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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#33 契約切れば無料だと思った(正式名称:神界契約断絶異常及び無登録因果接続対処)

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第125話 誰かあいつを女で釘付けにする方法知らない?

 俺が呼ばれていないところで、ろくでもない会議が開かれていたらしい。

 後から聞いた話をつなぎ合わせると、発端はネレイスの一言だった。


「自発的帰属点は場所だけではない。特定の人間を、帰るべき場所と同等に認識する例もある」


 ここは、移動式やどり木の会議室。

 長机の中央へ浮かんでいた神界端末を挟み、ゼニスとレグリアがほぼ同時に顔を上げた。


「人でも成立するんですね?」

「じゃあ、誰なら黒田さんを一番釘付けにできるか測れますねぇ♡」


 椅子へ座っていたティアナが、嫌な予感しかしないという顔で額を押さえた。


「待って。絶対そういう実験じゃないでしょ」

「目的は異なる。ただし、個人に対する執着、安心感、保護欲、恋愛感情、生活依存などが帰属反応へ影響するかは測定できる」

「ネレイスも真顔で燃料足さないで!」


 止める人間が一人しかいなかったせいで、会議はそのまま続行された。

 集められていたのはゼニス、レグリア、ティアナ、ミャオ、ルヴィア、リリア、モグ、シルフィア、ミルネ、フェンナ。それから菓子皿を両手で抱えた魔王アルヴィナと、その隣で妙に真剣な顔をしているイリス・ゼロスだ。


 アルヴィナはクッキーを一枚かじり、ぽろぽろ落ちた欠片を皿の上へ戻しながら首を傾げた。


「なあ、黒田を釘で刺すのか?」

「刺しません、魔王様」

「ならいい、人間はひ弱だからな」


 即座に安心して二枚目へ手を伸ばす。イリスはまだ納得していなかった。


「釘付けとは、対象の視線または意識を特定対象へ固定する比喩表現、という理解で合っていますか?」

「合ってるわ」

「物理的拘束は?」

「しない」

「杭も?」

「使わない!」

「では安全ですね」


 ティアナが机へ突っ伏した。


「何で私がここで一番疲れてるのよ……」


 最初の議題は、根本的なところから始まった。

 ゼニスが腕を組み、神界端末に俺の行動記録らしきものを映す。


「そもそもの話なんですけど……黒田さんって、女性に興味あるんでしょうか」

「そりゃ、あるでしょ」


 ティアナ。


「あると思うよー、私のことたまに変な目で見てる気がしたり、しなかったり?みたいな」


 リリア。


「たぶんあるにゃ」


 ミャオ。


「雄ならあると思うワン」


 フェンナ。


 みな、微妙に自信がない。

 ミルネが俺の健康記録らしきものを見ながら、一本ずつ指を折った。


「黒田さんが普段、明確に機嫌を良くするものですと……煙草、お酒、揚げ物、お肉、お布団、お金、借金の減額、競馬、現代装備、それから何もしなくていい日ですね」


「女性要素が一個も入ってないじゃないですかあ!」


 ゼニスが机へ手をついた。


「ちょっと待ってください。以前、私が衣装を変えた時は確実に見てましたよ?!」

「黒田さん、自分で『俺も男だからな』って言いましたよぉ♡」


 レグリアまで胸を張る。ティアナが二人を交互に見た。


「何でそこだけそんな鮮明に覚えてるのよ」

「重要な観測記録です!」

「重要な煽り材料ですぅ♡」

「後半は観測ですらないじゃないの、呆れたわ」


 そこでティアナが少し間を置き、わざとらしく二人へ視線を向けた。


「でさあ。二人とも黒田のこと好きなの?」

「違います!私は女神!彼は人間ですから!」

「違いますぅ♡おっさんはからかいがいがあるだけです!!」


 一秒もかからなかった。


 ゼニスは即答したあと、それだけでは足りないと思ったのか、長い黒髪を肩から払ってさらに続けた。


「そもそもですよ? 酒と煙草とギャンブルと借金で生活の大半を構成している三十二歳無職ですよ? 部屋では尻を出して寝るし、説明中に平気で放屁するし、私が真面目に神界制度を説明している横で鼻をほじるような人です。そういう恋愛以前の問題ではなくてですね――」


