第115話 元特科だから全部の大砲使えると思うな
南東の魔力流がこちらを見返した翌朝、俺は異世界ではなく、日本の四畳半でスマホを睨んでいた。
山の向こうに異常核があるなら、わざわざ徒歩で近づいて殴りに行く必要はない。届く火力があるなら遠くからぶち抜けばいいし、近づかなくて済むなら俺としても大歓迎である。働く時間と距離は短く、弾の届く距離は長い方がいい。
その発想自体は俺の専門だった。問題は一つだけ。俺の頭の中に入っている「現代の大砲」の知識が、退職したところでだいたい止まっている。
「……最新装備ってさ、退職者にも自動で更新入んねえのかなあ?」
「スマホのOSみたいに言わないでください。黒田さん本人へ無線アップデート機能はありません」
「不便だな、人間って」
「いまさらそこへ文句を言います?」「黒田さん。朝からスマホを横にして真面目な顔してると、普通に働いてる人みたいですね」
「女神よ、朝一発目から喧嘩売るな」
「あたし、褒めたんですけど」
「お前の褒め方、だいたい後半に毒入ってんだよ!」
神界から出てきたゼニスは、白いパンツスーツに細い金色のベルト、無駄に大きい胸元には妙に大きな名札まで付けていた。自動車展示会か何かの司会者みたいな格好だ。
その横にチビ女神レグリアが浮いている。今日は小さな帽子まで被っていた。
「ゼニス先輩ぃ、その格好、最新装備展示会の受付みたいですねぇ♡」
「本日は新装備比較検討業務です! 業務内容に合わせただけです!」
「夜の受付嬢♡」
「夜ってアナタ......監査官は受付から出ていってください!」
「お前ら朝から元気だな。俺は寝たいんだけど」
「寝る前にまず調べてください!」
俺がひなたへ送ったメッセージは、昨夜のうちに既読になっていた。内容は短めだ。
『で、19式って実際どんな感じ? 公開情報で分かる範囲だけ教えてくれ』
返ってきた第一声がこれだった。
『何で急に19式なんですか?』
その返し、当然である。
「何て返したんです?」
「興味本位」
「超~嘘ですねぇ♡」
「断定すんなクソ査定女神」
「減点一ぃ♡」
その時、スマホが震えた。ひなたから画像が何枚か届く。
『公開されてる資料だけです。退職者に出していい情報だけなんで、そこは安心してください。てか陸さんネットで調べればいいじゃないですか』
画面に簡単なメモが表示された。
【19式装輪自走155mmりゅう弾砲/公開諸元メモ】
・155mm/52口径 ・全長:約11.4m
・全幅:約2.5m
・全高:約3.4m
・乗員:5名
・最高速度:約90km/h
・8輪車両一体型
・砲弾の自動装填補助あり
・火力戦闘指揮統制システムとの連接を前提
俺は一度読んだ。そして、二度見してもう一度読んだ。
「……九十だって?」
「何がです?」
「最高速度だよ、ここのさ」
「書いてありますね、たしかに」
「大砲がだぞ?」
「大砲がですぅ♡」
「お前に聞いてねえわ」
気になりすぎて、ひなたへ電話することにした。四畳半の窓の外では、昼前の車が住宅街を抜けていく音がした。こっちは畳の上、向こうは現役の職場。俺だけがスマホ片手に、異世界へ大砲を持っていく前提で質問している。冷静に考えれば相当おかしいが、そこまで考えると話が進まないので考えないことにした。
『もしもし』
「九十って何?」
『......まずは、挨拶してください』
「おはよう。で、九十って何?」
『わかりますよね?最高速度です』
「時速?」
『他に何があるんですか』
「あのさ、もしかして高速とか乗れんの?」
『公開記事にも高速道路などを自走できるって普通に出てるでしょ!訓練始まるんでもう切っていいですか?』
俺は黙った。FH-70だって、まったく自分で動けないわけじゃない。補助動力装置があるから、陣地内で位置を直したり、自力で少し移動したりはできる。現役の頃は、それだけでも十分ありがたかった。重い砲が自分の力でじわじわ動くのを見れば、牽引砲なのにこいつ、健気なやつだとすら思う。
