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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#31 元特科だから全部の大砲使えると思うな(正式名称:現代砲兵共同運用及び遠距離異常核制圧作戦)

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117/129

第116話 元部下に大砲を教わる日が来るとは思わなかった

 次の日も、俺は現代側にいた。別に19式に夢中になったわけじゃない。資料を見てるだけだ。たぶん。


「黒田さん、昨日から同じページ見てません?」

「比較してんの」

「二時間もですか?」

「比較は時間かかるんだよ!」


 ゼニスが今日着ているのは、紺色のジャケットに白シャツ、胸へ小さな通行証みたいな札。なぜか手には料金所で使いそうな細長い案内棒まである。


「またへんぴな恰好してるなお前」

「高速道路関連資料を扱うので、交通運用監査風です。どうです?似合ってるでしょ」

「19式が高速乗れるって聞いてから絶対考えただけだろ」

「業務との親和性を認めてください!」


 レグリアが横から顔を出した。


「ゼニス先輩、料金所の人だあ♡」

「違います!」

「大質量世界間通行料、こちらでぇす♡」

「お前まで料金所始めんな!」

「じゃあ黒田さん、十九式一台通過しまぁす♡ 大質量転送料、因果補正料、認識阻害料、世界間通行料――」

「ETCみたいに借金を読み上げるな!」

「残高不足でゲート閉鎖♡」

「俺の人生のゲートが閉じるわ!!」


 ゼニスが案内棒を振る。


「現金、神界カード、魂の分割払いが――」

「最後だけ絶対選ばねえやつじゃねえか!」

「冗談です!」

「お前の冗談、債権者側が言うと怖いんだよ!」


 レグリアが腹を抱えて笑い、ゼニスが「あなたも加担してるでしょう!」と案内棒で追い払う。朝からバカな神二人が料金所ごっこを始め、俺だけが本気で財布を心配している。なんか、立場が逆だと思う。


 俺のスマホには、ひなたが作った簡易比較表が届いている。昨日の俺の反応を見越したのか、数値だけでなく「ここだけ見て変な比較をするな」と言わんばかりの注意書きまで付いていた。元部下に取扱説明書付きで扱われている気分はあまり良くないが、内容そのものはありがたい。


 【公開情報からの雑比較/黒田さん用】

FH-70

・155mmりゅう弾砲 ・基本は牽引式 ・全備重量:約9.6t ・補助動力による自走:約16km/h ・最大発射速度:約6発/分 ・最大射程:約24km/噴進弾使用時約30km ・運用人数:牽引車運転手込みで約9名を基準


19式装輪自走155mmりゅう弾砲・155mm/52口径・8輪装輪自走式・最高速度:約90km/h・乗員:5名・砲弾自動装填補助・火力戦闘指揮統制システムとの連接を前提・長距離道路移動から陣地変換まで機動性大幅向上


 最後に、ひなたの手書きみたいな一文がある。

【※速度だけ単純比較しないでください】


「俺の思考、ひなたに先回りされてる」

「黒田さんの思考、元部下に完全に読まれてますねえ」

「ふ、俺様の教育のたまものだな」

「逆でしょう」


 俺はそれでも数字を指でなぞった。


「でもよ、十六と九十だぞ」

「※速度だけ単純比較しないでください」

「六倍近い!」

「あのね、文字読んでます?」

「俺は、気持ちの話してんだよ!」

「FH-70のAPU自走ってのはな、こっちからすると“牽引砲なのに自分でも動ける、助かる”なんだよ。それが十九式になると“高速道路走れます”だから、同じ『自走』でも俺の中じゃ別カテゴリなんだよ」

「資料へ感情で異議申し立てしないでください」

「FH-70が補助輪付き自転車覚えたと思ったら、後輩がETC付けて高速抜けていく気分」

「分かるようで全然分かりません」

「俺は分かる」

「黒田さんしか分からない説明を説明と呼ばないでください」


 ひなたから電話が来た。


『やっぱりですか。絶対そこだけ見てると思いました』

「でもさ、自走で高速乗れるのいいじゃん。FH-70って撃つこと自体より、その前後が面倒なんだよ」

『まあ、それは……分かりますけど』

「牽引して移動して、陣地変換して。新しいやつは最初から一体。何その優等生」

『装備に嫉妬しないでください』

「俺らの苦労を全部“改善しました”で消してくる後輩が悪い」

『装備に先輩後輩ありません』


 その時、俺は公開記事の写真を拡大した。


「……おい。待て、これ89式積めるの?」

『周囲警戒用の搭載箇所がありますね』

「大砲が自分で走る。小銃も持つ。人も少なくて済む」

『はい』

「これもう住めるんじゃね?」

『住めません』

「移動式やどり木機能付けたら?」

『なんですかそれ。付けないでください』

「ベッド一個くらい」

『付けません!』

「冷蔵庫」

『付けませんって』

「電子レンジ」

『何を温める気ですか』

「ファミチキと肉まん」

『十九式の中でファミチキ温めないでください!』

「高速乗れるならサービスエリア寄れるだろ」

『任務中に観光気分で寄らないでください』

「コーヒーくらい」

『運用の話からどんどん離れてます』

「大砲でサービスエリア入ったら目立つかなあ」

『目立たない可能性を探す方が難しいです!!』


 ゼニスが両手で頭を抱えた。


「兵器をキャンピングカーにしようとしないでください!」

「高速乗れるならサービスエリア寄れるだろ」

「異世界にサービスエリアなんてありません!」


 レグリアが承認印を出す。


 バンッ。


 【改造案:却下】


「誰も申請してねえよ!」

「先回り監査ですぅ♡」

「便利に使うなそのハンコ!」


 ひなたが少し間を置いた。電話越しでも分かる程度に、向こうの空気が変わった。怒っているわけではない。ただ、昔から俺が余計なことを考えている時に向けてきた、あの妙に勘のいい沈黙だった。こっちも思わずスマホを耳から少し離し、ゼニスとレグリアを見る。二人とも「ほら来た」という顔をしている。


