第121話 死人に聞いても誰だったか分からない
生きている奴が揃って忘れているなら、いっそ死んだ奴へ聞けばいい。冷静に考えれば相当ひどい発想だが、六大元帥の六人目について、生者の記憶も神界記録も役に立たない以上、残っている手段を順番に試すしかなかった。
というわけで、朝からリリアを連れて古戦場へ向かう準備をしていた。
「私が死んでるからって扱い雑じゃない!?」
本人には当然怒られた。
「お前、死霊術得意だろ」
「得意だけど、便利な検索窓みたいに扱わないでよ!」
「“六大元帥 六人目 誰”で検索できない?」
「何よそれぇ!できないって!」
「候補とか出ない?」
「出ない!」
「関連する死者はこちら」
「通販サイトみたいにしないで! 死者をおすすめ表示するな!」
リリアは頬を膨らませたまま腰へ手を当てた。死者本人に「死者を雑に扱うな」と怒られると、こっちもどこまで反論していいのか少し迷う。
「でも、リリア。お前にしか頼めないんだよ」
「……そういう言い方するの、ずるいんだよね」
さっきまで怒っていた顔が、ほんの少しだけ緩んだ。
「何がだ」
「“リリアならできる”って雑に任せるじゃん。そうやって頼るなら、そろそろ私をお嫁さん候補に入れてもいいと思うんだけどなぁ」
「話が飛びすぎだろ」
「愛人でもいいって言ってるよ? こんなチョロ......いやいい条件ないよ?」
「下がるな。あと死霊術付き愛人って字面が怖いだろ?」
「維持費ほぼゼロだよ?」
「そこだけちょっと毎回魅力的なのやめろ」
「ほら、検討した!」
「してねえし!」
リリアが勝ち誇った顔をする。こういうところだけ妙に耳がいい。
その横で、ゼニスとレグリアが神界側の準備を終えて戻ってきた。
俺は一度見て、視線を戻した。それから、もう一度見た。
「……今日のお前ら、何その格好」
ゼニスは黒のロングコートではなく、濃い葡萄色の短いフィールドジャケットに、身体へ沿う黒のインナー、細身のパンツと膝下まである編み上げブーツを合わせていた。古戦場を歩くための実用寄りではあるが、インナーの胸元はいつもより少し開き、腰のラインもはっきり出ている。
レグリアは白と濃紺の監査色を残しつつ、短いフード付きケープに細身のショートジャケット、動きやすそうなショートパンツと長いブーツという格好だった。小柄なのに脚が長く見えるよう計算しているのが、たぶん本人の狙いだ。
「古戦場調査用の神界フィールド装備です」
ゼニスが当然のように胸を張る。
「事務制服ばっかりだと黒田さんが飽きるかと思いましてぇ♡」
レグリアが横から余計なことを足した。
「俺のために選んだみたいに言うな」
「違うんですか?」
「違いますぅ♡ 監査効率ですぅ♡」
「二人とも微妙に目ぇ逸らすな」
ティアナが少し離れたところから二女神を眺め、俺へ冷たい目を向けた。
「で、おじさぁん♡ あんたは何で二回見たの?」
「……俺も男だからな」
一瞬だけ静かになった。
ゼニスとレグリアが顔を見合わせる。
「聞きました?」
「聞きましたぁ♡」
「勝ちですね」
「今日は引き分けですぅ♡」
二人が小さく拳を合わせた。
「そこで急に共闘すんな!」
俺が怒鳴ると、ゼニスは珍しく機嫌よく髪を払った。
「何とでも言ってください。反応した事実は消えません」
「監査記録にも残しますぅ♡」
「そこは消せ!」
「黒田さん、女性衣装への視認反応あり♡」
「監査項目にすんなクソ査定女神!」
ティアナが深いため息をついた。
「これから死人に話聞きに行くんでしょ? 何で出発前から色気で勝敗つけてんのよ」
「俺に聞くな。こいつらが勝手に始めた」
「反応した人が言っても説得力ない」
「そこ掘るな!」
リリアが横から俺の袖を引いた。
「ねえ陸。私も次、そういう服着たら見る?」
「お前は死霊術の準備をはやくやれ」
「扱い軽っ! でも頼られてる感じするからちょっと嬉しいの腹立つけど、でも嬉しい、あれなにこれぇ!?」
こいつの喜び方もだいぶおかしくなってきた。俺の周りは大体こんなのばっかりだ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
