第105話 勇者パーティ、ちゃんと戦うと普通に強かった
地上型の未精算獣が本格的に増え始めて三日目、王都西の避難路は二方向から挟まれた。北の森から三十前後。崩れた街道の東からも二十を超える灰色の影。避難民の列は谷沿いの一本道を移動中で、左右は斜面。大きな火力を落とせる余地は少ない。
俺は丘の上から地図を見下ろし、隣に立つアレクシスへ言った。背には、今日こそ調理器具扱いされたくないらしい聖剣ルクシオンが光を抑えて収まっている。
「最近お前ら、ファミチキ食ってるか、剣で肉焼いてるところしか見てなかったけど、本職はこっちだったな。普段の奇行で忘れかけてたわ」
『我への認識が最悪だ!』
背中の聖剣ルクシオンが先に怒った。
「お前は実績あるだろ。鉄板役」
『聖剣だと何度言えば!!』
「肉も焼ける聖剣鉄板」
『その機能を正式装備みたいに言うなああ!』
アレクシスが苦笑しながら剣を抜く。
「黒田さん。今日はちゃんと僕を勇者として見てもらいますからね」
「期待してるぞ。お前らが本職の勇者らしく前を片づけてくれれば、俺は後ろで抜ける奴だけ見てればいい。誰か一人が全部やるより、その方が安全だし早い。何より俺の労働量が減る。最後の理由が一番大事だ!」
「最後の一言で応援する気なくなりません?」
林の奥で枝が一斉に揺れ、今度は笑っている時間がなくなった。アレクシスが斜面を駆け下り、先頭の大型個体へ正面から入る。正面から来た大型個体が前脚を振り上げた瞬間、聖剣の光が弧を描いた。
ギィィン――ッ!
金属音に似た衝撃が谷へ響き、黒い爪が弾かれる。アレクシスは力任せに押し返さず、半歩だけ身体をずらし、後ろの避難路から敵の正面を外した。
「ロイド!」
「右はもう切った!」
ロイドの魔法が斜面へ走り、土壁が隆起する。後続の未精算獣が二群へ分かれた。シェリアの弦が乾いた音を返し、一射目に続いて二本の矢がほとんど間を置かず飛んだ。敵の脚、肩、首元へそれぞれ刺さり、避難路へ抜けようとする個体だけを正確に止めていく。
「三体、後ろへ回ります!」
「見えてる!」
エルミナが杖を地面へ突き、魔力図を展開した。
「核の位置が動きます! 胸ではなく左側面、三歩進むたび後方へずれる! アレクシス、今は斬っても外す!」
「オッケーだ!」
目の前に敵がいても、アレクシスは斬り急がなかった。仲間の情報を信じて《《待てる》》。核が剣の軌道へ重なる一瞬まで踏み止まれるのも、こいつの強さなのだろう。
「今よ!」
エルミナの声と同時に、アレクシスが踏み込んだ。
ズァンッ――!
聖剣の光が黒い胴を抜き、奥の灰色の核まで一息に割る。
「改めて……普通に強いな」
『当たり前だろうが!』
「剣の癖に喋る余裕まであるの腹立つわ」
俺は地図へ視線を戻した。勇者一行が正面を持ってくれるなら、俺は抜ける奴だけ見ればいい。
「ノエル、北側の後続」
「十七。うち五体が開けた畑へ出ます」
「そこなら火力入れられそうだ。避難列との距離は?」
「十分離れていますよ」
俺はゼニスへ短く言う。
「遠い五体にだけ、使うぞ――」
「ええ、費用は――」
「今読むな!」
「……分かりました」
珍しくゼニスが黙って端末を下げた。遠方で重い爆発音が連続し、畑へ出た群れが土煙の中で崩れる。近い敵は勇者一行、遠い敵は火力。どちらか一方で全部やろうとしない。シェリアが最後の一体を射抜いた頃には、避難民の列も谷を抜けていた。
「終わり!」
「陸、今度こそ終わりよね!?」
ティアナが泥だらけのローブで叫ぶ。
「言うなって。終わりって口にすると増える」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夕方。避難所の一角へ小さな鍋を置いた。中身は現代から持ち込んだおでん。
「これが……?」
「日本の冬にコンビニで売ってるやつ。今は時期外れだけど、レトルトっていうやつならある」
アレクシスが大根を箸で持ち上げた。しばらく見てから口へ入れる。
「……ああ......」
「大根で泣くなよ」
「泣いてないですよ! ただ、こういう普通のやつが来るんですよ。豪華な料理なら異世界でも食べられるし、むしろこっちの方がすごい物もある。でも、部活帰りとか仕事帰りとか、寒い日にコンビニへ寄って何となく買った大根って、当時は思い出にするつもりすらなかったんです。そういうものほど、戻れないと分かってから急に味まで思い出すんですよ」