「なんかさ、仕事の割にめちゃくちゃ詳しいわね」

「契約者だからです!」


 その返事だけが妙に速かった。


「た だ し!」


 ゼニスは人差し指を立てる。


「あれだけ人を女神扱いせず、コスプレだの痴女だの夜の店だの好き放題言ってくる男を、一回くらい女性として言葉に詰まらせたいんです。私に見惚れて三秒くらい固まったところへ請求書を出して、さらに十秒くらい固めたいんです!」

「後半で全部台無しになったわ」


 レグリアも負けていなかった。


「私は一回くらい黒田さんをメロメロにしてぇ、『レグリア様がいないと生きていけません』くらい言わせてから、返済能力よわよわ♡ 雑魚おじ♡って笑ってあげたいですぅ♡」


「こいつ、めっちゃ性格が悪い!」

「でも女神として負けっぱなしなの、腹立つじゃないですかぁ」

「誰と何を競ってんのよ!」


 そこへミャオが遠慮がちに片手を上げた。


「そんな服着るより、お腹減ってる時に温かいご飯出した方が早いんじゃないかにゃあ」

「それでは女性として勝ったことになりません!」


 ゼニスが即座に却下する。


「はて、何の勝負にゃ?」


 誰も答えられなかった。

 ミャオだけが最初から正解に近かったらしい。


 だが、女神二人は止まらなかった。


「現代側の嗜好データが不足しています」

「黒田さんが若い頃から何見て鼻の下伸ばしてたのか知りたいですねぇ♡」


 勝手に話がまとまり、ゼニスとレグリアが共同で【簡易夢境接続《ドリーム・カンファレンス》】を起動する。


 白い光が会議室の隅へ落ちた。

 次の瞬間、そこから寝間着姿のひなたが降ってきた。


「ふわ……何ですか、ここ?」


 髪は寝癖で少し跳ねている。大きめの部屋着に薄いカーディガンを羽織っただけで、どう見ても布団から強制招集された人間だった。


「私、寝てたんですけど」

「黒田さんを女性として釘付けにする方法を検討しています」


「この夢、今すぐ切ってください」

「私も帰りたいんだけどね......」


 ティアナとひなたの意見が、出会って数秒で一致した。

 ゼニスは気にしない。


「現代側で、黒田さんを一番長く知っている女性は望月さんでしょう? 黒田さんって、どんな女性に反応します?」


「私に聞かれても……あの黒田さんですよ?」


 ひなたは眠そうな目をこすりながら考えた。


「現役の頃も普通に女性のことは見てましたよ。綺麗な人がいれば綺麗だとは言ってましたし。でも、休暇前に飲みに行って美人な店員さんが隣にいても、途中から競馬新聞広げて予想してました」


 ゼニスの顔が引きつる。


「うーん、参考になりませんね……」

「あと、新しい装備の話をしている時の方が目は輝いてました」

「女性が装備に負けましたぁ♡」

「そんなこと、私に言わないでください」

「じゃあ何を置けば、その場所に長くいます?」

「そうですね、煙草、酒、唐揚げ、布団。あと競馬中継でも流しておけば、たぶん一日いますかね」


 会議室が静かになった。ミャオだけが得意げに頷いた。


「ほーら、あちしが合ってるにゃ」

「私は、女性としての攻略法を聞いているんです!」

「そんなの知りませんよ!! 私が聞きたいくらいです!!」


 ひなたの眠気が一気に吹き飛んだ。

 そこでレグリアが、いかにも面白いものを見つけた顔をする。


「じゃあ望月さん本人ならぁ?」

「……は?」

「黒田さん、元部下には結構甘いですよねぇ♡ 望月さんが『帰らないでください』って言ったら、多少は残るんじゃないですかぁ?」

「何で私が候補に入ってるんですか――」


 一瞬。

 本当に、少しの間だけだった。

 その間をティアナがすぐ拾った。


「ひなた、あなた今、ちょっと考えたわよね」

「考えてません」

「間があった」

「ありません」

「目も泳いでたし」

「寝起きなんですって!」

「耳――赤いわよ」

「この環境の温度調整がおかしいんです!!」


 アルヴィナが三枚目のクッキーを半分に割り、イリスへ渡す。


「なんか、似てるね」

「はい。否定する速度も近いです」


「聞こえてるからね!」

「聞こえてます!」


 ひなたとティアナの声まで綺麗に重なった。

 こうして俺の知らないところで、本人不在の攻略会議はかなり好き放題進められたらしい。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 そんな事情を何一つ知らない俺は、「帰属安定試験をする」とだけ聞かされ、昼過ぎに会議室へ呼ばれた。


