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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#30 三口で死にそうな古竜を拾った(正式名称:蒼晶古竜救出及び広域観測能力保全作戦)

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第114話 頑張れ! 諦めるな! 俺は下で見てる!

 翌朝。89式も64式も整備して現代側へ戻してある。

 つまり、今この瞬間だけは認識阻害維持費ゼロだ。


「……平和だなあ」

「請求が発生してないだけで平和判定するのやめてください。昨日まで九億超えてた人の感想じゃありません」


 神界の光からゼニスが現れた。

 白いブラウスは胸元がいつもより明らかに深く、黒いタイトスカートも昨日までより短い。薄い黒ストッキングに細いヒール。上着は肩へ掛けているだけで、山へ行く格好としては完全に何かを間違えていた。


「……山行くんですけど、何その格好」

「本日は広域観測支援と現地監査です。機動性、視認性、神格としての威厳を総合的に――」

「いいか、もう一度言う。”山に行く”んだぞ?」

「はい」

「その靴でかぁ?」

「……神術で補助できます」

「だったら最初から歩きやすい靴履けよ。あと胸元、虫入って刺されるぞ」

「そこですか!? もっと、こう……あるでしょうが!?」

「転んだらミルネの仕事増えるから着替えてこいバカ女神が」

「女としての感想は!?」

「山に女の感想持ってくんな。朝から面倒くせえなあもう」

「冷たぁぁぁぁぁい!!」


 ゼニスがその場で膝から崩れかけた。

 横でティアナが頭から足まで眺める。


「ゼニス、今日、かなり攻めてない?」

「ただの業務衣装です!」

「昨日より布面積が明らかに減ってるわよ」

「観測効率です!」

「はあ?何を?いや誰に観測させたいのよ」

「ティアナさんまでぇ!」

「いや、私でも分かるわよ。あんた今日ちょっとおかしいって」

「何もおかしくありません! 広域観測という重要任務に相応しい、かんっぺきな衣装です!」

「かんっぺきなら山でヒール履くなよ、ファッション勘違い女神が」

「黒田さんは黙っててください!」


 朝からうるさい。


「行くぞ。風上がる前に終わらせたい」

「だから無視するなぁ!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 昨日の試験観測で、南東の魔力が一定間隔で曲げられていることまでは分かった。


