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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#31 元特科だから全部の大砲使えると思うな(正式名称:現代砲兵共同運用及び遠距離異常核制圧作戦)

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第115話 元特科だから全部の大砲使えると思うな

 南東の魔力流がこちらを見返した翌朝、俺は異世界ではなく、日本の四畳半でスマホを睨んでいた。


 山の向こうに異常核があるなら、わざわざ徒歩で近づいて殴りに行く必要はない。届く火力があるなら遠くからぶち抜けばいいし、近づかなくて済むなら俺としても大歓迎である。働く時間と距離は短く、弾の届く距離は長い方がいい。


 その発想自体は俺の専門だった。問題は一つだけ。俺の頭の中に入っている「現代の大砲」の知識が、退職したところでだいたい止まっている。


「……最新装備ってさ、退職者にも自動で更新入んねえのかなあ?」

「スマホのOSみたいに言わないでください。黒田さん本人へ無線アップデート機能はありません」

「不便だな、人間って」

「いまさらそこへ文句を言います?」「黒田さん。朝からスマホを横にして真面目な顔してると、普通に働いてる人みたいですね」

「女神よ、朝一発目から喧嘩売るな」

「あたし、褒めたんですけど」

「お前の褒め方、だいたい後半に毒入ってんだよ!」


 神界から出てきたゼニスは、白いパンツスーツに細い金色のベルト、無駄に大きい胸元には妙に大きな名札まで付けていた。自動車展示会か何かの司会者みたいな格好だ。


 その横にチビ女神レグリアが浮いている。今日は小さな帽子まで被っていた。


「ゼニス先輩ぃ、その格好、最新装備展示会の受付みたいですねぇ♡」

「本日は新装備比較検討業務です! 業務内容に合わせただけです!」

「夜の受付嬢♡」

「夜ってアナタ......監査官は受付から出ていってください!」

「お前ら朝から元気だな。俺は寝たいんだけど」

「寝る前にまず調べてください!」


 俺がひなたへ送ったメッセージは、昨夜のうちに既読になっていた。内容は短めだ。


『で、19式って実際どんな感じ? 公開情報で分かる範囲だけ教えてくれ』


 返ってきた第一声がこれだった。


『何で急に19式なんですか?』


 その返し、当然である。


「何て返したんです?」

「興味本位」

「超~嘘ですねぇ♡」

「断定すんなクソ査定女神」

「減点一ぃ♡」


 その時、スマホが震えた。ひなたから画像が何枚か届く。


『公開されてる資料だけです。退職者に出していい情報だけなんで、そこは安心してください。てか陸さんネットで調べればいいじゃないですか』


 画面に簡単なメモが表示された。


【19式装輪自走155mmりゅう弾砲/公開諸元メモ】

・155mm/52口径 ・全長:約11.4m

・全幅:約2.5m

・全高:約3.4m

・乗員:5名

・最高速度:約90km/h

・8輪車両一体型

・砲弾の自動装填補助あり

・火力戦闘指揮統制システムとの連接を前提 


 俺は一度読んだ。そして、二度見してもう一度読んだ。


「……九十だって?」

「何がです?」

「最高速度だよ、ここのさ」

「書いてありますね、たしかに」

「大砲がだぞ?」

「大砲がですぅ♡」

「お前に聞いてねえわ」


 気になりすぎて、ひなたへ電話することにした。四畳半の窓の外では、昼前の車が住宅街を抜けていく音がした。こっちは畳の上、向こうは現役の職場。俺だけがスマホ片手に、異世界へ大砲を持っていく前提で質問している。冷静に考えれば相当おかしいが、そこまで考えると話が進まないので考えないことにした。


『もしもし』

「九十って何?」

『......まずは、挨拶してください』

「おはよう。で、九十って何?」

『わかりますよね?最高速度です』

「時速?」

『他に何があるんですか』

「あのさ、もしかして高速とか乗れんの?」

『公開記事にも高速道路などを自走できるって普通に出てるでしょ!訓練始まるんでもう切っていいですか?』


 俺は黙った。FH-70だって、まったく自分で動けないわけじゃない。補助動力装置があるから、陣地内で位置を直したり、自力で少し移動したりはできる。現役の頃は、それだけでも十分ありがたかった。重い砲が自分の力でじわじわ動くのを見れば、牽引砲なのにこいつ、健気なやつだとすら思う。


