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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#28 普通科は前行け。お前も来い(正式名称:地上群体侵入阻止及び避難民防護作戦)

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第104話 犬じゃない奴に地面の匂い嗅がせるな

 翌朝、犬人族(カニス)のフェンナは森の中で地面を嗅いでいた。雨上がりの土は重く、踏むたび靴底へ泥が張りつく。倒木、濡れた苔、獣の足跡。昨日の未精算群が通った跡はあちこちに残っているのに、フェンナが追っているのは足跡ではなかった。


「こっちだワン」


 蜂蜜色の髪を後ろで束ね、大きな犬耳だけを風へ向ける。いつもの馬鹿みたいに元気な笑顔は消えていた。鼻先が数センチ動くたび、視線も少しずつ変わる。


「ボス、昨日の抜けてた臭い、細く続いてるワン。未精算獣《アンセトルド・ビースト》の群れもここ避けてる」

「そのボスって役職、労働時間どれくらい?」

「ボスはいっぱい働くワン! 群れの先頭で、みんな守って、ご飯探して、寝る場所決めて、敵が来たら最初に起きるワン!あと子作りも!」

「なんだそれ、仕事多すぎ。降格してくれ」

「じゃあ副ボスでどうですかワン!」

「責任残ってる。もっと下で頼む」

「群れの昼寝係?」

「いいね。採用」


「それ係いるの?」

「俺が今日から作った」


 フェンナの耳がぴたりと止まった。


「……ボス」

「何」

「今おならしたワン?」

「してない」

「したワン。三歩後ろ。風上。昨日の豆と干し肉の臭い混じってるワン」

「お前の鼻は敵の追跡に使え! 俺の腸内履歴を解析すんなって!」

「隠しても鼻には分かるワン」

「犬人族の能力を身内の屁検知で浪費するなぁぁぁぁ!」


 後ろでレグリアが端末へ何か入力し始めた。


「おい。何書いてる」

「環境臭ノイズ♡」

「神界公文書に残すな!」

「監査対象の行動記録ですぅ♡」

「屁まで監査される契約なんか聞いてねえぞ、このクソメスガキ女神ぇぇぇぇ!!」


 ゼニスが額を押さえる。


「朝の森で何を大声で争ってるんですか……」


 その瞬間、フェンナの尻尾が止まった。表情が変わる。


「ボス。血」

「どっちだ」

「右。人の血。二人……三人かも。まだ新しい」


 笑っていたフェンナの口元が閉じ、耳が血の臭いのする右手へ揃った。


「案内しろ」

「うん!」


 フェンナが走り出す。俺とアレクシスたちが続く。森の斜面を下ると、倒木の向こうで王国兵が一人うずくまり、その先に荷車が横倒しになっていた。


「生きてる?」

「生きてるワン。奥に二人いる!」


 勇者アレクシスが倒木を持ち上げ、ロイドとシェリアが周囲を見る。エルミナは負傷者の近くに残る魔力を確認し、俺は森の奥へ目をやった。枝が揺れた。


「伏せろ!」


 黒い獣が倒木の陰から飛び出す。


 ガァァァッ!


 アレクシスの剣が敵の攻撃を正面で受け、シェリアの矢が脇腹へ刺さる。もう一体が横へ回ろうとした瞬間、フェンナが叫んだ。


「左の木の後ろ、もう一匹いるワン!」


「ロイド、頼むぞ!」

「分かってる!」


 ロイドの魔法が地面を走り、潜んでいた個体の脚を止める。


 俺は銃へ手をかけたが、撃たなかった。


 (撃てることと、撃(・)つ(・)べ(・)き(・)こ(・)と(・)は別だ。近い、味方が動いている、勇者一行だけで止められている。ここで俺が一発足して格好をつけても、誰かの背中へ飛んだら全部終わる。撃たない判断は地味だし、請求書にも英雄譚にも映えない。でも、こういう時ほど要る)


「陸、撃たないの?」

「勇者どもで足りる。撃たなくていい時にまで撃つほど弾好きじゃねえよ。金もかかるしな」


 ティアナが少しだけ笑った。


「ほんと、あんたってそこだけはまともね」

「普段もまともだろ?」

「今の発言で減点するわ」


 戦闘が終わると、フェンナはまた地面へ鼻を近づけた。


「この先、臭いが変だワン。人の血は右、未精算獣は左。でも、その間だけ土も葉っぱも湿った木も、全部あるはずなのに鼻へ入ってこない。臭いが弱いんじゃなくて、そこだけ抜(・)き(・)取(・)ら(・)れ(・)て(・)る(・)みたい。昨日の場所と同じだから、この線を追えば何か見つかると思うワン」


 彼女は視覚では分からない細い線をなぞるように進む。やがて土の中から、古い石が顔を出した。白っぽい石材の表面に、太陽と翼を組み合わせた意匠。崩落現場で拾った金属杭と似ている。


