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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#31 元特科だから全部の大砲使えると思うな(正式名称:現代砲兵共同運用及び遠距離異常核制圧作戦)

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119/128

第118話 撃つ前に言ってください! 耳が終わります!

 十九式装輪自走155mmりゅう弾砲を異世界の乾いた地面の上で目の前にした瞬間、俺はもう少し元自衛官らしい感想が出ると思っていた。砲身の長さだとか、車体の取り回しだとか、ひなたから聞いた公開諸元との違いだとか。実際には、頭より先に首が上を向いた。


「……でけえ」


 普通だった。


 朝の光を受けた八輪の大型車両は、異世界の荷馬車や騎兵の列に混ざると余計に現実離れして見えた。その後ろへ長い155mm砲が一体化している。FH-70のように「砲」と「引っ張る側」が分かれて見えないだけで、見た目の印象からして思想が違う。


 排気と油の匂い、金属の冷たい光、タイヤが土へ沈んだ跡。昔の演習場で嗅いだものと同じ種類の匂いなのに、周囲には尖った耳の獣人や古竜が立っている。脳が追いつかない光景だった。


 俺は教育を受けていない装備へ勝手に触らないよう距離を取りながら、一周だけ眺めた。


「これで高速走るのかよ……」

「はい。だから昨日から何度もそう説明しています」


 後ろから声がして振り返る。そして、俺は十九式より先に別の意味で固まった。


 今日のゼニスは、昨日の秘書官風を完全に拡大解釈したような格好だった。白いブラウスは胸元がいつもより深く、濃紺のベストは身体の線を拾う細身。黒のタイトスカートは明らかに短く、薄いストッキングに細いヒール。肩へ掛けただけの上着と、胸の神界安全管理官の腕章だけが辛うじて仕事着を主張している。


 しかも、胸元を強調しようとしているのが見え見えだった。昨日ちょっと褒めた程度で、ここまで分かりやすく寄せてくるとは思わなかった。


 どう見ても、砲撃陣地へ来る格好ではない。


「えぇ……何その格好」

「昨日、黒田さんが『普通に似合う』とおっしゃったので」

「言ったけど、確かに!」

「ですから今日は、さらに完成度を上げました!」

「上げる方向そこなの?」

「業務効率と神格の威厳と、あと……その……見栄えを総合的にですね!」

「最後だけ急に声小さくなったぞ」

「気のせいです!」


 隣でティアナがゼニスを頭から足まで眺め、露骨に眉を寄せた。


「……あんた、それで砲撃陣地歩くつもりなの?」

「歩きます!」

「馬鹿じゃない?」

「ひどい言い方!」

「だって胸元開いてる、スカート短い、ヒール細い。山と泥と大砲要素が一個も入ってないじゃない」

「神術で補助します!」

「また神術を言い訳に使ってる」

「言い訳ではありません!」

「あと胸、わざと強調してるのバレバレだからね」

「ティアナさん!?」

「どうせ、昨日褒められたからでしょ?」

「ち、違います! 業務上の視認性です!」

「何を視認させる気よ」

「そこまで言わなくてもいいでしょう!?」


 その時、後ろから小さく鼻で笑う声がした。


「ゼニス先輩、さすがにその格好はどうかと思いますぅ♡ 現場をわきまえてくださいよぉ♡」


 振り返る。

 そして今度は俺とティアナが同時に止まった。


 そんなこと言って、レグリアも十分おかしかった。


 白と黒を基調にした監査制服ではある。だが、上着は短く絞られ、腰の線がかなり出る。スカートもいつもの膝丈ではなく明らかに短い。黒いニーハイ気味の脚装と細身のブーツ、胸元には大きめの監査官章。巨大承認印まで持っているせいで、妙に悪目立ちする。