 扉を開けた瞬間からおかしい。なぜか人数が多すぎる。

 しかも全員、妙にこっちを見てそわそわしているのだ。


「あのさ……俺の実験に何でこんなにいるの?」

「測定です」


 ゼニスが答えた。


「何の?」

「いろいろです」

「ほじゃ、帰るわ」

「帰属点を測る前に帰らないでください!」


 肩を捕まれた。


 ミルネが椅子を示し、俺の手首へ細い計測帯を巻く。冷たい金属が皮膚へ触れ、淡い緑色の文字が浮かび上がった。


「心拍、呼吸数、発汗、瞳孔変化、視線停留時間、因果位相を測ります。痛くはありませんから、普通にしていてくださいね」

「これ、健康診断?」

「似たようなものです」

「じゃあ肺の数字悪くても煙草のせいって言うなよ」

「それは言います」

「先に逃げ道塞ぐなよ」


 ミルネはにこやかなままだった。


「あと、お酒の量も減らしましょう」

「もう帰る」

「座ってください」


 逃げ道がなかった。ネレイスが壁際で腕を組む。


「始める」

「何を?」

「見ていれば分かる」

「その言い方する奴、大体ろくなことしねえんだよな……」


 最初の扉が開いた。

 俺は、出てきた二人を見て言葉を止めた。


 ゼニスは黒と深紅を基調にした神界装束。いつものキャリアウーマン風とは似ても似つかない。


 布地は胸元から腰へかけて身体の線に沿い、片側だけ深く切れ込んだ裾から長い脚が覗いている。露出そのものより、普段きっちり隠している場所を意図して見せているのが分かる服だった。


 隣のレグリアは白と黒。


 背中の開いた小悪魔風の衣装へ長いブーツを合わせ、成人女性としてはかなり小柄な身体を逆手に取って、脚の線を強調している。本人も分かっているらしく、こちらを見るなり腰へ片手を当てた。


【視線停留:1.82秒】


 神界端末が光る。俺は数秒黙った。

 ゼニスの口元が勝ち誇ったように上がる。


「……どうです?」

「お前ら、女神やめたの?」

「は?」

「俺から借金取り立てても生活きつくなって、二人で夜のバイトでも始める気?」


「始めませんよぉぉぉぉぉ!!」

「誰が夜のバイトですかぁぁぁぁ!!」


 二人の声が重なった。


「いや、その格好で神託下ろされても内容入ってこねえだろ。ゼニスなんか神託より金持ちから指名取る方が得意そうじゃん」

「今日は黒田さんの反応を見るために、神界側で最適化した衣装です!」

「私だって昨日までのデータ分析したんですよぉ♡ 視線一・八二秒! 見ましたねぇ? ねぇ?」

「そりゃ見るだろ。視界に急にそんなの二人出てきたら」

「認めました!」

「勝ちましたぁ♡」


「何にだよ。神様の演算能力をキャバ嬢選手権に使うなよ。罰あたるぞお前ら」

「め、女神だって女なんですぅぅぅぅ!!」


 レグリアが両拳を握る。


 ゼニスまで大きく頷いた。


「そうですよ! 女神にも女性としての意地があります! そもそも黒田さんは、こちらがどれだけ服装を工夫しても『寒そう』『歩きづらそう』『その服どこに財布入れんの?』しか言わないじゃないですか!」