 今日はシルフィアの固有スキル【晶界測距(クリスタル・レンジ)】で、その位置と間隔を絞る。

 昨日みたいに長く飛ばすつもりはない。欲しい場所だけ見てもらい、限界が来る前に降ろす。それで十分だ。


「昨日より低く飛べ。時間も短くていい。欲しいのは距離と間隔だけだ。全部見ようとしなくていい」

『分かりました。昨日よりは体も軽いです』

「その台詞、昨日も似たの聞いたから信用半分な」

『ひどいです……』

「じゃあ五割引きで応援してやる」

『応援まで値引きしないでください!』


 シルフィアが翼を広げる。


「黒田さんも来てくださいます?」

「下からな」

『一緒には飛ばないんですか?』

「俺、人間。飛べねえもん」

『(私に乗ればいいのでは)では、応援だけ……?』

「観測補助もする。応援は無料だから多めに付けとく」

『節約する場所、そこなんですね……』

「神界が何でも課金するから、無料のものは大事にする主義になった」


「こらぁぁ!私たちのせいみたいに言わないでください!」


 ゼニスが下から叫ぶ。


 シルフィアがふわりと上がった。


『南東。一つ目……山裾の先。二つ目、そのさらに奥。昨日見た場所と同じです。間隔も、ほぼ一定……』

「高さは無理して上げなくていい。見える範囲だけで測れ」

『はい。三つ目……少し右。四つ目は……待ってください』


 ティアナが目を細める。


「自然に曲がってる感じじゃないわね。何かに沿ってる」

「俺もそう思う。間隔が揃いすぎてる。自然ならもう少し崩れるだろ」


 レグリアの巨大承認印が途中で止まった。


「……その配列、神託系処理に似ています」


 今日はメスガキ感♡が消えていた。


「神界?」

「断定はできません。ですが、自然現象として片づけるには規則性が高すぎます。誰かが流れへ手を入れている可能性はあります」

「誰か、ねえ……」

「今の段階で名前を出すのは早いです」


 珍しくレグリアが先に釘を刺した。


 その時、フェンナが低く唸る。


「ボス。林に三体いるワン。昨日みたいに、こっちが動くの待ってる」

「昨日の奴らと同じ臭いか?」

「少し違う。でも、こっち見てる感じは同じワン」


 嫌な言い方だった。


「89式は?」

「現代側です」


 ゼニスが答える。


「じゃあ一丁だけ呼べ。64式はいらんぞ」

「必要最低限ですね。昨日より学習しています」

「九億超えの請求書見せられりゃ猿でも学習するわ」

「自分を猿側へ入れないでください」

「人は十二億見えてくると謙虚になるんだよ」


【物資転送(トランスポート):89式小銃 一丁】

【認識阻害《コグニティブ・ジャミング》:短時間起動】


 扱いなれた89式5.56mm小銃が手元へ来る。


 レグリアが端末を覗いた。


「一丁だけ♡ 昨日まで二丁持ちっぱなしだった人が成長しましたねぇ♡」

「うるせえ。褒めるなら普通に褒めろ」

「では普通に。遅いです」

「やっぱ黙っとけ」


 未精算獣が動く。


 俺が89式を構えた瞬間、また視界に表示が浮かんだ。


【特性即応(クイック・レスポンス):戦闘判定成立】

【即日レベルアップ《インスタント・レベリング》:小規模起動】


「くっそお、やっぱまたかよ!」

「だから直接撃てば起動しますって昨日説明しました!」

「知ってるよ! 知ってるけど毎回腹立つんだよ!」

「システムへ感情で抗議しないでください!」

「請求書が感情に直撃してくんだよ!」


 ティアナが小さく風を流す。


「右へ流すわ。大きくは動かさない。シルフィアの降下場所は残す」

「それでいい。フェンナ、一体だけ押せ。追いすぎんな」

「了解ワン!」


 灰色の一体が風を嫌って横へ動いた。


「そこだけ空いた。撃つぞ!!」


 パァァァーーーーン......!

 乾いた銃声が林際へ走る。


 一体が向きを変え、もう一体が斜面へ逃げる。


「倒し切らなくていい! シルフィアの帰り道だけ空けろ! こっちへ寄せるな!」


 フェンナが横から飛び込み、爪ではなく肩で一体を押した。


「押すだけワン!」

「それでいい! 今日は討伐会じゃねえ!」


 ティアナが鼻で笑う。


「昨日よりちゃんと節約してるじゃない」

「敵まで節約対象みたいに言うな」


 上空からシルフィアの声が落ちる。


『黒田さん、四ヶ所目だけ違います。流れが……こちら側へ少し向いています』

「位置だけ取れ。全部追わなくていい」

『もう少しだけ見えそうです』

「昨日の『もう少し』で落ちかけただろ。今日はそこで終わりだ」

『……はい』


 昨日より素直だった。


「えらいぞ、シルフィア」

『なんか、私の事子供扱いしてません?』

「昨日より話聞いてるから褒めただけ」

『では、もう少し褒めてもらっても……』

「降りてからな!」

『はいっ』


 声がちょっと明るくなった。数分後、シルフィアが無事に着地する。


「四ヶ所とも、ほぼ一定距離でした。ただ最後だけ……こちら側へ向きが変わっています」


 レグリアの顔から完全に笑みが消えた。


「……こちらを認識した可能性があります」

「観測されたから向こうも向きを変えた?」

「まだ断定はしません。ただ、昨日より偶然では説明しにくくなりました」


 ゼニスも衣装のことを忘れた顔で端末を見る。


「神託系記録と照合します。今日はここで切り上げましょう」


 場の空気が冷えていくのを感じた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 やどり木へ戻り、観測結果をまとめている横で、ルヴィアが俺の肩へ手を置いた。


