第127話 逃げ・先行・差し・追い込みで戦術説明すんな
契約復旧から二日後、東の平原で面倒な連中が走り回り始めた。高速未精算獣の群れは二十数体。大型ではないが、この魔物は四本脚で乾いた草原を低く駆け、追跡隊が距離を詰めれば二、三群へ分かれ、諦めて引けばまた合流する。騎兵は馬を潰しかけ、飛行魔獣も旋回を繰り返して消耗し、討伐側だけが順調に疲弊していた。
「なら追いついて叩けばよい! 逃げるなら、逃げきれぬ速度で追えば終わる!」
第三元帥【時】――断牙元帥ヴォルク・グラディオは、初対面の第一声から思想が分かりやすかった。日に焼けた大柄な男で、腰には幅広の長剣。立っているだけで今にも走り出しそうな前傾姿勢をしている。
「追うの疲れるじゃん」
「これは戦だぞ」
「だから疲れたくねえんだよ。一時間追い回して十秒戦うくらいなら、十秒戦う場所で一時間寝てたいわ」
ヴォルクが俺を上から下まで見た。
「貴様、本当に軍人だったのか?」
「ああ、でも『元』な。今は無職だ。軍人だった頃も、できれば走りたくなかった」
「黒田さん、そこへ変なプライドを持たないでください」
ゼニスの声を聞き流し、俺は地図の端を押さえた。フェンナが拾った臭いの経路、シルフィアが上空から見た群れの分離地点、昨日までの追跡隊が残した遭遇記録を重ねる。速い。だが、好き勝手に走っているわけじゃない。水場、急斜面、ぬかるみを避け、広くて踏み固められた場所へ寄る癖がある。
「こいつら、逃げ方に型があるな。先頭の群れが追手を引っ張って、その後ろが少し距離を空ける。で、最後の群れが追手の向き見てから一気に別方向へ抜ける」
地図へ四本の線を引く。
「この先頭が逃げ。こっちが先行。中間が差しで、最後尾から一気に出てくるのが追い込み」
ティアナの眉が寄った。
「ちょ、待ちなさい。今、アンタの世界でいう競馬で戦術説明してるよね? 」
「分かりやすいだろー?」
「私、ってかこの世界の人間競馬知らないんだけど」
「じゃあ覚えろ」
「戦場で覚える知識じゃないわ!」
横にいたアレクシスは、しばらく地図を見てから頷いた。
「つまり、速い先頭を追うより、各群れが最後に合流する場所を先に押さえるんですね。追手が近づくほど敵の選択肢を減らし、出口だけ残して同じ場所へ流す」
「そう。……お前、競馬やったことある?」
「ありません」
「何で一発で分かるんだよ、お前ギャンブラーの素質あるぞ」
「競馬抜きで説明を聞いたからじゃないの?」
ティアナの正論に、俺は地図へ目を戻した。ヴォルクは腕を組み、鼻で笑う。
「敵を追わず、来る場所で待つ。なんとも臆病な戦だな」
「どうとでも好きに言え。速い奴と速さ勝負する方が馬鹿だ。お前は追えるんだろ? だったら倒そうとせず、西側から圧を掛けて、この谷へ流せ。群れが分かれたら、外側だけ叩いて戻す。深追い禁止だ」
「この俺に追い立て役をやれと?」
「一番速い奴へ一番面倒な役を回してる。適材適所だろ」
「面白い。だが、俺が先に全て斬ったらどうするつもりだ?」
「その時は俺が楽できるから、それでもいい」
少しの間の後、ヴォルクが豪快に笑った。
「がっはっはっは、お前、気に入ったぞ! 適当なようでいるが、きちんと戦争を理解しておるわ」
「俺はお前の好感度を上げに来たんじゃねえよ」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼過ぎ、作戦を始めた。ヴォルク率いる騎兵と飛行魔獣が、正面から討ち取ろうとせず群れの外縁へ圧力を掛ける。地平の向こうで土煙が細く伸び、散った群れが西へ折れた。俺たちは谷の出口で待つ。左右は岩壁、中央は緩い下り斜面。敵が速度を保てる道は広くない。
「シルフィア。全部を目で追わなくていい。先頭と最後尾、それから群れ同士の間隔だけ教えてくれ。途中の一、二体が外れても、フェンナが拾える」
「分かりました。今は三群です。先頭が十二、中央が七、最後が五……風が少し強いので高度を下げます」
「自分で下げる判断できるならそれでいい。無理して高いところへ張り付くなよ」
シルフィアの翼が一段低い気流へ降りた。
「フェンナは目じゃなく鼻を使え。谷を嫌がって外へ回る奴だけ教えてくれ。数える必要はない」
「ボス、分かったワン! 東側は土の臭いが強いワン。二体、そっちへ外れそうだワン!」
「アレクシス、その二体だけ戻せるか。倒さなくていい。谷へ向け直せば仕事は終わり」
「やってみます。でも、それって斬るより難しい注文ですね!」
「勇者なんだから器用にやれ」
「勇者を便利な肩書きみたいに使わないでください!」
ティアナは谷の岩肌へ手を触れ、地面の魔力を探る。
「ここ、広域魔法で塞ぐ方が早くない?」