「実用性を見るのは元自衛官の癖だよ」

「女性を見て最初に収納力を確認する元自衛官がどこにいるんですか!」

「ここ」

「胸張らないでください!」


 俺は椅子へ座り直し、無意識に尻の横を掻いた。


 ゼニスの目が止まる。


「あと、それです」

「え?何が?」

「その手ですって!! 女性二人がこれだけ頑張ってる目の前で、何で平気でお尻掻けるんですか!」

「痒いからだけど?」

「女性の前で平気でお尻掻いたり、オナラしたりする人に、神としての節度を説かれたくありません!」

「屁と神格は別問題だろ」


「同じ部屋にいる側からしたら同じ問題よ」


 ティアナが横から刺した。


「というか、あんた今も普通に掻いてたでしょ。もう少し人の目ってものを気にしなさいよ」

「痒みは他人の目を待ってくれない」

「もっともらしく言うな!」

「自然現象に怒るなよ」

「屁も同じ理屈で押し通してるでしょ!」


 女神・第一形態は、俺の視線を一・八二秒止めたものの、二人の自尊心を大きく削ったらしい。


 ここから何故か着替えが始まった。まずは踊り子風だ。

 ゼニスが薄い布を重ねた衣装で腰をひねると、金属飾りがしゃら、と鳴る。腹部と肩が大きく出ていて、歩くたびに腰布が揺れた。


「ねぇ黒田さん。どうです?」

「寒そう。森歩いたら虫に食われるぞ。あと腹冷やす」

「そこを見るんじゃありません!」

「腹出してる人が言うかね?」


 次。露出の多い女騎士。

 レグリアが短い外套を翻し、得意げに胸を張った。


「どうですかぁ♡ 強くて美しい女って感じしません? ねっ?」

「防御力どこいったの?」

「神界補正がありますぅ!」

「そもそも補正で守れるなら鎧いらなくない?」

「そういう話をしてるんじゃないですぅぅぅ!!」

「肩も太腿も出てるぞ。転んだら擦りむくぞ」

「神に擦り傷の心配しないでください!」


 次。


 レグリア、大人のお姉さん風の黒いタイトドレス。

 身体へぴたりと沿う布地と高いヒール。髪まで下ろして、普段よりずっと落ち着いた化粧をしている。


 本人は扉から出るなり、かなり自信ありげにゆっくり歩いてきた。

 俺は頭から足まで一度見た。


「……頑張った七五三かな」


 レグリアの歩みが止まった。


「…………」

「それさ、姉ちゃんの服、勝手に借りてきた?」


 レグリアの唇が震える。


「……黒田さん」

「何よ?」

「今の二つ、どっちから殺されたいですか?」

「怖っ。ハート消えたぞ」

「チビこすりするなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 監査女神が完全に崩れた。


 次。ゼニス、魔性の女風。


 黒い長衣の胸元はさっきよりさらに深く、背中も大きく開いている。髪は片側へ流し、普段の細縁眼鏡まで外していた。


 歩くたびに腰の線が布越しにはっきり分かる。俺の視線が一瞬止まった。


【心拍変動:+7】

【視線停留:2.31秒】


 端末が即座に裏切る。


「今見ましたね!?」


 ゼニスの顔が輝いた。


「開きすぎてるからな」


「二・三一秒!」

「数字で追い詰めるな」

「勝った!」

「何に?」

「女性としてです!」

「でも寒くねえの?」


 ゼニスの笑顔が消えた。


「……そこなんですか」

「肩から背中まで出てんじゃん。腹壊すぞ」

「心配の方向に色気が一グラムもないんですよぉぉぉぉぉ!!」


 レグリアが床を叩いて笑っている。


「ゼニス先輩、二秒見てもらって体調心配されてるぅ♡」

「あなたは七五三でしたよね?それって女性として見られてないってことですよ?」

「先輩ぃぃぃ!?」


