第40話【クリスマス-1】
鈴音とのすれ違いを何とか乗り越えた俺は、その翌日、古谷さんを呼び出して返事をした。
その時の姿は結構無様だったと思うので、あまり思い出しくない。告白を断るのも勇気がいることなんだと思い知らされた。
ただ驚いたのが、古谷さんは俺に彼女がいることを認識していなかった。
鈴音が初めて怜央とコンビニに訪れた日、古谷さんに「一緒にいた女の子は?」と聞かれた俺は「彼女」だと答えたが、古谷さんはそれを「一緒に来ていた怜央の彼女」だと思っていたらしい。そういえば、二人が兄妹であることを言っていなかった。
そのことを訂正したらすごく謝られてしまったけど、悪いのはちゃんと「自分の彼女」と言わなかった俺なので、逆に申し訳なかった。
まあ、そんな感じで古谷さんとの件は無事解決(と言うと変な表現になるけど)したわけだが。
「そんなに固くならないでよ。別に初めて来たわけでもないでしょ」
「そう言われても……」
俺は今、また別の問題で頭を抱えていた。
現在の時刻は八時半。いつもなら家でゴロゴロしている時間帯なのに、どうして鈴音の部屋で二人きりになっているのか?
それは、ばあちゃんの家から送られてきたりんごをお裾分けに来たら、おじさんとおばさんに何故か大歓迎され、ついでに鈴音の勉強を見てあげてほしいなどという出来る訳がないお願いを受けたからだ。
……いや、何を自問自答しているんだ、俺は。いい加減落ち着こう。
「にしても、おじさんたち妙にハイテンションだったな」
「酔ってるの。なんか大きな仕事が終わったらしくて、今日の夕飯はご馳走だった」
「なるほど、それで……」
平常時なら、流石にこんな時間に引き止められることなどないので、おかしいと思っていた。
「巻き込んじゃってごめんね。お父さんたちには私から言っておくから……帰る?」
「えっと、ちなみに勉強中だったのか?」
「今は違うけど、なんで?」
「違うなら、せっかくだしちょっと話したいなと思って」
「……。可愛いこと言うからビックリしちゃった」
全然可愛くはないと思うが……鈴音に対しては素直にならないと、また変な誤解をされたら嫌だからな。
「なら話そっか。あ、なんなら泊まってく? ベッドは狭いだろうから、布団に寝てもらうことになるけど」
「そ、それはダメだろ、流石に……おじさんの酔いが醒めたらぶん殴られる……」
つい動揺して答えた俺を見て、鈴音は首を傾げた。
そして数秒後に「あ」と、何かに気付いたような声をあげる。
「泊まるのはお兄ちゃんの部屋にだよ」
「え?」
「ふふ、どこだと思ったの?」
笑ってるってことは分かってるだろうに聞いてこないでほしい……そうだよな、普通に考えて怜央の部屋以外ないよな……。
「私の部屋だとお互い緊張して眠れないでしょ」
「……鈴音も緊張とかするんだな」
「当たり前じゃん。寝てる時って油断しまくりだろうし、変な顔見られたくないし」
鈴音に変な顔なんてあるんだろうか……あるとしても、それはそれで見てみたい。
そう思っていたら、突然ベッドの下から黒い塊が出てきた。
「お、クロ、そんなところにいたのか」
「この季節になると部屋に忍び込んでくるの。可愛いでしょ」
背を撫でると、「にい」と小さく鳴くクロは確かに可愛い。
「相変わらず人懐っこいな」
手に頬擦りしてきたかと思うと、俺の膝を手で何度か踏んで確かめた後、膝に乗っかってきた。そのまま丸まって、目を瞑っている。
「ゴロゴロ言ってるね」
「撫でられるのが好きなんだな」
どこを撫でても喉を鳴らすのが面白くて、つい撫で回してしまう。
「……啓太」
「ん?」
「話するんじゃなかったの?」
「あ、ああ……話す話す」
何故か立ち上がり、俺の隣に腰を下ろす鈴音に若干動揺しつつも頷いた。その拍子に、本棚が目に入った。
「そういや最近、本屋に寄ってないな」
「集中するために、受験が終わるまで小説封印してるの」
「へー、偉いな。美咲なんて今日もアニメ見てたのに」
「美咲は趣味でリラックスするタイプだから」
リラックスばかりなのが問題な気もするんだが……あんな感じで本番は大丈夫なんだろうか。
「そういえば啓太、クリスマスの予定は?」
「へっ!?」
「なにそんな驚いて……変なこと聞いた?」
「あ、いや……実は明日誘おうと思ってたんだ。クリスマスといえば、やっぱ二人で出かけたいなって……」
伝えると、鈴音はキョトンとした顔になった。
「そっか……付き合ってたら普通そうだよね。私、例年通り過ごすつもりだったかも」
小さい頃は両家合同でクリスマス会を開いたりもしたけど、ここ数年はお互いの家族で済ませることが多い。俺たちのところは、夕飯にチキンとケーキを食べるだけで特にパーティーっぽいことはしない。