「……お前も人のこと言えなくない?」

「私は監査官として機能的に最適化しただけですぅ♡」

「脚が、めっちゃ出てるけど」

「機動性重視ですぅ♡」


 ティアナがレグリアの短いスカートを見て、今度は本気で呆れた。


「いや、それ走ったらパンツ見えそうじゃん。あんたただでさえ背が小さいのに」

「み、見えませんっ! 神界製なので絶対見えません!」

「何なのよその言い訳。そういう問題じゃないでしょ! 砲撃陣地で“絶対見えないから大丈夫”って理屈出してくる時点でおかしいのよ!」

「これは正式な監査服ですぅ♡」

「正式な監査服なら何でそんな短いのよ」

「機動性ですぅ♡」

「万能ワードみたいにすんな!」


「じゃ、その短い上着は?」

「監査動作の可動域確保ですぅ♡」

「お前ら二人とも“可動域”とか”機動性”って言えば何でも通ると思ってない?」


 ゼニスがレグリアを指差した。


「ちょっと! あなたこそ何ですかその格好! 後輩が先輩より派手な衣装で来るんじゃありません!」

「先輩こそ何ですかその胸元ぉ♡ 監査じゃなくて誘惑業務ですかぁ♡」

「誰が誘惑業務ですか!」

「じゃあその短いスカート、何の機能ですぅ♡」

「あなたにだけは言われたくありません! あなたの方が脚出してるでしょう!」

「これが若さですぅ♡」

「神の癖に年齢マウント取ったぁぁぁぁ!!」


 ティアナが二人を指差した。


「ゼニスは胸元強調しすぎ。レグリアはスカート短すぎ。二人とも現場をわきまえなさい」


「何でティアナさんに正論で叱られてるんですか私!?」

「私までまとめて怒られるのおかしくないですかぁ!?」


「おかしくない。むしろ今一番まともなのティアナだぞ」


「黒田に言われると腹立つ!」

「そこだけは同意ですぅ♡」

「そこだけ仲良くなるな」


 ティアナが呆れ果てた顔で二人を見る。


「……何で大砲撃つ日に女神二人が衣装で張り合ってるの?」


「張り合ってません!」

「張り合ってませぇん♡」


「今の返しまで揃ってるじゃん」


 俺は二人を見比べた。


「ゼニスはハレンチ業務女神。レグリアはメスガキ監査コスプレ女神」


「名前付けるなぁぁぁぁ!!」

「私だけ悪口強くないですかぁ!?」


「レグリアの方が語尾に♡が見える分うざい」

「評価基準そこですかぁ!?」


 ゼニスが勝ち誇った顔をした。


「ふん。ほら、私の方がまだ上品です!」

「そこで勝とうとするな。お前も大概だよ、神の癖に自覚しろ」

「何でぇぇぇぇ!?」


 砲撃陣地へ来る前から、もう二女神だけでうるさかった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 FH-70も別位置へ出してある。セラフィナ側の魔導砲兵も準備完了。シルフィアは低高度から観測し、ノエルが地上で補完する。勝利条件は単純だった。


