↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#34 競馬の追い込みと機動戦を一緒にすんな(正式名称:高速機動異常群捕捉及び移動拠点防護作戦)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
128/128

第127話 逃げ・先行・差し・追い込みで戦術説明すんな

 契約復旧から二日後、東の平原で面倒な連中が走り回り始めた。高速未精算獣(ハイ・アンセトルド)の群れは二十数体。大型ではないが、この魔物は四本脚で乾いた草原を低く駆け、追跡隊が距離を詰めれば二、三群へ分かれ、諦めて引けばまた合流する。騎兵は馬を潰しかけ、飛行魔獣も旋回を繰り返して消耗し、討伐側だけが順調に疲弊していた。


「なら追いついて叩けばよい! 逃げるなら、逃げきれぬ速度で追えば終わる!」


 第三元帥【時】――断牙元帥(だんがげんすい)ヴォルク・グラディオは、初対面の第一声から思想が分かりやすかった。日に焼けた大柄な男で、腰には幅広の長剣。立っているだけで今にも走り出しそうな前傾姿勢をしている。


「追うの疲れるじゃん」

「これは戦だぞ」

「だから疲れたくねえんだよ。一時間追い回して十秒戦うくらいなら、十秒戦う場所で一時間寝てたいわ」


 ヴォルクが俺を上から下まで見た。


「貴様、本当に軍人だったのか?」

「ああ、でも『元』な。今は無職だ。軍人だった頃も、できれば走りたくなかった」

「黒田さん、そこへ変なプライドを持たないでください」


 ゼニスの声を聞き流し、俺は地図の端を押さえた。フェンナが拾った臭いの経路、シルフィアが上空から見た群れの分離地点、昨日までの追跡隊が残した遭遇記録を重ねる。速い。だが、好き勝手に走っているわけじゃない。水場、急斜面、ぬかるみを避け、広くて踏み固められた場所へ寄る癖がある。


「こいつら、逃げ方に型があるな。先頭の群れが追手を引っ張って、その後ろが少し距離を空ける。で、最後の群れが追手の向き見てから一気に別方向へ抜ける」


 地図へ四本の線を引く。


「この先頭が逃げ。こっちが先行。中間が差しで、最後尾から一気に出てくるのが追い込み」


 ティアナの眉が寄った。


「ちょ、待ちなさい。今、アンタの世界でいう競馬で戦術説明してるよね? 」

「分かりやすいだろー?」

「私、ってかこの世界の人間競馬知らないんだけど」

「じゃあ覚えろ」

「戦場で覚える知識じゃないわ!」


 横にいたアレクシスは、しばらく地図を見てから頷いた。


「つまり、速い先頭を追うより、各群れが最後に合流する場所を先に押さえるんですね。追手が近づくほど敵の選択肢を減らし、出口だけ残して同じ場所へ流す」

「そう。……お前、競馬やったことある?」

「ありません」

「何で一発で分かるんだよ、お前ギャンブラーの素質あるぞ」

「競馬抜きで説明を聞いたからじゃないの?」


 ティアナの正論に、俺は地図へ目を戻した。ヴォルクは腕を組み、鼻で笑う。


「敵を追わず、来る場所で待つ。なんとも臆病な戦だな」

「どうとでも好きに言え。速い奴と速さ勝負する方が馬鹿だ。お前は追えるんだろ? だったら倒そうとせず、西側から圧を掛けて、この谷へ流せ。群れが分かれたら、外側だけ叩いて戻す。深追い禁止だ」

「この俺に追い立て役をやれと?」

「一番速い奴へ一番面倒な役を回してる。適材適所だろ」

「面白い。だが、俺が先に全て斬ったらどうするつもりだ?」

「その時は俺が楽できるから、それでもいい」


 少しの間の後、ヴォルクが豪快に笑った。


「がっはっはっは、お前、気に入ったぞ! 適当なようでいるが、きちんと戦争を理解しておるわ」

「俺はお前の好感度を上げに来たんじゃねえよ」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 昼過ぎ、作戦を始めた。ヴォルク率いる騎兵と飛行魔獣が、正面から討ち取ろうとせず群れの外縁へ圧力を掛ける。地平の向こうで土煙が細く伸び、散った群れが西へ折れた。俺たちは谷の出口で待つ。左右は岩壁、中央は緩い下り斜面。敵が速度を保てる道は広くない。


「シルフィア。全部を目で追わなくていい。先頭と最後尾、それから群れ同士の間隔だけ教えてくれ。途中の一、二体が外れても、フェンナが拾える」

「分かりました。今は三群です。先頭が十二、中央が七、最後が五……風が少し強いので高度を下げます」

「自分で下げる判断できるならそれでいい。無理して高いところへ張り付くなよ」


 シルフィアの翼が一段低い気流へ降りた。


「フェンナは目じゃなく鼻を使え。谷を嫌がって外へ回る奴だけ教えてくれ。数える必要はない」

「ボス、分かったワン! 東側は土の臭いが強いワン。二体、そっちへ外れそうだワン!」

「アレクシス、その二体だけ戻せるか。倒さなくていい。谷へ向け直せば仕事は終わり」

「やってみます。でも、それって斬るより難しい注文ですね!」

「勇者なんだから器用にやれ」

「勇者を便利な肩書きみたいに使わないでください!」


 ティアナは谷の岩肌へ手を触れ、地面の魔力を探る。


「ここ、広域魔法で塞ぐ方が早くない?」

「塞ぐな。逃げ道を消すと、あいつら反転して散る。右側へ一本だけ道を残して、そこへ行きたくなる程度に左を嫌がらせてくれ」

「倒す魔法より加減の方が難しいのよ」

「知ってる。だから魔法が上手なお前に頼んでんだよ」


 ティアナが一瞬こちらを見たあと、何も言わず手のひらを岩壁へ向けた。遠くから、低い地鳴りが近づいてくる。ズン、ズズン、と一定の音ではない。乾いた土を蹴る音、跳ねた石が岩壁へ当たる音、爪が硬い地面を掻く音が谷の中で重なり、巨大な一つの響きへ変わっていく。


