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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#05 既読スルー強制解除 (正式名称:現代側関係者接触及び生活状況確認対応)

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15/45

第14話 掃除とは、床に幅30センチの道を作ることである

 翌日の夕方。

 俺は人生で久しぶりに、四畳半の掃除らしきものをしていた。

 正確には、玄関から万年床まで幅三十センチほどの通路を作っている。

 空き缶を壁際へ押し、パチスロ雑誌を積み、外れ馬券を紙袋へ突っ込み、脱ぎっぱなしのジャージを布団の端へ寄せる。ゴミを捨ててはいない。配置転換だ。


「よし。人類の通行権は最低確保したな」


 達成感とともに煙草へ火をつけた瞬間、インターホンが鳴った。


 ピンポーン。

 俺は動かない。

 もう一度。

 ピンポーン。


「留守です。現在この住戸に対応可能な人員はいません」


 小声でつぶやく。当然、外には聞こえない。

 スマホが震えた。


 ――望月ひなた:着きました。


 俺は画面を伏せた。


「現代社会には居留守という高度な防御技術がある。自衛官なら侵入禁止区域の概念くらい理解しろ」


 その時、廊下からキヨ婆の声が響いた。


「ひなたちゃんかい! 陸ならいるよぉ!」

「あんの、クソババアァァァァァァァァァァッ!!」


 思わず立ち上がる。

 外から、聞き覚えのある女の声がした。


「陸さん、今の声で在宅確認できました」

「キヨ婆! 家賃交渉の信頼関係が完全に終わったぞ!」

「先月分払ってから言いな!」


 逃げ道がなくなった。

 俺は煙草を灰皿へ押しつけ、観念して玄関を開けた。


「......お久しぶりです、陸さん」


 そこに立っていたのは、俺の記憶より少し小さく見えて、でも昔よりずっと大人になった女だった。

 望月ひなた、二十一歳。


 現役の自衛官で、今は三曹昇任を目指す陸曹候補生。今日は仕事帰りらしく、自衛官の制服姿だった。短く整えた髪、日焼けの薄く残る健康的な顔、まっすぐ伸びた背筋。昔から姿勢は良かったが、肩や腕には明らかに訓練を続けてきた人間の締まりがある。

 それだけじゃない。

 制服の胸元へ視線が引っかかりかけて、俺は慌てて顔へ戻した。


(......こいつ、こんなだったか?)

 俺が知っているひなたは、もっと細くて、まだ線の細い後輩だった。今は体幹が締まり、全体として鍛えられているのに、女性らしい丸みも増している。


 いや、何を観察してるんだ俺は。


「陸さん? 今、何か言いかけませんでした?」

「......お前、筋肉ついたな。昔より肩も腕もしっかりしてる」

「久しぶりに会って最初に見るところ、そこですか? もっと他にあるでしょう」

「そこ以外どこ見ろってんだ。現役続けてりゃ身体変わるだろ。昔より肩がしっかりした」


 ひなたは一瞬だけ自分の制服を見下ろし、少し頬を赤くした。


「陸さん、今、絶対そこだけ見てませんでしたよね」

「見てねえ。人を変態みたいに言うな。俺は元上司として成長度合いを総合的に確認しただけだ」

「元上司じゃありません。先輩です。それに総合的って何ですか」

「身長、姿勢、筋量、顔色、その他諸々。現場で人を見る癖だ」

「その“その他諸々”が一番怪しいです。説明を要求します」

「国家機密だ。元上司の観察項目には守秘義務がある」

「都合が悪くなるとすぐそれですね」


 昔より強くなった口調に、俺は少しだけ笑いそうになった。


「お前、身体だけじゃなく口も鍛えたな。昔より遠慮がなくなってる」

「誰のせいだと思ってるんですか。連絡しても返事は短い、電話には出ない、家へ来ても留守。やっと会えたと思ったら玄関先で追い返そうとするんですから、こっちだって鍛えられます」

