魔獣が出た場合、逃げ道が限られる」
「だから俺は最初から行きたくないって言ってる」
「危険だと思ったら戻れ。お前が前に言った通りだ」
俺は少しだけガロンを見る。
「ガロンも学習してんじゃん。前より撤退判断に理解がある」
「お前ほどではないがな」
少し離れたところで装備を確認していたバルガスが、盾の留め具を締めながら口を挟んだ。
「撤退を考えるのは悪いことじゃないぞ、若いの。俺はBランクになって長いが、“絶対に助ける”って言葉より、“無理なら帰る”って言える奴の方を連れていきたい。救援に出た側まで死んだら、次はそいつらを探す人間が必要になるからな」
「ほら見ろ。Bランクも同じこと言ってる。俺が臆病なんじゃなくて、世の中にはちゃんとした大人がいるんだよ」
「お前の場合は、帰ったあと働きたくないだけだろ」
「そこは否定しない。でも理由が不純でも生還率が上がるなら結果オーライだ」
「その理屈で俺まで同類に入れるな」
どうやら考え方は近いが、人間性まで同じではないらしい。
ジークフリードが口を挟む。
「俺たちは戻る必要がない。商隊が生きているなら、見つけて連れ帰る」
「そういう言い方する奴ほど危ねえんだよ」
「何だと? 助けに行く前から失敗するみたいに言うな」
「“絶対やる”とか“必ず連れ帰る”とか、現場入る前に結果まで決めるな。状況見て、無理なら引け。死んだら救援対象が増えるだけだ」
「最初から逃げることを考えてるのか」
「帰ることを考えろって言ってんだよ。仕事は帰って報告して金受け取るまでだ。途中で死んだら報酬使えねえだろ?」
「命の話を金へ置き換えるな。俺は本気で助けに行くつもりだ」
「金なら分かりやすいだろ。命がどうとか責任がどうとか熱く語ると、お前みたいなのは余計突っ込む」
ティアナがジークを見る。
「そこは黒田の言うこと、少し分からなきゃ。商隊を見つけても、私たちまで囲まれたら意味ないもの」
「ティアナまで」
「私は助ける気で行く。でも、無茶と覚悟は違うでしょ?」
俺は肩をすくめた。
「そういうこと。俺が何とかするとは言わん。お前らも、自分らで帰れる範囲でやれ」
ジークは納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。
出発前、ゼニスがギルドの隅から現れた。
今日は山岳ガイド風のカーキ色ジャケットに、つばの広い帽子。腰には地図筒、胸には双眼鏡風の神具まで下げている。
「相変わらず似合ってねえな。観光登山のお姉さんみたいだ」
「現地監督です。あなたが勝手に高額神術を使わないよう同行します」
「俺への信用、まだゼロなのかよ。今回は使わないって先に宣言してるだろ」
「先日の実績がありますから」
「今回は使わん。俺は学んだ。高額兵器は最後の最後、そのさらに最後だ」
「その言葉、記録しますね」
「やめろ。後で契約違反みたいに使う気だろ」
「そんなことしません」
「目が笑ってねえぞてめぇ」
昼前。
俺は荷車と一緒に山道へ入り、ジークたちはその少し先を進んだ。
分岐で別れる時、ジークが振り返った。
「黒田。俺たちは大丈夫だ」
「そういうの言うなってさっき説明しただろ。期待すんな。俺も期待しない。危なくなったら帰れ」
「......分かった。危険だと思ったら意地を張らずに戻る。それでいいんだろ」
「返事だけは素直だな」
ティアナが俺へ手を振る。
「黒田も安全依頼で遭難しないでよ」
「お前にだけは言われたくねえ。魔法女、ちゃんと帰ってこいよ。俺の魔法講義まだ終わってないだろ」
「誰が魔法女よ!!」
いつもの怒鳴り声が山へ響く。
俺は笑いながら荷車を進めた。
この時点では、本当に別の仕事で終わると思っていた。
【神界・追加ご請求】
・契約者異世界再召喚基本料金 金貨80枚
・山間部行動監督費 金貨40枚
・現地危険度事前査定費 金貨30枚
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今回加算 金貨150枚
日本円換算 750,000円相当
前回繰越残高 金貨38,210枚
合計残高 金貨38,360枚
日本円換算 191,800,000円相当
※ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務は別口。