 ただ、俺の中でそれはあくまで「牽引砲なのに自分でも少し動ける」だった。道路を長距離移動するなら牽引車がいる。人も大勢いる。撃つ場所へ着いたら、砲だけ置けば全部終わりというわけじゃない。十九式の「八輪の車両に砲が最初から載っていて、そのまま高速道路を走る」という話は、同じ“自走”の二文字でも別の生き物に見えた。


 そして、画面の写真を見ているだけなのに、昔の訓練場の乾いた土や、砲の周囲を走り回った時の靴底の感触まで妙に蘇ってくる。火砲は撃つ瞬間は派手だが、その前後には地味な仕事が山ほどある。その面倒を一つずつ削っていった結果が、目の前の数字なのだと思うと、羨ましさの方が先に立った。


「……めっちゃいいじゃん、自走式!!」

『そこからですか?』

「いや待て。FH-70も一応自走できるんだぞぞ? APU使えば十六キロくらいは出るし」

『その自走と比べないでください』

「こっちは九十だろ!? 同じ“自走”って言葉で括るのおかしくない!?」

『19式は装輪自走砲ですから』

「牽引車どこ行った!?」

『いりませんね』

「ずるくない?」

『誰に対してですか』

「俺らの世代にだよ!」


 電話を切る気になれず、そのまま俺は資料を拡大した。FH-70だってAPUで動く。陣地内での移動ならちゃんと役に立つし、「牽引砲なのに自分で走れる」というだけでも当時は十分ありがたかった。だが十九式は、その「自分で走れる」の意味が最初から違うのだ。