声が少し低い。俺はからしの小袋を多めに渡した。
「ほら、これもつけろ」
「こんなに?」
「泣く理由を大根以外へ変えてやるわ」
「優しいのか嫌がらせなのか分かりませんよね?!」
横ではモグがおでんのつゆ汁を飲んでいた。
「これは飲み物か!塩気がきいていてうまいのう!陸」
「おいアホ竜。鍋ごと飲むな。お前だけ給水方法が家畜寄りなんだよ、あと皿をなめるな」
「大根よりも汁がうまい!」
「大根にも失礼だろ!お前は肉だけじゃなくて野菜を食え」
ルヴィアは最初「根菜ですわね」と冷めた顔をしていたくせに、案の定二個目を取った。
「お前、二個目じゃね?」
「あら。古竜の食事を数えないでくださる?」
「スポンサーだからって俺の大根まで接収すんなよ」
「あなたの大根ではありませんわよね?」
「俺が持ってきた鍋の大根は俺の管轄だ!」
ルクシオンが鍋の串を見て先に声を上げた。
『先に言っておくぞ。我を串代わりにするな』
「先回りで被害届を出すな」
『貴様は顔でモノを言っておるのだ!』
俺は鼻をほじりながらこんにゃくを見た。
「聖剣でこれ切ったら味染み良くなるかなあ」
『黒田貴様ぁぁぁ、聞こえているぞぉぉぉぉ!!』
「黒田さん、僕が日本を懐かしんでる横で聖剣を調理器具へ戻さないでください!」
「戻すって言ったな。やっぱり前は調理器具だったんじゃねえか」
『勇者ぁぁぁぁぁ!!』
「僕のせい!?」
さっきまで格好よく未精算獣を斬っていた勇者と聖剣が、おでん一鍋でいつもの空気へ戻った。俺はその方が楽だった。
(こいつが懐かしがる日本へ、俺は嫌になれば四畳半まで逃げ帰れる。そこに罪悪感を持っても何も増えないし、帰れる権利を譲れるわけでもない。だったら、せめて持って来られる物くらいは持ってくればいい。……神界が大根一本へまで料金を乗せなければ、もっと気軽なんだが)
アレクシスが大根をもう一口食べる。
「黒田さん。また、こういうの持ってきてもらってもいいですか」
「搬送費次第」
「そこで現実に戻ります?」
「俺の現代は請求書付きなんだよ」
レグリアが鍋の横で端末を操作する。
「大根♡ 卵♡ こんにゃく♡ 練り物♡ からし♡」
「何で一個ずつ読んでんの? 実は好きなの?」
「食品個別適合確認ですぅ♡ 嗜好とは無関係です」
「じゃあ一番確認面倒なのどれ」
「……大根」
「食いたいの?」
「違います! 煮汁の浸透状態と異世界側食材との差異が――」
「卵は?」
「好きですけど!? ……あ」
レグリアが止まった。
「好きなんじゃねえか」
「今のは一般論です!」
「自分の好みを一般論にすんなよ」
「監査上、食品嗜好を把握しておくことにも一定の意味が――」
「喋るほど食いたい人の言い訳になってるぞ」
「違いますぅ!」
ゼニスが鍋から小皿へ大根と卵を一つずつ取った。
「監査が終わってから食べればいいでしょう」
「ゼニス先輩までぇ!?」
「ほら、先輩は話早いぞ」
「その比較いま要ります!?」
【神界・追加ご請求】
・勇者PT戦闘因果観測費 金貨1,800枚
・避難路防護補正費 金貨1,600枚
・現代食少量搬送費 金貨600枚
・食品個別適合確認費 金貨800枚
・聖剣高出力観測費 金貨1,200枚
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今回加算 金貨6,000枚
今回加算・日本円換算 30,000,000円相当
前回繰越残高 金貨44,000枚
前回繰越残高・日本円換算 220,000,000円相当
暫定合計残高 金貨50,000枚
暫定合計・日本円換算 250,000,000円相当
※現代食材は少量私物搬送として処理。
※聖剣ルクシオンは調理器具として査定していません。
『最後の但し書きは何だぁぁぁぁ!』
「お前向けだろ?」
『我は一度たりとも調理器具ではない!』
「大根に八百枚、卵に、こんにゃくに……まとめて四百万の適合確認? 鍋より高えよ!」
アレクシスが大根を見つめた。
「僕の大根、そんな高かったんですか……」
「食う前に言うと味しなくなるから黙ってた」
「では、わらわが全部食えば一人分になるか?」
「品目数は減りませぇん♡」
「役に立たぬ仕組みじゃ!」
俺はモグと顔を見合わせた。
「そこだけは完全同意だデブ竜!」
『我の但し書きにも誰か同意しろぉぉぉぉ!!』




