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自衛隊元野戦特科隊員は働きたくない ~弾着だけは外さないが、それ以外はやる気が出ません~  作者: 勇者ヨシ君
作戦#27 空は高射屋に聞け。本人まで来るな(正式名称:裂界飛行魔獣群迎撃及び防空連携作戦)

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第102話 聖女王がいい人すぎて逆に怖い

 飛行型の未精算獣《アンセトルド・ビースト》を迎撃してから二日後、王都西の避難所は前より人が増えていた。街道が戻り始めたことで逆に周辺集落から負傷者が運び込まれ、野営幕舎の間を治療師と兵士が走り回っている。ミャオの炊き出し鍋からは麦と肉の匂いが立ち、子供たちは空になった木箱へ腰掛けて湯気の出る椀を抱えていた。俺はその少し外れで煙草を吸いながら、今日は働かない意思を強固にしていた。


「陸。薪頼むにゃ」

「あーあーなんも聞こえない」

「陸。水桶にゃ」

「煙草で忙しいから」


「――じゃあツケ帳払うにゃ?」

「はい!ミャオ様。何でもやります」


 ミャオが帳簿を出した瞬間、俺はさっと素早く立った。こういう時だけ、自衛隊時代の癖が出る。


「最初からそれくらい動けるなら働くにゃ!」

「債権者の脅迫で動かされてるだけだ。自主性は死守してる」

「自主性の使い道が終わってるにゃよ......」


 そこへ、避難所の入口が騒がしくなった。白地に金の聖印を掲げた馬車が連なって入ってくる。前に来た救援隊より規模が大きい。治癒薬、毛布、乾燥食料、浄水用の魔導具。白衣の聖職者だけではなく、整った白銀の鎧を着た護衛までいる。


 中央の馬車が止まった。扉から降りた女を見て、周囲の兵士と聖職者が一斉に頭を下げる。


 白金に近い長髪。淡い金の瞳。白と金、薄青を基調にした女王礼装の上へ、被災地用らしい簡素な外套を重ねている。宝飾は最低限だが、立ち姿だけで普通の貴族ではない。


 彼女こそ、セレネア聖王国の聖女王(ホーリー・クイーン)、

 『セレスティーヌ・ルクレシア・セレネア』だった。


「セレスティーヌ・ルクレシア・セレネア陛下……」


 誰かが小さく名を呼んだ。


「ええっ? 王様本人が来たの?」

「陸、鼻! 汚い!」


 ティアナに手を叩かれた。無意識に鼻をほじっていたらしい。


「急に国家元首が来る方が悪い。俺にも礼装準備時間くれ」

「礼装の前にそのきったねえ指どうにかしなさいよ!」


 ズボンで拭こうとしたら、もう一度叩かれた。


 聖女王は俺たちを見た――が、こちらへ来る前に、泣いている子供へ向かった。セレスティーヌは子供の前で膝をつき、目線の高さを合わせた。母親を探していると知ると護衛へ任せず、自分の側近へ名前と避難元を確認させる。


 次に負傷兵の幕舎へ入り、薬が不足していると聞けばその場で予備馬車を開け、疲労で手を震わせている若い聖職者には休むよう命じて代わりの人員を二人回した。全部、速い。


 見せるための慈善なら、もっと人目のあるところだけ回ればいい。ところが彼女は汚れた幕舎の中へ普通に入り、泥で裾が汚れても気にしなかった。ミャオの猫耳が立つ。


「この物資の入れ方、ちゃんとしてるにゃ。薬だけ送って終わりじゃなくて、人手も炊事用の燃料も来てるにゃ」

「なんだ、この異世界にも、まともな王様いるじゃん」

「比較対象は言わなくていいにゃ」


 しばらくして、セレスティーヌがこちらへ来た。


「あなたが――黒田 陸様ですね」


「陛下。様はいらないです。借金持ちの無職に様を付けると、急に立派な人間へ見えるでしょう。俺はそういう誤認表示に弱いんで。あと英雄とかもできれば外してください。英雄って呼ばれると、次の依頼を断りづらくなる副作用があるんですよ!」


