第30話【その日の帰り】
その後、四人で文化祭を回ることになったが、鈴音は終始楽しそうだった。
はしゃぐ二人を後ろから見ながら、改めて美咲と鈴音の仲の良さを再認識した。お化け屋敷に立ち寄った時なんて、俺じゃなくて美咲と手を繋いでいるのを見て、なんとも言えない気持ちになったくらいだ。
「お、柊だ」
廊下を歩いていると、向こう側からクラスメイトが数人近付いて来た。宣伝ボードを片手に校内を歩き回っている最中らしい。その中には委員長の姿もあった。
「やだ篠塚君じゃん! よかったらうちのクラス来てよー」
「ありがとう。時間が出来たら立ち寄らせてもらうね」
「やった! 絶対サービスするから!」
勝手にサービスを決めている女子に呆れていると、委員長が近付いて来て耳打ちされた。
「柊君さ……校舎裏でイチャついてたでしょ」
「は!? な、何だよ急に」
「うちのクラスの女子で見かけた人がいたらしくて、噂になっちゃってたよ。まぁ悪い感じの盛り上がり方ではなかったけど……どこに人の目があるか分かんないから気を付けた方がいいよ」
「……ハイ、気を付けます」
ということは、クラスの何人かには付き合ってることがバレてしまったんだろうな……いや、そもそもあまり隠してないからいいんだけど。吉田だって既に知っているわけだし。
「にしても、その胸元のやつとか含めて本当に仲良いんだね~、羨ましい」
……そういえば、ブートニアを着けている時点でそういう相手がいるってことをアピールしているも同然なんだった。
そう考えると急に恥ずかしくなってきて、赤くなっているであろう顔を隠すように俯けた――その時、右腕が急に引き寄せられた。
「鈴音? どうした?」
「……クレープ食べたい」
「え? お前さっきも食べてたじゃ」
「食べたい」
「えーと……?」
食べればいいじゃないか、と思うんだが、もしかして奢ってくれということか?
奢られるのを極端に嫌がる鈴音がそんなこと言うなんて珍しいな……と思っていたら、隣にいた委員長が苦笑した。
「ごめんね鈴音ちゃん。ほらみんな、柊君たちは今休憩中なんだから絡まないで、ちゃんとクラスの宣伝しにいこ」
委員長の一言に他のクラスメイトたちが頷き、こちらに一声かけて別の場所へと立ち去っていく。
その背を眺めていると、いきなり美咲が脛辺りを蹴ってきて、驚きと痛みで声が出た。
「何すんだよ!?」
「何となく? 鈴音、次はたこ焼き食べに行こうよ」
「うん」
「え? おい、クレープは?」
「……お兄ちゃんはさぁ、もうちょっと勘を磨いた方がいいと思うよ」
そう言って、鈴音の手を取って歩いて行ってしまう美咲。
意味が分からない……今の話に勘が関係あるのか? クレープはどこにいったんだ?
頭の中にクエスチョンマークをたくさん浮かべて呆然としていると、肩を軽く叩かれた。
「怜央……何で俺は今、脛を蹴られたんだ?」
「ドンマイ。僕からすると鈴音の問題だと思うんだけどね。美咲ちゃんはどうも鈴音贔屓なところがあるからなあ」
「俺はお前たちがさっきから何を言ってるかさっぱり分からないんだが……」
「はは、本当に啓太は鈍いね」
鈍くて悪かったな……俺だって何でも気付けるような人間になりたいさ。一体どうやって鋭くなればいいんだ。
「蹴られて気の毒だから答えを言うけど、鈴音は啓太が思ってる以上に嫉妬深いんだよ。あと独占欲が高い」
「しっとぶかい?」
想定外の台詞過ぎて、つい棒読みになってしまった。
それはつまり……鈴音は俺と委員長が話すのを見て嫉妬したってことか? それで、別に食べたいわけじゃないクレープを要求してきたと?