「俺を訓練器材みたいに言うな。で、顔見たな。生存確認終了。はい、お疲れー」


 ドアを閉めようとした。

 ひなたの靴が隙間へ入った。


「玄関先で終わらせる気なのは分かりました。でも今日は入れてください」

「いや、今ちょうど室内の環境整備中でな。危険区域に民間人を入れるわけには――」

「私、自衛官です。危険区域ならなおさら状況確認させてください」

「じゃあ余計に入れるわけにいかん。服務事故になる」

「部屋を見るだけで服務事故になる生活してるんですか?」

「言葉の綾だ。今日は玄関先で十分だろ。久しぶりに会った男女がいきなり部屋ってのも世間体が――」

「今さら世間体を気にする人が、半分開いたドアから空き缶の山を見せないでください」


 ひなたの視線が俺の脇を抜けた。


 終わった。


「......陸さん。ちょっとだけ確認したいんですけど」

「見るな。あれは散らかってるんじゃない、俺なりの収納だ」

「缶チューハイの空き缶を壁際に積むことを収納とは言いません」

「耐震補強だ。缶を壁際へ置くことで空間の安定感が増す」

「パチスロ雑誌が布団の横で塔になってますけど」

「防音材だ。紙の束は音を吸う。多分」

「床に靴下がありますけど、これにも役割があるんですか?」

「結界だ。足元へ不用意に近づかせないための心理的防壁」

「もう説明を聞くほど不安になります。入りますね」

「待て。今の説明を一個も信じてないだろ!」

「信じる要素が一個もありません!」


 押し切られた。

 ひなたは靴を脱いで部屋へ入り、三歩進んだところで止まった。

 俺の四畳半を見渡す。

 鼻がわずかに動く。


「......まず窓、開けますね。このままだと掃除より先に換気が必要です」

「寒いから閉めとけ。俺はこの空気に適応してる」

「適応じゃありません。普通に臭いです。煙草とお酒が混ざってて危険です」

「住んでりゃ分からん。鼻が環境に最適化されるんだよ」

「それを一番言っちゃ駄目な住人が言いましたね。煙草とお酒と、あと何ですかこの匂い。古い食べ物かしら?」

「生活の熟成香だ。長期居住者にしか出せない深みがある」

「腐敗臭をワインみたいに言わないでください」


 窓が開く。

 冷たい空気が入り、俺の部屋の歴史が外へ流れていく。

 ひなたは制服の上着を汚さないよう丁寧に脱ぎ、ハンガー代わりの壁フックへ掛けた。下はシャツ姿。袖を少しまくると、前腕が以前より締まっているのが分かる。


「陸さん、ゴミ袋あります? まず明らかなゴミだけでもまとめます」

「ない。必要になったことがないから常備してない」

「何でですか。普通はゴミが出た時点で必要になるでしょう」

「ゴミを捨てなきゃ要らない」

「それは答えになってません」

「待て。まさか本当に掃除する気か? 顔を見せろって話だっただろ」

「します。このまま帰ったら、今夜ずっと気になります」


 その時、壁際をわが同居人、ゴキブリが走った。

 ひなたの表情が固まった。


「ひっ、なんでGが部屋にいるんですか!!」

「気にすんな。あいつも住人だよ。慣れれば意外とかわいいもんだぜ?」

「陸さん、今の発言は聞かなかったことにしますけど」

「何だよ。まだ俺の生活環境に問題があるのか」

「今すぐゴミ袋買ってきてください」

「俺が買いに行くのか? 掃除を始める本人が行った方が早くない?」

「ここ、陸さんの部屋でしょう!」


 結局、俺は近所のコンビニまでゴミ袋を買いに行かされた。もちろん金はひなたに借りた。

 帰ってくると、ひなたはすでに新聞紙を床へ広げ、分別を始めていた。


「おい。俺の所有物を勝手に動かすな。そこにある物には全部、配置上の意味があるんだぞ。俺は目を閉じても煙草とライターと酒の位置が分かる。これは長年かけて完成した動線だ」