 ティアナが肘で俺の脇腹を突いた。


「アンタねえ!もう少し何かあるでしょ!」

「礼儀ってやつ?」

「それだわ!」


 聖女王は怒らず、むしろ少し笑った。


「では、黒田様。避難路の確保と飛行魔獣への対応、心より感謝いたします。あなたが英雄と呼ばれることを好まれないとも聞いておりますので、称号ではなくお名前で」

「それは助かります、でも様は外してくれないんですね」


 ティアナにまた小突かれた。

 側近が小さな箱を差し出した。中には上質な酒の瓶、香りのよい煙草、温かい肉料理まで入っている。俺は箱を見た後、聖女王を見た。そしてもう一度箱を見た。


「俺、この国好きになってきたかもしれん」

「うっわ、こいつちょろすぎる!」


 ティアナの声が避難所へ響いた。


「酒と煙草ごときで国家評価決めるな!」

「ごときとはなんだ!援助物資もちゃんとしてる。加点要素が多い」

「一番最初に見たの煙草じゃんか!」

「国際関係には嗜好品も大事なんだよ」

「今作ったでしょ、その理屈!」


 横からリリアが割り込んだ。


「ちなみに陸の嫁候補は私ね! まだ本人が認めてないだけよ!」

「国際的な場で未承認情報を既成事実みたいに流すんじゃねえ!この押しかけ死体婚活女!!」


 セレスティーヌが両手を合わせる。


「まあ。では、お二人にも良きご縁がありますように祈らせていただきます――」

「ほら! 聖女王公認っぽい!」

「ただ祈られただけだ! 勝手に婚姻認証へ変換すんなぁぁぁぁ!」


「本人同意率よわよわ♡ ざっこ♡」


 いつの間にかレグリアまで後ろにいた。


「祈願の横から煽り差し込むな、クソガキ監査が!」


 笑いが収まったところで、俺は煙草の箱を手に取った。銘柄そのものは異世界品だが、葉の香りが妙に俺の好みに近い。強すぎず、甘すぎず、普段吸っているものへ寄せてある。


「陛下。一個だけ聞いていいです?」

「もちろんですよ」

「俺、セレネアの人間と煙草の好みについて話したことありましたっけ」


 セレスティーヌの笑顔は変わらない。


「英雄様――失礼、黒田様のお好みを知るのも礼儀かと思い、可能な範囲で調べさせました。ご不快でしたか?」

「いや。むしろ嬉しいけど……仕事細かいなと思って」


「人を助ける時、相手を知らずに選んだ物は時に善意の押しつけになります。薬や食料なら量と必要性を調べますし、個人へ礼を差し上げるなら、その方が本当に喜ぶ物を選びたい。黒田様が称号より実用品を好まれると伺いましたので、今回はあ(・)な(・)た(・)が(・)実(・)際(・)に(・)使(・)わ(・)れ(・)る(・)物(・)を選ばせました」


 返答には責める隙も、言葉尻を拾える場所もなかった。だから俺はそれ以上追わず、箱を閉じる。


 (疑う理由は今のところない。物資は本物で、救われた人間も本物、煙草まで本物だ。善意が本物なら、こっちからわざわざ汚して回る必要もない。ただし、俺が渡(・)し(・)て(・)い(・)な(・)い(・)好(・)み(・)まで向こうが知っている。この一点だけは、面倒でも忘れない方がいい。疑えば仕事が増えるし、信じ切って後で刺されてももっと面倒だ。だったら今は一本吸って、覚えておくだけでいい)


 煙草の箱を閉じ、手の中で一度だけ重さを確かめた。


「高級煙草一本で懐柔されかけてる♡ 国家警戒心よわよわおじ♡」

「煙草くれる奴を疑う方が人として失礼だろ」

「その倫理観を外交まで持ち込むな!」


 ティアナにまた怒られた。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 夕方、セレネアの救援隊は避難所へ大量の物資を残した。聖女王自身も最後まで負傷者の名を聞き、孤児を抱き、帰還する部隊と現地へ残す部隊を一人ずつ確認していた。俺は遠くからそれを眺めながら、贈られた煙草へ火を点ける。


「ああ、うまい」

「感想そこですかあ?」


 ゼニスが隣へ立った。今日は白い救援調整官風の上着に医療識別札。本人は否定するだろうが、だいぶコスプレの幅が広い。どんだけ衣装持ってるんだ?


