第27話【遊園地デート】
友達と遊んだり、宿題を必死に片付けている間に夏休みは終わってしまった。
休みに慣れていた体に鞭打って迎えた新学期から数日経った頃、俺たちのクラスでは文化祭に向けての準備が始まった。
「怜央のとこはお化け屋敷やるんだっけ……いいな」
「そう? 啓太のところの出し物も面白そうでいいじゃん」
「執事メイド喫茶だぞ……? 見てる分にはいいだろうけど、やる立場にはなりたくなかったぜ……」
「男女逆転なんだっけ?」
「ああ……俺たちは猛反対したんだけど女子に押し切られた……」
男装するのは楽しそうだけど、こっちはフリフリのスカートを穿かされるんだ……考えただけで憂鬱過ぎる。
しかも文化祭の日は鈴音と美咲が遊びに来るって言ってたし……本当に最悪だ。
「鈴音には見られたくない……」
「あ、そういえば今日は鈴音と一緒に帰る日なんだっけ。じゃ、またね」
「ああ、また」
俺と別れた後、怜央はすぐに他の生徒たちに囲まれていた。流石人気者だ。
文化祭の準備が本格的に始まれば、こうして金曜日に一緒に帰ることも出来なくなるかもしれない。
そのことについては既に鈴音には了承をもらってるけど……ただでさえ受験勉強で忙しくて会えてないっていうのに。週一の下校時間すらなくなってしまうなんて、割と辛い。
「なんて思ってるのは、俺だけかもしれねえけど……」
鈴音はしょっちゅう会えなくても平気そうなタイプだもんな、多分。
「文化祭の準備で忙しくなる前に、デートに行かない?」
と思っていたら、予想外の提案をされた帰り道。
俺は思わず呆けた顔になってしまった。
「いいのか? 勉強で忙しいんじゃ……?」
「たまには息抜きしないと逆に効率悪くなるから」
そんなものなのか……俺なんかは夏から勉強漬けだったから、息抜きなんて考える余裕もなかった。
「明日暇? 遊園地行きたい」
「いいな。じゃ、待ち合わせの時間とか決めよう」
遊園地なんて随分久しぶりなので楽しみだ。
しかし友達と一緒に遊ぶようなテンションで行けば、初デートの時みたいに失敗するのは目に見えている。
ちゃんと準備していかなければ……。
◆ ◆
というわけで当日を迎えたはいいが、よく考えれば一晩でロクな準備など出来るわけもなく。
出来ることといえば、人気なアトラクションを検索してみることくらいだった。
幸い晴天になり、気温も暑すぎず寒すぎずとまさにお出かけ日和な土曜日。
当たり前だが、遊園地は大勢の人で混み合っていた。
行列に並ぶこと数十分、入場した時点で少し疲れてしまった俺たちは、とりあえずゆっくり園内を回ることにした。
「園内もすごい人だな……」
「土曜日だし、良い天気だしね。でもこのまま歩いてたら、はぐれちゃいそう」
「気を付けないとな」
「……」
何か言いたげな顔で睨まれた。
気を付ける以外になんて言えばいいのかと思案していたら、突然右手が握られてギョッとした。
「これではぐれないね、って言ってほしかったんだけど」
「なるほど……でもこれ、手汗が……」
「私、手汗ひどい?」
「いやいやいや! 俺の!」
「そんな必死に否定しなくても分かってるよ、冗談。啓太だって別に汗かいてないよ」
からかわれてばかりで情けなくなってきたけど、隣を歩く鈴音が嬉しそうな顔をしていたので、まあいいかと気を持ち直した。
「何から乗る?」
「ジェットコースター……は、すごい大行列だから、あそことか」
指差した先には、なんともメルヘンなメリーゴーランド。
乗っているのはほとんど女性や子供で、男性たちはその光景を写真に撮ったり見ているだけだった。
「……俺は乗ってる鈴音を撮る係でいいか?」
「いいわけないでしょ。一人で乗るの恥ずかしいじゃん」
