第29話【文化祭でのあれこれ】
お昼は軽く食べただけということだったので、その後いくつかの出店を回った。
たこ焼きとフランクフルトを食べた時点で俺は結構お腹が膨れたのだが、相変わらず甘いものは別腹らしい鈴音は綿菓子やクレープも食べていた。マジであの体のどこに入ってるんだ。
「あ、占いの館だって。入る?」
「俺は占いをあまり信じてない」
「じゃぁ輪投げ」
「輪投げは得意じゃない」
「……楽しむ気ある?」
「……占いから入っていくか」
確かに自分の好みばかり言ってたら楽しいものも楽しめない。
というわけで、占いや輪投げ、お化け屋敷やバンド演奏などを巡った。
結構な時間校内を歩き回った結果、お互い疲れてしまったので中庭に設置されてるベンチで休むことにした。
「高校の文化祭って規模すごいんだね……中学とは大違い」
「一日で見て回るのは無理そうだな。あ、飲み物買って来るから待っててくれ」
一緒に行くという鈴音の提案は断り、一人で校内へ戻った。
流石の鈴音も疲れてそうだったし、さっさと戻って二人でゆっくり休憩したい。
そんな思いから早歩きで廊下を進み、ちょうどいい飲み物が売ってそうな場所を探す。
「……あ、よく考えればうちのクラスってテイクアウトもやってるんだから、それが最適か」
思いついて教室に行くと、メイド服姿の吉田に出迎えられた。
「お帰りなさいませ、ご主人様☆ ……って、なんだ、柊か」
「ノリノリで接客してて偉いな」
「メイド服を着てるからには心までメイドを演じ切らないと男が廃るってもんよ」
見習うべきなのだろうか、この心意気は……。
ちょうどいいので、吉田に二人分のジュースを注文すると、顔をしかめられた。
「みんなから聞いたぞ……お前、妹さんとデートしてんだろ!」
「まあな」
「くっ……羨ましい!! 待ってろ、今すぐ用意して来てやる!」
そう言って、本当にすごいスピードで提供してくれる吉田。
なんて良い奴なんだろうと感謝しつつ、料金を手渡した。
「文化祭ではしゃいで変なとこ見せてフラれるなよ!」
「気を付けるよ……」
若干嫌な声援を背に受け、教室を後にする。
人にぶつからないよう気を付けて廊下を進み、中庭に出ると、ベンチに座る鈴音の姿が見えた。同時に、その前に立つ人物の姿も。
「……佐藤?」
怜央のクラスメイトである佐藤は、鈴音に何か話しかけているようだった。
その光景を見て、吉田が以前言っていたことを思い出す。
”あいつ、女好きで有名だからマジ危ないぜ”
……いやいや、まさかな。
だって佐藤はこの間、遊園地で彼女と思しき女の子とデートしてたし。彼女いる奴が他の子にちょっかいかけたりはしないだろう。
きっと怜央のことで世間話でもしてるんだ。
そう思って近付くと、二人の会話が微かに聞こえてきた。
「というか、なんでその花つけてるの?」
「……知り合いの人に貰いました」
「へー。知ってる? この花を交換し合ったら一生一緒にいられるんだって。いかにも女の子が好きそうなイベントだよね」
「そうですね」
鈴音の声がいつにも増して冷たい……けど、状況を考えたら当たり前か。よく知らない男子に話しかけられてるわけだし。
「鈴音ちゃんはこういうの本気にするタイプ?」
「本気というか、信じたい派です」
「いいね、可愛いじゃん」
可愛いという発言に、鈴音が若干不機嫌そうな表情になった。
「俺も結構信じるタイプだから、何人かに交換頼まれたけど断っちゃった」
ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべながら、佐藤はポケットからブートニアを取り出した。
……俺と同じようにポケットに入れてるのに、形が崩れてないの凄いな。
「よかったら俺と交換しない?」
な、なにを考えてんだあいつは……!
彼女はどうした……もしかして別れたのか?
