第116話 元部下に大砲を教わる日が来るとは思わなかった
次の日も、俺は現代側にいた。別に19式に夢中になったわけじゃない。資料を見てるだけだ。たぶん。
「黒田さん、昨日から同じページ見てません?」
「比較してんの」
「二時間もですか?」
「比較は時間かかるんだよ!」
ゼニスが今日着ているのは、紺色のジャケットに白シャツ、胸へ小さな通行証みたいな札。なぜか手には料金所で使いそうな細長い案内棒まである。
「またへんぴな恰好してるなお前」
「高速道路関連資料を扱うので、交通運用監査風です。どうです?似合ってるでしょ」
「19式が高速乗れるって聞いてから絶対考えただけだろ」
「業務との親和性を認めてください!」
レグリアが横から顔を出した。
「ゼニス先輩、料金所の人だあ♡」
「違います!」
「大質量世界間通行料、こちらでぇす♡」
「お前まで料金所始めんな!」
「じゃあ黒田さん、十九式一台通過しまぁす♡ 大質量転送料、因果補正料、認識阻害料、世界間通行料――」
「ETCみたいに借金を読み上げるな!」
「残高不足でゲート閉鎖♡」
「俺の人生のゲートが閉じるわ!!」
ゼニスが案内棒を振る。
「現金、神界カード、魂の分割払いが――」
「最後だけ絶対選ばねえやつじゃねえか!」
「冗談です!」
「お前の冗談、債権者側が言うと怖いんだよ!」
レグリアが腹を抱えて笑い、ゼニスが「あなたも加担してるでしょう!」と案内棒で追い払う。朝からバカな神二人が料金所ごっこを始め、俺だけが本気で財布を心配している。なんか、立場が逆だと思う。
俺のスマホには、ひなたが作った簡易比較表が届いている。昨日の俺の反応を見越したのか、数値だけでなく「ここだけ見て変な比較をするな」と言わんばかりの注意書きまで付いていた。元部下に取扱説明書付きで扱われている気分はあまり良くないが、内容そのものはありがたい。
【公開情報からの雑比較/黒田さん用】
FH-70
・155mmりゅう弾砲 ・基本は牽引式 ・全備重量:約9.6t ・補助動力による自走:約16km/h ・最大発射速度:約6発/分 ・最大射程:約24km/噴進弾使用時約30km ・運用人数:牽引車運転手込みで約9名を基準
19式装輪自走155mmりゅう弾砲・155mm/52口径・8輪装輪自走式・最高速度:約90km/h・乗員:5名・砲弾自動装填補助・火力戦闘指揮統制システムとの連接を前提・長距離道路移動から陣地変換まで機動性大幅向上
最後に、ひなたの手書きみたいな一文がある。
【※速度だけ単純比較しないでください】
「俺の思考、ひなたに先回りされてる」
「黒田さんの思考、元部下に完全に読まれてますねえ」
「ふ、俺様の教育のたまものだな」
「逆でしょう」
俺はそれでも数字を指でなぞった。
「でもよ、十六と九十だぞ」
「※速度だけ単純比較しないでください」
「六倍近い!」
「あのね、文字読んでます?」
「俺は、気持ちの話してんだよ!」
「FH-70のAPU自走ってのはな、こっちからすると“牽引砲なのに自分でも動ける、助かる”なんだよ。それが十九式になると“高速道路走れます”だから、同じ『自走』でも俺の中じゃ別カテゴリなんだよ」
「資料へ感情で異議申し立てしないでください」
「FH-70が補助輪付き自転車覚えたと思ったら、後輩がETC付けて高速抜けていく気分」
「分かるようで全然分かりません」
「俺は分かる」
「黒田さんしか分からない説明を説明と呼ばないでください」
ひなたから電話が来た。
『やっぱりですか。絶対そこだけ見てると思いました』
「でもさ、自走で高速乗れるのいいじゃん。FH-70って撃つこと自体より、その前後が面倒なんだよ」
『まあ、それは……分かりますけど』
「牽引して移動して、陣地変換して。新しいやつは最初から一体。何その優等生」
『装備に嫉妬しないでください』
「俺らの苦労を全部“改善しました”で消してくる後輩が悪い」
『装備に先輩後輩ありません』
その時、俺は公開記事の写真を拡大した。
「……おい。待て、これ89式積めるの?」
『周囲警戒用の搭載箇所がありますね』
「大砲が自分で走る。小銃も持つ。人も少なくて済む」
『はい』
「これもう住めるんじゃね?」
『住めません』
「移動式やどり木機能付けたら?」
『なんですかそれ。付けないでください』
「ベッド一個くらい」
『付けません!』
「冷蔵庫」
『付けませんって』
「電子レンジ」
『何を温める気ですか』
「ファミチキと肉まん」
『十九式の中でファミチキ温めないでください!』
「高速乗れるならサービスエリア寄れるだろ」
『任務中に観光気分で寄らないでください』
「コーヒーくらい」
『運用の話からどんどん離れてます』
「大砲でサービスエリア入ったら目立つかなあ」
『目立たない可能性を探す方が難しいです!!』
ゼニスが両手で頭を抱えた。
「兵器をキャンピングカーにしようとしないでください!」
「高速乗れるならサービスエリア寄れるだろ」
「異世界にサービスエリアなんてありません!」
レグリアが承認印を出す。
バンッ。
【改造案:却下】