 南東異常核を壊す。ただし周辺に散っている未精算獣は無理に追わない。観測地点と退路を守る。異常核が崩れたら、その時点で火力を止める。


「今日は“何発撃ったか”を競う日じゃない。核が壊れたら終わりだ。余計に撃つと請求書が増える」

「最後の理由だけ急に私情挟んでるよね」


 ティアナが呆れる。


「安全と節約は両立する」

「いいこと言ってる風にまとめないでくれない?」

「一発で済めば一発分安い。二発なら二発分高い。砲兵以前に算数だ」

「昨日まで十九式見て目ぇ輝かせてた人が、もう弾代の顔してる」

「愛と会計は別会計なんだよ」

「最低みたいな名言作らないで」


 移動式やどり木の救護区画では、ミルネがすでに両耳へ布を当てていた。


「今日は先に耳を塞いでます!」

「学習したな!」

「誰のせいですだと思ってるんですか!」


 観測が入る。


『黒田さん。異常核、昨日の位置から少し東へずれています。ですが距離は取れます』

「分かった。無理に高度上げるな。必要なところだけ教えてくれ」

『はい』


 ノエルも地図へ印を足す。


「地上側でも確認。周辺に避難民なし。未精算獣は西側へ散っています」

「なら西は撃たない。逃げる場所残しとけ。追い込むとこっちへ来る」


 セラフィナが頷いた。


「魔導砲は異常核の外周へ絞ります。現代砲と同じ場所へ重ねる必要はありません」

「それでいい。仕事を分けた方が事故らん」


 観測値が揃い、最後の確認が終わると、さっきまで人の声で満ちていた陣地が不自然なくらい静かになった。誰かが黙れと命じたわけではない。撃つ直前だけ空気が一段薄くなる、あの感覚を身体が先に覚えている。


 遠くで風が草を擦る音がした。ミルネの耳がぺたりと伏せ、レグリアが承認印を胸の前へ少し持ち上げる。


 ゼニスはヒールのまま、なぜか十九式の横で格好よく端末を構えていた。


「お前、もう少し離れとけよ」

「安全区域です!」

「服の話してんだよ、その格好で近づくと汚れるぞ」

「まだ服の事言います!?」


 俺も無意識に顎を引いた。

 最初に十九式側から轟音が弾けた。


 ゴッ――ドォォンッ!!


 音というより圧だった。

 砲口から弾けた衝撃が空気を押し潰し、胸の前へ見えない板をぶつけてくる。半拍遅れて腹の奥が震え、足元では乾いた砂粒が一斉に跳ねた。


 その砂粒だけならまだよかった。

 砲撃直前まで湿っていた車輪周辺の土まで、衝撃と一緒に弾けた。


 バシャアアアアアアアッ!!


「きゃああああああっ!?」

「ひゃあっ!?」


 ゼニスとレグリアの声が同時に飛ぶ。俺は反射的に顔を伏せた。


 数秒後。


 ゼニスの白いシャツと紺のベストには、胸元から腰まで見事な泥の斑点が飛び散っていた。タイトスカートにも泥。薄いストッキングにも泥。


 レグリアはもっとひどい。


 さっきまで白と黒で決めていた短い監査制服の右半分が、完全に茶色だった。脚にも泥が飛び、黒い脚装には土の筋がべったり付いている。


 さっきまで「泥を避ける立ち位置を選べますからぁ♡」と言っていた女神とは思えない。


「……」

「……」


 先に口を開いたのはゼニスだった。


「だから言ったでしょう! そんな短いスカートで現場へ来るからです!」

「ゼニス先輩にだけは言われたくないですぅ! 先輩の胸元も泥で全部台無しじゃないですかぁ!」

「見るなぁぁぁぁ!!」

「見えますぅ♡」


「あなたの脚も泥だらけでしょう!」

「これは現場監査の勲章ですぅ♡」


「さっきまで絶叫してたくせに!」

「先輩だって『もういやぁ』って言う寸前の顔してますよぉ♡」

「そんなこと、言いません!」


 俺はレグリアを見る。


「記録したぞ」

「忘れてくださぁぁぁぁい!!」

「あれ?安全性重視だったんじゃないの?」

「地形条件が想定外だっただけですぅ!」

「監査官は泥を避けられるんだろ?」

「今その台詞使うなぁぁぁぁ!!」


 ゼニスは自分の服を見下ろして震えていた。


「昨日褒められたから……朝から……すっごく頑張って選んだのに……」

「だから砲撃陣地に着てくる服じゃねえって」

「もういやぁぁぁぁぁ!!」


 ティアナが腹を抱えて笑い始めた。


「ヒー!くるしい。だから言ったじゃない! 街の男釣りに行くような格好で大砲の横立つなって!」

「釣ってません!!私は神ですよ!!」

「結果として泥しか釣れてないけどね」

「ティアナさんまでぇぇぇ!」


 少し遅れて、別位置のFH-70が答えた。


 ドンッ!!


