第二話 点数の向こう側
――また2位だった。
スマホに表示された全国模試の結果を見つめながら、タクミは拳を握りしめていた。
学年順位、2位。
普通なら絶賛されるべきその数字は、我が家においては「出来損ない」の烙印と同義だった。
『私達があなたにどれだけ投資していると思っているの?』
『うちの家系の人間がトップを取れないなんて、恥ずかしくて外を歩けないわ』
毎朝、リビングで浴びせられる母親の声が、耳の奥で呪いのように響いている。
胸の奥がドクドクと不快な音を立て、呼吸が浅くなっていく。逃げ出したい。
気づけば、チャイムが鳴る直前、タクミは教室の荷物をすべて置いて、裏口から学校を飛び出していた。
あてもなく街を彷徨い、たどり着いたのが、あの小さな街の寂れた図書館だった。
平日の午前十時。静寂だけが味方をしてくれるその場所の片隅で、タクミは自分と同じように、平日の午前中に居場所をなくした少年――ノゾムと出会った。
「親の期待がさ、全部詰まってる感じがして重いんだ」
思わず零した本音に、ノゾムは静かに寄り添ってくれた。
あだ名が嫌いだと言う彼に誘われるまま、お互いを番号で呼び合うことにした。
タクミは『5番』、ノゾムは『2番』。
「タクミ」という名前を捨て、ただの『5番』になれたあの瞬間、胸を締め付けていた見えない鎖が、少しだけ軽くなった気がした。
――そして、数日後。 5番は、今日もあの古い木製の机に座っていた。
向かい側には、すでに2番がスマホをいじりながら座っている。
お互いに多くは語らない。ただ、同じ時間に同じ場所にいる。
それだけで、ここは家よりもずっと息がしやすかった。
「あ…」
「誰か来た…?」
不意に、館内の重い扉が開く音がした。床を軋ませる足音が近づいてくる。
5番が視線を上げると、そこにはまた別の、見慣れない制服を着た少女が立っていた。
肩まで伸びた黒髪をきっちりと結び、机の上の本を見つめている。
彼女の手は、小刻みに震えていた。
2番や自分と同じだ。
周囲の視線や、学校という仕組みに疲れ果てた人間の目をしている、5番はそう思った。
少女は誰もいない館内を見渡し、一番奥にある自分たちの机の近くで、立ち尽くした。
「……あの」
2番が、静かに声をかけた。
「君も、サボり?」
彼女は消え入りそうな声で
「まぁ……」
とだけ答えた。
「座れば。ここ、誰も来ないから」
5番が向かいの空いている椅子を指さすと、少女は何度も小さく会釈をしながら、おずおずと腰を下ろした。
「……カエデ、です」
小さく名乗った彼女に、5番は自分の時のことを思い出しながら、目を和らげて言った。
「カエデさん。僕たちはお互いのことを番号で呼んでるんだ」
「だから、自分の好きな番号を一つ選んで、それを名乗ってくれる?」
「番号…?」
カエデは驚いたように目を見開いたあと、しばらく自分の膝の上を見つめて考えていた。
そして、つりと呟いた。
「じゃあ……私は『3』がいいです」
「どうして3なの?」
2番が尋ねると、カエデは困ったように答えた。
「……なんとなく、頭の中に3って数字が浮かんだから」
「そっか。じゃあよろしくね、3番」
2番が微笑む。
5番も
「よろしく」
と頷いた。
2番、3番、5番。誰もいない図書館。
僕たちの出席番号が、また一つ、静かに増えていく。




