第8話【劇】
あまり遅くなると母さんに怒られそうだなと思っていたら、鈴音がぽつりと呟いた。
「私がシンデレラとか、向かないよね」
「向かないというより、意外だったな。鈴音って目立つの苦手なイメージだから」
「うん。なのにクラスのみんなはすごく勧めて来るんだよね。向いてるとか、私しかいないとか」
鈴音は背もたれに背を預け、空を見上げる。その横顔は、どこか寂しそうな感じがした。
以前彼女が、自分を可愛いと言ってくる人たちに対し、見た目しか見ていないと評していたことを思い出す。
その時はひねくれてると感じたけど、そういう人が多いのも事実なのかもしれない。
「私なんて、小さい頃は他の人が来たらすぐお兄ちゃんたちの後ろに隠れてるようなタイプだったのにね」
「でも今はそれほどじゃないだろ?」
「さっき啓太に言われた通り、相変わらず友達は少ないけどね」
「わ、悪かったって」
「意地悪言いたかっただけで、別に気にしてないよ。友達は美咲と啓太だけで十分だもん。今も人付き合いは苦手だし」
きっと鈴音と仲良くしたい人はたくさんいるだろうに、本人がそれを望んでいないというのは、微妙にもどかしい気持ちになる。
「鈴音はしっかりしてるから、主演が似合うって思われたんだろうな」
「……」
俺の言葉を聞いて、鈴音はしばらく黙り込んだ後、背もたれから離れてこちらに顔を向けた。
その表情は何故か驚いているように見える。
「……私ってしっかりしてる?」
「してると思うぞ。たまに年下とは思えない時もあるし……もしかしたら俺が子供っぽいだけかもしれ」
ぽすりと、何かが押し当てられた感覚がして言葉が止まった。
見ると、鈴音が俺の腕にグーの形にした手を当てていた。殴られた……って感じではないな、流石に。
「なんだよ、いきなりグーパンチしてきて」
「いや、ちょっと嬉しくなっちゃって」
何で嬉しくてグーパンチなんだよ……滅茶苦茶軽くだからいいけどさ。
「私、本当は脚本やりたかったんだよね。その前に役が決まっちゃって言えなかったけど」
「次は言ってみたら、案外あっさりやらしてくれるんじゃないか」
「だといいな。……」
突然黙り込み、俺の方をジッと見てくる鈴音。
その視線がやたらと優しいものだったので、すごく落ち着かない気持ちになった。
「……顔に何かついてるか?」
「別に」
「ならなんでそんな見てくるんだよ」
「んー、私、しっかりしてるって初めて言われたから」
それもまた意外な話だなと思っていると、鈴音は俺を見つめたまま微笑んだ。
「啓太っていつも私の内面を見て話してくれるから好き」
「――」
あまりにサラリと「好き」と言われて、面食らう。
言う機会がないだけで、別に鈴音の内面を見てるのは俺だけじゃないと思うけど……あまりに嬉しそうな顔で言われたものだから、そんなことは言えなかった。
「……正直ね、主演とか嫌だったんだ。私が失敗しちゃったら、みんなの頑張りを無駄にしちゃうようで気が重かったし」
確かにそういうプレッシャーは大きいだろう。そしてそれを楽しめるタイプの人間はあまり多くないと思う。
「だから顔だけで選んだクラスのみんなをちょっと恨んでた」
「鈴音のクラスメイトの真意は分からないけど、流石に顔だけではないと思うぞ……」
「だって私の長所って顔だけだし。主演に選ばれる理由なんて他にないし」
自己肯定感が高いんだか低いんだか分からなくなる台詞だ……。
「けど、啓太の目から見た私がしっかりしてるなら、もしかしたら他の人にもそう思ってもらえてるかもしれないし。それなら頑張ってみようかなって思った」
とか言いつつ、俺が言う前から頑張ってたと思うけどな。だからこそ、今こんなところで台本読みをしているわけだし。
「あんまり無理せず頑張れよ」
「ありがとう」
お礼を言いつつ、鈴音はこちらに台本を差し出してきた。
「せっかくだし、ちょっとだけ練習付き合ってくれる?」
「ああ。どこ読めばいい?」
「ここ」
指し示されたのは、王子とシンデレラがお互いへの愛を伝えているシーン。
……明らかに面白がってここを選んだな、こいつ。
イラっとしたので、乗ってやることにした。
羞恥心をかき消して、鈴音の目を見つめて口を開く。
「"これからは毎日、君と笑って、同じ時間を生きたい。愛してるよ、愛しい人"」
決まった……! ちゃんと噛まずに完璧に言い切れたぞ!
「どうだ! 俺はちゃんと言ったぞ、ほら、鈴音、も……?」
「…………ごめん。タイム」
蚊が鳴くような声でそう言ってきた鈴音は、暗闇でもハッキリと分かるくらい真っ赤になった顔を手で隠していた。
それを見て、俺の方も封じ込めていた羞恥心が飛び出てきてしまった。
「人のこと散々からかっといてこれくらいで照れるなよ……! むしろ笑うとこだろ今のは!」
「いや、だって……愛してるとか言われると……」
お前が言えって言ったんだろうが……!!