俺は二人で乗ったって恥ずかしいんだが……という抗議の声は無視され、引きずられるように連れて行かれた。
他の乗り物にも乗った後、喉が渇いたので売店でジュースを買うついでに軽食を食べることにした。
チュロスやホットドッグを乗せたトレイと共にイートインスペースに向かう途中、ふと通りを歩く大勢の人たちに目がいった。
その中に見知った顔を見つけ、一瞬ドキリとする。
「……佐藤」
怜央のクラスメイトである佐藤が、見知らぬ女子と楽しそうに歩いていた。
距離があったので、俺たちに気付くことはなくそのままどこかへと消えていく。
「知ってる人でもいた?」
「ああ、同じ学校の奴」
ここは学校からそこそこ近いし、知り合いがいたって何らおかしくない。
ただ、あの雰囲気や距離感は明らかに恋人同士っぽかったが……彼女だろうか。
「あそこ空いてるから座ろ」
「ああ。……それにしても、そんなに食べて昼飯食えるのか?」
「だから甘いものは別腹だって」
言いながら、早速チュロスを食べ始める鈴音。
これだけ食べてるのに全然太ってないどころか、むしろ痩せてるんだから不思議だよな……勉強の時にカロリーを使ってるんだろうか。
「あ、これ美味しい。食べてみて」
差し出されるチュロスを見て、つい固まってしまった。
お互いのものを食べさせ合うことなんて、昔からよくしていたし、初デートの時だってした。
だから今更なんてことはない――のだけど、不意にばあちゃんの家から帰った日の出来事を思い出してしまった。
「……なに? こっちガン見して……口元に何かついてる?」
「い、いや! 貰うよ、ありがとう!」
勢いに任せ、チュロスにかぶりついた。
鈴音は俺を見て不思議そうに首を傾げていたが、やがて気にせず食べるのを再開した。
……キスした後の方が間接キスに過敏になるなんて、変な話だ。
「ここ、昔はよく一緒に来たよね」
「家族でな。美咲が走り回って大変だった思い出ばかりだ」
「啓太も人のこと言えなかったと思うけど」
そう思うと、俺たち兄妹が鈴音と怜央を振り回してたんだな……。
「すまん……」
「別に謝ることじゃないのに。そういうのが楽しかったんだし、私もお兄ちゃんも」
迷惑がられてなかったようでよかった。
コーラを飲みながら安堵していると、鈴音がジッとこちらを見てきた。
「家族の思い出が強い場所だから、なんか啓太と二人で来てるのが変な感じ」
「変な感じっていうのは……」
「あ、悪い意味じゃないよ。なんだろ……気恥ずかしいというか、まぁ、そんな感じ」
鈴音は視線を逸らしながら、髪をくるくるといじっていた。
その姿を見て、不思議と自分の中にある照れの感情が薄まった気がした。
「俺は嬉しいよ。鈴音と二人で来られて」
「……あ、そう」
「やけに冷たいな」
「だって、顔がニヤけてる」
人の笑顔をニヤけてるとは失礼な……。
とはいえ、鈴音の照れた顔が見られて満足したので、コーラを一口飲んだ。
「……でもこの遊園地、恋人同士で来たら別れるってジンクスがあるんだって」
そして吹き出した。
「は……え、そ、そうなのか!?」
「うん。でも多分、恋人と結婚して幸せになる人より、いつか別れる人の方が割合が高いからそう言われてるんじゃないかな」
妙に現実的な予測だったが、確かにその通りかもしれない。
「変なこと言うからビビったぜ……」
「……ビビったんだ?」
「そりゃビビるだろ」
何せ、ここを提案したのは鈴音なわけで……てっきり別れたいから連れて来られたかと思ってしまった。
「よかった」
「……何がよかったんだよ?」
「言わない。代わりにポップコーンあげる」
それより言葉の意味を知りたかったんだが、ポップコーンを差し出されたので、大人しく口を開けた。
◆ ◆