 何着目か分からなくなった頃には、女神二人の方が疲れ切っていた。


「はぁ、はぁ......もう……普通のでいいです……」

「わたしヒール痛いですぅ……」


「神様でも足痛くなるんだ」

「あなたは黙っててください」


 最後に現れたゼニスは、淡い水色のワンピースを着ていた。


 装飾もほとんどない。胸元も普通。膝下まである柔らかな布が身体の動きに合わせて揺れ、いつもまとめている長い黒髪も自然に下ろしている。


 レグリアも同じだった。


 薄いクリーム色の膝丈ワンピースへ、小さなカーディガン。高いヒールもやめて、体格に合った靴を履いている。


 俺は二人を見た。


「……あ、それ普通にいいじゃん」


 会議室の空気が止まった。


「えっ?」


 ゼニスが瞬きをする。


「そっちの方が似合う。ゼニスは髪下ろした方が柔らかく見えるな。レグリアも無理して大人っぽくするより、そのくらいの方が普通に女っぽいぞ」


 今度は端末より先に本人たちが固まった。


 ゼニスは髪へ触れたまま動かない。

 レグリアは口を半開きにしている。

 ティアナが深いため息を吐いた。


「結局、一生懸命色気を作ってない時が一番効くのね」


 ゼニスとレグリアが、ゆっくりこちらを振り返った。


「先(・)に(・)言(・)え(・)え(・)え(・)え(・)!!」


 二人分の絶叫が壁を揺らした。


「聞かれてねえもん」

「十何着着たと思ってるんですか!」

「俺が知るかよ、てめーらが勝手にはじめたんだろーが」

「私なんて七五三って言われたんですよぉぉぉ!」

「それは今も撤回しない」

「黒田さぁぁぁぁぁん!!」


 レグリアの巨大承認印が持ち上がった。

 ネレイスが無言で手首を掴んで止める。


「私情による減点は禁止!」

「分かってますぅ!! 押しませんよぉ!!」


 かなり押したそうだった。


 次に、ティアナが前へ押し出された。


「なによ、嫌だから」

「比較対象として必要だ」

「ちっ、ネレイス。終わったら覚えてなさいよ」


 普段の実用一辺倒な魔術師服ではなかった。


 淡い紫の布が身体に沿い、片方の肩だけが露出している。腰には薄い飾り布。派手な衣装ではないが、普段ローブに隠れている首筋から肩へ続く線が妙に目についた。


 髪もいつものようにきつくまとめず、淡いピンクの髪を半分だけ留めている。

 俺は少しだけ黙った。


【心拍変動:+9】


「おお……似合うじゃん」

「……は?」


 ティアナの顔が止まった。


「普通に似合ってる。いつものローブより大人っぽいな」

「ちょ、ちょっと待って。何で急にまともな感想言うのよ」

「わかってきたけど、これ、俺の感想聞く実験なんだろ?」

「そうだけど! あんたが素直だと逆に気持ち悪いのよ!」

「ちぇー、褒めて損した気分。あとでなんかおごれよ」

「おごらない!取り消すな!」


 俺は肩の出ている部分を指した。


「ただ、それ寒くない? 上着着とけよ。シルフィアじゃなくても肩冷えるぞ」

「そこで急に近所の親切なおっさんへ戻るなぁぁぁぁ!!」


 ティアナの右手に青白い魔力が集まり始める。


「何で魔法溜めてんの!?」

「知らない! 勝手に集まってる!」

「おま、感情連動じゃん!」


 レグリアが端末を覗き込む。


「ティアナさん、かなり数字出てますぅ♡」

「出てない!!」

「端末が出してるんですけどぉ♡」

「はやく消して!」

「指先バチバチ鳴ってるぞ」

「見ないで!!」


 続いてルヴィア。そこで空気が変わった。


 古竜貴族らしい深い青のドレス。肩から鎖骨にかけては上品に開いているが、他の連中のように露出量で勝負する服ではない。細い金の飾りが腰の位置を高く見せ、長い裾が床を滑る。


