第26話【初めての】
昨日の夜、美咲は鈴音と通話したらしい。
一方の俺はというと……メッセージを何通か送り合ったのみ。
いや、別にこれが普通なんだ。
今までは、こっちに来ている間に連絡を取り合ったことすらなかった。
そのことを寂しいと思ったこともない。だって家に帰ればすぐに会えるし。
「……寂しいとか言ったら、絶対キモがられるよな……」
昨夜は美咲相手だから素直に言えたけど、やっぱりそういうことを言うのは男らしくない気がする。
それに俺の方が年上……いや、年齢のことを持ち出して考えるのは、鈴音が嫌がるからやめておこう。
そもそも数日会えないだけで寂しいとか、やっぱりダサいのでは――
「啓太ー! 暇なら俺が遊んでやるぞー!」
「ぐえ……」
後ろから和樹にのしかかられ、その重さに呻き声が出た。
「こら、和樹……遊んでほしいなら素直に言わないとダメでしょ」
一緒に千香もやって来る。視線を向けると、その隣には美咲の姿もあった。
「啓太が寂しそうだったから俺が遊んであげるの!」
「ありがとう。和樹は優しいな」
「啓兄がそうやって甘やかすからつけあがっちゃうんだよ。去年、二人が帰った後に寂しくて大泣きしちゃったのは誰だっけ?」
「へ、変なこと言わないでよ姉ちゃん!」
寂しくて大泣きなんて、何とも微笑ましい話だ。
…………ん?
他人が寂しいと思う姿を微笑ましいと感じるなら、俺も寂しがっていいんじゃないか?
いや、小学生の和樹と比べるのは……でも俺だってまだ学生ではあるんだし……。
「それより早く遊ぼーぜ!」
和樹に手を引かれて無理やり立たされたことで、思考を中断した。
せっかく二人に会えたんだし、一緒にいる時まで考え事をするのは失礼だ。
というわけで、和樹の希望で近所の山に虫捕りに出かけることになった。
……暑いのが苦手な美咲は終始ものすごく嫌そうだった。
◆ ◆
そしてやって来た夜。
ばあちゃん家はすごく広くて、普段使ってない部屋が三部屋もあり、俺と美咲、両親で一部屋ずつ使わせてもらっている。
つまり寝る時は部屋に俺一人。電話しても誰にも見られる心配はない。
「よし!」
気合いを入れて、スマホを手に取る。
四コールほど鳴ったところで、相手が出たのが分かり、無意識に背筋が伸びた。
『……はい』
「あ……えっと、こんばんは」
しまった、言うことくらい決めてから電話すべきだった……なんだよ、こんばんはって。
『こんばんは。……ビックリした。美咲が携帯とって電話かけてきたのかと思った』
「流石のあいつもそんな変なことはしないだろ」
『だって啓太がかけてくるなんて思わなかったし。もしかして寂しかったの?』
「な――」
明らかにこちらをからかっているような声音だった。
しかしそれに過剰に反応してしまうのも悔しい気がして、出かかった否定の言葉をひっこめた。
「ああ、寂しかったよ」
『……』
「…………何か言ってくれ」
『あ、ごめん……えと……あ、ありがとう?』
何故疑問系……しかも何故お礼なんだろうか。
『……私も寂しかったよ』
「――」
ぽつりとこぼされた言葉に、俺も何も言えなかった。
『そっちだって黙ってるじゃん』
「すまん……これ、言われると反応に困るな」
『でしょ。……美咲が、そっちはめちゃくちゃ暑いって言ってたけど大丈夫?』
「ああ。毎日蒸し暑くてダルいけど、その代わり、スイカとか食べた時はめっちゃ美味い」
何か大きな出来事があったわけでもないし、鈴音の方も宿題が多くて大変とか、今見てる動画の話とか、お互い他愛もない会話しかない。
それなのにやたら楽しくて、延々と話してしまう。
たまに会話が途切れても、どちらからともなく別の話題を始める。
そんなことを続けて、気が付いたらもうすぐ日付が変わりそうな時刻になっていた。
「あ、そろそろ寝た方がいいよな……悪い、つい長々と付き合わせて」
『ううん。……あのさ、そっちで寝る時は一人なの?』
「ああ、一人の部屋を貸してもらってる……それがどうかしたのか?」