まさかそんな……いやでも実際距離は近かったし、あり得るのかもしれない。例えば俺が逆の立場なら普通に妬く光景ではある。
それにさっき美咲が蹴ってきたのも、そんな鈴音の心情を察したからだと考えると自然だ。あいつは俺が鈴音を傷つけたら殴り飛ばしてくるタイプだから。
「独占欲か……」
「嬉しい?」
「嬉しくないわけじゃないが……それで鈴音が嫌な思いをしてるなら、あまり良くない」
「ほんと真面目だねえ。僕は彼女がヤキモチ妬いたら、可愛いなーって感想しか出て来ないよ」
確かに可愛いとは思うけど……嫉妬っていうのは負の感情なわけで。そんなものを鈴音に抱かせるのは、やっぱりあまり良くないことだと思う。
「でもそう思うなら、後でもいいからフォローしてあげてよ」
「ああ……」
とはいえ、フォローって何をすればいいんだろうか。
前を歩く鈴音は、美咲のおかげなのかすっかりいつも通りの様子に戻っているし、今更俺が変なことを言って雰囲気をぶち壊したくはなかった。
◆ ◆
結局良いフォローは思いつかなかったものの、楽しく文化祭を回り、夕方になった頃二人は帰っていった。
その後、クラスの出し物に何かあったらしく遅くなるという怜央からの連絡を受け、一人で帰宅することに。
「……ん?」
「あ、やばい」
「何がヤバいんだよ」
ちょうど出かけるところだったらしい鈴音が、俺の姿を見つけて家に戻っていこうとしたので引き留めた。
「だってなんかタイミングが……、帰って来るのを待ち伏せしてたみたいじゃん」
「そんなこと思わないって。たまたまだろ」
「うん。夕飯の買い出しに行こうと思って。……お兄ちゃんは?」
「なんかクラスで用事があるらしくて、俺だけ先に帰ってきた」
鈴音は短く「そっか」と言って、近付いて来た。
「啓太も色々疲れてるでしょ。明日もあるんだし、早く帰って休んだ方がいいよ」
「ああ、ありがとう」
そのまま小さく頭を下げて通り過ぎて行こうとする鈴音の背に、思わず声をかけた。
「や、やっぱり俺も一緒について行っていいか?」
「いいけど……大丈夫なの? 疲れてない?」
「いや、なんか鈴音と話したい気分なんだ」
下手な言い訳をする場面でもないので素直にそう言うと、鈴音は目をパチクリさせた後、顔を俯かせた。
「……そういうことなら別にいいけど」
というわけで、近所のスーパーで一緒に買い物をして、その帰り道。
既に怜央は帰ってるだろうかとか、今日の文化祭での出来事とかを話しながら歩いた。
「あー……そういえばさ……委員長は誰に対してもああいう距離感で、特別俺と仲が良いとかそういうことはないから」
「……なにその分かりやすいフォロー」
じとりと目を細めて俺の方を見てくる鈴音。
流石にあからさま過ぎたか……俺ってなんでこう、口下手というか、話下手なんだろうか。
「……まぁ、あの程度のことで妬いちゃうくらい子供っぽい私が悪いから」
「別に悪いとは思ってないけど……俺も人のこと言えないし」
「え? ……啓太って妬くことあるの?」
「あるに決まってるだろ! 今日だって……佐藤に声かけられてる時、普通に嫌だったよ」
「……あー、そういえばそんなこともあったっけ」
今日の出来事なのに酷い言われようだった。
佐藤はあんなにイケメンで気さくでモテそうな奴なのに……鈴音にとってああいう風に声をかけられることは些末事なのかもしれない。
「あんなの妬くことじゃないのに……って、これ言ったらブーメランか。自分のことだと大したことじゃないって思えるのに、なんで相手のことだと途端に不安になっちゃうんだろうね」
「それは……人間だからじゃないか……?」