「陸。やはりわたくしと結婚なさいませ」

「おい、何で観測報告から急に結婚に飛ぶんだよ」

「請求額が増えるたびに思うのです。あなたを放っておくと、本当に借金だけで人生が終わりそうですわ。わたくしなら財産も領地もございますもの」

「......でも卵三匹だろ」

「二匹から交渉可能ですわ!」

「子供を値引きみたいに言うな。しかも一匹減っただけじゃねえか!」


 モグも肉を食いながら手を挙げる。


「わらわも結婚してやるぞ、陸! 飯を毎日腹いっぱい食わせろ!」

「黙れデブ竜。お前は結婚じゃなくて永久食事契約だろ」

「何が違うのじゃ?」

「だいぶ違うわい!」


 リリアも当然のように手を挙げた。


「私が先だよね?」

「何でまた列できてんのよ?」

「だって私、前から言ってるし。お嫁さんでも愛人でもいいって」

「選択肢が雑なんだよ」

「じゃあ正妻がいい!」

「ランク上げんなってえ!」


 ティアナが額を押さえる。


「……ねえ。やっぱりおかしくない?」

「何が」

「黒田みたいな性格でこんなにモテるの。普通、もっとこう……優しいとか、格好いいとか、魔法がすごいとかあるでしょ?」

「あのさ、何度も言うが、竜にだぞ?」

「幽霊もいるでしょう」

「人間女性ゼロだからセーフだろ!」

「何がセーフなのよ!」


 そこへシルフィアが、小さく手を挙げた。


「……あの」

「どうした」

「私も……黒田さんとなら、結婚してみたいです」


 俺は止まった。

 モグも肉を噛むのを止めた。

 ルヴィアだけが何故か「来ましたわね」という顔をしている。


「え、何で?」

「黒田さん、そこから聞くんですの?」

「理由って、大事だろ」


 シルフィアは指先を合わせた。


「昨日も今日も、飛べなくなっても怒らなかったですし……私の観測を、ちゃんと役に立ったと言ってくださったので。弱いところも含めて戦力だって言ってもらえたの、初めてでした」

「……そこは普通じゃね?」

「普通じゃないです」


 シルフィアは少しだけ笑った。


「あと、私はあまり食べません」

「最後、嫁入り条件として強いの?」

「食費は安いと思います」

「モグの横だと誰でも安く見えるぞ」


 ルヴィアが立ち上がる。


「これで三竜結婚争奪戦開始ですわね!」

「何を数えとるんじゃ!!数えるな」

「三竜婚じゃ!」

「勝手にわけのわからん制度を作んな!」


 ティアナの顔が引きつった。


「ちょっと待って! なんでこのおっさん、腹も出てるし! 口悪いし! 働きたくないって毎日言ってるし! おならくさいし、タバコ吸うし!魔法だって風と視界補助くらいしか使えないのに、なんでこんなにモテてんのよぉ!? マジでおかしくない!?」

「さっきより悪口の解像度上がってない?」

「ぜぇぇぇんぶ、事実でしょうが!」


「でも黒田さん、今日ちゃんと指示してたよ?」

「リリア、今それ言わないで!」

「もしかしてさぁ、ティアナも陸のこと好きなの?」

「あんた何いってんのよ!! ち、違うわよぉぉぉぉぉ!!」


 顔が真っ赤になった。


「何でそこでそんな赤くなるんだよ」

「黒田は黙って!」

「俺の話なのに?」

「余計に黙って!」


 そこへ、さっきまで端末を見ていたゼニスが静かに顔を上げた。


「……ちょっと待ってください」

「今度は何」

「私、朝からずっと我慢してたんですけど」

「知らん」

「私が毎回用意してる、かんっぺきな衣装には全っ然見向きもしないくせに! 今日は脚も出した! 胸元だっていつもより攻めた! 朝から鏡の前で何回も調整したのに、感想が『虫入る』『転ぶ』『着替えろ』って何なんですか!」

