第36話【好みのタイプ】
お互いのジュースがほぼ同時に空になったので、俺がまとめてお代わりしに行くことにした。
廊下を歩いていると、何人かのお客さんとすれ違った。休日ということもあり、店内は結構混み合っている。
目が合うのが気まずくて下を向いていると、
「あれ?」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、顔を上げた。
「あ、やっぱり柊君だ!」
「古谷さん……なんでここに?」
「普通に友達と遊びに。で、飲み物取りにきたとこ。そっちもでしょ?」
頷きつつ、なんとなく気まずくなってしまうのは、さっき鈴音と彼女に関する話をしたせいだろう。
「柊君は何にするの?」
「コーラ一択です」
「へー、好きなんだ。私はドリンクバーって毎回違うの選んじゃう。なんかその方がお得な気がして」
「なるほど……って、古谷さんもコップ二個ですね」
「うん、同じタイミングで飲み終えたからついでに頼まれた」
言いながら、メロンソーダを注ぎ始める古谷さん。
俺も隣でコーラを選択しつつ、ふと見上げると、映画のポスターが目に入った。
「古谷さんはどんな歌歌うんですか?」
「んー、無難に流行ってる曲とか。ほぼ聞き専だけど……って、あのポスターめっちゃ前の映画じゃん」
古谷さんも上を見て、俺が見てるのと同じポスターを発見したらしい。
「一時期すごいCM流れてましたよね……見ましたか?」
「友達と見に行ったよ。なんかねー……んー……胸キュンする感じだった」
言い方的に、多分そんなに面白くなかったんだろうな……。
「柊君は恋愛ものとかあんまり見ない?」
「実写はほぼ見ませんね……漫画とかはたまにくらい」
自分が恋愛する時の参考にはしたりするけど……漫画みたいに上手くいったことはない。
「へー。女の子に興味ないの?」
「……なければアイドルを推してないですよ」
「それもそっか。じゃぁ好みのタイプは?」
「えっ……いやー……」
素直に言うのは流石に恥ずかしかった。
そもそも年上の人に言っていいことなのかも分からないし。
「って、ごめんね、なんかセクハラみたいなこと聞いちゃった。柊君ってなんか話しやすいから変なことまで話しちゃって、迷惑だよね」
「いえ、そう言ってもらえると嬉しいです……けど好きなタイプは恥ずかしいんで言わないです」
そこでようやくジュースを注ぎ終わったコップを手に取る。
古谷さんの部屋も同じ方向だと言うので、並んで歩くことにした。
「……そういえば、古谷さんの服いつもと感じ違いますね」
「いつもは学校帰りだから割とラフな格好だしね。スカートとか履いちゃって変だよねー」
「似合ってますよ」
「えっ!?」
そんなに驚かなくても……誰に聞いても同じような感想だと思うんだが。
しかし古谷さんにとってはよほど予想外だったのか、危うくコップを落としかけるくらいには衝撃を受けていた。
「そんなあからさまなお世辞言わなくてもいいんだよ……」
「お世辞ではないですけど」
「……柊君ってなんか……なんだろ。妹さんがいるからそんな感じなのかな」
どういう感じだろうか、と思っていたら、向こうから女の人が歩いて来た。
すれ違う時に並んでたら迷惑だから一歩下がろうとした時、向こうが駆け足で近付いて来る。
「里沙ー、一人だと大変だろうから手伝いに来た」
古谷さんに声をかけたのを見て、彼女の下の名前を初めて知った。
「……ってか誰? 友達?」
「同じバイトの子」
「あー、例の。……ふーん? へー?」
「どうも」と言いながら頭を下げると、何故か上から下まで見られ、とにかく落ち着かなかった。
目の前の女の人は、髪型や服装がまるでモデルさんみたいで、俺とは縁遠いタイプ過ぎてどう対応すればいいかも分からない。
「ちょ、ちょっと、失礼だからあんまジロジロ見ないでよ。ごめんね柊君、またバイトで」
「あ、はい、また」
持っていたコップの一つを女の人に押し付けながら、早足で立ち去っていく古谷さん。
少し離れた場所から見ると、いつもと雰囲気の違う古谷さんはまるで知らない人みたいに見えた。
「大学生ってやっぱ大人なんだな……」
そんな当たり前のことをしみじみ感じた。
ルームに戻ると、不思議そうな表情の鈴音に出迎えられた。
「遅かったけど、何かあった?」
「ああ……えっと、バイトの人と偶然会って」
言い辛かったけど、言わない方が変な気がしたから素直に答える。
「ちょっと話してた。待たせてごめんな」
「ふーん……なんというかタイムリーだね」
「で、でも断じてやましいことは何もない!」
「そんな叫ばなくても分かってるよ。疚しいことがあったら会ったことすら黙ってるでしょ」
ジュースを手渡してから鈴音の向かいに腰を下ろすと、鈴音の表情が少し不機嫌なものに変わった。
「なんでそっち座るの」
「え、いや……隣のままだと鈴音が歌い辛いかと思って」
鈴音は立ち上がり、スタスタと俺の隣へと移動してきて、迷わずそこに座った。