古い戦場跡は、昼間なのに湿った冷気が残っていた。崩れた石垣の隙間から細い草が伸び、錆びた金具や折れた矢じりが土へ半分埋まっている。人の声はしないのに、風が吹くたび遠くで何かが擦れるような音だけが聞こえ、足元の土も妙に湿っていた。
リリアが石垣の前へしゃがみ込み、目を閉じる。
その瞬間、周囲の空気が一段冷えた。息が白くなるほどではないが、腕の産毛が立ち、森の匂いへ古い煙と湿った灰みたいな臭いが混じる。セラフィナの砲煙とも、焚き火とも違う。ずっと前に消えた火の残り香だけが、地面の下から浮いてきたような感覚だった。
「……聞こえる。昔ここを通った魔王軍の人たち」
リリアの声も、さっきまでの嫁アピをしていた時より少し低い。
「六大元帥について聞ける?」
「やってみる。でも死者の記憶って何でも正確なわけじゃないからね。本人が勘違いしてることもあるし、強い感情だけ残ってる場合もある。一人の話だけで決めないで」
「分かった。何人分か重ねて考えよう」
「……そういうとこだけ急にちゃんとしてるんだよね」
「さっき、便利な検索窓扱いって怒られたから学習した」
「学習速度の使いどころがおかしいってば」
リリアは小さく息を吐き、もう一度意識を沈めた。指先の周りへ薄い青白い光が集まり、崩れた石垣の向こうで風とは違うざわめきが重なる。
しばらくして、眉が寄った。
「”六人いた”って言ってるね」
「一人だけ?」
「違う。三つの残留魂に聞いたけど、全部“六人”って返したから」
「顔は出てくるか?」
「五人までは出る。ローディス、セラフィナ、ヴォルク、ネレイス、エルネ。そこまでは普通に思い出せる。でも六人目を見ようとすると、記憶が横へ滑るんだよ」
「横へってそれ、どういう意味だ?」
「焚き火の位置とか、馬車の音とか、誰がどこへ座ったとか、どうでもいい記憶へ勝手に移る感じ。本人たちも困ってる」
リリアが目を閉じたまま首を傾げる。
「……あ、今一人が“静かな子だった”って言った」
「女なのか?」
「そこ聞いたら、急に薪の本数を数え始めた」
「ちっ、徹底してんな」
「死んでからも『誰かいたはずなのに、何で思い出せないんだ』って混乱してる。これ、普通じゃないよ」
死者にまで忘れられている。
その一言で、さっきまでの検索窓ギャグが急に遠くなった。
「名前のほうはどうだ?」
「五人までは出る。でも六人目だけ、名前へ近づくと記憶が滑るみたい。生きてる人より死者の記憶の方が固定されてることもあるのに、そこだけ抜けるのは変だね」
「死んでからも忘れてんのか」
「だからおかしいって言ってる」
リリアはそこで一度だけ目を開け、俺を見た。
「ねえ陸。これ終わったら、私かなり働いたことになるよね?」
「それさ、何の確認だよ」
「嫁ポイント帳に決まってるじゃない!」
「そんなポイント制度ねえよ」
「じゃあ愛人ポイントでもいいってばあ」
「レベルを下げるな」
「でも陸、今私を守るために銃持ってるじゃん」
「仕事だからな」
「そうやってすぐ誤魔化すんだから、もぅ」
口元だけ少し笑って、リリアはまた死者の声へ聴きに戻った。
少し離れた高台では、シルフィアが周囲の魔力流を見ていた。
「黒田さん。あそこだけ、おかしいです」
「何が見える?」
「何も見えません」
「何もだって?」
「はい。何も。その何もない場所だけ、不自然なくらい何もありません。魔力も、残響も、地形に残る記憶みたいなものも、そこだけ避けているんです」
俺は目を細めた。
「何もないのが目印か」
その時、森の奥で枝が折れた。
ガサッ――メキッ。
木々の間から、査定不能の守護個体が二体出てくる。獣に似ているが輪郭が薄く、肩から先だけ霧へ溶けたみたいに揺れていた。
「リリア、死霊術は切るな。途中で死者との接続外したら、最初からやり直しだろ?」
「分かってるわ。でもこっち来たら?」
「俺とティアナで止める。シルフィアは降りろ。観測続けながら巻き込まれる方が面倒だ」
「陸、そういう時だけ頼れるのずるい」
89式を短時間転送する。木々の間で構えた瞬間、一体が横へ走った。
バァンッ!!
開けた場所の乾いた銃声とは違い、破裂音が森の中で膨らみ、少し遅れて別方向から跳ね返ってくる。
……バンッ!