ただ、俺の中でそれはあくまで「牽引砲なのに自分でも少し動ける」だった。道路を長距離移動するなら牽引車がいる。人も大勢いる。撃つ場所へ着いたら、砲だけ置けば全部終わりというわけじゃない。十九式の「八輪の車両に砲が最初から載っていて、そのまま高速道路を走る」という話は、同じ“自走”の二文字でも別の生き物に見えた。
そして、画面の写真を見ているだけなのに、昔の訓練場の乾いた土や、砲の周囲を走り回った時の靴底の感触まで妙に蘇ってくる。火砲は撃つ瞬間は派手だが、その前後には地味な仕事が山ほどある。その面倒を一つずつ削っていった結果が、目の前の数字なのだと思うと、羨ましさの方が先に立った。
「……めっちゃいいじゃん、自走式!!」
『そこからですか?』
「いや待て。FH-70も一応自走できるんだぞぞ? APU使えば十六キロくらいは出るし」
『その自走と比べないでください』
「こっちは九十だろ!? 同じ“自走”って言葉で括るのおかしくない!?」
『19式は装輪自走砲ですから』
「牽引車どこ行った!?」
『いりませんね』
「ずるくない?」
『誰に対してですか』
「俺らの世代にだよ!」
電話を切る気になれず、そのまま俺は資料を拡大した。FH-70だってAPUで動く。陣地内での移動ならちゃんと役に立つし、「牽引砲なのに自分で走れる」というだけでも当時は十分ありがたかった。だが十九式は、その「自分で走れる」の意味が最初から違うのだ。
「いや、改めて考えるとさ。FH-70の自走って“お前、牽引砲なのに自分でもちょっと歩けるのか、えらいな”って感じなんだよ」
『装備を幼児扱いしないでくださいよ』
「十九式は“高速乗って現地集合します”だろ? 急に社会人になりすぎじゃね?」
『陸さん、意味が分かりません』
「牽引車どこ置くとか、誰が運転するとか、そういう前後の面倒が全然違うじゃん。撃つ前と撃った後が楽になるの、元特科からするとかなりでかいぞ」
『そこまで言うなら、最初からそう説明してください』
「最初は“めっちゃいいじゃん”が先に出た」
『子供ですか!』
「大砲の進化見てテンション上がらない元特科の方が怖いだろ!」
電話の向こうで、ひなたが明らかにため息をついた。
『黒田さん、もう三十二歳ですよね』
「そうだよ」
『戦前の砲兵みたいな愚痴やめてくれません?』
「三十二歳だって夢くらい見ていいだろ!」
ゼニスが後ろで笑いを堪えている。
「お前、笑った?」
「いえ」
「肩、揺れてんぞ」
「最新装備を見てはしゃぐ黒田さんが珍しくて」
「俺だって大砲見りゃテンション上がる時くらいあるわ」
「仕事は嫌いなのに?」
「仕事と大砲を一緒にすんな」
「一番特科っぽいこと言ってますねぇ♡」
さらにひなたが言った。
『乗員も五人いけます』
「……何人って?」
『五人』
「いや、待て待て。FH-70、牽引車の運転手込みで九人くらい見なきゃだろ?」
『省人化されてますよ』
「自分で走って、人減る。52口径。装填も補助される。情報も繋がる」
『はい』
「……俺の青春、全部面倒くさい方だけじゃん」
『これも時代です』
「その一言で俺を旧式に分類すんな!」
レグリアが巨大な承認印を出した。
バンッ。
【旧式おじさん】
「てめ、誰が押していいっつった!!」
「十九式、最高速度約九十キロ♡ 黒田さん、朝起きて布団を出るまで約二十分♡」
「比較軸が違いすぎるだろ!」
「機動力比較ですぅ♡」
「俺を最新型の装輪車両と比較すんな!」
ゼニスがぷっと吹き出した。
「お前、また今笑っただろ」
「いえ。黒田さんの最高速度を想像しただけです」
「お前まで乗るな!」
「寝起き時は時速〇・〇〇三キロくらいでしょうかね」
「神が人間の寝起きを速度換算するな!」
レグリアが二枚目の承認印を出した。
【低機動型中年元特科】
「追加で押すなぁぁぁ!」
「現役装備比較の結果ですぅ♡」
「監査対象俺じゃなくて大砲だろ!」
「黒田さんも十分旧式比較対象です♡」
「クソメスガキ監査女神ぇぇぇ!!」
ゼニスが胸を張った。
「でも、私は最新ですから!」
「はああ?お前は何の最新型なんだよ」
「女神です!」
「型番あんの?」
「ありません!」
「じゃあ黙ってろ、中古女神!!」
「何でぇ!?」
