第124話 契約切ったら日本へ帰れなくなった
ゼニスとの契約を(一時的にだが)切った夕方になって、俺はいつものように現代へ戻ろうとした。特別な準備はしない。煙草の残りが少なくなったから補充して、冷蔵庫の酒を確認して、ついでにスマホを見る。それだけのつもりだった。
「じゃ、帰るわーほなまた」
「はいはい。今日はもう大きな処理をしないでくださいね」
ゼニスの返事を背中で聞き、いつもの感覚で神界接続へ意識を向ける。
何も起こらない。
「......ん?」
もう一度。本当に何も起こらない。
目の前には移動式やどり木の壁。右にはティアナ。左にはゼニス。現代の四畳半はどこにもない。
「おいゼニス」
「何ですか」
「帰れないんだけど?」
「だから言ったでしょう!!」
会議室の天井が震えそうな声だった。
「こんなの聞いてないぞ?」
「契約遮断って何だと思ってたんですか!」
「請求止めるやつじゃないの?」
「そんな都合のいい契約遮断があるわけないでしょう!」
レグリアが端末を開きながら、わざとらしく指を折った。
「異世界送還停止、現代側再転送停止、装備転送停止、認識阻害停止、原状復帰停止、即応停止、即レベ停止。綺麗に全部止まってますぅ♡」
「......しまった、俺の魔法じゃなかったの忘れてた」
「そんな重要なこと忘れるんですか!?」
「ずっと使ってると自分の能力みたいな気がしてくるじゃん」
「家の電気を自分の発電能力だと思います?」
「停電して初めてありがたみに気づくタイプかな俺」
「最低ですねほんとに」
ティアナが腕を組んだ。
「でも戦えないなら、あんた喜ぶんじゃない?」
「お前、俺を何だと思ってる」
「働きたくないおっさん」
「そう!正解だ」
実際、最初の一時間は快適だった。
即応が出ない。即レベも出ない。現代兵器も転送できない。つまり「黒田さんお願いします」と言われても、「無理」で押し通せる。
「最高じゃん」
「何がですか」
「能力がないから働けません」
「元自衛官としての技能は残っています」
「余計なこと思い出させるなよ、いい気分の時にさ」
ところが二時間後、問題が出始めた。俺は煙草の箱を振る。
「残り......三本」
財布を見る。
「異世界金貨しかねぇ」
スマホは当然つながらない。競馬も見られない。パチンコ屋の騒音すら、こうなると少し懐かしい。
「......ファミチキ食いてえ、アレクシスの気持ちが分かってきたかもしれん」
「今は、そんな贅沢言わないでください」
「日本の酒飲みてえ、第3のビールとか、やっすいディスカウントストアで買ってきた謎のチューハイとか......」
「こっちにもお酒ありますよ?醸造方法が現代日本より未発達なので、ひたすら酔うためだけって感じのものですが」
「違うんだよ。コンビニ行って、何買うか決めずにウロウロしたいんだよ~むしろ買い物はそのついでっていうか――」
「帰れない人間の郷愁がコンビニなんですか?」
ゼニスが呆れた顔をする。
さらに夜になった。
「うー布団が恋しい」
「ありますよ、やどり木のいつも泊まるとき使ってるのが」
「俺んちのがほしい」
「ありません!」
「競馬新聞」
「それもありません!」
「ひなたから連絡来てるかもしれん」
「確認できませんね、通信使えないので」
「......異世界って、不便だな」
ぽろっと不満を口にすると、ゼニスの眉が上がった。
「今、不便って言いました?」
「言ってない、お前の空耳じゃねえの?」
「言いましたよ、聞こえましたもん」
「幻聴だわ」
「神に幻聴扱いしないでください!!」
その夜、移動式やどり木へ戻ると、厨房から焼いた肉とスープの匂いが流れてきた。テーブルではモグが既に二人前を食べ、ミャオが空いた皿を回収している。
「陸、今日は帰れないんだってにゃ?」
「おおミャオか。情報早いな」
「ゼニスが言ってたにゃ。ご飯食べるにゃ?」
「食うぞ」
「お風呂も沸いてるにゃ」
「入る」
「布団も出してあるにゃ」
「寝る」
「煙草は外」
「うーん、そこだけ厳しいな」
俺はいつもの席に座った。
ミャオは何か特別な慰めを言うわけでもなく、スープを置き、肉を置き、パンを追加した。横ではモグが俺の皿を見ている。
「こら!見るな」
「一口だけ、ほしいのじゃ!」
「お前の一口、皿ごと消えるやつじゃねえか」
「わらわ、なんでそんなに信用がないのじゃ!知らない付き合いでもなかろう!」
「食事に関してだけはゼロだな」
その後、風呂へ入り、外で煙草を一本だけ吸い、布団へ転がる。
現代へ戻れない。
なのに、野宿でも避難生活でもない。
天井には移動式やどり木の木目があり、厨房からミャオとモグが揉める声が聞こえる。ティアナは隣室でレグリアへ何か怒っていて、遠くではミルネが誰かの薬を準備している。
俺は目を閉じた。
「......まあ、とりあえず仕事せずに寝れるならいいか」
翌朝。
ネレイスが地図と神界端末を広げた。
「復旧前に、自発的帰属点を測るぞ」
「何だ、それ? 専門用語すぎてわけわからんぞ」
「契約がなくても、お前が自分から戻ろうとする場所、人、生活環境」
「帰りたい場所なら日本だろ」
「第一候補はな。問題は異世界側だ」
レグリアの目が光った。
「人も対象になりますぅ?」
「ああ、なるのだ」
ゼニスも顔を上げる。
「個人単位でも?」
「理論上は」
ティアナだけが二人を見比べ、露骨に嫌な顔をした。
「......やめなさいよ。絶対ろくなこと考えてないでしょ」
ゼニスとレグリアが同時に笑った。
俺はその意味を、まだ知らなかった。
【神界・追加ご請求】
・送還機能停止状態診断費 金貨4,000枚
・自発的帰属点予備走査費 金貨5,000枚
・神界契約遮断維持費 金貨3,000枚
・生活圏安定観測費 金貨4,000枚
・異世界滞在延長補正費 金貨2,000枚
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今回加算 金貨18,000枚
今回加算・日本円換算 90,000,000円相当
前回繰越残高 金貨770,000枚
前回繰越残高・日本円換算 3,850,000,000円相当
暫定合計残高 金貨788,000枚
暫定合計・日本円換算 3,940,000,000円相当
「帰れなくなってんのに、九千万取られるの?」
「観測費です」
「サービス止めといて金取るなよ! この悪徳違法業者!」
「黒田さんが自分から切れって言ったんでしょう!」
「契約って怖いな」
「今さらですか!?」