「ひゃっ!」


 レグリアの肩が跳ねる。


「今また“ひゃっ”って言った?」

「言ってません!」

「二回目だぞ」

「砲声です!」

「FH-70がそんな可愛い声出すかよ!」

「え......可愛い?」

「ほめてねえええっ!!!」


 十九式より馴染みのある、短く重い破裂音が山肌へぶつかり、一拍遅れて低い残響となって返ってくる。


 ……ゴォン……。


 同じ155mmでも、立つ場所と砲の構造が違えば耳へ届く輪郭まで変わる。それを面白がっている自分に気づき、我ながら職業病だと思った。


 ミルネの叫びが後方から飛んでくる。


「撃つ前に言ってくださいぃぃぃぃ!!」

「今のは言う暇なかった!」

「じゃあ次は言ってください!耳をふさぐので!!」


 セラフィナ側では、魔導砲の魔力環が膨らんでいた。


 ヴゥゥゥゥン――。


 空気が細かく震える。次の瞬間、青白い光が山へ伸びた。


 バシュウッ!!


「そっちは発射前に音鳴るから分かりやすいな!」

「感想そこですか!?」


 ティアナの風が観測地点の土埃を流す。


「黒田、未精算獣がこっち見てるぞ。三体だけ動いた」

「追わせんな。フェンナ、正面じゃなく横へ撒けるか?」

「できるワン。こっちへ来ないようにずらすワン!」

「頼む。今日の主役はあいつらじゃない」


 フェンナが走る。未精算獣が林側へ進路を変えた。


 俺は89式小銃を出さなかった。撃たずに済むなら、それが一番安上がりだ。


『黒田さん。核の外殻、割れました』

「内側はどうだ?」

『まだあります。でも、流れが乱れています』


 シルフィアの声に疲れが混じり始める。


「そこまででいい。一回下がれ」

『でも、次の位置まで見えます』

「昨日までと違って今日は砲が三系統ある。お前が落ちたら全部止まる。役目を最後までやるためにまずは降りろ」

『……分かりました』


 シルフィアが高度を落とす。ノエルが補完値を読み上げる。


「次で中央部まで届くはずです。ただ、三系統同時に重ねる必要はありません」

「よし。現代側を先に一回。魔導砲は遅らせる。壊れたら撃たない」


 もう一度、砲声。


 ゴォンッ――!!


 今度は地面を這うような低い響きが長く残った。異常核の表面が大きく裂ける。そこへ魔導砲の光が遅れて差し込む。


 ギュォォン――バシュッ!!


 南東の空に、歪んでいた光の線が一瞬だけ浮き上がった。

 そして切れた。


「止めろ! もういい!」


 セラフィナがすぐ手を下ろす。追加射撃はない。

 数秒の静けさ。風だけが戻ってきた。


「……終わった?」


 ティアナが聞く。


「核はな」


 俺は山を見た。そこにはまだ、何とも言えない嫌な感じだけが残っていた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 異常核が崩れ、山の向こうから返っていた魔力のうねりも消えると、陣地には妙な静けさが戻った。砲撃直後の耳はまだ少し詰まっているのに、誰かが布を畳む音や、冷却されていく金属の微かな軋みだけは妙にはっきり聞こえる。


