第11話 元野戦特科、異世界でFH-70を撃つ
翌朝、臨時集結所へ行くと、ゼニスがすでに待っていた。
今日は濃緑のフィールドジャケットに作業用パンツ、肩には地図ケース、首にはヘッドセット風の神具。昨日の展示会コンパニオンから一転、今度は妙に本格的な作戦幕僚風である。
「……お前、昨日と落差ありすぎだろ」
「本日は重量物転送及び戦闘支援監査です。業務内容に合わせました」
「本職気取りか。絶対その格好したかっただけだろ、毎度お騒がせの変態コスプレ女神」
「だから変態ではありませんって!」
「ま、昨日よりはマシね」
ティアナが腕を組んで判定した。
「なぜティアナさんが審査員になってるんです!?」
「だって毎回変な服で来るから」
「変ではありません!」
「二対一だな。そろそろ諦めろゼニス」
「元凶が多数決を取るなぁぁぁぁぁっ!」
朝から元気である。
俺はあくびをしながら、転送対象の申請書へ目を落とした。
「155ミリりゅう弾砲FH70」
ドーガンが横から文字を覗く。
「昨日の小銃とは、ずいぶん名前からして違うな」
「別物だ。昨日の89式と64式は俺が持って歩ける小銃。こっちは車両で牽引して運ぶ大砲で、俺がいた野戦特科で使っていたものだ」
「でかいのか?」
「だいぶな」
「お前、本当にこれを扱ってた側なのか?」
「現役時代にな。だから昨日よりは話が早いってわけだ」
「よし」
ドーガンが嬉しそうに笑う。
「何が“よし”だ。遊びじゃねえぞ」
「分かってる。だから面白えんだろ」
「職人って面倒だな」
「お前に言われたくねえ」
ゼニスが申請書を持ち上げる。
「先に警告します。FH70は昨日の装備とは料金区分が違います。重量物転送、砲弾別送、【原状復帰】対象拡大、地面損傷補正――」
「砲弾、一発ごと?」
「当然です」
「何発までなら俺の心が死なない?」
「知りません」
俺は申請欄を睨んだ。
「ちくしょう。一発で終わらせたい」
「予備なしで行くのか?」
「それはもっと嫌だ」
ドーガンに言われ、俺は舌打ちした。
「……二発。今回持ってくるのは二発だけだ」
「三発目が必要になったら?」
「その時は魔物より先に俺の財布が死んだってことだ。撤退を考える」
「戦術判断に家計簿が混ざってるぞ」
「一発が軽い買い物じゃねえんだよ」
ゼニスが淡々と記入する。
「FH70本体、砲弾二発、89式及び64式は前日分を継続転送。小火器弾薬の追加は?」
「なし。昨日の残りで足りる。撃たなかった俺を褒めろ」
「料金節約だけは学習が早いですね」
「そこだけは生活に直結するからな」
「聞くと使えなくなるから、残りの細かい料金は聞かない」
「聞いてください!」
「使わないと魔物倒せない。聞くと金額で心が折れる。なら聞かずに使う。合理的だろ」
「借金する人が一番言ってはいけない合理性です! では契約書を読み上げますね――」
俺は地面へ座り込んだ。
「あーもう説明長い。寝る」
「契約前です!」
「耳は開いてるから」
「目を閉じています!」
「契約書はお前が読め。俺は必要なとこだけ聞く」
「あなた昨日もそれでローン増やしたでしょうが!」
ぶつぶつ言いながらも、ゼニスは契約項目を読み上げた。
数分後。
「……以上です。理解しましたか?」
「半分?」
「どの半分です?」
「高いってことだけ」
「そこだけは満点です」
【物資転送】と【隠密搬送】の光が広がる。
光の向こうから現れたFH70を見て、ドーガンは完全に黙った。
昨日から継続している89式と64式も、返却対象としてまとめて管理されている。89式は俺の手元。64式は最後まで予備のままにするつもりだ。
昨日まで豪快だったおっさんが、しばらく一言も出さない。
「……陸」
「触るなよ」
「まだ何も言ってねえ」
「昨日と同じ目してる」
「一周だけ見せろ」
「返却物だから壊すな」
「壊せるわけねえだろ!」
ティアナが呆れている。
「なんか二人とも子供みたい」
「これは仕事だ」
「さっきまで寝てた人が言わないで」
「専門分野なら起きる。人間には適材適所がある」
「魔法の練習も適所でしょ」
「俺の適所じゃない」
「自分で範囲狭めてるだけ!」
ドーガンが笑いながら俺の背中を叩いた。
「お前、若いのに尻叩かれてるな」
「十九歳に教育される三十二歳の気持ち考えたことある?」
「ない」
「即答すんな」
「男はでかい道具を見ると一回こうなるもんだ」
「一緒にしないで」
移動前、俺は少し離れた場所で煙草を一本だけ吸った。
ティアナがこちらを見たが、俺が最初から風下へいるのを確認すると何も言わなかった。
「珍しく気が利くじゃない」
「昨日うるさかったから学習した。俺は無駄な戦闘を避ける男なんだよ」
「私との会話を戦闘判定しないで」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
現地へ入る直前、まだ少し長さの残った煙草を携帯灰皿へ押し込んだ。
「まだ吸えたんじゃないの?」
「後で吸う。今はいらん」
ティアナが何か言おうとして、やめた。
その一本をしまった辺りから、自分でも分かるくらい頭の中が静かになっていった。
岩殻巨獣は昨日の傷を残したまま、さらに荒れていた。巨体が岩壁へ肩をぶつけるたび、バキバキッと岩が割れ、崩れた石が斜面を転がり落ちる。ジークフリードたちは真正面へ居座らず、巨獣の意識だけを引きながら距離を保ち、ティアナは足元へ魔法を叩き込んで動きを鈍らせた。
「黒田! 今なら止まる!」
俺は返事をしなかった。
周囲では剣が岩殻を擦る音も、魔法が爆ぜる音も、巨獣の咆哮も混ざっていた。それでも必要なものだけを拾えば、頭の中は妙に静かだった。
巨獣の向き。
岩殻が開く瞬間。
味方の位置。
砲と目標の間を横切るもの。
そこだけを見る。
さっきまでの眠気も、借金も、ゼニスの変な服も消える。
ティアナがこちらを見たが、いつもの悪態は返さなかった。
「……黒田」
「喋るな。今見る」
短く返すと、ティアナも黙った。
「陸」
ドーガンの声が飛ぶ。
「見えてる」
「そうか」
次の瞬間。
ドォンッ――!!