「誰も申請してねえよ!」
「先回り監査ですぅ♡」
「便利に使うなそのハンコ!」
ひなたが少し間を置いた。電話越しでも分かる程度に、向こうの空気が変わった。怒っているわけではない。ただ、昔から俺が余計なことを考えている時に向けてきた、あの妙に勘のいい沈黙だった。こっちも思わずスマホを耳から少し離し、ゼニスとレグリアを見る。二人とも「ほら来た」という顔をしている。
『黒田さん。何でそんな細かいところまで聞くんですか』
「ただの興味だよ」
『昨日もそう言いましたよね』
「じゃあ趣味かな?」
『大砲が趣味の無職って、なんかミリオタみたいで嫌ですね』
「元職じゃん、俺」
『……公開資料を見るだけなら別にいいですけど』
声が少し低くなった。
『もし仮に、ですよ』
「仮に?」
『どこかの馬鹿が、高価な装備を勝手に触るようなことがあったら、余計なことせず、元の状態へ戻すべきだと思います』
「ずいぶん具体的な仮定だな」
『誰かさんが公開資料だけ見てる割に、やたら返却状態とか整備の話を聞くので』
「興味だよ」
『でしたら、仮に触ったとしても、分からない部分へ余計なことをしない。自分で戻せる汚れや通常範囲だけ戻して、正式な整備まで勝手に代替しようとしない。そこだけは守ってください』
「仮の話にしては注文多いなあ」
『黒田さん相手なので』
「仮の話な?」
『仮の話です』
「奇遇だな。俺もそう思う」
『…………』
「…………」
『黒田さん』
「はい」
『今、何か隠してます?』
「人生」
『じゃ、戻せるならそこから戻してください』
電話を切られた。画面に通話終了の表示が出たまま、俺は数秒スマホを眺めた。ひなたは何も知らない。少なくとも、俺の口からは何も聞いていない。ただ、こちらが公開資料だけでは出てこないはずの「返した時にどうなる」「汚れはどこまで戻すべきか」へ妙に食いついていることには、間違いなく気づいている。ゼニスが俺を見る。
「ほぼバレてませんか、これ?」
「何も言ってないぞ」
「九十九パーセント察してますよ」
「一パーセント残ってりゃ形式上セーフだ」
レグリアが呆れた顔をした。
「その理屈、監査で使ったら即却下ですけどぉ」
「お前は黙ってろチビ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
異世界へ戻る直前、ひなたからもう一件だけメッセージが来た。
『分からないところを分かった顔しないのは正しいです。そこだけは昔から変わりませんね』
俺は少しだけ画面を見た。返事は短くした。
『了解』
するとすぐ既読になった。その下へ、レグリアが覗き込む。
「現役の女の子に教わる元二曹♡」
「知ったかぶりするよりマシだろ」
「「そこは正しいです」」
ゼニスとレグリアの声が重なった。俺は二人を見る。
「お前ら今、同時に俺を褒めた?」
「「評価です!」」
「仲いいじゃん」
「「普通です!」」
そこだけは息ぴったりだった。俺がにやにやしながら二人を見ると、今度は互いに半歩ずつ離れた。
「何で離れるんだよ」
「誤解を招くので」
「ゼニス先輩と仲良し判定されるの嫌ですぅ♡」
「私だって嫌です!」
「仲悪い方向まで息ぴったりじゃん」
「「違います!」」
「ほら」
「「うるさい!」」
最新砲より先に、こいつら二人の同期精度の方が完成している気がした。
【神界・追加ご請求】
・19式/FH-70公開諸元比較補助費 金貨2,000枚
・現代側長時間通信補正費 金貨2,000枚
・89式車内搭載情報照合費 金貨1,000枚
・大型装備返却条件事前監査費 金貨3,000枚
・世界間通信回線維持費 金貨2,000枚
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今回加算 金貨10,000枚
今回加算・日本円換算 50,000,000円相当
前回繰越残高 金貨252,000枚
前回繰越残高・日本円換算 1,260,000,000円相当
暫定合計残高 金貨262,000枚
暫定合計・日本円換算 1,310,000,000円相当
「五千万……今日の大半、“仮に触ったら”って仮定の話だったぞ?大体ネット情報と電話だけでなんでこんな......」
「仮定は無料です。通信と照合と監査は無料ではありません」
「仮の話で現実の借金増やすなよ!悪徳金融業者かてめぇ!」
そこで俺は昨日の六千万を思い出した。
「……待て。今、一瞬だけ『昨日より一千万安いじゃん』って思った」
「危険ですね」
「危険ですよぉ♡」
「二人同時に真顔になるな! 俺も怖くなってきたわ!」
「金銭感覚の桁が神界仕様へ矯正されつつあります」
「矯正じゃなくて破壊だろそれ!」
レグリアがにやにやしながら数字を指した。
「昨日六千万、今日五千万。節約上手ですねぇ♡」
「その節約で家買えるわ!」
「黒田さんの人生の原状復帰相談は請求対象外ですよぉ♡」
「誰も頼んでねえ!」
「そちらは神界でも復旧困難です」
「ゼニスまで乗るな!」
ひなたには何も明言していない。俺の借金だけは、毎日きっちり明文化されていた。




