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秒でフラれた俺と実は俺にだけ甘い幼馴染の話  作者: 北条S


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第5話【金曜日の約束】

 通り雨だったのか、あんなに激しかった雨はすぐに止み、俺たちは公園を後にした。

 雨上がり特有の香りが漂う道を並んで歩きながら、俺は隣にいる鈴音の方を見られずにいた。


 つい勢いで金曜日の約束をしてしまったけど、よかったんだろうか。


(そもそも俺は今日、返事をしなくていいのか……?)


 多分……というか確実に、俺は鈴音に告白されている状態なわけで。それなのに何の回答も出さずに放置なんて、あまりに不誠実じゃないだろうか。


「あ、あの、鈴音!」

「ん?」

「……えっと」


 一瞬ひるんでしまう。


 昨日の夜、ずっと考えていた。俺は鈴音のことをどう思っているのか。

 初めて会った日からの出来事を延々繰り返し思い出し、考え過ぎた末に寝不足で今朝は寝坊までした始末だった。


 自分なりの結論は出たつもりなのだが、それを伝えたら彼女との関係は壊れてしまうかもしれない。

 それはすごく嫌だ――けど、このまま返事をせずに相手を待たせる方がもっと嫌だった。


「昨日のことだけど――」

「それなんだけどね」


 俺の言葉は遮られてしまった。

 鈴音はこちらを見ず、自分の髪を指でいじりながら続ける。


「……返事は何となく分かってる。啓太のことずっと見てたし、私がタイプじゃないのも分かってるし」

「……」


 確かに俺の出した答えは、鈴音とは友達でいたい、というものだった。


 彼女は俺にとって大事な幼馴染で、妹の親友で、親友の妹。

 軽い気持ちで付き合って、もし別れることになったりしたら、今まで築いてきた関係が崩れてしまうかもしれない。

 そう思うと恐くて、踏み出す決断をすることは出来なかった。


「……けど私たちって友達としての期間が長すぎて、距離も近いし、普通の人たちとはちょっと違うと思うの」

「それは……確かにそうかもな」

「だからこれはお願いなんだけど……結論出すの、夏休み前まで待ってくれないかな」

「え、でも」


 それは鈴音に対して不誠実なんじゃないか。そんな俺の言葉より先に、鈴音の言葉が続く。


「啓太はこういう引き延ばしとか苦手だと思うけど、最初で最後にするから……ダメ?」


 こちらを見上げられて、ダメだと言うことは出来なかった。


 言葉こそいつも通りだが、鈴音の表情は今まで見たことのないものだったから。

 泣きそうというほどではない。

 でも、少しでも俺が強い言葉を返したら、簡単に崩れてしまいそうに思えた。


 俺が何も言えずにいると、鈴音は再び視線を地面に向けた。


「…………なんて、変なこと言ってるよね」


 よく見ると、指先が制服の裾をぎゅっと掴んでいる。


 人に告白することがどれだけ勇気のいることかは、よく知っているつもりだ。

 その想いを断ち切られる辛さも。

 俺はいつだって、相手に断られたらすぐに諦めて、忘れるように心がけていた。

 一度だって追いかけたことはない。

 それが相手のため――しかし心のどこかでは、報われない感情を抱き続けることから逃げていたのかもしれない。


「変なことじゃない……と、思う」


 気が付いたらそう言っていた。

 俺より年下なのに、俺よりも勇気を出して提案してきたんだろう鈴音を突き放すことなんて出来なかった。

 それに、彼女の言うこともその通りかもしれないと思ったから。


「むしろ俺の方が結論を急ぎ過ぎてたのかもしれない……。相手を待たせたら悪いと思ってたが……一晩で出した結論で片をつけようとするのも、思いやりがないよな。ごめん」

「やめてよ、ここ全然謝るとこじゃないから」


 頭を下げると、鈴音は慌てたように手を振った。


「……むしろ自分勝手な提案してるのは私の方だし」

「自分勝手なんかじゃないさ。鈴音の言葉を聞いて、俺も納得したんだし」

「なんか……啓太って将来悪い人に騙されそう」


 なんて失礼なことを言うんだろうか。


 文句を言うためにそちらを見ると、鈴音と目が合った。その顔は先ほどとは違い、俺のよく知る涼しい表情に戻っていた。


「そのまま私に騙され続けてくれたらいいのに」

「……どういう意味だよ」

「好きになってほしいってこと」

「そ……それを騙されたって表現するのはどうなんだ……?」

「だって騙されでもしない限り、永遠に脈無しっぽいんだもん」


 自信があるんだかないんだか、よく分からない奴だ。


 ……普通に考えたら、俺なんて幼馴染でもなければ鈴音と会話すら交わせないような男なのに。

 どうしてここまで思ってくれるのか、正直まだよく分かっていない。いつか分かる日が来るのかさえ分からない。


「……あ、見て、虹出てる」

「雨上がりだからな」

「そういえば前にクラスの子が言ってたけど、虹が見えたら良いことの前触れなんだって。私、幸先いいかも」