あの後、結局真面目に台本読みに付き合わされた俺は帰りが大幅に遅くなってしまい、母さんには盛大に叱られた。
そのことは仕方ないとして、それを見ていた美咲が大笑いしていたことだけは許せない。
歯磨きも終わって寝る直前、二階で鉢合わせた美咲は、ニマニマと嫌な笑顔を浮かべて近付いて来た。
「どこ寄り道してたの? 不良デビュー?」
「不良が夜中に大人しくお使いに行くわけないだろ」
「じゃぁなんであんなに時間かかってたの?」
「……公園をブラブラしてた」
鈴音と会っていたことは、こいつにだけは絶対言いたくなかった。
「ふーん。まぁどうでもいいけど」
「どうでもいいなら聞くなよ。……そういえば、お前は歓迎会の劇で何やるんだ?」
「魔法使い」
「結構目立つ役なんだな……練習とかしなくていいのか?」
「そんなのしなくても楽勝だもーん。たとえ間違えたとしても、あたしの愛嬌で誤魔化すから平気!」
「……」
鈴音は、こいつの図太さを少しくらい分けてもらった方が良いんじゃないだろうか。
「それに比べて鈴音は偉いんだよ。ほぼ毎日放課後居残って練習してるんだもん。なんかもう最近は本物のシンデレラに見えてきたレベル」
「すごいレベルだな……あんまり無理しないように言っといてくれ」
「言っても聞かないよ。それに本人がやりたいから仕方ないし」
俺の想像以上に練習しているらしい。流石に倒れるようなことはないと思うが、それだけ頑張っているなら、やっぱり報われてほしいなと思ってしまう。
そのために俺に出来ること……なんて、あるわけないか。学校が違うんだし。
「……あ。劇って何日なんだ?」
「来週の木曜だよ」
「なるほど……ちょうどいいな」
思わず呟いた俺に対し、美咲は「なにが?」と言って、不思議そうに首を傾げた。
◆ ◆
そして次の金曜日。
帰りのHRが終わって校門に行くと、やはり鈴音の方が先に来ていた。
俺たちのクラスのHRは他のクラスよりも長くなる頻度が高いので、基本的に彼女を待たせてしまうことになって毎回申し訳ない。
「遅くなって悪い」
「いつも謝罪から始まらなくっていいって。帰ろ」
歩きながら、隣を歩く鈴音の方をそっと窺う。
彼女はほぼ無表情だが、何も話していない時は割といつもこんな感じだ。少なくとも、何か嫌なことがあったようには見えない。
「歓迎会、どうだった?」
だからそう切り出してみたら、鈴音はパッと顔を上げた。
「上手くいったよ。ミスとかもなかったし」
「そっか、よかった。頑張ってたもんな」
「うん。みんな頑張ってたし、私のせいで台無しにならなくてよかった」
歓迎会なんて特に一大イベントでもないから、俺たちの時はみんな割と軽い感じでやってたのに。鈴音のクラスは相当真面目なんだろう。
感心しつつ、リュックの中からある物を取り出す。
「頑張った鈴音に、これをやろう」
「……なにこれ?」
「クッキーだ。怜央のおススメの店のだから、味は間違いない」
まあ、俺は食べたことないけど。女子から色々甘いものを貰っている怜央の知識は全面的に信用できる。
それにしても、歓迎会が六月でよかった。小遣いも無事入ってクッキーも買えたし、怜央にもちゃんと借りてた分を返せたし。
「なんで私に?」
「言っただろ。頑張ったからだ」
「ふーん……、……啓太ってこういう気遣い出来たんだ」
「そりゃ夜中まで練習してる姿を見ちゃったし、流石にな」
ちなみに美咲の分も買ってやった。多分俺からだって言ったら気味悪がるだろうから、母さんからってことにして渡してもらったけど。
鈴音はクッキーが入った包みをしばらく見た後、俺の方に顔を向けた。
「ありがとう。嬉しい」
こう素直に喜んでもらえると、こっちも身銭を切った甲斐があったと思える。
小遣いはまたピンチになってしまったが、そんなこと今は忘れよう。
「……ねぇ、今日って帰ったら宿題とかやる?」
「いや、昨日あらかた終わらせたから、ゲームでもやろうかと思ってた」
「だったら、ちょっと寄ってほしいところがあるんだけど」
「ああ」
また公園とかだろうか。
そんな軽い気持ちで承諾したんだが、鈴音の表情はやたらと真剣だった。
それに視線をあちこち動かしていて、何だかソワソワしているように見える。
「どこに寄りたいんだ?」
これはもしかしたら、相当言い辛いところなのかもしれない。
カラオケとか、ゲームセンターとかか?
どちらも下校中の中学生を連れて行きたいところではないが……今日くらいは付き合うべきなのかもしれない。
「……私の家」
と、思っていたら、予想の斜め上な場所を提案され、転びそうになった。
「い、家!?」
「そんなに驚かなくても……別に、初めて来るわけでもないでしょ」
「そりゃそうだが……でも」
篠塚家に訪問する時は大抵、怜央と一緒だった。
あいつがいない状況、しかも美咲すらもいない状況でお邪魔するなんて、初めてのことじゃないだろうか。
というか、これは行ってもいいものなのか? もしかして普通なら断るべきシチュエーションか?
ぐるぐると頭の中で悩み続ける俺の服の裾が、弱い力で引っ張られた。
「……ダメ?」
どこか不安げな表情で、こちらを見上げながら尋ねてくるその姿に、
「だ、ダメ……では、ない……」
俺が逆らうことなど出来るはずもなかった。
続く




