第9話 剣で無理なら、自衛隊装備を借りればいいじゃない?
何もかも嫌になって、日本へ逃げ帰った翌朝。
俺は四畳半の万年床で、半分尻を出したまま涅槃図になっていた。
昨夜ひなたが置いていったレトルトの空袋が一つ。
その隣には空の缶チューハイ。
健康と不健康が仲良く並んでいる。
枕元の煙草箱は、昨夜確認した通り空だった。
嫌な現実から目を逸らすようにパチスロ雑誌を持ち上げると、その下から潰れた別の箱が出てきた。
振る。 かさっ。
「……四本ある!」
思わず身体を起こした。
「神はまだ俺を見捨ててなかった」
「私は最初から目の前にいますが」
「くそがっ......お前じゃねえよ」
いつの間にか部屋へ現れていたゼニスが、ものすごく嫌そうな顔をしていた。
「黒田さん。起きてください」
「ダメです。死んでます」
「寝息が聞こえていましたが?」
「死後硬直前のサービスだ」
ゼニスは灰色の防災ジャケットに腕章、腰には無線機風の神具、脇には分厚い現場資料。災害対策本部からそのまま出てきたみたいな格好をしている。
「何その格好。朝から似合ってねえし、相変わらずいかれてるな」
「大型個体災害への現地調整業務用です」
「また業務って言えば何着ても許されると思ってるだろ、このコスプレ変態女神がよ」
「誰が変態ですか! それより半ケツをしまってください!」
「見るなよ。痴漢か!!」
「見たくて見てるんじゃありません!」
俺は尻を掻きながらジャージを引き上げた。
「で、大型個体だって?」
「はい。旧採石場周辺の街道封鎖が現実的になりました。王都側も討伐を正式依頼へ切り替えています」
「俺、昨日帰ったよね?」
「だから迎えに来ました」
「帰省一泊かよ。実家より短えぞ。このブラック労働環境!!」
「借金持ちに長期休暇はありえません」
ゼニスが神具を操作する。
「あと、その袋は?」
「後輩の差し入れだよ」
「ちゃんと気にかけてくれる方がいるんですね」
「うるせえ。送るならさっさと送れ」
「はいはい。図星を突かれると雑になるんですから」
「その一言、追加料金にしたら殺すぞ」
俺は起き上がるついでに、ひなたの差し入れ袋から栄養補助食品を一つ掴んでポケットへ突っ込んだ。
ゼニスが目ざとく見る。
「それ――持っていくんですか」
「腹減ったら食う用だ」
「昨日は“母ちゃんかよ”って文句を言っていたのに」
「文句と食料価値は別だ。食える物に罪はない。てかてめぇ、また盗聴してやがったのか!」
「監査です。しかし、本当に都合よく切り分けますね」
「長生きのコツだ」
光が広がった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
冒険者ギルドの会議室。
俺は長椅子を二つ使い、また横になっていた。
向かいにはガロン、ジークフリード、ティアナ。それから初めて見る大男が一人。
四十八くらい。短い灰褐色の髪に無精髭。右眉の近くに古傷があり、革の作業着から出た腕と指がやたら太い。
「お前が黒田陸か」
「そうだけど。今、横になってるから重要な話は後にしてくんない?」
「元軍人だって聞いたが、本当に元か?」
「現役ならこんな態度取ったら怒られるだろ。だから元なんだよ」
男が豪快に笑った。
「がっはっはっは!違いねえ。俺はドーガン・バルツ。元王国軍の攻城兵だ。今は工房で大型弩や投石器の面倒を見てる」
「へえ......」
俺はそこで身体を起こした。
ティアナが目を丸くする。
「専門職って聞いた瞬間に起きた!このおっさん」
「話が早そうだからな」
「私の魔法講義では寝てたくせに」
「専門外は一秒で眠くなる特技の持ち主なんだ、俺」
「ほんっと腹立つ」
ぷんぷんしているティアナを横に、ガロンが地図を広げた。
「大型個体は仮に“岩殻巨獣”と呼ぶ。全身が岩みたいな外皮で覆われている。昨日、ジークフリードたちが遠目に確認した。当然、通常の剣は通りにくい。ティアナの魔法でも表面を削る程度だ」
「私のせいみたいに言わないで。かなり硬いのよ?あれ」
「誰も責めてねえよ」
ドーガンが壊れた荷馬車の見取り図を指で叩いた。
「正面から大型弩を当てても、止められる保証は薄い。投石器を持ち込むにしても場所を作るだけで手間がかかる」
俺は地図を見る。
「正面は?」
「厚い」
「横は」
「少しマシだが、まともに止まらん」
「上からなら?」
「届かせる道具が足りねえ」
数往復で会話が終わった。
ジークフリードが首を傾げる。
「なんで急に普通に会話できるんだ、あんたら」
「分かる人間同士なら説明が短くて済むからな」
「俺も同感だ」
ドーガンと俺は同時に頷いた。
「お前、酒は飲むか」
「飲む。安いのでいい」