「いや、改めて考えるとさ。FH-70の自走って“お前、牽引砲なのに自分でもちょっと歩けるのか、えらいな”って感じなんだよ」

『装備を幼児扱いしないでくださいよ』

「十九式は“高速乗って現地集合します”だろ? 急に社会人になりすぎじゃね?」

『陸さん、意味が分かりません』

「牽引車どこ置くとか、誰が運転するとか、そういう前後の面倒が全然違うじゃん。撃つ前と撃った後が楽になるの、元特科からするとかなりでかいぞ」

『そこまで言うなら、最初からそう説明してください』

「最初は“めっちゃいいじゃん”が先に出た」

『子供ですか!』

「大砲の進化見てテンション上がらない元特科の方が怖いだろ!」


 電話の向こうで、ひなたが明らかにため息をついた。


『黒田さん、もう三十二歳ですよね』

「そうだよ」

『戦前の砲兵みたいな愚痴やめてくれません?』

「三十二歳だって夢くらい見ていいだろ!」


 ゼニスが後ろで笑いを堪えている。


「お前、笑った?」

「いえ」

「肩、揺れてんぞ」

「最新装備を見てはしゃぐ黒田さんが珍しくて」

「俺だって大砲見りゃテンション上がる時くらいあるわ」

「仕事は嫌いなのに?」

「仕事と大砲を一緒にすんな」

「一番特科っぽいこと言ってますねぇ♡」


 さらにひなたが言った。


『乗員も五人いけます』

「……何人って?」

『五人』

「いや、待て待て。FH-70、牽引車の運転手込みで九人くらい見なきゃだろ?」

『省人化されてますよ』

「自分で走って、人減る。52口径。装填も補助される。情報も繋がる」

『はい』

「……俺の青春、全部面倒くさい方だけじゃん」

『これも時代です』

「その一言で俺を旧式に分類すんな!」


 レグリアが巨大な承認印を出した。


 バンッ。


 【旧式おじさん】


「てめ、誰が押していいっつった!!」

「十九式、最高速度約九十キロ♡ 黒田さん、朝起きて布団を出るまで約二十分♡」

「比較軸が違いすぎるだろ!」

「機動力比較ですぅ♡」

「俺を最新型の装輪車両と比較すんな!」


 ゼニスがぷっと吹き出した。


「お前、また今笑っただろ」

「いえ。黒田さんの最高速度を想像しただけです」

「お前まで乗るな!」

「寝起き時は時速〇・〇〇三キロくらいでしょうかね」

「神が人間の寝起きを速度換算するな!」


 レグリアが二枚目の承認印を出した。


【低機動型中年元特科】


「追加で押すなぁぁぁ!」

「現役装備比較の結果ですぅ♡」

「監査対象俺じゃなくて大砲だろ!」

「黒田さんも十分旧式比較対象です♡」

「クソメスガキ監査女神ぇぇぇ!!」


 ゼニスが胸を張った。


「でも、私は最新ですから!」

「はああ?お前は何の最新型なんだよ」

「女神です!」

「型番あんの?」

「ありません!」

「じゃあ黙ってろ、中古女神!!」

「何でぇ!?」


 ひなたの声がスマホから続いた。さっきまで呆れ半分だった調子が、そこで少しだけ現役の隊員らしい硬さへ戻る。


『黒田さん、言える範囲だけになりますが、いつでも聞いてくださいね。19式は黒田さんが現役時代に身体で覚えた装備じゃないですから』

「分かってるよ。俺の身体に入ってんのはFH-70寄りだ。退職者に勝手にアップデート要求されても無理だ」

『でしたらいいです』

「お前、昔より厳しくなった?」

『誰のせいだと思ってるんですか? あ、訓練始まるんでいきます!』


 ガチャ。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 午後、異世界へ戻ってから、俺はゼニスに19式の転送見積もりを出させた。数字を見た瞬間に閉じた。


「FH-70って、いい砲だよな――」

「早い!! 遠い目をしない!!」

「さっきまで『めっちゃいいじゃん自走』って言ってたじゃないですか!」

「愛で装備は借りられねえんだよ」


 レグリアが端末を覗き込む。


「最新装備への愛、見積書一枚で終了――♡」

「お前は読み上げんな」

「車両本体♡ 燃料♡ 弾薬♡ 電子装置♡ 大質量世界間因果精算♡」

「やめろぉ! 項目ごとに刺してくんな!」


 ゼニスが営業スマイルへ戻る。


「ですので、使用するなら必要最小限の時間だけ転送。使用後は即時返却を推奨します」

「……掃除したら安くなる?」

「原状復帰部分は」

「そこ重要なポイントだ。覚えとけ」

「あなたが覚えるんでしょ! でも、もう働く気になってます?」

「金のためならな」


 ティアナは少し離れたところで腕を組み、俺とゼニスの見積もり交渉を最初から最後まで眺めていた。異世界の魔法使いに、現代の自走砲の整備費をどう削るか真顔で相談している元自衛官。改めて絵面を想像すると、俺自身でも何をやっているのか分からなくなる。


「普段働けって言われても死んだ魚みたいな顔するくせに、借金減るって聞くと急に目が生きるの何なの?」

「人間、目的があれば働けるんだよ」

「その目的が全部“働かなくて済むため”なのが終わってるわ」


 なーんにも、否定できなかった。


【神界・追加ご請求】


・現代側通信及び公開諸元神界照合費     金貨2,000枚

・19式大規模転送事前見積査定費       金貨3,000枚

・南東神託異常観測継続補正費        金貨4,000枚

・現代/異世界情報持込整合処理費      金貨3,000枚

─────────────────

今回加算                  金貨12,000枚

今回加算・日本円換算            60,000,000円相当

前回繰越残高                金貨240,000枚

前回繰越残高・日本円換算          1,200,000,000円相当

暫定合計残高                金貨252,000枚

暫定合計・日本円換算            1,260,000,000円相当


「六千万……今日、大砲撃ってないんだけど」

「公開資料そのものは無料です。神界照合、世界間通信、転送見積の処理費です」

「ネットで見れる資料見て、見積もり取っただけで六千万?」


 俺は請求書をもう一度上から下まで見た。


「……なあ。なんか最近、費用の桁狂ってねえか?」

「今さらですか?」

「いや前から高かったけどさ! 昔は金貨何百枚とか何千枚で『ふざけんな!』って言ってた気がするんだよ。最近、平気な顔で千万とか億とか出てくるじゃん!」

「大規模装備、世界間通信、認識阻害、因果補正と、扱っている処理そのものが大きくなっていますから」

「説明されると余計に怖えよ! 俺の生活規模だけ全然大きくなってねえぞ!」

「借金だけ順調に成長してますねぇ♡ 多重債務者おじさん♡」

「そこ育てた覚えねえわ!」


 レグリアが請求書へ指を滑らせた。


「大砲に『めっちゃいいじゃん自走!』って感動した代金ですねぇ♡」

「感動税みたいに言うなクソ査定女神が!」

「なお感動そのものは非課税です」

「そこだけ現実的なのなんなの!」


 十九式はまだ一発も撃っていない。なのに、知っただけで六千万増えた。普通にネットで調べりゃよかった。


「……FH-70って、やっぱ安らぐな」

「装備を実家みたいに言わないでください」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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