第108話 結婚すれば借金消えると思った。だが、卵三匹は聞いてない
移動式やどり木の見積もりは、二日目にして俺の想像していた「ちょっと大きい荷車」から完全に別物になっていた。
水道二系統に炊事設備。保存庫。簡易寝台。救護区画。泥落とし。予備車輪。防護板。
そして俺の一言で追加された、89式と64式の小火器保管区画。
「……なあ。昨日は89式一丁だったよな。何で今日、しれっとロクヨンまで増えてんのさ?」
「陸が『移動拠点なら予備はいる』って言ったにゃ。ちゃんと帳簿にも残ってるにゃー」
「俺が? 昨日の俺、余計なこと言いすぎだろ。誰か止めろよ」
「昨日も今日も同じ本人ですわよ。過去の自分を別人格みたいに扱わないでくださいまし」
ルヴィアが呆れた顔をした。
64式は俺の主力だったわけじゃない。俺がいた頃でも、もう一世代前の古参だ。それでも見覚えはあるし、触って分解清掃した経験もある。最新装備を何でも分かった顔で扱うよりはよほどマシだった。
そこに神界の光が降りる。
今日のゼニスは淡い金色のジャケットに白いワンピース、腰には細いリボン。手にはタブレット型の契約端末と、なぜか造花のブーケ。
「おはようございます。本日は資金計画と契約条件の――」
「……今日は結婚式場の営業レディ?」
「違います! 本日は資金計画と契約条件の確認です。投資契約と人生設計を包括的に扱うための装いで――」
「ブーケ持って『人生設計』って言った時点で、もう式場側なんだよ。俺の人生設計まで勝手にパック商品へ入れるな」
「黒田さんの人生、放置すると計画欄が全部『その日暮らし』になるでしょうが!」
横からレグリアの巨大な承認印がぬっと出た。
「でも今日の議題、だいたい結婚ですよぉ♡」
「はあ?お前いつの間に来たクソ査定女神。気配消して人の維持費数えてんじゃねえぞ」
「ふふっ、監査開始からいましたぁ♡ 89式一丁、64式一丁、弾薬少々。現代側は本日も認識阻害継続中。昨日ほとんど撃ってないのに、持ってるだけで料金だけは元気に積み上がってまぁす♡」
「まーた嬉しそうにまぁ。朝イチでその報告やめろ。目覚まし時計より精神に悪い」
「日額ですから朝が一番分かりやすいんですぅ♡ 今日も無事、武器だけ働かず維持費だけ出勤♡ 無駄乙♡」
「嫌なタイムカード作るな!」
ミャオが見積書を差し出した。
「あと、防護板を厚くした分と救護用寝台で、予算が増えたにゃよ」
「この防護板追加、誰だよ。金額が一桁増えてるじゃねえか」
「陸、お前にゃ。『避難民乗せるなら薄い板で安心した気になるな』って熱く酒飲んで言ってたにゃ」
「うわあ……俺じゃん。内容まで俺っぽいから言い逃れできねええええ」
「そこだけ潔いですわね。借金についても同じ速度で認めればよろしいのに」
ルヴィアが椅子へ腰を下ろし、数字を一瞥した。
「ですから、陸は速くわたくしと結婚すればよろしいのですわ」
「まだ生きてたの、その結婚案。普通、数日放置したら自然消滅するだろ」
「あなたが財産額を聞いた直後に『結婚する?』と言ったのでしょう! あれを財力確認と呼ぶ人類は初めて見ましたわ!」
「俺としては資金調達可能性の確認だった」
「婚姻を融資審査の入口に使わないでくださいまし!」
ルヴィアは指を一本ずつ折った。
「ね、陸。広い巣。宝物庫。領地。食事はあなたが担当。子供は――三匹ほど欲しいですわね」
「……今、三匹って聞こえたんだけど。何が三匹かな?怖いけど、聞いていい?」
「竜ですもの。当然”卵”ですわ。もちろん将来的な希望ですけれど、三匹くらいなら賑やかでよろしいでしょう?」
「おいおいおい、待て待て待て。俺はいま移動式宿屋の設備投資と借金の話をしてたんだぞ。何で一行飛ばしたら竜と俺の家庭計画になってんだ」
「将来設計も大きな意味では設備投資ですわよ?」
「俺と子供を設備項目へ突っ込むなああっ!」
リリアが壁から半分だけ身体を乗り出して、二人の間に割り込んできた。