 しかも近づいた瞬間、甘すぎない花の香りがした。


「黒田」

「何だ?」

「わたくし、今日の茶番を見ていて思いましたの。あなたへ必要なのは、身体を見せることではありませんわ」

「さすが古竜。分かってるじゃん」


 ルヴィアが微笑む。


「借金でしたら、わたくしが払って差し上げてもよろしくてよ」

「マジで?」


【心拍変動:+31】


 端末が勢いよく跳ねた。全員が俺を見る。


「今日一番食いついたわ!!」


 ティアナの声が飛んだ。


「待て。色気じゃないわよこれ」

「数字は正直ですぅ♡」


 ルヴィアは扇で口元を隠し、勝ちを確信したらしい。


「結納金も用意いたしますわ。住居、酒、煙草、食費、娯楽費。必要でしたら日々のお小遣いも」

「うんうん、それで?続けて」

「お金は十分ありますから、あなたは仕事もしなくてよろしいですわ」

「結婚する。いつ式あげようか?」

「早っっっっ!!」


 ほぼ全員から声が上がった。


 ルヴィアは胸を張った。


「おーっほっほっほっほ! 当然ですわね。では卵につきまして、以前は三つと申しましたけれど……あなたの希望も考慮し、一個までは妥協いたしますわ」

「そこ、ゼロには?」

「なりませんわ」

「金だけ出して俺を自由に放し飼いにする案は?」

「夫なのですから、当然わたくしの側にいていただきます」

「じゃあ保留だな」

「あなたという人はぁぁぁぁ!!」


【心拍変動:平常域へ復帰】


「数字戻った!」

「金と自由の両方が必要なんですねぇ♡」


「当たり前だろ。片方だけじゃ福利厚生として弱い」

「結婚を福利厚生で考えないでくださる?!」


 そこへモグが割り込んできた。


「陸、つれないのう。わらわも雌じゃぞ!」

「お前はまず口の肉汁とよだれを拭け、ばっちい」

「わらわにだって色気はある!」

「色気?今のお前からは焼肉の匂いしかしねえぞ」


 モグは袖で口元を拭おうとし、ミャオに布巾を投げつけられた。


「きったないにゃ、それで拭くにゃ!」

「陸よ、飯を腹いっぱい食わせてくれるなら、わらわは何でもするぞ!」


 会議室が一瞬静かになった。俺は真顔でモグを見る。


「……お前、その言い方は外で絶対すんなよ?」

「む、なぜじゃ?」

「知らん奴に飯もらってついていく子供と同じこと言ってる」

「わらわは古竜じゃ!」

「なお悪いわ。古竜が飯一杯で買収されんな」

「二杯なら?」

「値段の話じゃねえ!」


 しかも俺を釣るために用意されていた高級肉は、待ち時間で全部モグが食ったらしい。


「お前、何しに来たデブ竜」

「デブって言うなぁぁぁぁ!!細いじゃろうが!!」


 リリアは方向性が完全に違った。

 いつも通りの格好で、俺の正面へ椅子を引いてくる。


「私は服で勝負しなくていいかなーって」

「何で?」

「陸が年取って死んでも、その先に私がいるから」

「なにそれ、怖っ」

「生きてる間に逃げてもいいよ? 日本へ帰っても、別の国へ行ってもいい。でも死んで魂になった瞬間、たぶん私が一番最初に見つけるから」

「......もっと怖くなった」

「お墓の前で何十年も待つ必要もないし、魂なら壁も国境も関係ないと思う」

「お前な、ストーカーの最終形態が死後って相当やべえぞ!」

「でも、ずっと一緒にいられるよ?」

「お前、金ないし死んでるじゃん」


 リリアの笑顔が消えた。


「……今、そこ関係ある?」

「かなりある」

「死んでたって愛(・)は(・)永(・)遠(・)でしょうがあああああ!!」

「永遠に取り憑く宣言するな!」

「陸になら多少ひどい扱いされてもいいのよ!」

「ドM死霊術師!!」

「ドMじゃない! 愛に耐久力があるだけ!!」

「その言い換えで何も改善してねえよ!」


 フェンナはさらに原始的だった。

 犬耳をぴんと立て、尻尾を勢いよく振る。


「黒田は強いボスだワン。よく寝るし、すぐ逃げようとするけど、危ない時は最後まで残るワン」

「褒められてんのか、それ?」

「伴侶にしても悪くないワン! 丈夫そうだから子供いっぱい作れるワン!」

「いきなり繁殖能力で査定するな!」

「群れは多い方が強いワン!」

「犬人族の群れ理論を結婚へ持ち込むな!」

「逃げても臭いで追えるワン!」

「何で候補者全員、逃亡対策を標準装備してんだよ!」


 ミルネが静かに手を挙げた。


「はい。私は黒田さんと暮らすことになったら、まず禁煙から始めますね。お酒も一週間の上限を決めて、夜は十二時までに就寝。朝食をきちんと食べて、三か月ごとに健康診断を――」