「お前も一本吸うか?」

「げほっ、アンタアホですか。神に喫煙を勧めないでください」

「じゃあ酒でもやるか」

「仕事中です!」

「はぁ、だからおめーはダメなんだよ。聖女王の方が付き合い良さそうだな」

「まだ一杯も飲んでないでしょうが!」


 その時、レグリアが端末を開いた。


「セレネア神託系救援記録、一部参照権限なし。前と同じですぅ」

「物資は?」

「異常なし。費用経路も表側は正常♡」

「じゃあ今はいい」


 遠くで、白銀の鎧を着た聖騎士の一団が動き始めていた。救援路警備。巡礼路確保。被災地域の民間人保護。掲げられた理由はど(・)れ(・)も(・)筋(・)が(・)通(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。だからこそ、今この段階で俺からケチを付ける理由もなかった。


「どこ行く?」

「南東。聖晶回廊《セイクリッド・コリドー》方面です」


 ゼニスの地図上で、白い光点が山岳路へ進んでいく。昨日、飛行未精算獣が避けた空域と近い。


「……まあ、救援部隊なら仕事してもらうに越したことないか」


 煙草を一度吸う。


「考えると俺の仕事になりそうだから、今日はここまでだな」


「そうやって先送りするから――」

「ゼニス。灰皿これ持って帰っていい?」

「それ避難所の備品ですよ!」

「煙草くれたなら灰皿までセットだろ!」

「国際援助物資でいい話なのに備品窃盗犯罪を混ぜるなぁぁぁぁぁ!」


【神界・追加ご請求】


・セレネア救援系統再照会費      金貨400枚

・神託系アクセス権限確認費      金貨400枚

・国際救援因果整合監査費       金貨500枚

・贈答物安全査定費          金貨300枚

─────────────────

今回加算               金貨1,600枚

今回加算・日本円換算         8,000,000円相当

前回繰越残高             金貨35,400枚

前回繰越残高・日本円換算       177,000,000円相当

暫定合計残高             金貨37,000枚

暫定合計・日本円換算         185,000,000円相当


※セレネア聖王国救援物資費は黒田陸個人負担ではありません。

※贈答された酒・煙草は黒田陸個人資産として処理。

※避難所備品の灰皿は贈答品に含まれません。


「最後の注意書き誰が入れたんだよ」

「私です」

「ゼニス、お前こういう時だけ仕事細けえな。いつも言ってるだろ。細かい女は嫌われるぞ」

「嫌われて結構です!!持って帰ろうとした人が言わないでください!」


 俺は高級酒の瓶を持ち上げた。


「これ売ったら借金と相殺できる?」

「第三者贈答品を自動充当する制度はありません♡」

「じゃあ俺の資産として持つかな」

「贈答物取得記録、監査対象♡」

「持った瞬間見てんじゃねえよ!」


 リリアが酒瓶の横から顔を出す。


「陸、私たちの結婚祝い用に取っとく?」

「お前まで用途を勝手に決めんな!」


 俺は酒と煙草だけを抱えて一歩下がった。


「酒は今の俺。借金は未来の俺が考える」

「だから同一人物です!」


「未来の俺、頑張れー、フレフレー」

「現在のあなたが逃げるなぁぁぁぁぁ!!」

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※筆者は元自衛官ですが、本作に登場する自衛隊、火器、装備、部隊運用等の描写は、公表されている情報や筆者自身の経験を参考にしたフィクションです。実際の組織・部隊・人物とは関係ありません。また、物語上の演出や脚色、実際とは異なる表現を含む場合があります。あくまでフィクション作品としてお楽しみいただければ幸いです。
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