 戦闘が終わると、ゼニスが端末を見ていた。


 さっきまで「十九式かっこいい」「自走最高」と言っていた俺の脳は、戦闘が終わった瞬間にきれいさっぱり会計モードへ切り替わった。


 砲身や車体についた泥や煤が、もう汚れではなく金貨にしか見えない。


「黒田さん」

「戦いが終わったとたん、嫌な声を出すな」

「十九式の返却前原状復帰、事前見積が出ました」

「いくらだ」


 数字を見せられた。

 俺は数秒黙り、十九式と端末の数字を交互に見た。


「……さっきまで格好よかったのに、急に泥が全部金貨に見えてきたわ」

「金額で装備の見え方変えないでください」

「この煤、一筋いくら?」

「末期ですぅ♡」


 レグリアは、いつの間にか泥まみれの衣装から別の監査服へ着替えていた。

 だが二着目も反省していない。


 今度は黒を基調にした細身の監査用ショートジャケットに、白いインナー、短めのタイトスカート。脚元は先ほどより動きやすそうなブーツへ変わっているが、全体のシルエットはむしろ一着目より攻めて見える。


「お前、着替えても方向性変わってなくない?」

「一着目は泥が目立ちすぎましたので、二着目は汚れが目立たない色へ変更しましたぁ♡」

「学習したのそこだけか?」


「現場適応ですぅ♡」

「あのさ、露出減らせって話じゃねえの?」

「そこは監査性能と無関係ですぅ♡」


 ティアナが横から容赦なく刺す。


「また短いじゃん。さっきパンツ見えそうって言ったでしょうが!」

「見えませんって言ったでしょう!」

「見える見えないじゃなくて、そこまで攻める意味ある?って聞いてるの」

「監査官としての威圧感ですぅ♡」

「色気で監査する気?」

「違いますぅぅぅ!!」


「絶対関係ないだろ」


 ゼニスも一度姿を消している。


「……お前らなぁ......」


 ティアナが嫌な予感しかしない顔をする。


「何よ」

「さ、掃除するぞ」

「誰が?」

「全員でだ」

「何で!?」

「整備差分を自分らで減らせば原状復帰が安くなる!予告しといただろ!!」


 モグが首を傾げる。


「わらわ古竜じゃぞ?」

「今日から竜兼清掃員だ」

「待遇はどうなってるんじゃ?」

「カステラ半分」

「やる!」

「安っ!」


 アルヴィナが飛び上がる。


「私のカステラじゃないの!?」

「じゃあモグの飯一品追加してやる」

「やる!」

「もっと安くなった?!」


 そこへ神界の光が開いた。


「さあ、お待たせしました!」


 ゼニスが戻ってくる。俺は振り返った。


 そして黙った。ティアナも黙った。レグリアまで黙った。予想通りだった――。


 さっきの泥だらけ衣装から着替えたゼニスは、今度は上下とも水着にしか見えない格好だった。


 黒を基調にした身体へぴったり張り付く神界製の洗浄用衣装。肩も腹も脚もかなり出ている。本人なりには「水で濡れても動きやすい作業着」のつもりなのだろうが、少なくとも異世界人が見れば水辺へ遊びに行く女にしか見えない。