『えっと……寝るまで通話繋げててもいい? 話とかは別にしなくてもいいから』
鈴音にしては珍しい提案だなと思っていると、付け加えるように続けられた。
『今日テレビでやってた映画がめっちゃ怖かったの……。こんな日に限ってお母さんは残業で帰って来れないらしいから、一人で寝なきゃいけなくて……ほんと最悪』
帰って来てたとしたら、一緒に寝るんだろうか……想像したら、なんとも微笑ましかった。
「じゃあ、適当に過去の話でもしようぜ」
『啓太が顔面から転んで泣いた話とか』
「なんでよりによってそんなダサいエピソードを持ち出すんだよ……」
『……あ、じゃぁこの間押し入れ掃除してる時に見つけた作文の話。小学校の頃に書いた、将来の夢のやつ』
「あー……あったな」
低学年くらいの頃だったな。あの頃は職業とか全然知らなくて、戦隊ヒーローって書いてみんなに馬鹿にされたっけ。
「鈴音は漫画家だっけ」
『そう。私、そんなに絵が上手いわけでもなかったから、男子に笑われまくった』
そんなことが……と思ったけど、多分その男子たちは鈴音のことがちょっと好きだったのかもしれない。好きな子に意地悪してしまうのは、幼い男の悪癖だ。
『でも啓太はカッコいいって言ってくれたよね』
「実際漫画家ってカッコいいしな。それになんか鈴音ならなれそうだと思ってた」
『買いかぶり過ぎ。……でも実は、今の夢は編集者なんだ』
「え、そうなのか? 初耳だ……」
『自分で何かを作り出すことは諦めちゃったけど……やっぱり本が好きだから、それに関わる仕事がしたいなって』
まだ中学生なのに、俺より真面目に将来のことを考えていてすごいと思った。
『でも編集者って競争率も高いし、学歴も高い方がいいらしいし、色々大変そうなんだよね』
「鈴音なら大丈夫だって。成績も良いんだし」
『ありがとう。……この夢、初めて人に話したかも。なんかまた笑われそうで、恐くて言えなかったんだ』
「今の鈴音に対して笑う奴なんていないよ」
『……啓太ってほんと、人が良いね』
その後、適当な話をしている内に、だんだん鈴音の返答が遅くなり、話し方もゆっくりになっていくのが分かった。
怖がっていたけど、眠気が勝っているらしい。
『もうすぐこっちに帰って来るんだよね』
「ああ、お土産買って帰るから楽しみにしててくれ」
『うん……でも、会えるのが一番、嬉しいから……待ってる』
小さな声でそう言った後、少しの間があって、規則の良い寝息が聞こえてきた。
……多分今の言葉、起きたら覚えてないやつなんだろうな。
でも俺は忘れないから、それでいいか。
「おやすみ」
届いていないだろうけどそう言って、通話を切った。
◆ ◆
ばあちゃんの家から帰った日、夕方にも関わらず、美咲は鈴音たちの家にお土産を渡しがてら遊びに行った。
あいつの体力無尽蔵っぷりは羨ましい。俺たちなんて長距離移動でヘトヘトだ。
「とはいえ、俺も一緒に行けばよかったかな……」
俺が選んだお土産も持って行かれてしまったし……直接渡したかったのに、美咲の奴め。
なんて逆恨みしたところで、疲れ切った体を動かして隣の家まで文句を言いに行く気にはなれず。
気が付いたら、自分の部屋のベッドの上で眠ってしまっていた。
起きた時には夕飯の時間だった。
とっくに帰って来ていたらしい美咲に叩き起こされ、帰る途中で買った夕食を家族で囲む。
食後、ばあちゃんたちの家から届いたブドウでも食べようかと思っていたら、スマホが振動した。
「……あ」
見ると、鈴音からのメッセージだった。
【今、外に来れる?】
行ける、と返しつつ玄関に向かうと、靴を履いたところで再びスマホが鳴った。
それを見ながら扉を開けると同時「あ」と声が聞こえてきた。
「早かったね」
先に外で待っていたらしい鈴音が、ヒラヒラと手を振った。
「ちょうど廊下に出たところだったから」
「お土産ありがとう。あの羊羹、啓太のチョイスでしょ」
「なんで分かるんだ……」
