第35話【モヤモヤの解消】
「レジお願いしまーす」
「……かしこまりました」
自分の声が暗くなるのを感じる。でもそれも無理はない。
何が悲しくて、実の妹に連日レジ対応しなくちゃならないのか。
バーコードをスキャンしつつ、じろりと睨みつけると、美咲は素知らぬ顔で隣にいる鈴音に話しかけ始めた。
ここ最近、二人は毎日のように俺の働いているコンビニにやって来る。
店内を巡った後、ジュースや文房具なんかを購入して、俺に何か話しかけてくるわけでもなく帰っていく。
それは今日も同様で、会計が終わると二人はさっさと帰って行った。
……何なんだ本当に。まさか俺を茶化すためだけに来てるわけではないだろうけど、他に用事があるとも思えない。
「すごいね、今日で何日連続? 妹さんと仲良いんだね」
あまりに毎日来るものだから、古谷さんにも妹の存在をすっかり認知されている。
「仲が良いとは程遠いはずなんですけどね……」
「そうなの? なら家から近いとか?」
「いえ、もっと近所にコンビニがあるんで……なんで来るのか本当に謎なんですよね」
「へー……お兄ちゃんがちゃんと働けてるか心配とか?」
そんな心配をしてくれるような可愛げがあいつにあるとは思えない。
それに、そういう理由なら鈴音を付き合わせたりはしないだろう。
「何考えてるのかさっぱりです……」
「そっかー。じゃぁ本人に聞いてみたら?」
「……あ、なるほど」
とても単純な手だったが、何故か今まで思いつきもしなかった。
というわけで、帰宅した後に早速聞いてみることにした。
ココアを手に自分の部屋に行こうとしていた美咲を呼び止め、母さんたちに聞かれないよう廊下で話をする。
「なんで毎日バイト先に来るんだ?」
「内緒」
俺の質問を予測していたかのような即答っぷりだった。
「話それだけ? じゃ」
「ちょ、ちょっと待てって。特に用事がないならわざわざ来るなよ」
「……なんで? ちゃんと買い物もしてるし、話したり長居もしてないじゃん。お店の人に迷惑って言われたの?」
「いや、そういうのは全然……」
むしろたまに一緒のシフトになる店長は「毎回買い物してくれて嬉しい」って言ってくれたくらいだけど。
「家族に働いてるとこ見られるのが嫌なんだよ。それに……鈴音だって毎日買い物に付き合わせちゃ悪いだろ」
「ふーん。……ところでさぁ、最近もう一人のバイトの人、いつも同じ人だよね。例の女の人」
確かに最近のシフトは常に古谷さんと被っている。
この間聞いたところによると、買いたいグッズが立て続けに発売するらしく、お金が必要でシフトを増やしたらしい。
にしても、妙に含みのある言い方だったけど……美咲の奴、まだ疑ってるのか。
「古谷さんにはちゃんと彼女がいることを伝えたし、何か起こったりするわけないって」
言っている途中で、不意に瀬戸先輩の顔が脳裏をチラついた。
けどあれは、鈴音の相手が俺だったからこそなんだろう。悲しい言い方をすると、つり合いのとれていない相手だから奪えそうとか思われているんだと思う。
「それに……正直な話、俺はモテないんだ」
「そんなの分かってるけど」
特に否定もなく、あっさり肯定された……事実だけどちょっと傷つく。
「……お兄ちゃんってさ、鈴音が好きなんだよね?」
「当たり前だろ」
「鈴音がバイト始めて、その間ずーっと特定の男の人と一緒だったらどう思うの?」
「それは…………でも、仕事だし……」
「その気持ちが、鈴音の今の気持ちなんじゃないの」
……俺は今、モヤモヤした気持ちになったけど。
でも鈴音が俺と古谷さんを見てそんな感情になっているなんて、彼女の執着心の強さを考慮しても正直考えにくい。
「俺がモテないのは鈴音も分かってるだろうし……」
「もーそのモテないアピいいって! なんなの? じゃぁお兄ちゃんはモテないから、唯一自分を好きになってくれた鈴音が好きなの!?」
「そんなわけないだろ!」
