第111話 古竜が三口で満腹ってどういうことだ
移動式やどり木の試験運用から二日後、フェンナが道中、妙な臭いの痕跡を拾った。
「なんだか、強い竜の臭いがするワン。でも、すっごく弱ってるワン」
「それ、強いのか弱いのかどっちだよ」
「竜としては強い。でも今は弱いワン」
「なるほど分からんわ」
臭いのする方向に向かうと、低い岩山の陰に、その女は倒れていた。
淡い青緑の髪。細い身体。肌の一部に水晶みたいな鱗が浮いている。
モグが珍しく飯の話以外をした。
「こやつ、古竜じゃぞ。それも、わらわたちと同じくらい古い匂いがする」
ルヴィアもしゃがみ込む。
「ええ。血は濃いですわね。ただ、この消耗は普通ではありません。魔力も体力も、底が見えるほど減っていますわ」
俺は万が一のために持ってきた89式を背負い直した。64式は予備として荷車側へ置いてある。
「竜の家系図はあとでやれ。まず運ぶぞ。強い血だろうが何だろうが、倒れてる奴は飯と水と寝床が先だろ」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
やどり木へ戻ると、”本日のゼニス”が待っていた。
白衣。中は淡い水色のニットと細身のスカート。首から聴診器みたいな神具を下げている。
「その白衣と聴診器みたいな神具、今日は完全に獣医じゃん」
「違います! 古竜保護事案の状態確認制服です。対象が竜だからって獣医扱いしないでください!」
「そんな大げさな言い方したって、やってること健康診断だろ。モグもついでに診てもらえ」
「わらわは元気じゃ! 腹も減っておる!」
「見れば分かる。診察より先に食料庫の残量が心配になる程度には元気だから、てめーの胃袋診察してもらえってんだよ」
寝台の上で、女が目を開けた。
「……ここは――?」
「宿屋です。お名前は?」
「わ、わたし......シ、シルフィア……シルフィア・エルヴェインです」
声も細くて、息を吹けば飛びそうなくらい軽い。
ミルネが少しずつ水を飲ませ、ミャオが薄いスープと柔らかい肉を用意した。
「無理しなくていいにゃ。少しずつ食べるにゃ」
シルフィアは礼を言い、三口食べた。
そして匙を置いた。
「……ごちそうさまでした。もう、お腹いっぱいです」
モグとルヴィアが同時に立ち上がった。
「「古竜が!?」」
「お前ら、古竜代表みたいな顔すんな。食う量なんて個体差あるだろ」
「三口じゃぞ!? わらわなら味見にもならぬ!」
「三口ですわよ!? 前菜の存在確認で終わりますわ!」
「言い換えてるだけで二人とも同じこと言ってるからな?」
シルフィアが困ったように笑う。
「私、昔から、あまり食べられなくて……」
「こやつ病気じゃ! 食欲がない古竜など、わらわは認めぬぞ!」
「ええ、少なくともわたくしたちの常識では考えられませんわ。そんなの古竜の胃袋ではありませんもの!」
「お前ら二匹の胃袋を種族標準にしたら、世界中の食料庫が先に絶滅するわ」
ゼニスが端末へ入力している。
「摂食量、標準古竜比――」
「標準古竜って誰になるんだ?」
ゼニスの視線がモグへ行った。
「お前......それ標準にしたら世界終わるぞ?」
ルヴィアがシルフィアへ身を寄せる。
「安心なさい。この陸という人間に良い物を作らせればよろしいですわ」
「えっ、俺が作るの?」
「あなた、私の結婚後の家庭料理担当ですもの」
「まだ結婚してねえよ!いや違った。結婚する予定もねえぞ!!」
ルヴィアは当然のように続けた。
「わたくしと結婚すれば、89式だの64式だのの維持費など気にしなくてよくなりますわ。領地も財産もありますもの。以前から卵の数については三匹を希望しておりますけれど」
「シルフィア初日なんだから、生々しい卵の話とかすんなって!」
モグが鍋を抱えたまま手を挙げる。
「飯を食わせてくれれば、わらわも結婚してやるぞ、陸!」
「黙れデブ竜」
「なんじゃとおおっ!」
壁からリリアが顔を出す。
「待って。もし本当に結婚の話を進めるなら、私が先だよね? 前からずっと言ってるし」
「だから何の順番だよ。俺の知らないところで受付番号配るな」
「お嫁さんの順番だよ!また照れちゃってぇ......」
「誰が照れてるかぁ! 知らん間に列を作るな! しかもいつ受付開いたんだよ!」
シルフィアは三人を見て、少しだけ目を丸くした。
「……黒田さん、ずいぶん人気なんですね。起きたばかりなのに、結婚の話が三方向から聞こえました」
「オマエな、内訳見ろ。竜二匹と幽霊だぞ。人間社会のモテ判定へそのまま入れていいのか分からんだろ」
「でも、三人が黒田さんと一緒にいたいと思っているのは同じですよね」
「起き抜けに妙なところだけ本質突くな。数えなくていい。あと数え方が違う。二匹と一体の死体だ」
今日のゼニスがなぜか白衣の襟を直した。
「……女神もいますけど」
「は!?何?」
「いえ、業務の話です!」
「今何も業務じゃなかっただろうが!」
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夕方。
ゼニスが端末を見て真顔になった。
「黒田さん。89式と64式、本来は今日一度戻す予定でした」
「シルフィア運ぶのに予定狂ったな」
「責めてはいません。ただ、料金だけではなく長期化そのものが心配です。認識阻害で現代側の違和感をぼかせる範囲にも限度がありますので」
「あと一晩は頼むわ」
「必要なら。ただし明日は判断してください」
ゼニスが金の話以外で止めに来ると、俺もさすがに茶化しづらい。
「……分かった」
【神界・追加ご請求】
・蒼晶古竜緊急保護因果安定費 金貨4,000枚
・古竜状態照合及び救護適合費 金貨3,000枚
・小火器二丁認識阻害延長費 金貨4,000枚
・移動式やどり木保護区画拡張費 金貨3,000枚
・異常域緊急搬送補正費 金貨4,000枚
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今回加算 金貨18,000枚
今回加算・日本円換算 90,000,000円相当
前回繰越残高 金貨120,000枚
前回繰越残高・日本円換算 600,000,000円相当
暫定合計残高 金貨138,000枚
暫定合計・日本円換算 690,000,000円相当
「六億九千万ってさ……あれ?おかしいなあ」
ルヴィアが優雅に茶を飲む。
「なーに、結婚しちゃえば解決ですわ!」
モグが鍋を抱える。
「飯なら毎日頼むぞ!」
リリアが手を挙げる。
「私は場所取らないよ!」
「お前ら、借金相談を嫁面接に変えるな!」