「そりゃ他のは全部クッキーとかマカロンとかなのに、一つだけ渋かったから」
和菓子って渋い判定なのか……もっと別のものの方が良かっただろうか。
「美味しかったよ」
「え、もう食べたのか?」
「うん。だって黒糖味のやつ、私のために選んでくれたんでしょ?」
「……よく分かったな」
黒糖の味が好きだと言っていたのを思い出して選んだんだが、あまりに露骨だっただろうか。
「間違ってなくてよかった。自意識過剰だったら恥ずかしいし」
「大当たりだから安心してくれ」
「うん。ありがとう、嬉しかったよ」
微笑みかけられ、照れ臭くなって視線を逸らした。
「旅行、楽しかった?」
「ああ。そっちはどこか行ってたのか?」
「ひたすら勉強。受験生として立派でしょ」
「感心するよ……」
美咲にも見習ってほしいものだ。
「今日は夕方勉強出来なかった分、夜しようと思ってたんだけど」
ということは、あまり長話したらダメか。
そう思っていたら、鈴音の手がこちらに伸びてきて、遠慮がちに俺の服の裾を掴んだ。
「会いたい気持ちの方が強かったから」
「…………」
「……寒いこと言ったんだから、黙らないでよ」
寒いこと……だったんだろうか、今のは。
会いたいと思ってくれて、実際わざわざ外で待っててくれるなんて、すごく嬉しいんだが。
「あ、なんかよく見たらちょっと焼けてるね。日焼け止めとか塗らずに遊びに行ったんでしょ」
いつもより少し早口で話題を変えた鈴音は、多分照れてるんだと思う。
ぺたぺたと俺の腕を触ってくる手を掴むと、不思議そうな顔で見上げられた。
「……なに?」
「俺も会いたかった」
自分でも驚くくらいアッサリと恥ずかしい言葉が出てきた。
鈴音は目を丸くした後、小さく笑って、でも少しだけ照れたみたいに目を逸らす。
その仕草に胸が締め付けられたような感覚になって、気が付けば口から言葉がこぼれていた。
「可愛い」
「…………一生言ってくれないのかと思ってた」
「流石にそんなわけないだろ……」
「普通なら付き合った初日に言うものだと思うけど」
「いや、だって……色々勇気がいるというか」
「そんなに重い言葉なの?」
そりゃ子供にならともかく、近しい年頃の女子に対して”可愛い”なんて、なかなか言えるものじゃない。
……でもこれは、単に俺がヘタレだからかもしれない。
「根性なしでごめん」
「別に。むしろ、だからこそ今のは本音だって分かって嬉しいよ」
「……確かに、お世辞でこんなことは言えないな」
ふと、手を掴んだままだったことを思い出し、放そうとして鈴音の方を見ると、彼女は視線を彷徨わせた後に目を閉じた。心なしか顔を上向きにして。
経験はないけど、その意図を汲み取れないほどにはニブくないので、俺の体は無意識に強張った。
「……」
ドキドキという音がうるさいけど、鈴音には聞こえていないだろうか。
若干手が震えてるけど気付かなれてないだろうか。
そんなダサい心配で頭がいっぱいだったせいで、一瞬触れ合った感触とかそういうことを考えている暇はなかった。
「ん……」
「――」
しかし離れた瞬間に彼女の口から漏れ出た吐息のような声はやけにハッキリと聞こえてきて、体が完全に硬直する。
「……私、初めてした」
「お、俺だって初めてだけど……」
「そうなんだ」
「そりゃな……」
ヤバい、何を言ったらいいかさっぱり分からない……!
気の利いた会話……気の利いた会話……と頭をフル回転させていると、少し離れた家に車が停まり、若い人たちが降りてきた。
見るからに酔っぱらっている感じの集団を見て、ふと我に返る。
「今日はもう遅いし、そろそろ帰った方がいいな」
「……それもそうだね。じゃぁ、また明日」
「ああ」
鈴音が自分の家の玄関まで歩いて行くのを見送っていると、彼女は何かを思い出したように小さく声をあげ、こちらに顔を向けた。
「次のデート、楽しみにしてるね」
笑顔でそんなことを言われて、不意打ちを食らった俺は、情けなくも「が、頑張る」としか返せなかった。
続く