「仕事終わったら一杯やるか」
「奢りか?」
「一杯目だけな」
「おっさん、今日から信用するわ!」
「信用が安い!」
ティアナが机を軽く叩いた。
「専門職の友情を酒一杯で成立させないで!」
「十九にはまだ分からん世界だ」
「そんなの分かりたくないもん!」
ティアナが不満そうに頬を膨らませる。
「私とは話が長いくせに」
「お前は説教が長いだろうが」
「誰のせいよ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
そんなこんなで、現地へ移動してきた一行。
岩殻巨獣は、想像よりさらにでかかった。
四足の獣に岩山を被せたような巨体。動くたび、採石場の地面が震える。
カキンッ......。
ジークフリードの剣が表皮へ弾かれる。
ティアナの魔法が炸裂し、岩殻が一部砕けるが、その奥にも硬い層がある。
巨獣が前脚を振るった。ジークフリードたちが飛び退く。
「黒田! 見てないで何かしなさいよ!」
「見てるのが仕事だ」
「今それ言う!?」
「前に出ても俺の初級火球じゃ岩を温めるぐらいしかできん。だったら見た方がマシだろ」
「自分で下手なの認めた!」
「状況に応じて事実は認める男だ」
「昨日は認めなかったでしょ!」
ドーガンが横で鼻を鳴らした。
「魔法は下手なのか」
「びっくりするほど!ほんとにこれが」
「そこは胸張るとこじゃない!」
「うわ、めんどくさ」
「感想それなの!?」
「だってめんどくさいだろ。硬い、でかい、動く。嫌いな要素が三つ揃ってる」
俺は戦闘へ入らず、少し離れた場所から見ていた。
巨獣が身体をひねる。
左側面の一部だけ、動きに合わせて岩殻の隙間が開く。
「ドーガン」
「見えた」
「狙うならあそこか」
「だが今の道具じゃ足りねえな」
ドーガンが舌打ちする。
「王国の攻城弩を何台か並べる。準備に二日は欲しい」
「二日か」
「急げばな」
俺は岩殻巨獣を見る。
「もっと早い方法はあるぞ」
背後で、ゼニスが嫌そうに息を吸った。
「黒田さん」
「まだ何も言ってねえよ」
「あなたが“もっと早い方法”と言う時、たいてい神界側へ高額請求が発生します」
「今回は俺が払う側なんだけど」
「だから止めてるんです! これ以上借金増やすつもりですか!!」
ゼニスは現場調整員の姿のまま、金縁バインダーを胸へ抱えた。
「あなた、現代側の装備を持ち込むつもりですね?」
「一時的に借りるだけだ」
「無断です」
「返す」
「でも無断です」
「【原状復帰】もあるだろ?」
「ええ。ですが有料です」
俺は少し考えた。
「後払いだよね?」
ゼニスが両目を閉じた。
「その質問をする時点でやめてください」
ドーガンが面白そうに俺を見る。
「陸。お前、何を持ってくる気だ?」
「まず自分で持てる範囲からだな。主は|89式5.56mm小銃《はちきゅうしきごてんごろくミリしょうじゅう》。こっちは現役の頃に一番馴染んでるやつだ」
「もう一つは?」
「|64式7.62mm小銃《ろくよんしきななてんろくにミリしょうじゅう》。一世代古いけど、俺のいた頃にもまだ残ってた古参だ。扱った経験はある。予備にする」
「二つも持つのか」
「予備ゼロは落ち着かねえんだよ、性分的に」
ゼニスが嫌そうにバインダーへ書き込む。
「黒田さん。念のため確認しますが、“64式なら古いから一丁くらい目立たないだろ”などとは考えていませんね?」
「……ちょっとしか考えてない」
「年代で管理記録が消えるわけではありません。【隠密搬送】があるから成立するのであって、古いからバレにくいわけではありません」
「お前って夢のない女神だな」
「無断搬送に変な夢を持たないでください!」
俺は肩をすくめた。
「小銃でどうにもならなきゃ最後はFH70だな。あれなら俺の本職で使ってたやつだ。ただし、でかい。重い。たぶん請求も死ぬほどでかい」
「最初からそっちを使えばいいだろ」
「一発で七桁円とか取られそうな神界サービスを、試着感覚で使えるかよ」
ドーガンが呆れた顔をする。
「結局、金の心配なのかよ」
「神を舐めるな。魔物より請求書の方が怖いぞ」
ゼニスが笑顔のまま一歩近づいた。
「あのね、全部聞こえていますよ」
「だから言ってんだよ!」
【今月のご請求】
・緊急再召喚基本料金 金貨150枚
・大型個体災害調整事務費 金貨100枚
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今回加算 金貨250枚
日本円換算 1,250,000円相当
前回繰越残高 金貨23,100枚
合計残高 金貨23,350枚
日本円換算 116,750,000円相当