「……お前、頭おかしくなったの?」

「神界高機動洗浄装です!」

「はあ?水着じゃん、それもかなり攻めてる寄りの」

「違います!」

「ハレンチ女神」

「違います!!」

「変態コスプレ女神」

「だから違いますぅぅぅぅ!!」


 ティアナが完全に引いた顔をした。


「……いや、私でも分かる。あんた、掃除する格好じゃないでしょ」

「水を使う作業なので、濡れても問題ない装備へ最適化しただけです!」

「最適化したら何で胸も腹も出すのよ」

「可動域が広がってるんです!」

「脚まで出す理由は?」

「可動域です!」

「胸元は?」

「可動域です!!」

「その可動域、どこまで動く予定なの?」

「いや、もうやめてぇぇぇぇ!!」


 レグリアが口元を押さえて震えている。


「ゼニス先輩、昨日褒められたからって完全に方向性見失ってますねぇ♡」

「あなたは黙ってなさい! 何ですかその二着目! 結局また短いじゃないですか!」

「私は汚れが目立たない実務仕様ですぅ♡」

「実務仕様で脚をそんなに出す必要あります!?」

「先輩の水着もどきよりはありますぅ♡」

「水着じゃありません!」

「どう見ても水着ですぅ♡」

「あなたのも監査制服というより夜のお店みたいです!」

「先輩にだけは言われたくないですぅ!!」

「何ですってぇぇぇぇ!?」


 ティアナが頭を抱えた。


「ねえ黒田。この二人、神界だと偉いんでしょ?」

「たぶん?」

「たぶんなんだ」

「今の姿見て確信なくなったわ」


「聞こえてますよ!」

「聞こえてますぅ♡」


「その返しまで揃うなよ」


 レグリアがゼニスの衣装を指差す。


「神界高機動洗浄装♡」

「正式名称です!」

「正式にそれなんだ……」


 ティアナの引き方がさらに一段深くなった。


 俺はゼニスを上から下まで見た。


「これで十九式の横ウロウロするの?」

「掃除するだけです!」

「現代側へ返す装備の横に水着女神立たせたくねえんだけど、なにこれグラビアの撮影でもする気?」

「水着じゃありません!」

「じゃあ変態清掃員女神で」

「呼び方悪化してるぅぅぅぅ!!」


 ゼニスが半泣きで布を奪い取る。


「いいです! 結果で黙らせます! 私が一番綺麗にします!」

「変なところで対抗心丸出すなよ」


 レグリアが腕を組む。


「私は普通の監査服で正解でしたねぇ♡」

「お前も掃除に決まってんだろ」

「え?」

「お前もだ」

「私は監査担当ですぅ♡」

「監査しながら泥取りゃいい」

「業務範囲外です!」

「一億浮くかもしれんのだぞ」

「……どこ拭けばいいです?」


「お前も結局、金で動くじゃねえか!」


 そこから先は、戦闘より地味で、戦闘より俺が本気だった。


 誰かが適当に擦って塗装や部品へ余計なことをすれば逆に面倒になるので、ゼニスが「触っていい範囲」を区切り、俺はその範囲だけを全員へ割り振った。乾いた泥を落とす組、外側の煤を拭く組、足元へ落ちた汚れを集める組。魔王も古竜も女神も、異世界の荒野で現代装備の周りへしゃがみ込む。


 数時間後。

 普段仕事をしない男が、一番うるさく働いていた。


「そこ泥残ってる! モグ、触る前に手ぇ拭け! ティアナ、無理に磨かなくていい、戻る範囲だけでいい! レグリア、その端末置いて布持て!」

「監査記録中です!」

「片手が余ってんだろ!」

「監査官へ雑用を――」


 その時だった。モグが泥水の入った桶を持ち上げた。


「おーい陸ー、これどこ捨てるんじゃ?」

「そっちじゃない! 待てえ!」

「んー?」


 モグが振り向く。桶も振り向いた。


 バシャアッ!!