「次の方どうぞー?」

「まだ途中ですよ?」

「一番帰りたくなる相手だった」

「えぇ? 健康になるのに!?」

「俺の生活から酒と煙草と夜更かし取ったら、健康なだけの無職が残るだろ」

「その無職を健康にしたいんです!」

「謎の使命感が怖い!」


 シルフィアは淡い青のワンピースを着せられていた。


 普段より少し薄い生地で、細い身体の線がいつもより分かりやすい。本人は落ち着かなさそうに裾を押さえている。


「……私も、測るんでしょうか」

「お、似合ってるじゃん」

「ありがとうございます」


 素直に返されると、こっちも変なことを言いづらい。

 ただ、よく見ると指先が少し冷えている。


「シルフィア、寒いだろ。これ掛けとけよ」


 椅子の背へ置かれていた毛布を取り、渡す。


「え……あ、ありがとうございます」


 シルフィアは毛布ごと抱えるようにして、小さく笑った。

 ゼニスが勢いよく立ち上がった。


「何であの子には自然にできるんですか!」


 レグリアも立った。


「私なんて七五三ですよぉ!?」

「虚弱な奴に薄着させんなよ。倒れたら実験どころじゃねえだろ」

「私だって薄着でした!」

「ゼニスは丈夫そうじゃん、神だし、なんか何しても死ななさそうだし」

「女性への気遣いを耐久力で差別しないでください!!」


 ミルネが計測器を確認する。


「ゼニスさんの最初の衣装で、心拍は確かに上がっていますね」

「ほら!ほら!」


「レグリアさんを見て笑っている時もかなり上がっています」

「何でぇぇぇぇ!?」


「ティアナさんの時はさらに上がってます」

「機械壊れてる!」

「正常です」


「ミルネまで敵!」


「あと、ルヴィアさんの借金返済提案が最高値です」

「それ絶対に恋愛反応じゃないでしょ!」

「俺もそう思うけど」

「本人が同意しないで!」


 魔王アルヴィナがとうとう我慢できなくなったらしい。

 椅子から飛び降りる。


「黒田よ!」

「お前まで何よ」

「われの側近になれば、世界の半分をくれてやる!どうじゃ?」

「え、半分もらえるの?」

「うむ!魔王に二言はないぞ!!」

「売って借金返していい?」

「世界を転売するなぁぁぁぁ!!」


 アルヴィナが両手を振り回す横で、イリスが真顔のまま首を傾げた。


「魔王様。一点確認してもいいですか」

「何じゃ!?」

「世界を半分にする場合、どこで区切るのでしょう。海域を多く含む側は維持費だけ増える可能性があります」

「……え?」


「人口比、耕作地、鉱山、港湾数も均等にしないと、半分でも価値が違います」

「イリスの方が現実的じゃん」

「うえーん、これ、定番の魔王台詞なのぉ!! そこまで考えて言ってないのぉ!!」


 そして最後まで参加していなかった奴がいた。


 ミャオだ。


 ずっと厨房にいたらしく、普段のエプロン姿のまま会議室へ顔を出す。耳の横には少しだけ粉が付いていて、手には木べらを持ったままだった。


「陸ー、ご飯できたにゃ」

「お、うまそう」

「今日は肉多めにしたにゃ。あとお味噌汁っぽいのも作ってみたにゃ」


「マジで? 腹減ってきたわ」


「風呂も沸いてるにゃ。昨日帰れなくて入れてなかったにゃ?」

「後で入るわ」


「布団も干したから、食べ終わったらすぐ寝てもいいにゃ」

「やったー寝れる!!」


 俺は迷わず立った。

 神界端末が、今までで一番大きく光った。


【帰属反応:急上昇】

【個人帰属補助反応:ミャオ】

【生活圏帰属反応:極めて高】

【対象:移動式やどり木】

【生活圏固定:安定】


 会議室が静まり返った。

 ゼニスが自分の胸元を見下ろし、それからミャオを見る。


「……胸より飯ってこと?」


 レグリアも自分の脚を見た。


「脚より布団?」


 リリアが俺を指差した。


「永遠の愛よりお風呂!?」


 ルヴィアの扇が震える。


「わたくしの財力より晩御飯ですの!?」

「財力はかなり強かったぞ」

「そこだけフォローしないでくださいませ!」


 ティアナだけは、最初から全部分かっていたような顔をしていた。


「……まあ、そうなると思ってたわ」


 ミャオ本人はきょとんとしている。


「だから最初から、ご飯出せばいいって言ったにゃ」


 ネレイスが端末の結果を確認する。


「結論。黒田陸を固定しているのは、特定女性への強い恋愛依存ではない」

「ほらな」

「まだ続きがある。食事、睡眠、入浴、安全、私物、人間関係。それらを含む生活圏全体への帰属が強い。その中心要素の一つがミャオだ」


 全員の視線がミャオへ集まる。


「にゃ?」


