第120話 誰を探してるか忘れたけど探す
名前のない奴を探すのは、思ったより面倒だった。顔も分からない。能力も分からない。どこにいたかも曖昧で、アルヴィナですら「いた」という感情だけを残して名前へ届かない。
それでも、人数だけは合わない。超常現象が相手でも、六人で暮らせば六人分だけ地面が沈み、六人分だけ食料が減り、荷物も増える。記憶が消えるなら、記憶以外を数えればいい。それなら俺にもできる、とたかをくくっていた。
「神様相手に算数で勝とうとしてます?」
ゼニスが呆れた。今日の衣装は現地調査員風。長いブーツにポケットの多いジャケット。昨日よりだいぶ実用的だ。
「超常現象が数字消しても、飯食った皿まで全部消えるとは限らんだろ」
「発想が地味ですねぇ♡」
レグリアが横から言う。
「地味でいいんだよ。派手はダメだ、昨日三十二億掛かったから」
「まだ引きずってる♡ダメおじぃ♡」
「一生引きずるだろそんなの」
俺は、魔王軍の古い野営地へ入った。ローディスとアルヴィナも一緒だ。フェンナが先頭で鼻を動かしている。
「くんくん。臭い、やっぱり五人分じゃないワン」
「分かるか?」
「古すぎて薄いけど、一個だけ変なのあるワン。知らない臭いなのに、嗅いだことある気がするワン」
「誰の臭いだ?」
「ボス、ごめん。それが私も思い出せないワン……」
フェンナが耳を伏せた。
「名前は要らん。追えそうかだけ教えてくれ」
「追えるワン!」
「よし、なら追うぞ」
レグリアがフェンナの鼻先へ端末を近づける。
「その臭い、数値化できますぅ?」
「できないワン」
「類似率とか」
「分からないワン」
「監査記録に“なんとなく知ってる臭い”って書けないんですけどぉ」
「じゃあ“なんとなく知ってる臭い”って書けばいいだけだろ」
「正式文書ですよ!?」
「現場がそう言ってんだからしょうがないだろ。あきらめろ」
ゼニスが横から覗く。
「“既知感を伴う未識別臭気”では?」
「それです!」
「急に神界文書っぽくなったな」
「言い換えただけじゃない」
ティアナの指摘が正しかった。意味は一文字も増えていない。
古い天幕跡を一つずつ見ていくと、派手な魔法痕より地味なものの方が気になった。寝床の窪みは六つ、食器箱の皿も六枚。壊れた椅子も五人で使ったにしては一脚多く、古い補給帳簿は五人分として見ると毎回ほんの少しだけ量が余る。六人分として見ると逆に少ない。
「なにか、中途半端ね」
「一人だけ食う量が少なかったか、全部の食事に参加してなかったか。数字だけじゃ分からん」
「でも“五人しかいなかった”よりは変か」
「そう。超常現象は知らんが、飯の量って意外と嘘つかないもんだ」
アルヴィナが真顔で頷いた。
「お菓子の量もか?」
「お前は全部食うから参考にならん」
「失礼だな! 残す時もあるぞ!」
「袋をか?」
「乾燥剤だ」
「それ残したうちに入らねえよ」
「ねえ、これ、六人分じゃない?」
ティアナが帳簿を覗く。
「そう見える。ただし一人分丸々じゃない。食わない奴だったか、別の配分だったか」
アルヴィナが考える。
「……少食だったのかな?」
「シルフィアじゃねえぞ」
「分かってるもん!」
モグが古い保存食の袋を見つけた。
「これ食えるかの?」
「こら、触んな」
「一個だけじゃ」
「だから証拠だっつってんだろ」
俺が目を離した一瞬。モグが口へ入れた。
「証拠食うなデブ竜!!お前の“匂いだけ”が最終的に口へ入るの何回目だコラ!」
「なんか古かったぞ!」
「味の感想聞いてねえ!」
「塩が足らん!」
「料理評論まで始めんな!」
「食えたから問題ない!」
「問題しかねえよ!」
アルヴィナが真面目な顔で言う。
「モグ、もう一個あるか?」
「お前まで乗るな!」
ゼニスが額を押さえた。
「捜索中に証拠品が食料扱いされる案件、神界報告書へ何て書けばいいんですか」
「被疑者、古竜。動機、空腹」
「普通に犯罪記録みたいに言わないでください!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼前、いったん足を止めて携行食を広げた。モグが俺の分まで覗き込み、アルヴィナは六枚目の小皿に金平糖を一粒だけ置いている。
「それ何のつもりだ?」
「もしこの人が帰ってきたら食べるかもしれない」
「誰が甘い物好きだったかも分からんだろ」
「じゃあ黒田の干し肉も置く?」
「俺の昼飯を供物にすんな」
「ケチ」
「三十二億借金ある人間から飯まで取るなよ!」
レグリアが横で記録する。