「塞ぐな。逃げ道を消すと、あいつら反転して散る。右側へ一本だけ道を残して、そこへ行きたくなる程度に左を嫌がらせてくれ」
「倒す魔法より加減の方が難しいのよ」
「知ってる。だから魔法が上手なお前に頼んでんだよ」
ティアナが一瞬こちらを見たあと、何も言わず手のひらを岩壁へ向けた。遠くから、低い地鳴りが近づいてくる。ズン、ズズン、と一定の音ではない。乾いた土を蹴る音、跳ねた石が岩壁へ当たる音、爪が硬い地面を掻く音が谷の中で重なり、巨大な一つの響きへ変わっていく。
「先頭、谷へ入りました。中央群との距離、縮まっています!」
シルフィアの声が上から落ちる。
「ヴォルクは?」
「最後尾の外側です。二体を内へ戻して――あ、速い……!」
直後、谷の向こうで白い軌跡が走った。ギャリッ――!ヴォルクの長剣が一体の角を浅く削り、殺さず横へ向ける。弾かれた個体が隣へぶつかり、後続が避けて谷の中央へ寄った。
「黒田ぁ! これでいいのか!」
「いい! そのまま後ろから煽れ。ただし谷へ入ったら追うな、出口でこっちと挟む!」
「注文が多い!」
「全部斬るより頭使え!」
言い返す暇もなく、先頭群が谷を抜けた。ティアナが左手を振る。風が地面すれすれを走り、砂と枯れ草を巻き上げた。バシュッ、と視界を潰された先頭が右へ寄る。その先にはアレクシスが待ち、聖剣の腹で一体の肩を打った。ガァンッ!
「こっちは通しません! 右へ抜けるなら勝手にどうぞ!」
「勇者が敵へ道案内してる絵面、シュールすぎて初めて見たわ」
「ティアナさん、今笑ってる場合ですか!」
群れの速度が落ちた瞬間、後続が詰まる。互いにぶつかり、足元の土が一気に崩れた。ズザザザッ――!
「今、中央と最後尾が重なりました!」
「ティアナ、中央の地面だけ柔らかくしろ。足を取る程度でいい。アレクシスは右を残せ。ヴォルク、もう追うな! 谷の外へ回って出口を取れ!」
「俺に命令するな!」
「じゃあお願い。早くしろ!」
「結局命令ではないか!」
文句を言いながらも、ヴォルクは笑っていた。数分後、異常群は走る場所を失った。倒したのは半分にも満たない。残りは速度を奪われ、散開できないまま包囲され、魔導兵と騎兵に一体ずつ処理されていく。戦闘が終わると、ヴォルクは土埃まみれのまま俺のところへ戻ってきた。
「追わずに捕まえたか。俺なら最後まで追っていた」
「砲兵が敵より速く走ってどうすんだよ。俺が欲しいのは敵の足じゃなくて、いつ、どこへ来るかだ」
「面白い戦い方だ」
「俺は面白くなくていい。楽で、味方が帰れて、請求が安けりゃ最高」
「最後だけは無理だと思いますよ」
ゼニスが即座に金縁のバインダーを開いた。
「まだ戦場で開くな! 余韻くらいくれ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
現代へ帰った夜。俺は缶ビール片手に競馬中継を見ていた。
「よし。今度こそ差す。前が詰まる。外へ出せ、そこ、今だ――」
出なかった。馬群の内側で綺麗に包まれ、そのままレースは終わった。
「……おかしいなあ」
背後から、いつの間にかレグリアが画面を覗き込んでいた。
「戦場では敵の進路読めるのに、馬券の買い方ざぁこ♡」
「戦場と競馬一緒にすんな!」
「今日ずっと一緒にしてましたよねぇ♡ 逃げ、先行、差し、追い込みまで使ってましたよねぇ♡」
「説明だけだよ! 金が絡むと馬は人を裏切る!」
「馬は指示通り走ってます。外したの黒田さんですぅ」
「お前、現代まで人の負け確認しに来たの?」
「監査ですぅ♡」
「絶対娯楽だろ!」
【神界・追加ご請求】
・高速異常群広域測位費 金貨8,000枚
・飛行魔力観測補正費 金貨7,000枚
・第三元帥共同作戦接続費 金貨5,000枚
・高速群経路予測演算費 金貨9,000枚
・現代側短時間帰還費 金貨4,000枚
・即応戦闘補助費 金貨12,000枚
・戦闘後原状復帰処理費 金貨10,000枚
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今回加算 金貨55,000枚
今回加算・日本円換算 275,000,000円相当
前回繰越残高 金貨880,000枚
前回繰越残高・日本円換算 4,400,000,000円相当
暫定合計残高 金貨935,000枚
暫定合計・日本円換算 4,675,000,000円相当
「二億七千五百万……。ちなみに馬券代は?」
「当然、経費対象外ですぅ♡」
「じゃあ俺が今日失った金、神界と競馬で別口なの?」
「はい。異世界でも現代でも順調に減ってますねぇ♡」
「二世界同時赤字って言い方やめろ!」
レグリアが楽しそうに承認印を取り出す。
「黒田陸、本日の収支――」
「読むなあ!」
バンッ。
【経費対象外】
「馬券にハンコ押すなぁぁぁぁ!!」