「きゃああああああああ!?」

「うわあああああっ!?」


 泥水がゼニスとレグリアへ真正面から飛んだ。


 数秒。世界が止まった。別に奇跡とか神術が行われたわけではない。


 さっきまで真っ黒だったゼニスの高機動洗浄装は、茶色い泥水を浴びて完全に何の衣装か分からなくなっていた。


 露出していた腹にも脚にも泥。髪にも泥。顔にも一点だけ泥。


 レグリアは二着目の監査服までびしょびしょで、承認印から泥水が滴っている。


「…………」

「…………」

「…………」


 ティアナが口を開く。


「二人とも、朝よりひどくなってない?」

「言わないでぇぇぇぇぇぇ!!」


 ゼニスがその場へしゃがみ込んだ。


「もういやぁぁぁぁ!! 一回着替えたのにぃぃぃ! 何で二着とも泥まみれになるんですかぁぁぁぁ!!」


 レグリアも珍しく♡を失っている。


「私まで二回目なんですけど!! 私、水着着てないのに!!」

「その二着目も十分変な衣装でしょう!」

「ゼニス先輩の水着もどきに言われたくないですぅ!!」

「水着じゃありません!!」

「泥水吸ってもう完全に競泳水着みたいになってますよぉ♡」

「言うなぁぁぁぁ!!」

「レグリアだって泥でスカート張り付いてんぞ」

「黒田さんは見ないでくださぁぁぁぁい!!」

「何で俺が怒られるの?」

「二人とも自業自得でしょ」


 ティアナが一刀両断した。


「そこ張り合う場所?」

「張り合ってません!」

「張り合ってませぇん♡」

「お前ら仲いいな」

「「よくありません!!」」


 声だけは綺麗に揃った。


 モグが桶を持ったまま固まっている。


「……すまぬ」

「珍しく謝った」

「さすがにこれはわらわも悪いと思う」

「古竜に反省させるレベルの惨事なんだな」


 ゼニスが泥まみれのまま俺を睨む。


「黒田さん」

「何」

「笑いました?」

「ちょっと」

「殺しますね」

「神様が現場で殺害予告すんな」


 レグリアが承認印を持ち上げる。


「今の発言、監査対象です!」

「あなたも笑ってましたよね!?」

「笑ってません!」

「口元見ました!」

「泥が付いただけです!」

「どんな言い訳なの!?」


 結果として、二女神の喧嘩を止めるために俺が二人へ別々の布を渡す羽目になった。


「喧嘩する暇あるなら拭け!」

「誰の装備のためにやってると思ってるんですか!」

「俺の借金のためだよ!」

「開き直ったぁ!」


 ティアナが布を止め、疑いの目で俺を見る。


「ねえ。あんた普段、宿の床掃除頼まれた時“腰が痛い”って逃げてたわよね?」

「床掃除しても一億浮かねえだろ」

「皿洗い」

「一億浮かない」

「薪割り」

「一億浮かない」

「荷物運び」

「一億浮かない」

「金額でしか働かないの!?」

「今まで俺を動かす報酬設定が間違ってたんだよ」

「要求単価が国家予算級なのよ!」


 ゼニスも泥まみれの高機動洗浄装のまま、別の面を拭きながら叫ぶ。


「普段からこの半分でも働いてください!」

「普段から一億くれ」

「誰が払うんですか!」

「神」

「払いません!」


 レグリアが横で入力する。


「現場作業員六名、古竜二、魔王一、神一、借金億越え一♡」

「俺だけ職業じゃなく状態で書くな!」

「事実ですぅ♡」

「監査官一名、泥まみれも追加しろ」

「削除します!」

「都合悪い記録だけ消すな!」


 モグが綺麗になった外装へ手を伸ばした。


 ベタッ。

 油の付いた手形が一つ、せっかく綺麗にした場所へくっきり残った。


 全員の視線がゆっくりモグへ集まる。


「……モグ」

「な、なんじゃ」

「今それ、一億の敵なんだが?」

「大げさじゃぞ!」

「俺の中では国家反逆罪くらい重い!」


 モグが逃げ、俺が布を持ったまま追い、アルヴィナが「掃除中に走るなー!」と何故か一番まともな注意をした。


 なんとか整備・清掃が終わった後の再査定。ゼニスが数字を見た。


「自前清掃と返却準備で、原状復帰費を金貨二万枚圧縮できました」

「はああああっ!?二万!?」

「日本円で一億円相当です」


 俺は拳を握った。


「よっしゃあああ!! 一億浮いたぞ!!」


 泥だらけのレグリアが横から総額を読み上げる。


「でぇもぉ♡ 今回加算、金貨三十六万枚でーっす♡」


 止まった。


「……はい?もう一度言ってくれる?」

「日本円換算、十八億円♡」

「…………」

「てめぇらのコスプレ代高すぎだろぉぉぉぉぉっ!!」


