第41話【クリスマス-2】
悩みに悩んだ挙句、俺はブックカバーを贈ることにした。本好きの鈴音ならとっくに持ってそうではあるけど、いくつあっても困らない……はず。
約束の時間になったのであらかじめ決めていたお店に行くと、やはりというかなんというか、鈴音が先に着いていた。
「ごめん、なんかいつも待たせてるな」
「私が早く来てるだけだから。なに頼む?」
メニューを見て、美味しそうだと思ったケーキセットを注文する。
店員さんが立ち去った後、鈴音は楽しそうな表情で俺の方を見た。
「プレゼント、ちゃんと選んでくれた?」
「ああ。ほら、メリークリスマス」
ラッピングしてもらった袋を受け取った鈴音は、丁寧な手つきで開封した。
中から出てきたのは、深い緑色のブックカバー。表面には刺繍が施されていて、俺的にはかなりオシャレだと思っている。
「へえ、啓太なのにセンスいいね」
「なんだその引っかかる褒め方は……」
「冗談だよ、ありがとう。はい、私からのプレゼント」
差し出されたのは、赤い包装紙に包まれた箱。
普段なら雑にラッピングを剥いでしまうが、流石に人前でそんなことは出来ず。慎重にテープを剝がしている俺を見ながら、鈴音はココアを飲んだ。
「よし、開けれた! これは……手袋?」
「さっきなくしたって言ってたから、ちょうどいいかなって」
「ああ、なるほどな! ありがとう、大事にするよ」
「来年なくしたって言ったら本気で怒るからね」
……頑張ってなくさないようにしよう。
「ケーキ頼んだけど、そういや夜も家で食べるんだよな……」
「いいじゃん。甘いものはどれだけ食べても幸せにしかならないし」
それは鈴音だけでは……と思ったけど、言わないでおく。
「今年は受験があるからあれだけど……来年のクリスマスは二人で旅行でも行かない?」
「旅行は……どうなんだろう。おじさんたちが反対するんじゃないか?」
「その頃にはもう高校生になってるんだし平気だって。日帰りだし」
「あ、なんだ……日帰りか」
ホッと息をついた俺を見て、鈴音は意地悪そうな笑顔を浮かべた。
しまった……ついうっかり口を滑らせてしまった。
「もしかして泊まりがよかったの?」
「いや……そもそも未成年だけだと泊まれないだろ」
「あ、確かに。じゃぁ私が18過ぎたら行く?」
「……お前、からかってるだろ」
「うん」
良い笑顔で頷きやがって……。
こっちばかりドギマギさせられるのはあまりに悔しいので、俺はコーラを一口飲んでから、小さく咳払いをした。
「ま、でもいつかは本当に行ってみたいよな。泊まりで旅行」
「え?」
「一日中鈴音を独り占め出来るなんて最高だからな」
「……からかってるでしょ?」
力強く頷くと、力強く手の甲をつねられたので悲鳴を上げてしまった。
自分はからかってくるくせに、からかわれると拒絶するのは何なんだろうか……Sなのか。
その後は、施設内を見て回ったり、ゲームコーナーで遊んだりして過ごした。クレーンゲームで、必死でぬいぐるみを獲得した辺りで気が付く。
「なんかこれって全然クリスマスデートっぽくなくないか!?」
「今更? 啓太がネットで調べたデートは全部ディナーとか夜景とか、夜にしか出来ないようなことばっかりだったんだから仕方ないじゃん」
「う……」
そうだった……クリスマスデートといえば夜というイメージなのか、どこを調べても夜景やらイルミネーションやらの情報ばかりで参考にならなかったのだ。
「別にいいじゃん。クリスマスだからって気取ったデートする必要もないんだし」
鈴音は取り出し口からぬいぐるみを持ち上げ、俺に手渡した。
「私は普通に遊んでるだけでも楽しいよ。啓太は違う?」
「……いや、楽しい」
「なら次は対戦するやつやろうよ」
歩き出した鈴音の背を追いかけながら、ふと考える。
でも夕方くらいになればもう辺りも暗いし、イルミネーションも綺麗に見えるんじゃないだろうか。鈴音はああ言ってくれたけど、少しでも思い出に残るクリスマスにしたい。
「よし! 鈴音、帰りにイルミネーション見て帰ろう!」
「いいけど……なんでそんなに張り切ってるの」
「やっぱクリスマスっぽい感じのことしたいなと思ったから」
「ふーん。雪の結晶には感動しないのに、そういうのは気にするんだ」
雪の結晶をスルーしたこと、根に持たれていたのか……。
「わ、悪かったよ。後で外出た時にまた見つけようぜ」
「うん――って……啓太、ちょっと」
いきなり回れ右した鈴音に手を引っ張られ、無理やり逆方向に向かって歩かされる。
一体何だと思いつつもついて行くと、かなり歩いた後、ようやく足を止めた。
「どうしたんだよ」
「……瀬戸先輩がいた」
「あー……俺もさっき見かけた」
そこそこ広い施設なのに、こう何度も遭遇するのは不運としか言いようがない。