……歌い辛いっていうのは単なる言い訳で、本音は恥ずかしかったからなんだが……流石にこれで俺が移動したら怒られるよな。
「二人で来て並んで座るのって慣れないな。怜央と来る時はいつも対面だから」
「お兄ちゃんと比べないでよ……ちなみに、バイトの人とは何の話してたの?」
「貼ってあったポスターの話とか……服装の話とか」
全然大した話じゃないんだが、何故か鈴音はムスリとした顔になってしまった。
「えっと……なんか、ごめんな」
「別に……妬いてないよ。妬かないようにするって言ったばかりだし、子供じゃないから」
言動と行動が全く合ってない。
けど、そっぽを向いた鈴音がやけに可愛く見えて、思わず笑ってしまった。
「……なんで笑うの」
「いや、可愛いなって思って」
「……馬鹿にしてるでしょ」
「してない。俺が冗談で可愛いって言わないことくらい、鈴音が一番分かってるだろ」
鈴音の視線がせわしなくキョロキョロと彷徨った後、俺の方に向けられる。
「そういうことなら、信じてあげてもいいけど」
やけにぶっきらぼうな言い方にまた笑ったら、今度は軽く叩かれてしまった。
◆ ◆
古谷さんに聞かれて気が付いたが、現在の俺の好みのタイプは、果たして「年上」なのだろうか。
鈴音と付き合っている以上、そう主張することに違和感を感じてしまう。
という話を、下校しながら怜央に話してみた。
「好みのタイプと実際付き合ってる人は大抵違うものだと思うよ」
「そうなのか……!?」
「もちろん同じ人もいるだろうけど……それはよほどこだわりのある人だけじゃないかな」
そういうものか……あ、だから怜央は前に俺に対して視野を広げるべきだって言ってたのか。
「だからまあ、啓太の好みのタイプが年上のままなのは別に矛盾してないと思うよ。鈴音の前でわざわざ言うのはおススメしないけど」
「もちろん言ったりはしないが……」
「というか、啓太ってもう一つ分かりやすいタイプがあるよね」
「え?」
「気さくというか、明るい人」
確かに今まで好きになった人たちはそういうタイプが多かった気がする。
……というか、ほぼ全員そうだな。
「啓太君おもしろーい、アハハーって言ってくれる感じの人が好きなんだなって、丸分かりだったよ」
「自分では全く気付いてなかったんだが……」
「無自覚だったんだ。多分鈴音も気付いてるよ」
「う……」
それはなんか嫌だな……。
にしても、年上で明るい人が好きらしい俺が今付き合っているのがほぼ真逆のタイプの鈴音っていうのは、何だか不思議な感じだ。
「ま、そんな風だったから鈴音が見向きされないのも理解出来たし……だから今、鈴音が啓太と付き合えていて本当によかったと思ってるよ。ありがとう」
「――」
いきなり予想だにしないことを言うものだから、言葉が出なかった。
そんな俺の反応を見て、怜央は不思議そうに首を傾げる。
「いや、まさか礼を言われるなんて思わなかったから……むしろ怜央には恨まれる立場かと」
「なんで恨むのさ。……あ、大事な妹を奪いやがって、みたいなノリ? そんなこと言うほどシスコンじゃないよ」
「そうか……」
あんな可愛い妹がいてシスコンにならない怜央はすごいな、と思っていたら、
「啓太だって、僕が美咲ちゃんと付き合ったって怒ったりしないでしょ?」
何となく怜央の気持ちが分かった気がした。
……いや、やっぱり分からんな。
だって俺と怜央じゃ格が違う。怜央と美咲が付き合ったら、俺は怜央に対して「本当に美咲でいいのか」と問いかけるレベルだけど、俺と鈴音はそうじゃない。
「表情で何考えてるか大体分かるけどさ、僕は鈴音の相手が啓太で嬉しかったよ。他の奴だったらもっと反発してたかも」
「怜央……お前、本当に良い奴だな」
「別に褒められるようなことでもないけど」
バシバシ背中を叩くと、怜央は困ったように笑った。
「……あ、鈴音で思い出したんだけどさ、前に会った……鈴音の同級生のお兄さんいたじゃん」
「ああ……瀬戸先輩」
嫌な思い出がよみがえり、つい表情に出てしまった。
それを何とか引き締めていると、怜央は腕を組んで顔を俯かせた。
「この間、鈴音と出かけようとした時に……家の前で待ってたんだ」
「は!? え……何故?」
「何か用事があったみたいだけど、僕が一緒だって気付いたら挨拶だけして立ち去って行っちゃった。鈴音にはその後接触があったかもしれないけど聞いてない」
聞いているだけでモヤモヤして、今すぐ鈴音のところに行って事情を聞きたくなったけど……多分用件というのは進路のことだろう。
だとしたら俺が過度に口を出すのも違う気がするし……難しい。
鈴音に頼られたら動く、くらいの方がいいんだろうか。
「多分僕には相談しないだろうから、何かあったら啓太が力になってあげてね」
「ああ、任せてくれ……って言っても、俺にも相談してくれるか分からないけど」
「一人で抱え込んじゃうタイプだからなぁ……」
やっぱり、今度改めて鈴音に話を聞いてみた方がいいのかもしれない。
続く