「この空き缶にも意味があるんですか?」

「ある。灰皿が倒れた時の防壁」

「これは捨てます。残しておく合理的な理由がありません」

「待て! 少なくとも所有者の最終確認を取ってから捨てろ!」

「この外れ馬券の束は?」

「データだ。負けた原因と店の傾向を後で検証するために残してある」

「全部ハズレって赤字で書いてありますけど」

「失敗を記録するから次に活かせるんだよ。過去の敗北を捨てる人間に未来はない」

「先月の日付です。活かせました?」

「まだ分析中だ。分析には長期的な観察期間が必要なんだよ」

「捨てます」

「人類の歴史を消すな! 失敗の蓄積が文明を前進させるんだぞ!」

「人類を巻き込まないでください。黒田陸個人のギャンブル史です」


 次に、ひなたが灰皿の横で止まった。

 爪楊枝に刺さった短い吸い殻が一本。

 沈黙。


「......陸さん」

「それはまだ三吸いはいける。長さだけで廃棄判定するのは早い」

「捨てます」

「待て待て! 一本いくらすると思ってる。長さが残ってるのに捨てるのは資源の浪費だ。俺は環境と財布の両方を守ってる」

()()()()()()()()()()()()()が、吸い殻で節約を語らないでください」


 俺は固まった。


「......何で金貨が出てきた?」

「前に陸さんが、“借金がとんでもない額になった”ってメッセージで愚痴ってたじゃないですか。金貨って何のゲームか知りませんけど」

「そうそう、ゲーム。ゲーム内通貨ね。あれは全部ゲームの話」

「三十二歳無職が一億単位でゲーム課金したみたいな言い訳になってますよ」

「それはそれで社会的に死ぬな」


 やばかった。危ない。

 余計なことは喋らない方がいい。

 ひなたは俺の動揺には気づかず、冷蔵庫を開けた。


「......何もないですね。飲み物と調味料以外、本当に食材がありません」

「あるだろ、氷が。水分補給にも使える万能食材だ」

「食材の話です。調味料と、賞味期限が怖くて見たくないチューブしかないじゃないですか。差し入れ、食べたんですか?」

「食った。昨日パックご飯と丼。スポドリも飲んだ。お前が質問増やすから返信しなかっただけで、食ってはいる」

「だったらそう返してください。私は別に毎回長文を求めてるわけじゃないんです。“食べた、ありがとう”で済むんですよ」

「その“ありがとう”が重いんだよ。言ったら次も貰う前提みたいになるだろ。俺は一方的に支援を受けてるだけで、継続契約を結んだ覚えはない」

「継続契約って何ですか。私は心配だから置いていっただけです。それに、毎回何も返さない方がよっぽど次も心配します」

「じゃあ返す。食った。助かった。以上」

「今、面と向かって言えるなら、ライソでも言えますよね」

「通信媒体が違うと心理的コストが変わる」

「また屁理屈ですね。言葉を増やしても生活状況は良くなりませんよ」

「理屈は理屈だ。屁がつくかどうかは聞き手の感情だろ」

「じゃあ言い直します。あなたは面倒くさく逃げてるだけです」


 ひなたの手が止まった。

 俺も少し黙った。

 彼女は怒鳴らなかった。

 空き缶を袋へ入れながら、静かに続ける。


「訓練を休むのも、仕事をしてないのも、他人の私が口を出すことじゃないと思ってます。心配はしますけど、陸さんの人生ですから。でも、何日も連絡がなくて、家に来てもいなくて、昔の知り合いともほとんど会わなくなって......それで“生存”だけ返されたら、普通は心配しますよ」

「生きてるなら最低限の問題はクリアしてるだろ。そこから先まで毎回報告する必要あるか?」

「問題あります。陸さん、私たちと会うの、そんなに嫌ですか?」


 さっきまで何十個でも出てきた屁理屈が、急に詰まった。


「......別に嫌ってるわけじゃない。会いたくないとも言ってない」

「じゃあ、なんで私の連絡だけそんなに逃げるんですか」

「単純に面倒だからだ。返信も、人に会うのも、昔の連中と顔合わせるのも」

「それ、全部じゃないですよね。陸さんが面倒くさがりなのは知ってますけど、それだけじゃない」


 ひなたは俺を見る。

 昔と同じ目だった。

 真面目で、まっすぐで、逃げ道を残してくれない目。


「陸さん、あの時から――」

「その話を今ここでするなら帰れ。今日はそこまで聞く気がない」


 自分でも驚くくらい、声が低くなった。

 ひなたの表情が止まる。

 俺は煙草を一本取り出したが、火はつけなかった。


「今日はその話、しに来たんじゃねえだろ。ならしなくていい。俺も聞く気ない」

「すいません......分かりました。今日はしません」

「ならいい。今日はそれ以上掘らないなら、俺も追い返さない」

「でも、一つだけ言わせてください」

「一つなら聞く。ただし長い説教にするのはやめろよ」

「長くしません。陸さんが勝手にいなくなったからって、こっちまで何もなかったことにはできません。心配するなって言われても無理です。私も、他の人たちも」


 俺は答えなかった。

 ひなたもそれ以上は追わなかった。

 数秒の沈黙のあと、彼女は小さく息を吐き、またゴミ袋を持ち上げる。


「......だから、とりあえず今日はこの部屋だけどうにかします。過去の話はしません。でも、この吸い殻は捨てます」

「そこは別件だろ!」


 空気が戻った。

 そこから一時間以上、俺の抵抗とひなたの清掃が続いた。

 窓が拭かれ、缶が消え、馬券の半分が“捨てる”“保留”に仕分けされ、布団が畳まれた。ひなたは布団まで干そうとしたが、俺が全力で止めた。さすがに制服姿の後輩に布団まで運ばせたら、人間として何かが終わる気がした。