「先頭、谷へ入りました。中央群との距離、縮まっています!」


 シルフィアの声が上から落ちる。


「ヴォルクは?」

「最後尾の外側です。二体を内へ戻して――あ、速い……!」


 直後、谷の向こうで白い軌跡が走った。ギャリッ――!ヴォルクの長剣が一体の角を浅く削り、殺さず横へ向ける。弾かれた個体が隣へぶつかり、後続が避けて谷の中央へ寄った。


「黒田ぁ! これでいいのか!」

「いい! そのまま後ろから煽れ。ただし谷へ入ったら追うな、出口でこっちと挟む!」

「注文が多い!」

「全部斬るより頭使え!」


 言い返す暇もなく、先頭群が谷を抜けた。ティアナが左手を振る。風が地面すれすれを走り、砂と枯れ草を巻き上げた。バシュッ、と視界を潰された先頭が右へ寄る。その先にはアレクシスが待ち、聖剣の腹で一体の肩を打った。ガァンッ!


「こっちは通しません! 右へ抜けるなら勝手にどうぞ!」

「勇者が敵へ道案内してる絵面、シュールすぎて初めて見たわ」

「ティアナさん、今笑ってる場合ですか!」


 群れの速度が落ちた瞬間、後続が詰まる。互いにぶつかり、足元の土が一気に崩れた。ズザザザッ――!


「今、中央と最後尾が重なりました!」

「ティアナ、中央の地面だけ柔らかくしろ。足を取る程度でいい。アレクシスは右を残せ。ヴォルク、もう追うな! 谷の外へ回って出口を取れ!」

「俺に命令するな!」

「じゃあお願い。早くしろ!」

「結局命令ではないか!」


 文句を言いながらも、ヴォルクは笑っていた。数分後、異常群は走る場所を失った。倒したのは半分にも満たない。残りは速度を奪われ、散開できないまま包囲され、魔導兵と騎兵に一体ずつ処理されていく。戦闘が終わると、ヴォルクは土埃まみれのまま俺のところへ戻ってきた。


「追わずに捕まえたか。俺なら最後まで追っていた」

「砲兵が敵より速く走ってどうすんだよ。俺が欲しいのは敵の足じゃなくて、いつ、どこへ来るかだ」

「面白い戦い方だ」

「俺は面白くなくていい。楽で、味方が帰れて、請求が安けりゃ最高」

「最後だけは無理だと思いますよ」


 ゼニスが即座に金縁のバインダーを開いた。


「まだ戦場で開くな! 余韻くらいくれ!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 現代へ帰った夜。俺は缶ビール片手に競馬中継を見ていた。


「よし。今度こそ差す。前が詰まる。外へ出せ、そこ、今だ――」


 出なかった。馬群の内側で綺麗に包まれ、そのままレースは終わった。


「……おかしいなあ」


 背後から、いつの間にかレグリアが画面を覗き込んでいた。


「戦場では敵の進路読めるのに、馬券の買い方ざぁこ♡」

「戦場と競馬一緒にすんな!」

「今日ずっと一緒にしてましたよねぇ♡ 逃げ、先行、差し、追い込みまで使ってましたよねぇ♡」

「説明だけだよ! 金が絡むと馬は人を裏切る!」

「馬は指示通り走ってます。外したの黒田さんですぅ」

「お前、現代まで人の負け確認しに来たの?」

「監査ですぅ♡」

「絶対娯楽だろ!」


【神界・追加ご請求】

・高速異常群広域測位費         金貨8,000枚

・飛行魔力観測補正費          金貨7,000枚

・第三元帥共同作戦接続費        金貨5,000枚

・高速群経路予測演算費         金貨9,000枚

・現代側短時間帰還費          金貨4,000枚

・即応戦闘補助費            金貨12,000枚

・戦闘後原状復帰処理費         金貨10,000枚

─────────────────

今回加算                金貨55,000枚

今回加算・日本円換算          275,000,000円相当

前回繰越残高              金貨880,000枚

前回繰越残高・日本円換算        4,400,000,000円相当

暫定合計残高              金貨935,000枚

暫定合計・日本円換算          4,675,000,000円相当


「二億七千五百万……。ちなみに馬券代は?」

「当然、経費対象外ですぅ♡」

「じゃあ俺が今日失った金、神界と競馬で別口なの?」

「はい。異世界でも現代でも順調に減ってますねぇ♡」

「二世界同時赤字って言い方やめろ!」


 レグリアが楽しそうに承認印を取り出す。


「黒田陸、本日の収支――」

「読むなあ!」


 バンッ。


【経費対象外】


「馬券にハンコ押すなぁぁぁぁ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。