ひなたの声がスマホから続いた。さっきまで呆れ半分だった調子が、そこで少しだけ現役の隊員らしい硬さへ戻る。
『黒田さん、言える範囲だけになりますが、いつでも聞いてくださいね。19式は黒田さんが現役時代に身体で覚えた装備じゃないですから』
「分かってるよ。俺の身体に入ってんのはFH-70寄りだ。退職者に勝手にアップデート要求されても無理だ」
『でしたらいいです』
「お前、昔より厳しくなった?」
『誰のせいだと思ってるんですか? あ、訓練始まるんでいきます!』
ガチャ。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
午後、異世界へ戻ってから、俺はゼニスに19式の転送見積もりを出させた。数字を見た瞬間に閉じた。
「FH-70って、いい砲だよな――」
「早い!! 遠い目をしない!!」
「さっきまで『めっちゃいいじゃん自走』って言ってたじゃないですか!」
「愛で装備は借りられねえんだよ」
レグリアが端末を覗き込む。
「最新装備への愛、見積書一枚で終了――♡」
「お前は読み上げんな」
「車両本体♡ 燃料♡ 弾薬♡ 電子装置♡ 大質量世界間因果精算♡」
「やめろぉ! 項目ごとに刺してくんな!」
ゼニスが営業スマイルへ戻る。
「ですので、使用するなら必要最小限の時間だけ転送。使用後は即時返却を推奨します」
「……掃除したら安くなる?」
「原状復帰部分は」
「そこ重要なポイントだ。覚えとけ」
「あなたが覚えるんでしょ! でも、もう働く気になってます?」
「金のためならな」
ティアナは少し離れたところで腕を組み、俺とゼニスの見積もり交渉を最初から最後まで眺めていた。異世界の魔法使いに、現代の自走砲の整備費をどう削るか真顔で相談している元自衛官。改めて絵面を想像すると、俺自身でも何をやっているのか分からなくなる。
「普段働けって言われても死んだ魚みたいな顔するくせに、借金減るって聞くと急に目が生きるの何なの?」
「人間、目的があれば働けるんだよ」
「その目的が全部“働かなくて済むため”なのが終わってるわ」
なーんにも、否定できなかった。
【神界・追加ご請求】
・現代側通信及び公開諸元神界照合費 金貨2,000枚
・19式大規模転送事前見積査定費 金貨3,000枚
・南東神託異常観測継続補正費 金貨4,000枚
・現代/異世界情報持込整合処理費 金貨3,000枚
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今回加算 金貨12,000枚
今回加算・日本円換算 60,000,000円相当
前回繰越残高 金貨240,000枚
前回繰越残高・日本円換算 1,200,000,000円相当
暫定合計残高 金貨252,000枚
暫定合計・日本円換算 1,260,000,000円相当
「六千万……今日、大砲撃ってないんだけど」
「公開資料そのものは無料です。神界照合、世界間通信、転送見積の処理費です」
「ネットで見れる資料見て、見積もり取っただけで六千万?」
俺は請求書をもう一度上から下まで見た。
「……なあ。なんか最近、費用の桁狂ってねえか?」
「今さらですか?」
「いや前から高かったけどさ! 昔は金貨何百枚とか何千枚で『ふざけんな!』って言ってた気がするんだよ。最近、平気な顔で千万とか億とか出てくるじゃん!」
「大規模装備、世界間通信、認識阻害、因果補正と、扱っている処理そのものが大きくなっていますから」
「説明されると余計に怖えよ! 俺の生活規模だけ全然大きくなってねえぞ!」
「借金だけ順調に成長してますねぇ♡ 多重債務者おじさん♡」
「そこ育てた覚えねえわ!」
レグリアが請求書へ指を滑らせた。
「大砲に『めっちゃいいじゃん自走!』って感動した代金ですねぇ♡」
「感動税みたいに言うなクソ査定女神が!」
「なお感動そのものは非課税です」
「そこだけ現実的なのなんなの!」
十九式はまだ一発も撃っていない。なのに、知っただけで六千万増えた。普通にネットで調べりゃよかった。
「……FH-70って、やっぱ安らぐな」
「装備を実家みたいに言わないでください」