「山だったから」

「てめぇ、まだ言うかぁぁぁぁ!!」


 ゼニスが肩から掛けていた上着を投げつけてきた。


「なんでドラゴンと幽霊ばっかりとイチャついてるんですかぁぁぁぁ! 私だって毎回あなたのために衣装選んでるんですよ! 神ですよ私! 神! 普通、女神が優先でしょうがぁぁぁぁ!!」

「いや、衣装選ぶの俺頼んでないけど、お前の趣味だろ」

「そこは『嬉しい』とか言うところでしょう!?」

「毎回請求書持ってくる女に色気感じろって難易度高くね?」

「誰の請求書だと思ってるんですかぁぁぁぁ!!」


 レグリアが目を丸くしていた。


「ゼ、ゼニス先輩……これは神界でもかなり希少なログですねぇ」

「記録したら殺しますよ、マジで」

「監査記録なので消せませぇん♡」

「消しなさぁぁぁぁぁい!!」


 ゼニスが追う。レグリアが逃げる。


 その後もルヴィアは卵を二匹まで減らすと言い、モグは朝昼晩と間食二回を要求し、リリアは「私が先」を譲らず、シルフィアは「私は一日少量で大丈夫です」と妙なところで対抗している。


 ティアナはまだ顔が赤い。


 ミャオがため息をつきながら言った。


「ほんと、なんで陸みたいにゃのが、もてるのかにゃあ」

「うるせえ!! 俺が一番理由知りてえわ!!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 騒ぎが落ち着いてから、89式を自分で清掃し、状態を確認して返却へ回した。


「今日も自分でやるんですね」

「三千枚減るんだろ?」

「はい」

「じゃあやる。千五百万だぞ」

「働きたくない人の労働単価だけ異常に高いですね」


【神界・追加ご請求】


・晶界測距広域観測補助費       金貨12,000枚

・南東魔力流神託系照合費       金貨10,000枚

・89式小銃緊急再転送費        金貨6,000枚

・短時間認識阻害維持費        金貨4,000枚

・即日レベルアップ小規模起動費    金貨4,000枚

・観測地点近接防護因果補正費     金貨8,000枚

・神託異常緊急監査接続費       金貨14,000枚

・89式自前整備・即時返却減額     -金貨3,000枚

─────────────────

今回加算               金貨55,000枚

今回加算・日本円換算         275,000,000円相当

前回繰越残高             金貨185,000枚

前回繰越残高・日本円換算       925,000,000円相当

暫定合計残高             金貨240,000枚

暫定合計・日本円換算         1,200,000,000円相当


※64式小銃は現代側へ継続保管。

※89式小銃は使用後、黒田陸による清掃・状態確認後に原状復帰済み。

※神界業務衣装費はゼニス個人負担です。


「十二億……昨日より節約したはずなのに」

「節約してこの金額なのが一番怖いですね」

「言うな。俺だって分かってる」


 ゼニスが但し書きを指差した。


「あと衣装代、一円も請求してませんからね!」

「そこだけは偉い......でもお前の趣味コスプレ代だろうが」

「そこだけぇ!? 今日の私、もっと評価項目あるでしょう!」

「山で転ばなかったかな?」

「安全評価じゃなくてぇぇぇ!」


 レグリアが小さく笑いかけた。

 その直後、南東の記録へ視線を戻す。

 笑みが消えた。


「……黒田さん。流れがまた変わりました」


 こちらが観測していた場所から、わずかにずれている。


「偶然じゃない?」

「昨日なら、そう言えたかもしれません」


 シルフィアが窓の向こう、南東を見た。


「……見返されています」


 さっきまでの騒ぎが、一瞬で消えた。

 俺は煙草をくわえたまま、火をつけなかった。

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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