「前に怜央が言ってたけど……鈴音たちの家は盛大にパーティーするんだっけ?」
「なんかクリスマスはいつも二人揃って休み取って、お祝いみたいな感じにするの。うちの両親、普段はあまり家にいないからこういう日くらいはって」
そういう事情なら、無理に付き合わせるのは悪い気がしてきた。
「あ、でも夕飯の話だから、それまでは予定ないよ」
「そうなのか? じゃあ、遊びに行こうぜ」
「うん。クリスマスデートだね」
「そうストレートに言われると恥ずいな――って、わ」
膝の上で丸まっていたクロが起き上がり、その場でグルグル回った後、再び膝に寝転がった。今度は体を伸ばした状態でリラックスしているらしい。
「ほんと可愛いな、こいつ」
背中をわしゃわしゃ撫でると、ニャーと一鳴きして、眠りに落ちたらしい。
猫ってもっとツンツンしてるものだと思ったけど、オスだとそうでもないんだろうか。
そんなことを考えていたら、服の裾を引っ張られる感覚がした。
「どうした?」
「クロばっかり構わないでよ」
「…………は?」
思わず「は」とか言ってしまった。
だってまさか猫に対抗してくるなんて……。
「子供っぽいなこいつ……って顔やめてよ」
「そんな顔はしてないけど……」
むしろ可愛いなって思ったんだが、この空気で言うのは恥ずかしいのでやめておく。
鈴音はクロの背を軽く撫でた後、俺の手に手を重ねた。
「せっかくだし、クリスマスどこに行くか考えよ」
「そうだな。あ、前にネットで調べたんだけどさ――」
そんな話をしている間に時間が経ち、俺が帰る頃にはすっかり酔いが醒めたらしいおじさんたちに見送ってもらうことになった。
◆ ◆
クリスマス当日は雪が降った。朝のニュースで、テレビの中の芸能人がホワイトクリスマスだと騒いでいた。
風情が分からない俺にとっては単なる寒い日なだけで、そうテンションは上がらなかった。
「見て見て、雪の結晶」
しかし、意外にも鈴音には好評なようだ。
相変わらず俺よりも早く待ち合わせ場所に着いていた彼女は、手袋をつけた手の平の上に大きめの結晶が乗っかったのを見てはしゃいでいる。
「それより寒いから早く店に行こうぜ」
「啓太って季節や自然に対する感動とかないよね」
「ないな……冬は寒いし夏は暑い。それしか感じたことない」
鈴音が信じられないものを見る目で見てきたけど、事実だから仕方ない。
今は雪よりも、待たせてしまったことで体が冷えているであろう鈴音が風邪を引かないように、室内に移動することの方が大事だ。ついでに俺も寒いし。
「というか、寒いなら手袋して来ればよかったのに」
「運悪くなくしたんだ」
「もう……じゃぁ、はい」
手を差し出されたので、遠慮がちに握り締めると、当たり前かもしれないが温かかった。
「行こっか」
にこりと微笑んだ鈴音に頷いて、俺たちは並んで歩き出した。
クリスマスといえばプレゼント交換だが、準備する時間もなかったので、当日各々で選ぶことにした。
というわけで、ショッピングセンターにやって来たのだが――よく考えればこれだと別行動になってしまうことに、別行動になってから気が付いた。
「こんなことなら一緒に見て回ればよかった……」
己の計画性の無さのせいで、一人寂しく店内を見て回る羽目になった。
すれ違うお客さんはみんな友達や恋人、家族と連れ立って歩いていて、それを見ていると嫌でも虚しさが増してくる。
早く鈴音と合流したいところだけど、かといってプレゼントを適当に選ぶわけにもいかない。
「……ん?」
ふと、通り過ぎたフードコートの席に、男女三人組が座っているのが目に入った。その中の一人が、見知った顔であることに気が付いてしまう。
「げ……瀬戸先輩」
げ、とか言うのは失礼な気もしたが、彼との間にあったことを思い出すと、それも仕方ない。
怜央曰く、あの人は鈴音たちの家の前にまで来たらしいし……正直あまり良い印象がない。
向こうに見つかって気まずい思いをする前に立ち去ろうと思ったら、ドーナツを乗せたトレイを手にした三人組がそこに合流した。
男三、女三の計六人で、何だか仲睦まじく話している。
「クラスメイトか何かかな……」
そう呟いた時、男の内の一人が隣に座っていた女子の肩を抱き寄せたのを見て、思わず硬直した。
他の人たちも、友達とは思えないスキンシップの仕方をしていて……なんというか、まるで合コンみたいな雰囲気だった。
まあ、クリスマスの楽しみ方は人それぞれだしなと思いつつ、早足でその場を離れる。
にしても、瀬戸先輩は鈴音のことが好きらしかったけど……あの様子を見るに諦めてくれたんだろうか。
クリスマスにまで瀬戸先輩のことを考えるのが嫌だったので、そこまで考えたところで思考を切り替え、俺は真面目にプレゼントを探し始めた。
続く