 ミャオの耳が片方だけ倒れた。

 俺はそんなことより厨房の方を見た。


「飯、冷めるぞ」

「陸はもう少し余韻を持ちなさいよ!」

「味噌汁は余韻より温度だろ」


 ティアナが頭を抱えた。


「ほんっとそういうとこよ……」


 神界端末がもう一度光った。


【神界・追加ご請求】


・自発的帰属点多人数測定費       金貨8,000枚

・簡易夢境接続使用費          金貨5,000枚

・現代側夢境参加者保護費        金貨3,000枚

・女神二名攻略衣装試作費        金貨8,000枚

・女神二名高速更衣神術使用費      金貨4,000枚

・女神二名衣装再構成費         金貨3,000枚

・最終清楚衣装調整費          金貨2,000枚

・女性参加者衣装適合補正費       金貨5,000枚

・視線・心拍・魂位相反応測定費     金貨4,000枚

・モグ試験用高級肉補填費        金貨1,000枚

・移動式やどり木帰属点固定処理費    金貨7,000枚

─────────────────

今回加算                金貨50,000枚

今回加算・日本円換算          250,000,000円相当

前回繰越残高              金貨788,000枚

前回繰越残高・日本円換算        3,940,000,000円相当

暫定合計残高              金貨838,000枚

暫定合計・日本円換算          4,190,000,000円相当


「待て」


 厨房へ向かいかけていた足が止まった。


 俺は戻って請求書を取り、上から二度読み直した。


「……女神二名攻略衣装試作費、金貨八千枚?」


 ゼニスが髪を整えながら答える。


「実験機材です」


「服だろ!! 四千万する服を実験機材って言い張るな!」


「神界側で一から構築した特注品ですから」


「俺の反応見るために四千万!?」


 レグリアが横から覗き込む。


「でも二・三一秒見てましたよぉ♡」

「一秒あたりいくら掛かってんだよ!」

「計算しますぅ?」

「すんな! 絶対腹立つから!」


 さらに下を見る。


「女神二名高速更衣神術使用費、二千万!?」

「何着も比較したのでぇ♡」

「お前らが勝手にムキになって着替え続けただけだろ!」

「比較実験には複数条件が必要なんです!」

「俺、途中からファッションショー見せられてただけじゃねえか!」


 紙を一枚めくる。


「最終清楚衣装調整費、一千万!」


 俺は二人を見る。


「最後の普通のワンピースが一千万?」


「……はい」

「最初からそれ着とけよ!!」

「だから先(・)に(・)言(・)え(・)って言ったでしょうがぁぁぁぁぁ!!」


 何故かゼニスの方が怒った。


「俺が払う金で俺に逆ギレすんな!」


 さらに見る。


「モグ試験用高級肉補填費、五百万!?」


 モグが口笛を吹こうとして失敗した。


「お前だな?」

「必要な実験じゃった」

「俺が一切見てない間に全部食ったって聞いたぞ」

「肉が冷めるともったいないからの」

「試験前に被験食材消滅させてんじゃねえよ!」

「腹の中には残っておる!」

「実験結果として取り出せねえだろ!!」


 最後に、俺は一番下の数字を見た。

 金貨八十三万八千枚。

 四十一億九千万円相当。


 女の色気を調べた結果、俺の借金だけが確実に増えていた。

 レグリアが口元へ手を添える。


「……でもぉ、女としては少しくらい勝てましたよねぇ♡」


 ゼニスも考える。


「視線二・三一秒ですからね。以前よりは前進しました」

「それに最後は黒田さんをちゃんとボロボロにできましたぁ♡」


 俺は請求書を握ったまま二人を見る。


「財布だけなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 厨房の方から、ミャオの声が飛んできた。


「陸ー! ご飯冷めるにゃー!」

「今行く!!」


 俺は請求書をゼニスへ叩き返し、即座に厨房へ向かった。

 背後で神界端末がもう一度光る。


【帰属反応:さらに上昇】


「請求書から逃げた時が最高値じゃないですかぁぁぁぁぁ!!」


 ゼニスの絶叫を聞きながら、俺は晩飯の匂いを追った。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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