 最後にひなたが台所周りを拭き終え、腰へ手を当てる。


「ふう。これなら、まあ......人が住んでても通報はされないと思います」

「評価基準が低すぎるだろ。俺は昨日までどういう生物扱いだったんだ」

「元の状態が低すぎたんです。今やっと普通の部屋の入口です」


 見回す。

 畳が見える。

 机の上に何もない。

 灰皿が一個しかない。

 酒缶が消えている。


「なんか......落ち着かねえ。畳がこんなに広かった記憶がない」

「それが普通なんです。今まで床が見えなかった方がおかしいんです」

「物がなさすぎる。俺の部屋じゃない」

「ゴミがなくなっただけです。あと、次からは自分でやってくださいね」

「せっかくだし来週も頼む。維持管理までセットなら完璧だ」

「嫌です。今日は見かねてやっただけで、定期清掃契約は結びません」

「即答する? 少しくらい検討してもよくない?」

「今日だけです。私、陸さんの掃除係じゃありません」

「でも手際いいじゃん。向いてる」

「そういうこと言うから駄目なんです。自分の生活は自分でしてください。......本当に、仕方のない人ですね」


 怒っているのに、最後だけ少し柔らかかった。

 俺は妙に居心地が悪くなって、煙草を探すふりをした。


「お前、そういうこと言う歳になったのかよ」

「いつの私で止まってるんですか。私だってずっと訓練してますし、もう陸曹候補生です。陸さんが昔知ってた頃のままじゃありません」

「......そうだな。俺が覚えてる頃のままじゃないんだな、お前も」


 制服姿を見た時に感じた違和感が、少しだけ形になった。

 こいつは進んでる。

 俺が知らないところで、ちゃんと時間が流れてる。

 俺だけが、どっかで止まったみたいに。


 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。


「......誰ですか?」

「多分宗教」

「陸さん、人と会うのが面倒になるとその言い訳しますよね。そろそろ別の理由を考えた方がいいですよ」


 もう一度鳴る。

 嫌な予感しかしない。

 俺は玄関へ行き、ドアスコープを覗いた。


「......お前、何してんだよ」


 外に立っていたのはゼニスだった。

 ただし今日は光輪がない。

 神々しい光もない。

 黒のパンツスーツに白いブラウス、細い金縁眼鏡。黒髪を一つにまとめ、革の書類鞄を持っている。どう見ても仕事のできる会社員か、債権回収の担当者だ。

 俺はドアを少しだけ開けて小声で尋ねた。


「なんで今日は玄関使ってんだよ。いつもみたいに勝手に出てこないのか」

「今日は事情があるようですので。普通の訪問者らしく伺いました」


 小声で返すゼニスの視線が、俺の肩越しへ向く。


「陸さん、お知り合いですか?」


 ひなたが来た。

 ゼニスを見る。

 俺を見る。

 もう一度ゼニスを見る。

 その目が少しだけ細くなった。


「......もしかして、その方、陸さんの彼女さんですか? すごく綺麗な方ですけど まさか、ね」

「違う。そこだけは誤解する前に即訂正しておく」


 反射で答えた。

 ゼニスの眉がぴくりと動く。


「ずいぶん早い否定ですね、黒田さん。私の方はいつでも準備できているというのに」

「お前、冗談でもやめろ。大体、借金取りを彼女に分類したら、日本の恋愛市場が崩壊するわ!」

「借金って、陸さん、また何か増やしたんですか?」


 ひなたが俺を見る。


「何でもない。こいつは、その......仕事関係、だ」

「ええ。黒田さんとは、かなり長いお付き合いです」

「言い方がややこしいんだよ! 余計な誤解を増やすな!」


 ゼニスは完璧な営業スマイルをひなたへ向けた。


「初めまして。ゼニスと申します。黒田さんの各種......業務上の契約や手続き関係を担当しています」

「望月ひなたです。陸さんの昔の後輩で、今も自衛官をしています」

「お名前は存じております。黒田さんから断片的には伺っていますので」

「おい、俺そんなに詳しく話してねえぞ。勝手に補完するな」

「黒田さんから、少し」

「ほとんど話してねえだろ」

「あなたが話さない分、観察していますので」


 ひなたの眉がわずかに動いた。


「観察って、陸さんをそこまで細かく見てるんですか?」

「仕事上、黒田さんの生活状況や稼働状況を把握する必要があるんです」

「稼働って人間に使う言葉ですか?」

「こいつ俺を設備みたいに扱うからな。調子悪いと追加料金取るし、動くと動いたでまた料金取る」

「あなたが契約内容を守らないからです。働けば再査定、働かなければ継続支援。どちらも必要な管理です」

