第28話【噂のブートニア】
「柊くーん、ちょっとこっち来て来て」
もうすぐそこまで迫った文化祭のため、放課後みんなで教室の装飾をしていると、委員長たちに呼ばれた。
近付くと、委員長が手に持っていたメイド服を広げ、俺の体に合わせてくる。
「うん、やっぱリボンついてる方が可愛いかも。あ、もう一回試着する?」
「断る。もう本番以外は着たくねえ」
「えー、可愛かったのに」
「絶対嘘だろ……」
この間試着した時に女子たちがゲラゲラ笑ってたのを忘れないぞ、俺は。
軽く睨むと、委員長はメイド服を綺麗に畳んだ後、身を寄せてきた。
「ところでさ、鈴音ちゃんも来るの? うちのクラスにも来たりする?」
「……多分な」
絶対に来てほしくはないんだが……俺がどれだけ拒絶したところで、怜央や美咲が連れて来るんだろう。
「そっかー……篠塚君も一緒に来たりするかな、えへへ……」
何を想像しているのか、頬が緩み切っている委員長。女子は執事服だし、好きな人に見られてもダメージなさそうで羨ましい。
委員長から視線を外して廊下の方を見ると、白い花が入った袋を持っている生徒が通り過ぎていくところだった。
「あ。あれが噂のブートニアじゃない?」
俺と同じ場面を見ていたらしいクラスの女子が、横からそんな声をあげる。
「ブートニア?」
「胸元に挿す小さい花のこと。ほら、結婚式とかで新郎さんがつけてるやつ」
「あー……、噂のっていうのは?」
「毎年風紀委員が主催してるらしいんだけど……文化祭当日にあれが全校生徒に配られるの。で、それを交換し合ったら一生一緒にいられるんだって」
「それはまた……ロマンティックな風紀委員だな」
この間の遊園地といい、みんなこの手の噂が好きなんだな。
けど対象がこの学校の生徒だけなら、俺には関係ない話だ。
「委員長は篠塚君と交換するの?」
「しっしないよ! 私のはそういうのじゃないんだってば!」
「嘘だー、あんなにカッコいいカッコいい言ってるのに」
女子たちにからかわれて、必死で否定してる委員長は何だか気の毒だった。
◆ ◆
夕飯前に何か食べようかとキッチンを漁っていたら、階段を下る音が聞こえてきた。
廊下に顔を出すと、降りてきた美咲たちが足を止めた。
「あ、お兄ちゃんまたお菓子探してたの? お母さんに怒られるよ」
「ちょっとしか食わないから平気だって。鈴音、もう帰るのか?」
「うん、ちょうどキリもいいし。そういえば美咲から聞いたけど、文化祭でメイド服着るんだって?」
「は!? なんで美咲が知ってんだよ!?」
「怜央君から聞いた~」
あいつ……いや、黙ってろって言わなかった俺にも非はあるけど……だからってわざわざ言わなくてもいいのに。
「楽しそうでいいじゃん。啓太はそんな肩幅ないし、案外似合いそう」
「絶対思ってないだろ……試着したけど、悲惨なことになってる」
「鈴音、絶対見に行って馬鹿にしてやろうね」
我が妹ながらなんて性格が悪いんだ。
せっかくタイミングが合ったので、俺も玄関までついていくことにした。
靴を履く後ろ姿を見ていると、隣に立っていた美咲がわざとらしい声をあげた。
「あ、そうだ。お兄ちゃん、コンビニでプリン買って来て」
「なんで急にパシられなきゃいけないんだよ」
「いいからとっとと行って来て。お金は後払いで」
背中を強く押されて、理不尽を感じつつも大人しく従うことにした。
美咲に向かって手を振る鈴音と共に外に出ると、辺りは若干暗くなっていた。
玄関の扉を閉めると同時に溜め息をつく俺を見て、鈴音が小さく笑う。
「美咲、優しいよね」
「兄をパシリに使うようなやつなのに?」
「二人きりにしてくれたんだと思うけど」
