第33話【人との縁】
幸いにも周囲が良い人だったことで、俺のバイト生活はいたって順調だ。
中でも古谷さんと同じシフトの時は特に楽しい。
手の空いている時間にMelty☆Milkの話が出来るし、アイドルやアニメが好きらしいから共通の話題が多い。
「もうすぐコラボカフェあるらしいよ。しかも全国展開!」
「最高じゃないですか……東京は簡単に行けないし、学生にとっては助かりますね」
「だよねー。あ、そこの袋取ってもらっていい?」
「了解です」
レジの奥にある大きな袋を渡した時、一瞬手が触れ、思わず袋を床に落としてしまった。
「す、すみません!」
「全然いいよー。にしても、これくらいで動揺するなんて、柊君意外とウブなんだね」
「意外とって……どういう風に思ってたんですか」
「初日からハキハキ喋ってたから、女の子慣れしてるのかなーって」
「慣れてるというか、妹とか幼馴染がいるんでその影響です」
とはいえ、年上の女性となるとまた話は変わって来るが。これは決して好みの話ではなく、大学生の人と接する機会はなかなかないから緊張するという意味だ。
「あ、妹さんいるんだ。可愛い?」
「生意気です」
「ふふ、まぁ兄妹ならそんな感じっぽいよね。私のとこも妹いるんだけど可愛いよ。大人しくて守ってあげたい感じ」
「古谷さんとは真逆ですね」
「それディス入ってない?」
睨まれてしまったので、誤魔化すように落とした袋を拾い上げて再度手渡した。
「そういや次の新曲も楽しみですね。CD買いますか?」
「もちろん! 特典のブロマイドがランダムなせいで推しを引き当てるまでは買うのやめられないよね……」
なんて話をしていると、お客さんが入ってきた。
パッと笑顔に切り替えて「いらっしゃいませー」と言う古谷さんにならって、俺も慌てて声を出した。
バイトが終わり、今日はいつもより長めのシフトらしい古谷さんに声をかけてコンビニを出ると、外はかなり暗くなっていた。
帰り際に買った肉まんを開けていると、
「お兄ちゃん」
「うわぁっ!?」
突然後ろから声をかけられて、危うく地面に落とすところだった。
「ビビり過ぎでしょ」
「いきなり声かけられたらビビるだろ! お前、なんでこんな時間にここに……まさか俺のバイト姿を見に……!?」
「はずれ。ちょっと買いたいものあったから、ついでに見ていこっかなーって寄っただけ」
中学生がこんな時間に出かけるのはどうなんだ……と思いながら肉まんを持ち直したら、美咲は俺の手からそれをひったくった。
「ちょうどお腹空いてたの、ありがとうお兄ちゃん」
「お前な……、まあいいけど」
「そういえば結局外から見てたんだけど、一緒に働いてた人と仲良さそうだったね」
「ああ、趣味が似てるし話しやすいんだ」
「ふーん」
じとっとした視線を感じた。何となく何を言いたいかが分かったので、首を振っておく。
「言っとくけど、やましい気持ちなんてないからな」
「お兄ちゃん的にはそうかもしれないけど、向こうはどうか分かんないじゃん」
「向こうって……古谷さんが? それこそ俺なんて相手にされるわけないだろ」
俺がどれほど年上にモテないかは美咲も知っている……いや、知らないのか?
鈴音は怜央から俺の失恋回数を聞かされていたらしいが、流石に美咲までそれを共有しているとは考えにくい。
まあ、その情報が無くても美咲の中での俺の評価はかなり低いだろうけど。
「どんな相手だって話が合ったら楽しくて好きになっちゃう人もいるもんだし、気を付けた方がいいよ。鈴音に変な誤解させないためにもね」
「ああ……でも気を付けると言ったって……こっちの勝手な都合でコミュニケーションとらないわけにもいかないだろ」
「いっそ彼女がいること伝えとくとか……って、恋人持ちでもちょっかいかけてくる人はいるか」
早々に肉まんを食べ終えた美咲は、包み紙を丸めながらそう呟いた。
「ま、だからお兄ちゃんも鈴音を誰かにとられないように、そっちの意味でも気を付けないとね」
「……確かに」
俺が他の誰かとどうこうよりも、そっちの可能性の方が遥かに高くて、悲しい気持ちになった。
◆ ◆
次の週のバイトの日、品出し中に扉が開いたので声を出すと同時にそちらを見ると。
「いらっしゃいま――げ」
つい、お客さんに発するべきじゃない声が出てしまった。
何故なら、怜央と鈴音が揃ってご来店なさったからだ。
よりによって二人そろって来なくても……ただでさえバイト中の姿を知人に見られるのは恥ずかしいのに。
「ごめんね、一緒に来るつもりじゃなかったんだけど……偶然近くで会っちゃって」
こちらに来て、気まずそうな顔で謝ってくる怜央。
この間の美咲といい、嫌な偶然というのは続くものなのかもしれない。
鈴音はキョロキョロと周囲を見回した後、俺の方を見てにこりと笑った。
「意外と制服似合ってる」
「ありがとう……」