それとも彼女がいても他の女子にアプローチをかけたりするものなのか……ダメだ、別世界の話過ぎて分からん。
「嫌です」
「うわ、バッサリ。というか今って怜央を待ってるの?」
「違います」
「じゃあ俺と一緒に回らない? 絶対楽しませるから」
「もう十分楽しいので」
断られてもなお誘い続けるメンタルがすごいなとか、実際あいつなら楽しませられるのかもしれないとか、そんなこと考えてる場合じゃない。
二人の方に駆け出して、その間に割り込むように立ちふさがった。
「……あれ、柊? あ、もしかして柊が相手してた感じ?」
「ああ」
「へー……ということは、このあと怜央と合流するのか」
俺と鈴音が二人で遊んでいるという発想はないらしい……まあ、普通に考えればそうか。
「俺も一緒に行っていい?」
無害そうな笑顔を向けられ、一瞬怯む。
怜央の友達を無下に扱いたくはない……けど、さっきのやりとり的に鈴音目当てなのは明らかだ。ここで下手な対応をしたら、後々確実に厄介なことになる。
「悪い、二人で回りたいんだ」
そう告げると、佐藤は目を丸くした後、俺と鈴音を見比べた。しかしすぐにまた笑顔に戻る。
「えー、いいじゃん。俺も鈴音ちゃんと仲良くなりたいのに、独り占めとかズルいって」
意外と食い下がってくるな……軽いちょっかいとかじゃなくて、割と本気なんだろうか。
だとしたら、なあなあな態度で誤魔化すと誰にとっても良くない。
「俺たち付き合ってるから、そういうのは勘弁してくれ」
「え? あー……なんだ、それならそうと早く言ってくれよ」
佐藤は溜め息をつきながら俯いた。
「じゃ、大人しく引き下がるわ。彼氏持ちに手出したら色々面倒だから」
それだけ言って、本当に立ち去ってくれた。
……よかった。伝えてもまだ食い下がられたら、情けないけど逃げるように鈴音を引っ張っていくことしか出来ないところだった。
「ごめんな、俺が一人にしたから……気まずかっただろ」
「別に平気」
鈴音に飲み物を手渡し、隣に腰を下ろした。
全く考えてなかったけど、文化祭でもナンパみたいなのってあるんだな……これからはあまり一人にさせないようにしないと。
「……それより、付き合ってるって言って良かったの?」
「え? だ、ダメだったか!?」
「いや、私は全然いいんだけど……啓太は嫌なのかなって思ってたから。クラスでも言いたくなさそうだったし」
「あー……あの時は言ったらからかわれると思ったから」
俺だけがからかわれるならまだいいが、鈴音まで巻き込むのは絶対嫌だ。
「……私も、彼氏いるって誰かに言ってもいい?」
「別に……というか、言ってるものだと思ってた」
「美咲以外には言ってないよ。……その方がいざという時に楽だと思って」
……いざという時ってなんだ?
「よく分からんが、言いたい時は言ってくれ。俺は恥ずかしいからあんまり言わないけど……」
「今言ってたのに」
「そりゃ今は……佐藤の奴があからさまだったから」
「多分私一人でも跳ね除けられたけど」
鈴音は俺の方に少しだけ身を寄せて来た。そのまま、周囲には聞こえないくらいの声量で続ける。
「でも嬉しかった。ありがとう」
「別に……お礼を言われるようなことでは……」
恥ずかしくて視線を逸らすと、鈴音も同じようにそっぽを向いて、髪をクルクルといじり始めた。
「……ところで、人が少ない場所ってどこかない?」
「え? 多分校舎裏とかなら……、どうかしたのか?」
「ちょっと人酔いしちゃったかもだから、このジュース飲んだら行ってもいい?」
「ああ」
鈴音にしては珍しいけど、これだけ人がいるし、そこそこ動き回って疲れたのかもしれない。
校舎裏に移動すると、やっぱり他の人の姿はなかった。
まあ文化祭の最中に、こんな場所に来る物好きはあまりいないだろう。
「大丈夫か?」
「ごめん、人酔いしたっていうのは嘘」
「へ? なんでそんな嘘を……」
「ちょっと二人になりたくて」
こちらに近付いて来た鈴音は、俺の目の前で立ち止まった。少し手を伸ばせば触れられるような距離に、無意識にドキリとした。
校舎裏に二人きり。ラブコメ漫画とかならそれっぽい展開が起こるようなシチュエーションだけど……残念ながらここは漫画の世界じゃない。
とはいえ、わざわざここに来たってことは、何か大事な用事か、それとも本当にそういう展開を……
「啓太、変な顔してる」
「エッ!?」
「険しい顔したと思ったらニヤついてた」
「ニヤ……すまん……場違いなこと考えてた……」
自分の顔を手で隠しながら謝ると、鈴音はその手を握って自分の方へと引き寄せた。そして正面から俺の顔を見上げ、微笑む。
「どんなこと考えてたの?」
「それは……あまり言いたくはない……」
「ふーん……えっちなこと?」
「なっなっにを言ってんだ!!!」
「冗談だって。そんな過剰反応されると逆に怪しいよ」
……ある意味正解だからつい動揺してしまった。
あ、いやいや、正解ではないけども! 別にそういう変なことじゃなくて! ちょっと手繋いだりとか抱きしめたりとか、あわよくばキスとか出来るかなって思っただけだし……!