「……あいつがそんなことまで考えるか?」
「意外と考えてるよ。私もコンビニまでついて行っていい?」
もちろん拒絶する理由なんてないので頷いた。
見慣れた道を並んで歩いていると、低学年くらいの子が笑い声をあげながら近くを通り過ぎて行った。
「子供は元気でいいな」
「近所のおじさんみたい……。そういえばあれくらいの頃って、美咲と啓太ってよく手繋いでたよね」
「そうだっけ……?」
「そうだよ。昔はどこに行くのも一緒で、お兄ちゃんにべったりだったじゃん」
べったりというか、あいつは人懐っこいから俺以外の人にもそんな感じだった気がする。
「実はちょっと羨ましかったんだよね。私とお兄ちゃんはお互い手繋いだりするタイプじゃなかったから」
「なら今度怜央に頼んでやるよ」
「この歳で繋ぎたいわけないでしょ」
俺の腕を軽く叩いた後、鈴音は自分の手を見つめ、こちらに伸ばしてきた。
「今は啓太がいい」
「……、そういや、文化祭だけどさ」
無言で手を握るのは恥ずかしかったから、誤魔化すように話題を変えた。
「本当に似合わないけど、見ても愛想尽かさないでくれ」
「そんなことで尽きるわけないじゃん。どんな格好してたって、啓太ならカッコいいよ」
「……お前は俺を過大評価し過ぎてると思う」
こんなこと言われると、余計見せたくないな……。
◆ ◆
俺たちのクラスの喫茶店は想像以上に繁盛した。
メイド服に恥ずかしがっている暇もなく働いて、ようやく少し暇な時間が出来た時、教室の入り口から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ、いたいた。おーい、来てあげたよ」
見ると、こちらに向かって手を振る美咲の姿。
隣にはキャップ帽を被った鈴音もいる。……珍しくパーカーじゃない。
「誰がいつ来てくれって頼んだんだよ」
「うわ……似合わないなぁ」
「んなこと俺が一番分かってるって……この格好が見たいだけならもう帰れよ」
「つめたー……鈴音を前にしても同じこと言えんの?」
ぐいっと鈴音を俺の前に押し出してきやがる美咲。
言えないの分かってて言ってるな、こいつ……。
「柊、なにこの子たち、友達?」
言い返そうとしていたら、後ろから数人のクラスメイトがやって来た。
……メイド服姿の男子集団に寄って来られると、ちょっと恐いな。
「友達というか……」
言いかけて、ふと口が止まった。
鈴音は友達だが、彼女でもある。
しかしこれを馬鹿正直に言ってもいいものなんだろうか?
付き合ってるか聞かれたわけでもないのに「彼女」と言うのは、自慢だと思われるだろうか。
そもそもこいつらに彼女の存在を伝えたら確実にからかわれそうでそれも嫌だ。
「えっと……」
というか、鈴音は俺の彼女として紹介されて嫌な気持ちにならないだろうか。
色々考え過ぎて、なんて言ったらいいか分からず二人の方を見ると、鈴音と目が合った。
「美咲」
「え? あー……あたし、そこの柊の妹です。で、こっちは友達」
鈴音に促された美咲がそう言うと、クラスメイトの注目が一斉に集まった。
「へー、妹か。言われてみれば雰囲気似てるかも」
「柊、こんな可愛い知り合いいるなら紹介してくれよ」
嫌なノリが始まりそうだったので、俺は二人の腕を押して教室の外へと追いやった。
「お兄ちゃん、休憩何時?」
「昼過ぎ。終わったら連絡するから、怜央のとこに行くなり何なりで時間潰しててくれ」
「はいはーい。あ、鈴音ー、あたしチョコバナナ食べたい」
「うん」
美咲の後を追いかけようとした鈴音は一度立ち止まり、こちらに振り向いた。
「また後でね」
「ああ。迷子にならないように気を付けてな」
「子供扱いしないで」