「なんか知らない人もいっぱいいたけど……クラスメイトと遊んでるとか?」
「というより、なんか合コンみたいな雰囲気だったぞ。男子も女子も特定の誰かとじゃなく、全員とベタベタしてたし」
鈴音は興味なさげに「ふーん」と言った後、周囲を見回した。
「鉢合わせたら嫌だから、別のところに行こ」
「ああ。一階にある本屋とかどうだ」
「うん。私も気になってる漫画あったし、チェックしときたい」
というわけで、自然と早足で一階へ向かうことになった。
◆ ◆
その通りに入った瞬間、周囲の空気が変わった気がした。
街路樹に巻きついた光が、視界いっぱいに広がる。幹から枝先まで小さな電球が絡みついていて、一本一本の木がそのまま発光してるみたいだった。
頭上で枝が重なって、光のトンネルみたいになってる。その下を歩くだけで、なんか別の場所に来たみたいな気分になるから不思議だ。
「……すごい」
隣で小さく漏れた声に、つられて視線を上げる。並んだ光が、やけに綺麗に見えた。
「こんだけ綺麗なら、みんなイルミネーションを見に来るわけだよな」
「そうだね」
しばらく何も言わずに歩いた。周囲にはたくさん人がいるのに、やけに静かに感じる。
「……ねぇ」
「ん?」
「手、冷たくない?」
鈴音はそう言って、こっちの手を軽くつついてきた。
「……素直に手を繋ぎたいって言えばいいのに」
「別にいいでしょ」
そっぽを向きつつも、指を絡めてくる。
言葉とは正反対な行動に苦笑しつつ、そのまま大人しく繋がれることにした。
少し歩いて、ある場所で立ち止まった。
「せっかくだし写真撮ろうよ」
そういえば付き合ってから二人で写真を撮ったことはなかったと気が付き、すぐに頷いた。
スマホを構えた鈴音の方に少し寄ると、若干不機嫌そうな表情をされる。
「もっとちゃんと近付かないと見切れるよ」
「……それもそうだな」
俺が近付いたのを確認して、カシャッと音が鳴った。鈴音が画面を覗き込んで確認している間、先ほどの距離感の近さに動揺し過ぎて俺は何も言えなかった。
「うん、ちゃんと撮れてる。……なに固まってるの?」
「い、いや、やっぱりちょっと寒くて」
「ふーん……啓太の顔、めっちゃ緊張してて面白いよ。見る?」
「……見たくない」
「あとで送るね」
ご機嫌そうにイルミネーションの中を進んでいく鈴音。溜め息をついた後、俺もそれに続いた。
ふと周囲を見ると、立ち止まった男女がキスをする瞬間を目撃してしまい、即座に視線を逸らした。
家族連れもチラホラ見かけるけど、流石に恋人が多いな……俺たちもそうなんだけど、妙に気まずいのは何故だろう。
「ね、私たちも恋人同士に見えてると思う?」
「えっ、まっ、まあ……そうなんじゃないか?」
「……兄妹じゃなきゃいいんだけど」
俺の方に近付いて来た鈴音は、再び俺の手を握った。
「家族には見えないって。残念ながら俺と鈴音は微塵も似てない」
「似ててほしかったの?」
「そりゃ似てたら怜央みたいな美少年になれるからな!」
「なってどうするの?」
「へ?」
どうするって……そりゃあ……、……どうするんだろうか?
俺は怜央に憧れているけど、それはあくまで内面含んでのことであり、面だけ怜央に似ても何ら意味はないことに今更気が付いた。
「……モテたいの?」
「も、もて?」
いきなり何を言うんだと思って鈴音の方を見ると、拗ねたような視線とぶつかった。
それだけで彼女が嫉妬していることが分かって、笑ってしまった。
「バカだな。鈴音がいるのにそんなこと考えるわけないだろ」
「どうだろうね」
「何でそんな疑い深いんだ……」
「年下だから」
俺は一体いつまで年上好きをこすられ続けるのだろう……永遠にか。
握っていた手を引っ張って、鈴音を自分の方に引き寄せた。
「年とか関係なく、鈴音だから好きなんだよ」
「……啓太、なんかキザになったね」
「素直になったと言ってくれ……もう二度と別れ話なんてしたくないからな」
鈴音は黙ったまま少し身を寄せてきた。
「なんか色々ごめん。私も啓太のこと好きだよ」
じっと目を見つめられる。それだけなのに、なんとなく空気が変わった気がした。さっきまでみたいに、軽く茶化す感じじゃない。
イルミネーションの光が、鈴音の横顔をぼんやり照らしてる。
そのまま彼女がゆっくり目を閉じたのを見て、流石に察する。
「……」
周囲の目とか、そういうことを考える前に体が動いてた。
顔を寄せ、少しだけ迷って、軽く触れた。
本当に一瞬。自分でやっておいて、触れたかどうかも曖昧なくらいの短いもの。すぐに離れると、鈴音はゆっくり目を開けた。
「来年も二人で過ごせるといいね」
そう言って微笑んだ鈴音の顔がいつもより綺麗に見えて、俺はつい返す言葉が上擦ってしまった。
続く