その後、いくつかのアトラクションを巡り、昼食をとったりお土産を買ったりしている間に日が暮れてきた。
最後に何に乗りたいか尋ねると、鈴音は迷うことなく観覧車と答えた。
というわけで、観覧車に乗ったわけだが……
「なんで遊園地の最後って観覧車に乗りたくなるんだろうね」
「さ、さあ?」
楽しげな鈴音とは対照的に、俺は緊張していた。
だって、デートで観覧車って……漫画に出てくるような王道シチュエーションだ。
そんな中ですることといえば、やっぱり。
「……なに? すごい視線感じるんだけど」
「あ、いや……何でもない」
って、なに漫画を基準に考えてるんだ……。あれはフィクションであって、現実では観覧車に乗ったからってそういう雰囲気になるわけじゃない。
「キスしたいの?」
「え゙っ!!??」
「だって口元ばっか見てくるから……違うの?」
「ち、ちが……したいとかじゃなくて、する流れなのかなと思って……」
「ふーん……したいわけじゃないならしなくていいよ」
「う……」
なんかそう言われると、まるで俺がしたくないみたいな気が……。
したいわけではなく、したくないわけでもなく……自分でも何言ってるか分からなくなってきた。
「というか、観覧車でのキスって実際難しいよね。こうやって対面に座ってると、そこそこ距離あるし」
「まあ確かに……」
なんて夢のないことを……と思っていると、鈴音が突然立ち上がり、隣に座ってきた。
「この位置なら出来そうだけどね」
「そうだな」
返す言葉は、少し上擦っていたかもしれない。
……これはつまり、そういうことなんだろうか。
悩んだ末に、そろりと手を伸ばし、肩に触れてみた。
すると鈴音がこちらを向いたので、顔を少し近付けた。
「なに?」
「いや、なにって……」
「したいわけじゃないならしなくていいって言ったじゃん」
「――」
もしかして怒ってるのか、という心配は、鈴音の表情を見たら消えた。
彼女はからかうような視線でこちらを見上げ、俺の次の言葉を待っている。
「さっきニヤけてた仕返し」
「別にニヤけてはないんだが……、……したいならしていいってことか?」
「言葉にしてくれたらね」
これ、言わせたいだけなんじゃないか……。
「…………キスしたい、です」
「ふふ。うん、いいよ」
「俺からこれ言うのキモくないか……」
「私はトキめくけど」
俺は全然トキめかないんだが……むしろ鈴音から言われたい。
そう思っていたら、襟元を軽く掴まれた。
「しよ」
短い言葉と共に目を瞑る鈴音。
伏せられた長いまつ毛と、朱に染まる頬を見ながら顔を近付ける。
距離がゼロになった時、ちょうど観覧車が一番上に到達して、本当に漫画みたいだなとぼんやり思った。
◆ ◆
電車に揺られている内に、疲れが溜まっていたらしい鈴音は眠ってしまった。
「今日は目立った失敗はしなかった……はず」
鈴音も楽しそうだったし、初デートの時のような絶望感はない。
この調子で、いついかなる時も上手に振る舞えるようになりたい。
そしたら愛想を尽かされず、もっと長く一緒にいられるはずだから。
「んん……」
小さく唸り、もぞもぞと体を動かす鈴音。
やがて俺の肩に頭を傾け、再び規則のいい寝息を立て始めた。
「……可愛いな」
不意に出た言葉は、もちろん鈴音には聞こえていない。
そういや、こうして付き合うまでは、鈴音のことはむしろカッコいいと思っていた。
それがいつの間にか可愛いとしか思えなくなってるんだから、不思議なものだ。
「これも好きだからなのか……」
俺は鈴音が初恋というわけじゃない。むしろそこそこ多くの人を好きになった過去がある。
だというのに、その時の気持ちをあまり思い出せないくらいには、今に夢中になっていた。
続く