ムスッとした表情を浮かべ、立ち去る鈴音。
その後ろ姿が人混みに消えるまで眺めていると、いつの間にか隣に立っていたクラスメイトたちが口を開いた。
「いいなぁ、あんな可愛い妹がいるの……俺なんて男兄弟ばっかでむさ苦しいぜ」
「それにわざわざ教室寄ってくって仲も良いんだな」
「いや、ここに来たのはこの格好見てバカにしたかっただけだと思う」
そんな話をしている間に、お客さんの量が増え始め、女子に怒鳴られた俺たちは接客に戻ることになった。
休憩時間になったので美咲にメッセージを入れると、しばらくして怜央とのツーショットが送られてきた。
【あとでなんか奢ってね】
それから続けて、鈴音の待っている場所が送られてくる。
……確かに鈴音が言っていた通り、あいつも色々気を遣ってくれているのかもしれない。
美咲の指示した場所に行くと、ジュース片手に鈴音が待っていた。
「悪い、待たせた」
「ううん、見てるの楽しかったし。はい、お疲れ」
差し出されたジュースを、少し迷ったけど一口貰った。
「美咲はお兄ちゃんとデートしたいって」
「怜央が振り回されてなければいいんだが……」
「大丈夫だって。私たちもデートしようよ」
「ああ……って、それ……」
よく見ると、鈴音の手にはジュースの他に白いバラの造花があった。
見覚えのあるそれは、例のブートニアだ。今朝、俺の下駄箱にも同じものが入っていた。
「なんで鈴音が持ってるんだ? うちの生徒にしか配られないはずだけど……」
「さっき、啓太のクラスの委員長さんと偶然会って、くれた。なんか持ってたらみんなにからかわれるからって言ってたけど」
先日の光景を思い出して納得した。怜央と交換して来いって言われるのが嫌で、鈴音に渡したんだろう。
「これ何に使うの? オシャレ?」
「いや、交換し合ったら一生一緒にいられるとかいう、ロマンティックな噂のあるやつらしい」
「へー……あ、だからからかわれるって言ってたんだ」
「まあな……」
委員長が怜央のこと大好き(恋愛的な意味ではなく)なのは、鈴音には言わない方がいいだろう。委員長の名誉のためにも。
「委員長さん、良い人だね。私、この間そっけない態度とっちゃったのに、明るく話しかけてくれたし」
「人と話すのが好きらしいからな。あのフットワークの軽さには関心するよ」
「お姉さんだったら毎日楽しそうだよね。お兄ちゃんにはああいう人と結婚してほしいな」
「……そう、だな」
なんて言ったらいいものか、難しい。
「生徒に配られるってことは、啓太も持ってるの?」
「ああ。ほら」
ポケットから取り出した俺のブートニアを見て、鈴音は呆れた顔になった。
「そんなとこ入れてるから、形崩れちゃってるじゃん。せっかく綺麗に作ってあるのに」
ブツブツ言いつつ、俺の手から取り上げたブートニアを整え直す鈴音。
しばらくして見栄えのいい形に戻ったそれを満足げに眺めてから、自分のポケットにしまった。
「鈴音もポケットに入れてるじゃないか」
「私のはゆったり目だから折れ曲がったりしないし」
「ふーん……ってか、それ俺のなんだが……」
まあ、持ってても仕方ないしいいけど……と思っていたら、鈴音が自分の分のブートニアを差し出して来た。
「ん」
「ん?」
「……私と一生一緒じゃ不服?」
「…………あっ、いや、全然!」
慌ててそれを受け取った。
俺は馬鹿か……ついさっき話したことをうっかり忘れてしまっていた。
「つけてあげる」
「……これ、胸につけてると目立たないか?」
「いいじゃん。それつけてたら女の子に声かけられなさそうだし」
つけてなくたって、俺なんかに声かける物好きな女子はいないと思うが……。
続く