「またこれか」

「セレネア系ですね」


 エルミナがしゃがみ込む。


「ただ、今はほとんど魔力を感じません。古い巡礼路の標石にも見えます」

「掘る?」

「ボス! 私掘れるワン!」

「お前は何でも嬉しそうに掘るな」


 フェンナが前脚でも使いそうな勢いで土をかき始めたので止める。


「待て。先に人だ」

「……うん」


 鼻が別方向へ向く。


「子供の臭いもある。奥だワン」


 フェンナの声がわずかに低くなった。普段は群れだのボスだの飯だのと騒いでいるくせに、置いていかれた誰かの臭いを拾った時だけは笑わない。


 (こいつにとって「群れ」は、俺が軽口で使ってる言葉よりずっと重いんだろう。失った話をわざわざ掘り返して慰める柄でもない。見つけたなら連れて帰る。それで足りる場面もある)


「見(・)つ(・)け(・)た(・)な(・)ら(・)連(・)れ(・)て(・)帰(・)る(・)ぞ(・)。話はそれからだ」

「うん!」


 倒木の先で見つかったのは、負傷した母親と十歳ほどの男児、それから足を痛めた老兵だった。フェンナは先頭でしゃがみ込み、子供へ手を差し出す。


「もう大丈夫だワン。ここから先は私たちがいる。歩けないなら背負うし、怖かったら手を離さなくていい。帰るところまで一緒に行くから、今は立てるかどうかだけ教えてほしいワン」


 尻尾は振っていない。子供がその手を掴んでから、ようやく一度だけ大きく動いた。


 避難所へ向かう途中、男児は何度も後ろを振り返った。森の奥へ戻りたいわけではない。置いてきた荷物でも気にしているのかと思ったが、やがて小さな声で「父さんも来る?」と聞いた。フェンナの耳が少し伏せた。


「別の避難列にいるか、まだ森の外かもしれないワン。臭いが分かれば探せる。だから、名前と服と、最後に会った場所を教えてほしいワン」


 見つかるとは言わなかった。絶対に大丈夫とも言わなかった。その代わり、聞いたことを一つずつ覚え、男児が言い終わるまで歩く速さを合わせた。俺は横から口を挟まない。


 群れを失ったことがある奴に、「家族は大丈夫」なんて軽く言えるほど俺は器用じゃない。見つけられるものを見つけて、連れて帰る。今はそれだけでいい。


「フェンナ。避難所へ着いたら、その父親の情報も名簿へ回せ」

「分かったワン。ボス、ちゃんと覚えとく」

「俺は昼寝係だぞ?」

「昼寝係も群れの仕事するワン」

「役職名から詐欺じゃねえか!」


 伏せていた耳が少し戻った。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 避難所へ戻る途中、レグリアは例の石材の記録を取りながら不満そうだった。


「“臭いがない臭い”って、記録しづらぁい……。数値へ落とせない情報は照合に手間がかかるんですけどぉ」

「でも捨てないんだろ?」

「捨てません。フェンナさんの証言、発見位置、周辺の魔力値、石材の状態を別々に残して、あとで一致する項目を探します」

「へえ」

「何ですか」

「いや。数字にならないから却下するのかと思ってた。ちゃんと拾うんだな。そこは偉いじゃん」


 レグリアが黙った。


「……監査官として当然です」

「また声ちっちゃくなったワン」

「小さくありません!」


 フェンナが楽しそうに鼻を鳴らす。


「でもボスのおならなら、数値化しやすいワン!」

「せっかく人がいい話してんのに戻すな!」

「臭気識別精度、高♡」

「お前も復活すんな!」


【神界・追加ご請求】


・地中異常核探査補助費        金貨700枚

・救助領域因果安定化費        金貨900枚

・嗅覚情報世界間記録補正費      金貨600枚

・近接戦闘安全域維持費        金貨800枚

─────────────────

今回加算               金貨3,000枚

今回加算・日本円換算         15,000,000円相当

前回繰越残高             金貨41,000枚

前回繰越残高・日本円換算       205,000,000円相当

暫定合計残高             金貨44,000枚

暫定合計・日本円換算         220,000,000円相当


※発見された古代石材は現時点で用途未確定。

※環境臭ノイズは金銭請求へ加算されていません。


「嗅覚情報記録補正、六百枚。フェンナが地面嗅いだだけで三百万円?」

「私の鼻、高いワン!」

「お前が喜ぶ話じゃない。請求先俺なんだぞ」

「高性能感覚器官ですからぁ♡ 黒田さんの鼻よりずっと優秀♡」

「じゃあ俺の鼻は無料なんだな。次から俺が嗅ぐわ」

「敵は無理だけど、ボス自身のおならならすぐ分かるワン!」

「その機能を今すぐ封印しろ!」


 ゼニスが請求書の下を指す。


「ちなみに環境臭ノイズは無料です」

「当たり前だろうが!」

「保存だけは神界サービスでぇす♡」

「一番いらねえサービスを充実させんなぁぁぁぁ!!」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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