褒められたが、妙に気恥ずかしいのは隣に怜央がいるからだろうか。
「邪魔しちゃ悪いから早めに選んで帰るね」
それだけ言ってさっさと立ち去っていく鈴音。
兄妹揃って、本当にただ見に来るだけなのは何なんだろう……俺がちゃんと働けてるか心配してくれているのか。
「僕がいなければもっと話したと思うのに、ごめんね」
「そんな何度も謝らなくていいって。どの道、働いてる時に私語はよくないしな」
「確かに。じゃ、僕もあんまり長々話すのは遠慮して……頑張ってね」
怜央は先に歩いて行った鈴音と合流し、何か話しながら棚を見て回っていた。
その後、夕飯用らしい冷蔵食品やらデザートをいくつか手に取り、二人揃ってレジで会計を済ませると、俺の方を一瞥して店を出た。
品出しが終わってレジに戻ると、古谷さんは二人の出て行った方を見ながら声をかけてきた。
「今のって、前に来た柊君の幼馴染の子だよね? 一緒にいた女の子は?」
「あ、えっと」
あの子も幼馴染ですと言おうとして、先日の美咲との会話を思い出す。
古谷さんが俺に対してどうこうなんてことは一切考えていないけど、鈴音に変な誤解をされないためにきちんと言っておこうと思った。
「彼女です」
「え? ……あ! へー、そうなんだ! でも高校生で彼女かぁ……いや、やっぱりそれくらいが普通なのかな」
普通なんだろうか……鈴音がいなければ俺は高校生どころか大学生になったって誰かと付き合える気はしないけど。
とはいえ、周囲の友人たちを思い出すと付き合ってる奴も割といるし……。
「環境によるんじゃないですかね……比べようがないというか」
「そっかぁ……恋バナついでに言っちゃうと、私の周りって彼氏いる子ばっかりなんだよね。だから会話についていけないことがたまにあって」
「それは……なんというべきか」
前にアイドルに興味のある人もいないって言っていたから、そういう趣味の友達が少ない環境なんだろうか。
「古谷さんはいつも服とかオシャレなんで、似たタイプの友達が多いんですかね」
「私のは友達に選んでもらったやつだから。……多分私が子供っぽいんだよね、趣味とか色々。だから彼氏も出来ないんだよ」
古谷さんは軽く笑った後、こちらを見てワタワタと手を振った。
「って、ごめんね。長々と自虐しちゃって……」
「それは全然。ただ、人との関係は縁だと思うので……そういう相手と出会ってないだけで、そのこと自体に古谷さんがどうこうってことはないと思います」
「……難しいこと言うね」
「俺も昔じいちゃんに言われたことあるので……」
中学生の頃、失恋続きだったことを嘆いたらそんなことを言われた。じいちゃんの言葉はもっと難しくて心に響く感じだった気がするけど。
「縁かー……じゃ、こうやって柊君に会えて仲良くなれたのも縁なわけだね」
「Melty☆Milkが繋いでくれた縁、って考えるとアガりませんか」
「……ふふ、ほんとアガるね。私、ラッキーだ」
そう言って微笑む古谷さんは妙に綺麗に見えて。こんな人がモテないわけがないので、人の縁というのは不思議なものだと思った。
◆ ◆
今まで一番好きな曜日は土曜日だったが、最近は金曜日が最も待ち遠しい。
理由は単純で、受験勉強で忙しい鈴音と唯一気兼ねなく話せる時間があるからだ。
「……一緒に帰るのが楽しみなんて、我ながら小学生みたいだな」
木曜日、明日のことを考えながら一人でバイト先に向かっていた俺は、そう呟いて溜息をついた。
ちなみに怜央は女子からの呼び出しを受けていたから、多分今頃告白でもされているのだろう。いつも通りモテモテなようで何よりだ。
そんなことを考えていた時、肩に手が置かれる感覚がした。
「や、やっと追いついた! いやー、足速いね」
「え? ……あ、瀬戸先輩……?」
振り向いた先にいたのは、見慣れぬ制服に身を包んだ瀬戸先輩だった。
「ごめんね、急に話しかけちゃって」
「いえ……えっと、先輩の家もこの近くなんですか?」
「割とね」
尋ねた後に気が付いたが、弟さんが鈴音たちと同じ中学なんだから当然の回答だった。
「ところで、少し話があるんだけど……歩きながらでいいから聞いてくれるかな?」
「あ……はい」
返す声が上擦ってしまったのは、俺の中にこの人への苦手意識があるせいだろうか。
結局この間は、睨まれていたのか、そうだとしたら何故睨まれたのか分からないままだからな……なかなか気まずい。
「……えっと、黒ノ藤だったんですね」
学ランだけだと分からなかったが、襟にある校章で気が付いた。黒ノ藤高校は、県内でも屈指の進学校だ。
「うん。……実は話っていうのも、学校に関わることなんだ」
いよいよ何の話なのか見当もつかなくなってきたな……。
「それと、篠塚さんについてなんだけど……」
「え?」
"あのお兄さんカッコ良かったし、取られないといいね"
不意に美咲の言葉を思い出し、頬に冷や汗が伝った。
続く