【神界・追加ご請求】


・19式装輪自走155mmりゅう弾砲大質量転送費 金貨100,000枚

・現代世界側大規模因果隠蔽補正費      金貨55,000枚

・155mm弾薬因果精算            金貨45,000枚

・FH-70再転送及び砲弾別送費        金貨30,000枚

・現代砲/魔導砲同期補正費         金貨35,000枚

・広域観測及び測距補正費          金貨15,000枚

・即日レベルアップ戦闘介入補正       金貨15,000枚

・大型装備原状復帰基礎費          金貨55,000枚

・返却前自主整備・清掃差分圧縮      -金貨20,000枚

・異常核破壊後世界間整合補正        金貨30,000枚

─────────────────

今回加算                  金貨360,000枚

今回加算・日本円換算            1,800,000,000円相当

前回繰越残高                金貨280,000枚

前回繰越残高・日本円換算          1,400,000,000円相当

暫定合計残高                金貨640,000枚

暫定合計・日本円換算            3,200,000,000円相当


「三十二億……」


 俺は数字を見て、しばらく黙った。


「……ほら!!」

「何がですか」

「やっぱ最近、費用の桁狂ってるじゃねえか!! 今日だけで十八億って何だよ! ちょっと前まで請求書見て一億で死にそうになってたんだぞ!」

「今回は十九式級装備の大質量転送、大規模因果補正、弾薬、FH-70、混成砲撃、返却処理まで全部入っています」

「説明するたびに『そりゃ高いわ』と『だからって十八億はおかしいだろ』が同時に来るんだよ!」

「黒田さんの案件規模が大きくなった結果です」

「俺は規模大きくしてくれって頼んでねえ! むしろ縮小して寝たいんだよ!」


 レグリアが満面の笑みで請求書を掲げた。


「祝・単話加算十八億円♡」

「祝うなぁぁぁぁ!!」


 ティアナが隣で呟いた。


「一億浮いたんでしょ?」

「そうだな」

「良かったじゃない」

「三十二億あるんだぞ」

「でも一億浮いた」

「慰め方が雑!」

「じゃあ掃除しなかったら三十三億だったと思えば?」

「やめろ。そっちの世界線想像したら今の俺が得した気になってくる」

「実際得はしてるでしょ」

「三十二億抱えて“得した”って言い始めたら人間終わりだろ!」


 俺はもう一度、請求書の一番下を見た。


 三十二億円。


 普通に働く。節約する。装備を返す。清掃まで自分でする。


 全部やった。


 その結果が三十二億。


「……もうこれ、ロト7でも当てないと返せねえだろこれじゃああああ!!」


 ゼニスが即座に顔を上げる。


「宝くじに夢を見ないでください!」

「三十二億だぞ!? 夢くらい見させろ!」

「ロト7の一等が毎回必ず当たる前提で人生設計しないでください!」

「じゃあキャリーオーバー!」

「具体的になってるぅぅぅ!!」


 レグリアが横から嬉しそうに計算を始める。


「仮に一等十億円なら、最低四回くらい必要ですねぇ♡」

「お前は現実的な数字出すな!」

「税金は――」

「そこまで計算すんな!!宝くじだから無税だよ!!」


 ティアナが呆れた顔で腕を組む。


「普通に返す方法考えなさいよ」

「普通に返せる額じゃねえから宝くじの話してんだろ!」


 泥まみれのゼニスが拳を握った。


「とにかく働いてください!」

「一番現実味ない案出すなぁぁぁぁぁぁ!!」


 荒野に俺の叫びが響いた。


 その横で、レグリアが泥の付いた承認印を掲げる。


「【返済計画:宝くじ依存】♡」

「押すなぁぁぁぁ!!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 その夜。

 異常核から回収した古い識別記録を、アルヴィナたちと確認した。


 そこには六大元帥。

 そう書かれている。


 なのに、名前が五つしかなかった。

 アルヴィナがカステラを持つ手を止めた。


「あれぇ……六人、いたよね?」


 誰もすぐには答えられなかった。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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