「ほら。彼女じゃなく債権者だろ。こんな女と付き合ったらデートのたびに明細書出てくるぞ」

「そこは明確に否定します。私も黒田さんと交際する予定はありません!」

「そこは俺より強く否定すんなよ!なんかムカツクわ!」


 ひなたが口元を押さえた。

 笑いを堪えている。


「陸さん、相変わらずですね」

「何が相変わらずなんだよ。俺は昨日より部屋まで進歩したぞ」

「女性相手でもその調子なんだなって」

「女だからって理不尽な請求を許すほど俺は差別主義者じゃない」

「立派そうに最低なこと言わないでください!」


 ゼニスが思わず大声を出し、すぐ咳払いした。

 ひなたは少しだけ安心したようにも見えた。


「じゃあ、本当に彼女じゃないんですね」

「違う。百回聞かれても同じ答えだ。仕事関係、それ以上でも以下でもない」

「確認しただけです。別に深い意味があるわけじゃありません」

「何で確認する必要あんだよ」

「別に。久しぶりに来たら綺麗な女性が訪ねてきたので、そうなのかなって思っただけです」

「へえ。なるほど、そういう確認をされる関係なんですね」


 ゼニスが楽しそうな声を出した。


「何だその“へえ”は。絶対いらん情報を拾った顔してるだろ」

「いえ。何でもありません」

「お前、絶対何か分かった顔してるだろ」

「契約者の私生活へは必要以上に介入しませんので」

「嘘つけ。毎回半ケツまで見て文句言うだろ」

「陸さん!? 今の話、どういう状況なら半ケツまで見られるんですか!」

「違う。事故だ。俺が見せたんじゃなく、向こうが勝手に遭遇した」

「何が事故なんですか!?」

「黒田さんが常時だらしないだけです」

「ゼニス、お前今日一番余計なこと言ったぞ!」


 ひなたが本気で笑った。

 その笑い方が昔と変わらなくて、俺は一瞬だけ何も言えなかった。

 ゼニスはその隙を見逃さなかったが、何も口には出さなかった。

 ひなたは時計を見て、制服の上着を手に取る。


「じゃあ、私は帰ります。明日も早いので。陸さん、せっかく片づけたんですから、三日で元に戻さないでくださいね」

「三日は保証できん。一日なら努力する」

「努力目標が低いです」

「現実的と言え」

「それと、連絡してください。毎回長く返さなくていいです。食べたなら食べた、寝るなら寝る。それだけでいいので」

「善処する。少なくとも昨日よりは返信率を上げる方向で検討する」

「自衛隊で“善処します”が信用されないの、知ってますよね?」

「だから使ってんだよ」

「もう......本当に仕方のない人ですね」


 ひなたは小さく笑い、玄関で靴を履いた。


「じゃあ、今日は帰ります。また様子を見に来ますからね」

「予告すんな。心の準備が必要になる」

「じゃあ次は予告なしで来ます」

「それはもっとやめろ!」


 ドアが閉まった。

 数秒。

 俺は振り返る。

 ゼニスが、にやにやしていた。


「何だよ、その顔。言いたいことあるなら先に言え」

「可愛い後輩さんじゃないですか」

「うるせえ。今それを掘り返す必要は一ミリもない」

「しかも、ずいぶん大人になられたようで」

「お前どこ見てんだよ」

「あなたが最初に見ていたところです」

「見てねえ! 総合的に現役隊員としての成長を確認しただけだ!」

「では、なぜ“筋肉ついたな”という不自然極まりない第一声になったんでしょう」

「うるせえって言ってんだろ!そんなとこから見てやがったのか出刃亀女神!!」

「その反応、ほぼ図星ですね。分かりやすいですよ、黒田さん」

「帰れ、クソ女神! 今日はもう用件聞く前に帰れ!」

「まだ何も請求していませんよ?」

「その言い方が一番怖いんだよ!」


【神界・追加ご請求】

・現代世界身分秘匿処理費         金貨30枚

・神性遮断/外見偽装維持費        金貨20枚

・対外説明整合補助費           金貨30枚

─────────────────

今回加算                金貨80枚

日本円換算               400,000円相当

前回繰越残高              金貨38,070枚

合計残高                金貨38,150枚

日本円換算               190,750,000円相当

※ゲイン装備ローン・ミャオ管理債務は別口。


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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