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!結婚するなら私が先だよね? ルヴィアより前から陸に『お嫁さんにして』って言ってるんだけど」
「おめーは死者の癖に何の順番を真顔で管理してんだよ。そこだけ妙に現世の制度へ寄せてくんなっての」
「死人でも未来くらいあるよ! 死んだからって、好きな人と一緒にいたいとか、そういうのまで全部なくなるわけじゃないんだからね!」
そこは少しだけ言葉に詰まった。
「……まあ、それはそうだけど」
リリアがにぱっと笑う。
そこへティアナが机を叩いた。
「......ちょっと待って。なんでよりによってルヴィアなのよ! ……別に私ならいいって意味じゃないけど!」
「最後の一文、自分で足す必要あったやつ?」
「おっさん、うるさい!」
レグリアが嬉しそうに端末を回した。
「古竜令嬢の財産目当て♡ 逆玉狙い♡ 生活力よわよわ♡」
「お前も結婚すりゃ分かるぞ」
「なんで私が黒田さんと結婚する前提なんですか!?」
全員がレグリアを見た。
「……は?誰がお前とって言った?」
「…………」
巨大承認印が止まる。
「いや、今のは一般論として! 監査対象から婚姻を示唆された場合の――」
「誰も示唆してねえって」
「もう! 黙ってください!」
ゼニスが口元を押さえた。
「レグリア、耳赤いですよ」
「ゼニス先輩はほんとに黙っててください!」
「監査官が勝手に自爆したにゃ にゃははははは」
「ミャオさんまでぇ!?」
その騒ぎの横で、俺は見積書の下へ書かれた小火器維持費を見ていた。
「……なあティアナ。昨日の魔法修行の話なんだけど、今日からって本気?」
「今日どころか今からでしょ、どー考えても。あんた、放っておくと『明日から』を百回繰り返すタイプでしょうが?」
「せめて飯食ってからにしようぜ。空腹だと魔力も出ない気がする」
「あのさ、さっき肉まん二個食べたの見てたわよ。逃げ道を食事へ偽装しないで」
「この魔女、監視厳しくない?」
「借金持ちのサボり癖を相手にするなら普通よ」
――この女、嫌なところだけ記憶力がいい。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
俺は、裏庭で初歩の着火魔法をやらされた。
「魔力を指先へ集めて、熱へ変えるの。火を作ろうとしすぎないでね。まず温度を上昇させる」
「こうか? 指先へ集めて、熱だけ意識する……」
指先から出たのは、火ではなく薄い煙だった。
「……ちょっと待って。何で最初に出るのが煙なのよ?」
「身体が慣れてる形へ寄ったんじゃね。例えば――ヤニの記憶」
「魔法の初成功を煙草へ寄せるなぁぁぁ! もっと夢のある失敗しなさいよ!」
ゼニスがブーケを抱えたまま端末を見る。
「現代装備維持費を下げるために魔法を覚える人、神界記録でも珍しいです」
「金が理由なら続くだろ」
「勤勉の入口が最低ですっ!」
【神界・追加ご請求】
・64式小銃追加転送費 金貨3,000枚
・小火器二丁認識阻害維持費 金貨4,000枚
・移動式やどり木防護設備適合費 金貨6,000枚
・救護区画世界間設計補正費 金貨4,000枚
・婚姻資産照会抑制処理費 金貨3,000枚
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今回加算 金貨20,000枚
今回加算・日本円換算 100,000,000円相当
前回繰越残高 金貨70,000枚
前回繰越残高・日本円換算 350,000,000円相当
暫定合計残高 金貨90,000枚
暫定合計・日本円換算 450,000,000円相当
※婚姻成立時の資産移転は本請求へ反映していません。
※卵三匹は査定対象外です。
「最後の一文、誰が頼んだ?」
ルヴィアが胸を張った。
「三匹は希望ですもの」
「お前かぁぁぁぁぁぁっ!」
レグリアが小さく笑う。
「返済能力より繁殖計画の方が具体的♡」
「お前、さっきの自爆忘れてねえからな」
「……次の監査へ移ります!」
チビ女神は、一目散に逃げた。