「……でも啓太もそういうこと考えるんだね。ちょっと意外」
「お前、俺を欲のない人間だと思ってるのか……?」
そんな男は多分存在しないぞ。
「だって私、割とチンチクリンだし、見た目だけだと割と子供っぽいでしょ」
「……いや、別に……」
チンチクリンってほどでもない気が……身長は美咲の方が低いし。
確かに胸元とかは……まあ……うん。
「……今すごく失礼なこと考えなかった?」
「い、いやいや! ……というか、何かが小さいからとか、あんま関係ないし。鈴音は鈴音だから……か、可愛い、と、思う」
つっかえつつもなんとか伝えると、鈴音はキョトンとした顔をした後、少し俯いた。
「……ちなみに私はずっと考えてたよ」
「え? 何を?」
鈴音の手が俺の服の襟元を軽く掴んで、そのまま引き寄せられた。
キスされたと気が付いたら時にはもう鈴音は離れていて、近い距離で恥ずかしそうに笑った。
「こういうことしたいなって。……嫌だった?」
「い、嫌なわけない」
「じゃ、次は啓太からして?」
彼女に請われるようにそう言われて、嫌と言える馬鹿は多分この世に存在しない。
恥ずかしい気持ちとか全部なくなって、俺は鈴音の肩に手を置き、顔を近づけた。
「ん……ふふ、ちょっとコーラの味する」
「あ、悪い、さっき飲んでたから」
謝りながら手を離すと、その手を握って引き戻された。
「啓太がキスする時っていつも一瞬だよね」
バレてたか……いや、だって恥ずかしいし……。
漫画やアニメではよく見てたけど、口同士が触れ合うって実際すごいことで、緊張して震えてるのを誤魔化すので必死だった。
「私のこと子供扱いするけど、そっちこそ子供じゃん」
「なんだと……?」
小馬鹿にするような言い方に、ちょっとピキってしまった。
「俺は鈴音に無理させないようにしてただけで、別にもっとすごいやつだって出来るから」
何言ってんだ俺……そんなの出来るわけないのに。ってか、すごいやつってなんだよ。
「なら私に遠慮せずやってみてよ」
「あ、ああ、いいだろう」
動揺しすぎて、会社の上司みたいな返事の仕方になってしまった。
「……本当にいいんだな?」
再び鈴音の肩に手を置いて問いかけると、返事はなかったけど、目を閉じられた。
や、やべえ、出来る気がしねえ……!
しかし、ここで「やっぱり出来ません」なんて言った日には男としてのプライドが崩れ落ちる。
大丈夫、漫画で何度も見た。なんか、こう、なんとかすればいいんだ……!
「っ……」
浅い知識に背中を押され、少しずつ距離を縮める。
まつ毛長いなとか、なんか良い匂いがするとか、現実逃避のようにそんなことばかり頭に浮かんでくる。
ここはもう勢いでいくしかない――と、グッと顔を寄せた、その時。
「あーもう! 怜央君と一緒にいるとすぐ女の子に囲まれてやだ!」
「っ!!」
「あだっ!?」
声を聞いた瞬間、鈴音に勢いよく突き飛ばされた俺はその場にしりもちをつく羽目になった。
「ごめんね美咲ちゃん……って、あれ?」
人気のない校舎裏に突然現れたのは、なんの因果か、美咲と怜央だった。
「鈴音……と、啓太は何してるの? 地面に転がって」
「あ、いや、お前らに驚いて転けちまったんだよ……」
「お兄ちゃんダサ」
減らず口を叩く美咲を睨みつけると、奴は鈴音の後ろに避難した。
「というか、なんでこんなとこに? あ、イチャイチャしてたんでしょ!」
「……人酔いしたから休んでたんだよ」
割と当たってるから、なんとも答え辛い。
「ふーん……ま、いいや。せっかく会えたんだし、四人で回ろうよ。鈴音、いい?」
「うん」
「よし決定!」
俺の意見は……まあ、聞かれるわけないか。
落胆していると、怜央に肩を叩かれた。
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「美咲はともかく、怜央を邪魔だとは思わねえよ」
「はは。……あ、でもこの校舎裏って意外とどこかから見えてたりするから、気を付けなよ」
「…………おう」
何とも言えない笑顔で言ってくる怜央。
もしかして俺たちがしてたことバレてる……っていうのは、流石にないよな……?
続く