「うるさぁぁい!!」
後ろでミルネが両耳を押さえた。
「森で撃つと余計響くんですぅ!」
「俺に言われても困るわ!」
「じゃあ撃たないでください!」
「今それ無理だろうがぁ!」
ティアナの風が木の葉を巻き上げ、一体の視界を逸らした。
「じゃあ私の出番ね。大きい魔法は使わないわ。死者の残響まで飛ばしたらリリアが怒るでしょ」
「分かってんじゃんか!」
「褒めるなら後でお願い!」
俺は味方の位置を確認し、もう一発だけ撃った。
タンッ!
一体が土を蹴って進路を変える。ところが次の瞬間、もう一体が木の陰から一気に間合いを詰めてきた。
「近っ!」
撃とうとすれば、その向こうにティアナが入る。指が引き金へ掛かるより先に、身体が別の答えを選んだ。
89式のグリップを握った右腕をそのまま切り返し、銃を大きく振り回すのではなく、一歩分の間合いを作るために銃床側を短く返す。
ブンッ――ゴッ!
硬い衝撃が銃床から腕へ返った。守護個体の横面が弾かれ、頭と肩が同時に流れて二歩ぶん横へよろける。その隙に銃口を味方のいない方向へ逃がし、俺も半歩下がった。
「黒田! 今の何!?」
「撃てねえ距離なら、とりあえず殴るしかねえだろ!」
ティアナの風が追い打ちみたいに吹きつけ、守護個体をさらに木立の外へ押し出す。
「銃って撃つだけじゃないのね……」
「感心するとこそこなの?」
倒す必要はない。ここから離せばいい。
フェンナが外側から臭いを引き、守護個体を谷側へ誘導する。枝の折れる音が徐々に遠ざかり、敵影が見えなくなったところで追撃を止めた。
「これ以上追わなくていい! 戻ってこなきゃそれで勝ちだ!」
「了解ワン!」
戦闘は拍子抜けするほど短く終わった。撃った弾数も少なく、倒した数を数えるような戦いではない。リリアの術を守り、敵をこの場所から離せば、それで目的は達成している。
視界の端に残っていた即応表示も、小規模起動のまま上昇を止めた。
「よし。これ以上レベル上がる前に帰れ」
「敵より請求を怖がってない?」
「今の銃床で殴った分まで戦闘判定に入ってそうで怖えんだよ」
「入ってるよ」「入ってるでしょ」「入ってまぁす♡」「逆に入らない理由が?」とリリア、フェンナ、レグリス、ゼニスから一斉に言われた。
「てめぇら即答すんなぁ!」
リリアが術を維持したまま、ちらっとこちらを見る。
「でも私守ったから、嫁ポイントは加算ね」
「戦闘判定と一緒に勝手なポイント加算すんな」
「愛人ポイントなら半分でいいってば?」
「値引き交渉するやつじゃないだろそれは!」
レグリアが即応表示へ視線を移す。
「今日は小規模で止まってますねぇ♡」
「お前、その報告だけはほんっと、嬉しそうに言うよな」
「請求額が予測しやすいので♡」
「神が戦闘中に会計安定を喜んでんじゃねえ!」
ゼニスもフィールドジャケットの襟を整えながら、冷静に俺を見る。
「黒田さんも敵より請求表示を先に見てましたよね」
「俺は当事者だからいいんだよ」
「よくありません」
「でも衣装はちゃんと見てましたよね?」
「そこ今掘り返す!?」
「事実確認です」
「監査上も重要ですぅ♡」
「お前らさっき勝ったからって調子乗んなよ!」
二女神が揃ってほんの少しだけ笑った。
「今日はいい日ですね」
「ですねぇ♡ せ・ん・ぱ・い♡」
「戦場で何に勝利感じてんだ!クソ女神ども!!」
そこで一度だけ、張り詰めていた空気が戻った。
【神界・追加ご請求】
・残留魂複数照会補正費 金貨6,000枚
・89式小銃再転送及び認識阻害費 金貨5,000枚
・森林内近接防護及び即応小規模起動費 金貨4,000枚
・旧保全処置記録閲覧解除費 金貨5,000枚
・存在安定度予備走査費 金貨5,000枚
・死霊術神界干渉保全費 金貨5,000枚
・返却前自主点検減額 -金貨2,000枚
─────────────────
今回加算 金貨28,000枚
今回加算・日本円換算 140,000,000円相当
前回繰越残高 金貨673,000枚
前回繰越残高・日本円換算 3,365,000,000円相当
暫定合計残高 金貨701,000枚
暫定合計・日本円換算 3,505,000,000円相当
「死人に話聞いただけで一億四千万か?」
「私、報酬一枚ももらってないんだけど!」
