第112話 食え。いや食べられないんです……
シルフィアの食事は、モグと正反対だった。
一度に大量に食べさせると顔色が悪くなる。そこでミャオとミルネが、少量を何度も食べさせる方式へ切り替えた。
「これを半分だけにゃ」
ミャオが小さな肉まんを皿へ置く。
現代から少量だけ持ってきたものを、異世界食材で再現した試作品だ。
「はあ、いい匂いですね……」
「ゆっくりでいいから、しっかり噛んで食べるにゃ」
シルフィアは半分食べて、満足そうに息をついた。
「……おいしいです。でも、もう十分です」
「おい、まだ半分じゃぞ!?じゅるり」
モグが椅子から立つ。
「座れデブ竜。お前の胃袋を他人様に押し付けんな」
ルヴィアは切った断面を見た。
「肉汁の量が少々足りませんわねえ」
「お前は味だけ見てろ」
「美食でも、ある程度の量は重要ですわよ!」
三竜が同じ卓にいるのに、食事量が鍋、小皿、半分の肉まんで完全に分かれていた。
そこへゼニス。
今日は白いシャツに淡い橙色のエプロン、膝上までのスカート。髪を横でまとめ、手には栄養計算表。
「本日は食事適合と栄養――」
「今日はカフェ店員か? そのエプロン、神界マークまで刺繍して完全に制服じゃん」
「栄養管理担当です! 食事適合を見るなら、現場に馴染む衣装の方がいいでしょう。それに……ほら、可愛いでしょう?」
「油跳ねても洗いやすそう。実用性は高いな」
「そこじゃない! なぜ毎回、女として褒めるルートだけ器用に避けるんですかあなた!」
ゼニスが一瞬むっとした。
最近、服の感想を求める圧が少し強い気がする。
俺は面倒なので見なかったことにした。
ティアナが指を鳴らす。
「黒田さ。シルフィアの食事が終わったら魔法訓練。今日は風と視界補助まで進めるわよ」
「病人置いて修行って、人としてどうなの。俺ここで見守るべきじゃない?看病してあげなくちゃ!」
「何よその偽善行為。ミャオとミルネが見てるって。あんたが横にいても肉まんの減りは早くならないでしょ」
「じゃあ銃を戻す相談とか、窓のサッシについたホコリを眺める仕事が――」
「ゼニスがいる。認識阻害の話も全部聞いてる。あと最後のどうでもいいの何よ!」
「……俺の逃げ道、いつの間に組織的に封鎖されたの?」
「昨日、匍匐で逃げた時点で全員が学習したのよ。いやもっと前からかしら」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
裏手の空き地。
ティアナが小さな光球を浮かべた。
「昨日みたいに火へ直接行くから失敗するの。今日は感覚を分ける。まず風を試すわよ」
「風なら分かる。魔法じゃなくても、煙の流れ、草の倒れ方、木の葉の揺れでだいたい見る癖がついてる」
「今日はその癖を捨てなくていい。むしろ使うの。いつも外から拾ってた情報を、魔力で少しだけ強調する感じ。『風を起こす』じゃなくて『今ある風を読みやすくする』」
「それなら話が早い。ゼロから火を作るより、よっぽど仕事っぽい」
「魔法を仕事へ翻訳すると急に理解が早いの、ちょっと腹立つわね」
言われた通りにやる。派手な風は起きなかった。
ただ、頬に当たる空気の方向が妙にはっきりした。
「……これか? 右頬だけ空気が冷たい。さっきより方向がはっきり分かるぞ?」
ティアナが目を細める。
「ふーん、できてるじゃない。出力は弱いけど、補助としては十分。昨日、火すらまともに出せなかった人と同じとは思えない」
「向きと距離なら仕事だったからな。知らん感覚を新しく作るより、昔の癖に足す方が楽だ」
「それ、最初から言ってくれれば教え方変えたのにさ!」
しばらく反復して、次にやったのは視界補助魔法の使い方だった。
遠くの木の輪郭がわずかに鮮明になる。
「お、なんかこれも使えるぞ?」
「なんで攻撃魔法は全然駄目なのに、距離、風、視界みたいな砲兵に都合のいい魔法だけ一回で形になるのよ、いろいろ順番すっ飛ばしてておかしいでしょ!」
「必要に迫られると人は成長するんだよ。これ覚えれば、89式を置きっぱなしにする日が一日でも減るかもしれん」
「結局、認識阻害の維持費を払いたくないだけでしょうが!」
「十分立派な学習動機だろ。金が減る痛みは忘れにくいもんだ」
「教育者としては褒めたくないけど、続くならもうそれでいいわよ!」
そんな話をしていると、魔王アルヴィナがいつの間にか肉まんの横へあんまんを並べていた。
「あんこ入ってる!これ!!」
「魔王か、お前いつ来た」
「これ外交用?」
「今日は飯用」
「ね、黒田ぁ、外交にしてよ!」
「菓子食うたび外交案件増やすなって!!」
ベッドの窓から見ていたシルフィアが小さく笑った。
その笑い方は昨日より少し元気だった。
ルヴィアが俺へ寄る。
「魔法を覚えるまで、認識阻害費くらいわたくしが出して差し上げてもよくてよ。夫婦共有財産ですもの」
「もう夫婦になってんの?」
「ま・だ、予定ですわ。でも式の日取りは考えませんとね――招待客でしょう?場所と新婚旅行の宿も――」
妄想が広がっていたので無視していると、モグも手を挙げる。
「わらわは金はいらぬぞ。飯だけでよい」
「デブさ、その飯代が一番怖えよ」
リリアが笑顔で割り込む。
「私はお金なくても平気だよ。食費もほぼゼロ!」
「幽霊の省エネ性能で婚活すんな」
ティアナが三人を見回した。
「……ねえ、前から薄々思ってたんだけど。あんたみたいな性格と生活態度で、なんで結婚したいって言う相手が何人もいるの? 普通におかしくない?」
「だからあ、まず内訳を見ろ。竜だぞ?」
「あと幽霊もいるでしょう。種族を理由に人数から外すのは違うでしょ」
「お前まで律儀に加点すんな。そいつらモテ人数ランキングに入ってねえだろ」
ティアナは何か言いたそうに口を開いたが、結局「ふん」とだけ言って顔を背けた。
耳が少し赤いような気もした。たぶん、気のせいだろう。
【神界・追加ご請求】
・現代食少量搬送及び適合費 金貨2,500枚
・蒼晶古竜栄養管理補助費 金貨2,000枚
・初歩魔法訓練世界間記録費 金貨1,500枚
・小火器認識阻害継続費 金貨3,000枚
・原状復帰準備処理費 金貨3,000枚
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今回加算 金貨12,000枚
今回加算・日本円換算 60,000,000円相当
前回繰越残高 金貨138,000枚
前回繰越残高・日本円換算 690,000,000円相当
暫定合計残高 金貨150,000枚
暫定合計・日本円換算 750,000,000円相当
「戻す準備だけで千五百万?」
「戻す位置、時間、状態を合わせる準備です」
「駐車場から出庫するだけで整備費取られてる気分なんだが?」
ゼニスがエプロンの裾を整える。
「でしたら魔法を覚えてくださいね」
ティアナが笑った。
「ほら、神様も言ってる」
「お前らだけ仲良くなるなよ」