 そう言って鈴音は、いつもと同じような笑顔を浮かべた。

 見慣れたその姿に、何故か胸が一瞬高鳴ったような気がしたけど、多分気のせいだと思うことにした。


◆ ◆


 それからあっという間に一週間が経って迎えた金曜日。

 今日は初めて鈴音と約束をして二人で帰る日……だと考えると、妙に緊張してしまうのは仕方がないことなのだろうか。


 落ち着け、俺。高校生にもなって何を見知った女子と二人で帰るくらいで緊張しているんだ。こんなことで焦っていたら色んな人に笑われてしまうぞ。


「柊、聞いてくれ、大ニュースだ!」


 心を静めていた俺の背中を思い切り叩いたのは、クラスメイトの吉田だった。

 力加減に文句を言おうとしたら、ずいっと手に持っていた何かを突きつけられる。


「これを見ろ!」

「……! 朝倉ヒカルさんのブロマイドじゃないか!」


 このブロマイドのお方は、俺と吉田の共通の推し――アイドルグループ・Melty☆Milkの最年長リーダー、朝倉ヒカルさんである。

 年上の魅力が詰まりに詰まったような女性で、俺たちは彼女を見る度に癒しを得ている。


「しかもアイドル衣装じゃなく私服風……美しい! どうしたんだこれ!?」

「SNSのキャンペーンで当選したんだよ、ほら、五枚一セット!」

「なんて羨ましい……」


 くそ、俺もSNSをやっていれば……いや、やってはいるんだが、あんまり開く機会がないんだよな。日々を普通に過ごしているだけだから、書き込むようなネタもないし。


「ふふふ、お前なら羨ましがってくれると思ったぜ。ほら、一枚やるよ」

「いいのか!?」

「唯一のリアル推し友だからな」

「ありがとう……!」


 深い感謝の念を感じつつ、吉田から受け取ったブロマイドを大事にクリアファイルに挟んでおいた。

 持つべきものは友人だな、うん。


 そうして吉田とはしゃいでいる間に、気が付いたら授業が始まってしまっていた。


◆ ◆


 そして放課後。急いで校門に向かうと、やっぱり鈴音の方が先に来ていた。

 帰りのHRの時間が長引いてしまった影響だ。


「悪い……待たせた」

「平気。そんなに走らなくてもよかったのに」


 走った影響で乱れまくった息を整えていたら、笑われてしまった。

 待たせたら悪いと思って、廊下は早歩き、校舎を出た瞬間ダッシュを決めたんだが、思ったよりも体力を持っていかれた。


 何度か深呼吸して落ち着いたところで、改めて鈴音に向き直る。


「帰るか」

「うん。……そういえば、お兄ちゃんはよかったの? いつも一緒に帰ってるんでしょ?」

「時間が合えばって感じだから、お互い別の人と帰っても気にしてない」

「ふーん。今日、お兄ちゃんを連れてきたらどうしようかと思ってた」

「それは……流石にしないって」


 一瞬脳裏を過りはしたが、そんなの乙女心が分からないどころか、人間心理が分かっていないレベルの愚行だと思ったから。


「啓太でもそういう雰囲気は読めるんだ」

「馬鹿にしてるよな……?」

「でもニブいのは事実でしょ。私、結構分かりやすかったと思うのに、何年も気付いてなかったんだし」


 それを言われると何も返せなくなるが……果たして本当に分かりやすかったんだろうか。


 舗装の少しひび割れた道路を歩きながら、鈴音の授業の話なんかを聞く。

 高校から離れるほど生徒たちの喧騒は少なくなり、代わりに自転車のベルや犬の鳴き声などが聞こえるようになる。


 もうすぐ曲がり角が見える。そこを曲がれば、家の近くの商店街に出る――そんなところで鈴音が不意に立ち止まった。


「どうかしたか?」

「もしかしてこのまま普通に帰る感じ?」

「そりゃそうだろ」

「……」


 なんだよ、そのあからさまに不機嫌そうな表情は……。


「どこか寄って帰ろうよ」

「中学は寄り道禁止だろ」

「……」


 正しいことを言ったはずなのに、さらに不機嫌そうな表情に変わるのは何故なんだろうか。


「真面目過ぎ……そんなの守ってる人あんまりいないって」

「鈴音たちは守ってるじゃないか。買い物とか行く時も、家に帰ってから出かけてるし」

「あれは、美咲が買い物するなら私服が良いって言うから」

「マジか……」


 てっきりきちんと校則を守っているんだと思っていたのに……まあよく考えれば、鈴音はともかく、美咲はそういうタイプではないか。


「だから寄り道して帰ろ」

「……だが、俺には今、金がない」

「何でお金がかかる前提なの……別に必要なら私が払うけど」

「女子に奢ってもらうわけにはいかないだろ……!」

「なにその変なプライド」


 変だと言われようと、俺には譲れないラインが存在する。こっちが奢るならともかく、奢ってもらうなんて想像するだけで無理だ。


「じゃぁお金かからないとこならいいの?」

「まあ……それなら……」

「それなら公園に行こ。ちょっと歩いたとこに静かな場所があるの」


 前に美咲と一緒に見つけたんだ、と言う鈴音に、俺は頷いた。



続く

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