音というより、空気の壁だった。
胸板を平手で叩かれたような圧が一気に抜け、足元の砂がぶわっと円を描いて舞い上がる。ティアナが思わず肩をすくめ、ジークフリードたちも一瞬だけ動きを止めた。
その轟音が岩壁へぶつかって何重にも返ってきた直後、遠くの巨獣の側面でズガァァンッ! と岩殻が爆ぜた。
黒い破片と灰色の粉塵が空へ噴き上がり、巨体が横へ大きく傾く。遅れて地面がドドドッと揺れ、採石場全体が一瞬だけ沈んだような錯覚さえあった。
「……当たった」
ティアナの声が小さい。
俺は巨獣から目を離さなかった。
「まだだ」
土煙の奥で、巨大な影が動いた。
ゴゴ……と岩が擦れ、倒れたはずの巨体が前脚を突いて再び身体を起こしてくる。片側は大きく崩れているのに、それでも立つ。
「まだ生きてるの!?」
「硬すぎるだろ。誰だよこんなの実装したやつ」
口を開いた瞬間、普段の俺が少し戻った。
ドーガンが、砕けた岩殻と俺を交互に見て笑う。
「さっきまで別人みたいな顔してたぞ」
「気のせいだ。俺は最初からやる気ない」
「そういうことにしといてやる」
ティアナが俺の腕へ小さな薬瓶を押しつけた。
「何これ」
「魔力と疲労を少し戻すやつ。貸すだけ」
「飲んだら返せなくない?」
「そういう意味じゃない!」
「十九歳、言葉は正確に使え」
「もう返して!」
「いや飲む。無料なら飲む」
「ほんっと腹立つ!」
その時、ゼニスの神具からピィィィッ! と場違いな警告音が鳴り響いた。
さっきの砲声より遥かに小さいはずなのに、嫌な予感だけは負けていない。ゼニスの顔色が変わった。
「黒田さん」
「その顔やめろ。請求額?」
「もっとまずいです。現代側の管理周期と原状復帰許容時間が近づいています」
「何時までだ?」
「余裕を見て、次の戦闘が最後です」
「お前、昨日“安心パック”って言ったよな?」
「原状復帰機能が含まれるという意味です!」
「全然安心できてねえじゃねえか!」
「時間制限のない奇跡があると思わないでください!」
「名前変えろ! “条件付き不安パック”にしろ!」
「売れないでしょうが!」
「売る気を優先すんな!」
俺はゆっくり振り向いた。
「先に言えクソ女神!」
「今確定したんです!」
「もっと早く確定しろ!」
「因果計算に文句言わないでください!」
ドーガンが眉を上げる。
「返さねえとどうなる?」
「面倒なことになる」
「具体的には?」
「俺の人生が社会的にもっと終わる」
ティアナが真顔になる。
「もう終わってるように見えるけど」
「まだ下があるんだよ!」
土煙の向こうで、岩殻巨獣が再び咆哮した。
壊れた側面から石片を落としながらも、その巨体はまだこちらを向いている。俺は携帯灰皿の中に残した吸いかけを一瞬だけ思い出し、それから完全に頭の外へ追い出した。
「次で終わらせる。終わったら即返却だ」
「できますか?」
ゼニスが聞いた。
「期待すんな」
俺は巨獣へ視線を戻した。
「まあ、弾着だけ見とけ」
【神界利用速報】
・重量物転送 算定中
・砲弾別送 算定中
・隠密搬送延長 算定中
・小火器継続管理 算定中
・原状復帰待機 算定中
※域外装備関連費用は任務完了後、一括精算予定。
※契約者が耳を塞いでも請求処理は停止しません。




