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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#29 客が来ないなら店ごと行くにゃ(正式名称:移動宿泊給食拠点構築及び前線運用)

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111/130

第110話 移動式宿屋、初出勤でいきなり襲われる

 移動式やどり木の初試験は、王都西の避難集積地で行うことになった。

 大きな荷車を連結し、炊事区画、寝台、救護場所、保存庫を積む。豪華さはないが、ミャオは朝から妙に機嫌がよかった。


「怪我人は右、飯は中央、寝床は奥にゃ! 酒は治ってからにゃ!」

「お前、宿の中だと軍曹みたいだな」

「誰のせいで慣れたと思ってるにゃ!」


 今日のゼニスは、紺色の作業服に白い反射帯、腰にはポーチ。髪も高い位置でまとめ、珍しく実用一点張りだった。


「黒田さん、今日は衣装に何も言わないんですね。いつもなら一言くらい余計なことを言うでしょう」

「作業服は普通に似合ってる。前線で動くなら、今日みたいなのが一番まともだろ」

「……そうですか。では、業務上の装備適合評価として受け取っておきます」


 いつもならぴーちくぱーちくうるさい女神が、妙に静かになった。


「何だよ。服褒めただけで、なんで急に処理落ちしてんのよ」

「処理落ちしてません! たまに普通のこと言われると調子が狂うだけです!」


 なぜ怒る。

 レグリアは逆に真っ白な監査服のまま来た。

 当然、入口でミャオに止められた。


「レグリア、そこで止まるにゃ。靴の泥、落としてから入るにゃ」

「私は神ですけど? しかも世界整合管理局所属の監査官で――」

「神でも監査官でも、床汚したら掃除するのはミャオにゃ。落とすにゃ!」

「……はい」

「神界の規則より宿屋の床規則に弱いじゃん。魔王より攻略早かったぞ」

「黒田さんは、自分も禁煙で追い出される予定なの忘れないでくださいね」


 俺が笑った直後だった。

 外周からフェンナの声が飛んだ。


「ボス! 臭い変わったワン! 林からいっぱい来る!」


 笑っていた空気が一枚剥がれた。

 俺は荷車の外へ出た。

 未精算獣。灰色の輪郭が低い丘の向こうから次々に出てくる。距離が近い。避難民もいる。


「こりゃ、砲の展開は無理だな」


 俺は、89式5.56mm小銃を手に取る。

 退官してかなりたつのに、この銃が手に馴染む感覚だけは、異世界へ来ても変わらなかった。


「アレクシス、正面の群れを全部倒そうとすんな。宿から離せればいい。追いすぎるな。ロイドは荷車の横を抜ける奴だけ見ろ。シェリア、魔法は人の列と逆へ流せ。ティアナは大きいのを二発残せ。あとで嫌なのが来るかもしれん」

「黒田さんは?」

「俺は抜けた奴だけ見る。ここは射線が狭いから、味方が前へ出すぎると撃てん」


 勇者アレクシスが聖剣を抜く。


「じゃあ正面は押し返します。倒しきらなくていいんですね」

「それでいい。今日の勝ちは魔物の死体の数じゃない。店と人間が残れば勝ちだ」


 土を蹴る音が重なった。

 ザザッ、ガッ、ドォン――!

 アレクシスが一体を斜面へ押し返し、その横から二体が抜ける。ロイドが片方の脚を払った。


「もう一体、荷車方向に行くぞ!」


 「わかってる」と、言いかけてやめ、俺は位置を変えた。避難民の背中が射線に入ったため、まだ撃てない。


「ミャオ! 中の人間、奥へ寄せられないか! 銃が撃てねぇ!!」

「三十秒ほしいにゃ!」

「ロイド、三十秒だけ荷車側を閉じろ! 倒さなくていい、近づけるな!」

「お前なあ!注文が無茶なんだよ!」

「知ってるけど、なんとか頼むぜ!」


 ロイドが土壁を立てる。

 灰色の獣がぶつかり、土塊が砕けた。破片が雨のように飛ぶ。

 俺は低い姿勢のまま別の角度へ回る。今度は射線が開いた。

 乾いた銃声が数発、連続して林際へ走る。

 獣の動きが止まり、アレクシスがそこへ踏み込んだ。


「これなら押せます!」

「いいぞ押せ。だが、追うな!」


 その時、救護区画から悲鳴。

 兵士が一人、血を流して運び込まれていた。

 ミルネは耳を震わせながらも、声は別人みたいに強く、てきぱきと動き始めた。


「さあ、そこへ寝かせて! 服を切って治療します! 水は一気に飲ませるとショック状態になるから、最初は口を湿らせるだけですよ!」


 さっきまで砲声で泣いていた兎と同じとは思えない。


「……さっきまで砲声で耳押さえてたのに、怪我人入った瞬間は別人だな。ちゃんと仕事できんじゃん」

「褒めるならあとでお願いします! 黒田さんは外を見て、次が来ないか確認してください!」

「はいはい邪魔して悪かった。現場入ったら一番強いの、こいつかもしれんなあ」


 悪気はなかったが、怒られた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 最後の一体が林へ引いた時、追う者はいなかった。

 宿は残り、飯の鍋も倒れていない。

 負傷兵も寝台で息をしている。戦果としては十分な出来だ。


「よしよし、今日は89式もちゃんと使ったし、昨日までの維持費を少しくらい回収した気分になっていいだろー」


 俺が言うと、ゼニスとレグリアが同時にこちらを見た。


「何も取れてません。弾薬も使っていますし、使用したから維持費が返金される制度はありませんよ?」

「そもそも兵器で『元を取った』って考える時点で家計感覚が壊れてますぅ♡ 感覚ざっこぉ♡」

「昨日まで一発も撃ってねえのに金だけ取られてたんだぞ! せめて気持ちくらい黒字にさせやがれ!」

「だからって撃てば黒字になる仕組みじゃありません! 赤字です!!」


 俺はイライラして煙草を出した。


「陸、外いくにゃ」


 ミャオ。


「もう外じゃんか」

「客の風上にゃぞ」


 ミルネも来る。


「もう少し離れてください!」

「戦ったあとくらい吸わせろよ!」

「戦ったあとだから肺を休ませてください!」


 レグリアがにやにやした。


「ぷぷぷ、ざまあですぅ♡」


 俺はレグリアの足元を見る。


「お前さ、泥落とした?」

「……」


 白い靴にまだ泥が残っている。ミャオが指差した。


「レグリア、もう一回外にゃ」

「私もですか!? 女神なのに!?!?」

「ざまあみやがれ」

「黒田さぁぁぁん!」


【神界・追加ご請求】


・移動式やどり木試験運用適合費    金貨5,000枚

・避難民保護領域因果安定化費     金貨4,000枚

・89式小銃戦闘使用精算費       金貨3,500枚

・認識阻害継続維持費         金貨2,500枚

・救護区画緊急拡張費         金貨3,000枚

・未精算獣近接戦闘補正費       金貨6,000枚

─────────────────

今回加算               金貨24,000枚

今回加算・日本円換算         120,000,000円相当

前回繰越残高             金貨96,000枚

前回繰越残高・日本円換算       480,000,000円相当

暫定合計残高             金貨120,000枚

暫定合計・日本円換算         600,000,000円相当

※移動式やどり木は戦闘兵器として登録されていません。

※店内禁煙規則は神界管轄外です。


「六億……」

「陸、帳簿の話は外でやるにゃ。客が寝てるにゃ」

「はい」


 ゼニスもレグリアも黙って外へ出た。

 ここでは、神より宿屋の店主が強かった。


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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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