「六人目候補への供物、金平糖一粒。黒田さん、提供拒否♡ だっさ♡」
「その書き方だと俺だけ人情ないみたいだろ!」
「事実では?」
「違う。干し肉は俺が食う昼飯だ」
「やっぱり人情ないじゃないの」
ティアナにまで刺され、結局干し肉を半分だけ皿の横へ置いた。誰に向けた行為なのか自分でも分からなかったが、俺の行為にアルヴィナは少しだけ嬉しそうにした。
危険地帯へ入るので、89式だけは短時間転送した。
【物資転送:89式小銃 一丁】
【認識阻害:短時間起動】
レグリアが銃を見る。
「今日は撃たないんですかぁ♡」
「撃たずに帰れるなら一番安い」
「兵器への愛がなくなった♡」
「愛はある。だが弾代もある」
「持ってるだけでも認識阻害費は発生してますよぉ♡」
「分かってる。だからお前、時間計るな。止めろ」
「監査なので計ります♡」
「時計隠しても?」
「神界時間で計ります♡」
「マジで最悪だな!」
俺は89式を肩へ掛けたまま、一発も撃たずに歩く。銃があるから安心する部分は確かにあるが、引き金を引くたび別の意味でも心拍数が上がる身体になった。元自衛官としてどうなんだとは思うが、借金三十二億円に比べればプライドなんぞ軽いものだ。
結局、その日は一発も撃たなかった。フェンナが追った臭いは、谷の奥で急に薄くなる。
そこで地面へ六つ目の足跡があった。フェンナが止まった地点には、古い泥が固まったまま残っていた。五人分なら説明できる足跡の列へ、少し小さな歩幅が一つだけ混ざっている。途中で消え、別の列の脇からまた現れる。
「幽霊みたいね」とティアナが言った直後――
「幽霊ならいるよー!陸ぅ、会いたかったぁ♡」
リリアがはーいと手を挙げる。
「お前かよ!!呼んでないわ死体未満は」
「ひどい!」
笑いながらも、俺は膝をついて足跡の向きを追った。古い土は新しい足跡のように形を残してはいない。だが、石の並びや草の切れ目、同じ場所だけ繰り返し踏まれた硬さを拾っていくと、五人分では説明しにくい線が一本だけ混ざる。
消されているというより、見落としやすい。目を離すと「これも五人分のどれかだろ」と勝手に納得したくなる。それでも地面は、完全には忘れていなかった。
誰のものかは分からない。だが、五人の元帥が歩いたはずの道に、六人目の歩幅が混ざっている。
「いたな」
ローディスが低く呟いた。
「……ああ」
アルヴィナが足跡の横へしゃがむ。
「私、この人と歩いたんだ」
「名前は?」
「……まだ、出てこないよ」
俺は何も言わなかった。帰る前に89式の状態を確認し、そのまま原状復帰へ回す。
「今日は撃ってないから、清掃差分ほぼなしですね」
ゼニスが言う。
「素晴らしい。撃たない銃は安いな」
「何か――新しい思想へ到達してません?」
「戦闘しないのが一番安い。俺の生き方と一致してる」
「だったら最初から冒険者やめればいいじゃないですかぁ♡」
「借金がなければ今すぐやめてるわ!」
「原因の一部、自分ですよ?」
「知ってるから傷口へ塩塗るな」
ゼニスが89式の返却処理を確認する。
「今日は発射なし、汚れも軽微。返却差分はかなり小さいです」
【神界・追加ご請求】
・89式小銃短時間再転送費 金貨4,000枚
・短時間認識阻害維持費 金貨3,000枚
・現地痕跡追跡神界補助費 金貨3,000枚
・未識別臭気記録変換処理費 金貨4,000枚
・小火器原状復帰軽微処理費 金貨2,000枚
・弾薬未使用及び軽微清掃減額 -金貨1,000枚
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今回加算 金貨15,000枚
今回加算・日本円換算 75,000,000円相当
前回繰越残高 金貨658,000枚
前回繰越残高・日本円換算 3,290,000,000円相当
暫定合計残高 金貨673,000枚
暫定合計・日本円換算 3,365,000,000円相当
「七千五百万……一発も撃ってないのに?」
「昨日の十八億円よりは安いですね」
「待て。七千五百万を“安い”って思い始めたぞ俺」
「金銭感覚の原状復帰が必要ですねぇ♡」
「そっちも有料?」
「対象外です♡」
「じゃあ放っとけ!」
「でも弾薬未使用で千枚減ってます」
「素晴らしい。今日のMVPは“撃たなかった俺”」
「何もしてないのを表彰しないでください」
「働かないことが成果になる日、最高だな」
「それ、ただ働きたくないだけでしょう」
レグリアが即座に判定した。
バンッ。
【働きたくないだけ】
「正解だけど腹立つ!」




