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【完結】透明な僕らの出席番号  作者: 成瀬朔久


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3/9

第三話 本当の自分

 ――私は、誰の目にも留まらない、ただの透明な人形でいい。


 カエデは教室の隅の席で、クラスの「中心グループ」の女の子たちが笑う顔を、ただ見つめていた。

あの子たちが流行りの服や芸能人の話を振ってくれば、心の中では興味がなくても、100点満点の笑顔で


「そうだよね!」

「可愛い!」


と同意する。

もし少しでも違う意見を言えば、次の瞬間には自分がターゲットにされて、透明人間のように無視される。

それが、この教室の暗黙のルールだった。


 自分の本音を押し殺し、周囲の顔色ばかりを伺う毎日に、カエデの心はいつしか限界を迎えていた。

チャイムが鳴ったとき、彼女は自分の限界に気づき、静かに教室から足を踏み出した。


 そうして逃げ込んできたのが、この図書館だった。

そこには先客がいた。おっとりとした雰囲気の『2番(ノゾム)』。そして、眼鏡をかけた優等生風の『5番(タクミ)』。 


 本当の自分を忘れるために番号で呼び合う。


その優しいルールに救われ、カエデは自分を『3番』と名乗った。

 ここでは誰も、私の顔色を伺ってこない。ただ静かに、同じ空間で息をしているだけでよかった。



 ――しかし、そんなある日の午前十時。

図書館の静寂を乱暴に切り裂くように、激しい足音が響いた。


 机に突っ伏していた2番(ノゾム)と、ノートをめくっていた5番(タクミ)、そして本を開いていた3番(カエデ)が、同時に顔を上げる。


 現れたのは、息を荒くした一人の少年だった。

制服の第一ボタンは引きちぎられ、袖には泥がついている。


何より、その鋭い目つきは周囲を威嚇する獣のようだった。

少年は館内を見回すと、一番奥にある彼らの席へと大股で近づき、隣の椅子を乱暴に引いて腰掛けた。


「……チッ、最悪だ」


少年は頭を抱えて毒づいた。拳の関節が赤く擦りむけている。


 5番(タクミ)が冷静に、だけどどこか怯えた声で尋ねた。


「……喧嘩、ですか?」


「……喧嘩じゃねえよ。

一方的に絡まれて、ちょっと突き飛ばしたら、向こうの親が学校に怒鳴り込んできやがった。

先生も誰も、俺の言い分なんて聞いちゃくれねえ。

どうせいつもトラブル起こすヤマトが悪いんだろってさ」


 ヤマト、と少年は自嘲気味に自分の名前を呼んだ。


「いつも一匹狼ぶって、周囲を睨みつけて。誰も俺の本当の言葉なんて信じない。

だったら、こんな学校の授業なんか、一生サボってやるよ」 


彼は荒い息を吐きながら、机の上に突っ伏した。


 3番(カエデ)はその姿を見て、胸の奥がキュッと痛んだ。

この少年も、自分とは形が違うけれど、「周囲が決めつけたイメージ」に押し潰されそうになって、ここに逃げてきたのだと分かったからだ。


 2番(ノゾム)がその背中を見つめ、少しだけ考えたあとに言った。


「じゃあさ、……ここではその名前、捨てなよ」


「は?」


「俺たち、ここでサボる時は本名を名乗らないって決めてるんだ。君も番号で呼び合おう」


5番(タクミ)が微笑んで言葉を継ぐ。


「僕は5番。彼は2番。彼女は3番。君は何番にする?」


ヤマトは一瞬、呆気に取られたように3人の顔を見たが、やがて鼻で笑って拳を解いた。


「変なルール。……じゃあ、俺は『1』だ」


「どうして1番なの?」


3番(カエデ)が思わず尋ねると、ヤマトはぶっきらぼうにそっぽを向いた。


「さあな。俺は一番が良いんだ」


「よろしくね。1番(ヤマト)


 5番(タクミ)がそう言うと、1ヤマトは「おう」と短く返して、窓の外を眺めた。 


1番、2番、3番、5番。 午前十時の図書館に、また一つ、誰も触れられない透明な番号が増えた。

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