絶対に否定したくて、つい語気が強くなってしまった。しかし美咲は怯むことなくこちらを見てくる。
「そうじゃなくて……俺を好きになる人なんてそういないから、鈴音も心配しなくていいって意味だよ」
「あっそ。でもそれってお兄ちゃんの主観の話で……もういいや。話すのも飽きたし、部屋行くね」
俺の返事は待たずに自室に戻っていく美咲。
廊下に一人残された俺は、胸に重いものがのしかかった気持ちになった。
「鈴音の気持ちか……」
もしも俺と古谷さんを見て鈴音が嫌な思いをしているんだとしたら、それを放置しておくことは出来ない。
けど、鈴音のためにバイトを途中で辞めるなんていうのは、人として間違っているだろうし、彼女も喜ばないだろう。
果たしてどうしたらいいんだろうか。
◆ ◆
心待ちにしていた金曜日の放課後だというのに、俺の胸中はモヤモヤで溢れていた。
「……啓太? 聞いてる?」
「あ! わ、悪い、半分聞いてなかった!」
「ボーッとしてるけど、大丈夫?」
「ああ……」
今考え込んだって仕方ないんだから、会話に集中しなければと、気持ちを引き締める。
「明日の話だったよな」
明日は事前に決めていたデートの日だ。
その行き先について話していたのだが……俺はバイトについての話をどう切り出すか必死に考えていたせいで、あまり聞いていなかった。
「そう。雨みたいだし、カラオケとかどうかなって」
「いいな。鈴音の歌も久々に聞きたいし」
「……私はあんまり歌わないけど」
俺もあまり歌わないんだが……。
今まで美咲や怜央も含めた状況でしか行ったことなかったが、もしかして二人で行ったら沈黙の時間が生まれてしまうのか。
「やっぱ別の場所にする? スイパラとか」
「あそこって女子の巣窟って感じで落ち着かないんだよな……」
「かといって雨の日にショッピング系はちょっと……」
「カラオケでいいんじゃないか。最悪歌わなくても話とかすればいいし」
「じゃ、せっかくだし啓太に勉強でも教えてもらおっかな」
「……分かってて言ってるだろ」
俺の学力で鈴音に教えることが出来る教科なんて、残念ながら一つもない。
「ごめんごめん。拗ねないで」
「別に拗ねてねえよ、不甲斐ないだけだ」
一瞬瀬戸先輩のことを思い出したが、気分が滅入りそうだったので首を振ってかき消した。
「勉強は無理だけど、歌なら歌える!」
「めるみるのメドレーとか歌ってよ」
「任せろ! 振り付け込みでバッチリだ!」
◆ ◆
と、言った手前、恥ずかしいから出来ないなんて逃げ道はなく。
翌日、二人でカラオケに来た俺はMelty☆Milkの名曲メドレーを振り付きで披露することになった。
「すごいね、完璧じゃん」
「友達とよく歌うからな……でも流石に疲れた。鈴音も何か歌ってくれよ」
「分かった。二人きりで歌披露するとか嫌だったけど、今の見た後ならなんでも歌えそう」
なんか若干のディスを感じるんだが……まあいいか。
その後、鈴音は選んだ曲を披露してくれた。アップテンポで難しそうな曲だったが、そつなく歌い終えた鈴音は、普通に歌が上手いと思う。
「すげーよかった。やっぱ鈴音の声良いな」
「褒めても何も出ないよ」
「何も出なくたって良いものは良いって言いたいだろ」
「そう」
そっけない返事ながらも、その頬が若干赤くなっているのを見るに、恥ずかしがっているのがよく分かる。
「……ねぇ、そっち座ってもいい?」
「え? ああ、いいけど……」
向かいに座っていた鈴音が俺の隣に移動してきた。そのまま何を話すでもなく、次に歌う曲を検索している。
……にしても、なんか近くないか。
肩が微かに触れ合うくらいの距離感に、つい体が強張ってしまう。
「あ、これ啓太の好きなアニメのOP。歌う?」
「へあ?」
「なにその返事」
「い、いや……歌う歌う!」
動揺を悟られないよう、慌ててマイクを手に取った。
「……もしかして照れてるの?」
「んなわけ――ヒェッ!?」