『黒田さん。何でそんな細かいところまで聞くんですか』

「ただの興味だよ」

『昨日もそう言いましたよね』

「じゃあ趣味かな?」

『大砲が趣味の無職って、なんかミリオタみたいで嫌ですね』

「元職じゃん、俺」

『……公開資料を見るだけなら別にいいですけど』


 声が少し低くなった。


『もし仮に、ですよ』

「仮に?」

『どこかの馬鹿が、高価な装備を勝手に触るようなことがあったら、余計なことせず、元の状態へ戻すべきだと思います』

「ずいぶん具体的な仮定だな」

『誰かさんが公開資料だけ見てる割に、やたら返却状態とか整備の話を聞くので』

「興味だよ」

『でしたら、仮に触ったとしても、分からない部分へ余計なことをしない。自分で戻せる汚れや通常範囲だけ戻して、正式な整備まで勝手に代替しようとしない。そこだけは守ってください』

「仮の話にしては注文多いなあ」

『黒田さん相手なので』

「仮の話な?」

『仮の話です』

「奇遇だな。俺もそう思う」

『…………』

「…………」

『黒田さん』

「はい」

『今、何か隠してます?』

「人生」

『じゃ、戻せるならそこから戻してください』


 電話を切られた。画面に通話終了の表示が出たまま、俺は数秒スマホを眺めた。ひなたは何も知らない。少なくとも、俺の口からは何も聞いていない。ただ、こちらが公開資料だけでは出てこないはずの「返した時にどうなる」「汚れはどこまで戻すべきか」へ妙に食いついていることには、間違いなく気づいている。ゼニスが俺を見る。


「ほぼバレてませんか、これ?」

「何も言ってないぞ」

「九十九パーセント察してますよ」

「一パーセント残ってりゃ形式上セーフだ」


 レグリアが呆れた顔をした。


「その理屈、監査で使ったら即却下ですけどぉ」

「お前は黙ってろチビ!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 異世界へ戻る直前、ひなたからもう一件だけメッセージが来た。


『分からないところを分かった顔しないのは正しいです。そこだけは昔から変わりませんね』


 俺は少しだけ画面を見た。返事は短くした。


『了解』


 するとすぐ既読になった。その下へ、レグリアが覗き込む。


「現役の女の子に教わる元二曹♡」

「知ったかぶりするよりマシだろ」

「「そこは正しいです」」


 ゼニスとレグリアの声が重なった。俺は二人を見る。


「お前ら今、同時に俺を褒めた?」

「「評価です!」」

「仲いいじゃん」

「「普通です!」」


 そこだけは息ぴったりだった。俺がにやにやしながら二人を見ると、今度は互いに半歩ずつ離れた。


「何で離れるんだよ」

「誤解を招くので」

「ゼニス先輩と仲良し判定されるの嫌ですぅ♡」

「私だって嫌です!」

「仲悪い方向まで息ぴったりじゃん」

「「違います!」」

「ほら」

「「うるさい!」」


 最新砲より先に、こいつら二人の同期精度の方が完成している気がした。


【神界・追加ご請求】


・19式/FH-70公開諸元比較補助費      金貨2,000枚

・現代側長時間通信補正費          金貨2,000枚

・89式車内搭載情報照合費          金貨1,000枚

・大型装備返却条件事前監査費        金貨3,000枚

・世界間通信回線維持費           金貨2,000枚

─────────────────

今回加算                  金貨10,000枚

今回加算・日本円換算            50,000,000円相当

前回繰越残高                金貨252,000枚

前回繰越残高・日本円換算          1,260,000,000円相当

暫定合計残高                金貨262,000枚

暫定合計・日本円換算            1,310,000,000円相当


「五千万……今日の大半、“仮に触ったら”って仮定の話だったぞ?大体ネット情報と電話だけでなんでこんな......」

「仮定は無料です。通信と照合と監査は無料ではありません」

「仮の話で現実の借金増やすなよ!悪徳金融業者かてめぇ!」


 そこで俺は昨日の六千万を思い出した。


「……待て。今、一瞬だけ『昨日より一千万安いじゃん』って思った」

「危険ですね」

「危険ですよぉ♡」

「二人同時に真顔になるな! 俺も怖くなってきたわ!」

「金銭感覚の桁が神界仕様へ矯正されつつあります」

「矯正じゃなくて破壊だろそれ!」


 レグリアがにやにやしながら数字を指した。


「昨日六千万、今日五千万。節約上手ですねぇ♡」

「その節約で家買えるわ!」

「黒田さんの人生の原状復帰相談は請求対象外ですよぉ♡」

「誰も頼んでねえ!」

「そちらは神界でも復旧困難です」

「ゼニスまで乗るな!」


 ひなたには何も明言していない。俺の借金だけは、毎日きっちり明文化されていた。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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