リリアがその日一番大きな声を出した。
「神界補正と記録保全の費用です。リリアさんへの報酬ではありません」
ゼニスが淡々と答える。
「最悪!! 死者労働の中抜きじゃん!」
「おい死人、言い方ぁ!」
「死んでからも搾取されるの嫌なんだけど! せめて嫁手当つけてよ!」
「何で俺の請求書にお前の嫁手当乗せるんだよ!」
「じゃあ愛人手当でもいい」
「さらに項目名ひどくなった!いろいろとアウトだぞ!!」
レグリアが端末へ何か打ち込み始める。
「【配偶者関連補助:該当なし】♡」
「勝手に審査するな!」
「【愛人関連補助:制度なし】♡」
「二段で落とすなぁ!」
リリアが俺の肩を掴む。
「ほら陸! 神界が制度作ってないのが悪い!」
「俺を巻き込むな!」
そこまではまだ笑えた。
だが、レグリアが古い記録を開いた瞬間、場の空気が変わった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
レグリアが古い記録を開くと、端末の光が少し落ちた。いつもの♡も消え、さっきまで衣装で勝ち誇っていた顔から、監査官としての硬さだけが残る。
「世界整合管理局には、過去に査定不能存在を世界記録から隔離した事例があります」
俺はレグリアを見る。
「お前ら神様が消したのか――?」
レグリアはすぐには答えなかった。普段ならここで「規約上はぁ♡」だの「監査対象ですねぇ♡」だの、一つは余計な語尾が付く。それがないだけで周囲の空気が一段冷え、ゼニスも助け舟を出さない。アルヴィナが菓子袋を握る、小さな音だけが聞こえた。
「……資料上は、保全処置です」
「それ、人間の言葉だとどういう意味だ?」
「対象が世界へ与える不整合を抑えるため、記録・観測系から切り離す処理です」
「切り離すって、神界の記録だけ?」
「本来はそのはずです。ただ、対象自身の能力や長期間の処理が重なると、周囲の認識まで引っ張られる可能性があります」
「じゃあ最初から“みんなに忘れさせる処置”じゃなくても、結果的にそうなることはあるんだな」
「……はい」
「止める仕組みは?」
「当時の資料では確認できません......」
レグリアがそこで初めて、悔しそうに唇を噛んだ。自分が作った規則ではない。それでも同じ組織の名前が付いた処置を見ている以上、他人事にはできない顔だった。
「本人の了承は得たのか?」
アルヴィナが聞く。
「資料には、ありません」
その瞬間、アルヴィナの表情が変わった。幼い姿のままなのに、周囲の温度まで一段下がったように感じる。
「それ、守ったんじゃなくて、忘れさせただけじゃないの?」
レグリアは目を伏せる。
「……私は当時の担当ではありません」
「聞いてるのはそこじゃない」
アルヴィナの声が低くなった。
「その子、まだいるの?」
レグリアが記録を見直す。
「存在安定度の反応は、完全には消えていません」
俺は取り出しかけていた煙草を、火も点けずに胸ポケットへ戻した。
「じゃあ生きてる可能性あるじゃん」
「はい」
「なら探すだけよ」
ゼニスがこちらを見る。
「黒田さん」
「何」
「今回は、請求の話を先にしないんですね」
「後で聞く。今聞いたら帰りたくなる」
レグリアが小さく息を吐いた。
「そこはいつもの黒田さんなんですね」
「安心した?」
「……少しだけ」
初めて、煽りじゃない声だった。
そこへ、高台から降りてきたシルフィアが地図へ細い指を置いた。旧戦場で見つけた「何もない場所」は点ではなく、南東へ細く伸びているらしい。魔力も残響も避ける帯が、崩れた街道を越え、その先の谷筋まで続いていた。
「この先です。ここから南東へ。谷の入口までは追えます」
「その先は?」
「近づくほど、何も見えなくなります。だから逆に……そこが一番おかしいです」
レグリアも神界側の存在安定度反応を重ねた。画面上の淡い線は、シルフィアが指した谷とほぼ同じ場所で途切れている。
俺は地図の谷へ油性ペンで丸をつけた。
「名前はまだ分からん。顔も分からん。けど、第六元帥【零】の痕跡はここへ続いてる」
アルヴィナが丸印を見つめる。
「……いるかな」
「生きてる反応が残ってるなら、まず行って確かめる。明日、この谷だ」
誰を探すのか分からないまま、行き先だけはようやく決まった。