突然鈴音の腕が俺の腕に絡んできて、変な声が出た。
驚いて横を見ると、鈴音は何でもないような顔で前を向いたまま、少しだけ力を込めてくる。ほどこうと思えば簡単にほどけるはずだが、緊張して上手く動けない。
「……な、なんだよ?」と聞くと、鈴音は小さく笑って、
「別に。ちょっと寒くて」
なんて明らかな嘘を言ってくる。
この顔は明らかに俺が動揺してるのを見て楽しんでやがる……。
「啓太」
名前を呼ばれたので顔を向けると、唇に柔らかい温度が触れた。
何が起きたのか理解するより先に、時間が止まったみたいに感じる。俺が何を言う間もなく、鈴音はすぐに離れていった。
「……驚きすぎてマイク落とすところだった」
「落とさなくてよかったね」
「いきなりされると心臓に悪いんだが……」
「そろそろ慣れてよ。大体、宣言してからする方が恥ずかしくない?」
……確かに、想像したらそれはそれで恥ずかしかった。
鈴音は身を寄せて、まっすぐに俺の目を見つめてきた。
「啓太からもしてよ」
「……わ、わかった」
震える声で返しつつ、マイクをテーブルに置き、ぐっと顔を近付けた。
一瞬触れてすぐに離れる程度の度胸しかなかったが、目を開けた鈴音は嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しい」
「……っ、鈴音」
可愛いなって思った瞬間、頭で止めるより先に体が動いていた。
腕を伸ばして、そのまま引き寄せる。驚いたように息をのむ気配が胸元から伝わってきた。
「……心臓バクバクしてるね」
「聞かないでくれ……割といっぱいいっぱいなんだ」
体を離すと、鈴音は微かに顔を俯かせた。
どうしたんだろうと思っていると、ポツリとこぼすように呟く。
「バイトのことだけどさ」
「ん?」
「最近、いつも買い物に行ってるでしょ」
頭を悩ませていた話題に唐突に触れられ、変な声が出かけた。
鈴音相手に切り出すのは気まずくて今日も何も言えずにいたのだが、まさか向こうから切り出してくるとは思わなかった。
「迷惑だよね」
「迷惑というか……気まずいな」
「……ごめんね。私、バイト先の人に……妬いてて。可愛い人だし、啓太がその人のこと好きになったらって思ったら不安で……美咲に付き合って様子見に行ってたの」
鈴音の言葉は、ある程度予想していた……というか、美咲に言われたことだったからそこまで驚きはなかった。
けど、これだけはハッキリ伝えておかないといけない。
「古谷さんには良くしてもらってるけど、それはあくまでバイト仲間としてで……心配するようなことは絶対にないから」
「……ほんと?」
「こんな嘘は絶対つかない」
俺の目をじっと見た後、鈴音は小さく頷いた。
「分かった、信じる。…………なんか、余裕なくてダサいね、私」
「そんなことねえよ。逆だったら俺も同じだろうし……」
それに、少し嬉しい――なんて言うのは流石に不謹慎か。
相手に嫉妬させてしまうのは良くないことだが、それだけ気にしてくれているということだし。
「……これからは妬かないようにする」
そう言って落ち込んだように肩を落としてしまった鈴音を見て、俺はそろりと手を伸ばした。
嫌がらないのを確認しながら、その頭に触れる。
「俺ももっと伝えるようにするよ。……その、俺が好きなのは鈴音だけだって」
ぎこちなく撫でるように手を動かすと、丸くなった瞳がこちらに向けられる。
「……今のもう一回言って」
「え……恥ずかしいんだが……」
「一回でいいから」
「……俺が好きなのは鈴音だけだ――わっ!?」
言い終わる前に、勢いのまま抱きつかれる。若干バランスを崩して、そのまま肩に顔が押しつけられた。
「なんか、啓太と付き合ってからずっと夢見てるみたい」
「勝手に夢にしないでくれ……俺はこれが夢だったら泣くぞ」
「ふふ、確かに」
俺の肩に顔をうずめながら、鈴音は楽しげに笑った。
続く