「哲学者みたいなこと言うね……」
真剣に答えるなら、多分自分のことは自分である程度理解出来るからだと思う。
でも相手の心は完全に理解することなんて不可能だから、些細なことでもつい気になってしまうのだ。
「……要するに、お互いきちんと伝え合うのが大事なのかもな」
「伝え合うって、何を?」
「気持ちというか、感情?」
自分で言っておきながら、疑問形になってしまった。
そんな話をしている間に、気が付けば家の近所まで戻って来ていた。
俺たちの家がある場所は割と閑静な住宅街で、夕方だというのに周囲に人の姿は見当たらなかった。
「つまり俺は……、えっと、鈴音以外の女子には恋愛的な意味でドキドキしたりしない!」
「叫ばれると恥ずかしいんだけど……」
「わ、悪い。でも本当のことだから、覚えといてくれ」
「……私だって啓太以外に興味ないけど。でもこれって……言葉でなら何とでも言えるよね」
確かに……けど、言葉以外で気持ちを伝えるってどうしたらいいんだ……。
悩んでいると、立ち止まった鈴音に服の裾を引っ張られた。
「今日、楽しかったね。四人で色々見て回れて」
急に話が切り替わったなと思っていたら、鈴音の視線が俺の顔を真っ直ぐに捉えてくる。
「……で、言葉でなら何とでも言えるよね」
「何で二回言うんだ……」
大事なことだからだろうか。
視線を合わせると、鈴音の頬が若干赤く染まっているように見えた。
言葉がダメなら何か別のもので示せ。何となくそう言われている気がした。
「……なら、行動とか?」
周囲を軽く見回しながら尋ねると、鈴音は髪をいじりながらそっぽを向いた。少しだけ見える耳が明らかに赤くなっていることに気が付き、何故だかこっちまで緊張してくる。
「自分で考えて」
いつもよりやたらそっけない言い方なのも、多分照れているせいなんだろう。
それなら追及するのも気の毒だと思い、何も言わずに彼女の肩に手を置いた。
内心緊張しまくりだったが、それを悟られないように頑張り、軽く触れるだけのキスをする。顔を離した後、周囲を何度も見回す俺を見て、鈴音は小さく笑った。
「警戒し過ぎでしょ。誰か来たら足音で分かるって」
「いや、だって……」
そう思ってた校舎裏も、バッチリ見られてたわけだし……。
そもそも人が来そうな場所でこういうことするのって、見られたら恥ずかしいというか、見た人に悪いと思ってしまうから苦手なんだよな。
だけど今は行動で示さないと男としてダメな気がした。
「啓太からしてくれるの嬉しい」
「お、おう」
「ふふ。でもさっき言ってたすごいやつはしてくれないんだ?」
「!? で、出来るわけないだろこんなとこで!」
「ふーん……じゃぁ、もっと人が来ない場所行く?」
「えっ!? 行……いや、さっき買った冷凍食品が溶けたら大変だから……」
思わず”行く”と言いかけたが、何とかすんでのところで、人としての常識を取り戻すことが出来た。
冷凍食品だけじゃなく、肉も買ってたしな……傷んだら大変だ。己の欲望を優先し、鈴音たちの家のお金を無駄遣いに終わらせるわけにはいかない……。
「啓太ってこんな時でも馬鹿が付くくらい真面目なこと言うんだね」
「それは……褒めてるのか?」
「そこが良いところだとは思ってるよ」
果たして良いところなんだろうか……まあ鈴音がそう思ってくれてるなら、それでいいんだけど。
不意に手が握られて、驚いて隣を見ると、鈴音に微笑みかけられた。
その顔が可愛くて、ドキドキ鳴る心臓の音を誤魔化すように言葉を発した。
「来年の文化祭も一緒に回ろうな」
「……うん」
鈴音は一瞬何かを考えるような間を開けたけど、頷いてくれた。
続く




