幕間【美咲から見た光景】
あんなに可愛い鈴音が選んだのが、あのお兄ちゃんっていうのは大いに不満なんだけど……まぁ鈴音が幸せならいいや。
――そう思っていたあたしなんですが。
「は!? まだ一回しかデートしたことないの!?」
「待ち合わせるやつはね。一緒に下校したり、家で会ったりはしてるよ」
「家で会うって、あたしの部屋に遊びに来たついででしょ? そんなの会ってる内に含まないって!」
そう? と、首を傾げる鈴音。
信じらんない!
あたしの彼氏がそんなだったら、速攻お別れ案件だよ。彼氏いたことないけど!
「でも私たちが受験だし、こっちの都合に合わせてもらってる感じだから」
「受験って言ったって、鈴音の成績なら割と余裕寄りでしょ?」
ちなみにあたしは頑張って勉強しないと普通にヤバい。
「大体隣同士なんだし、夜だって会えるわけじゃん。なのに会いに来ないのは怠慢だよ」
「多分啓太は、中学生にあまり夜遅くに出てきてもらうわけにはいかない……とか言いそう」
確かにうちの真面目馬鹿お兄ちゃんなら言いそう……ちょっと外に出るくらい、なんてことないのに。
「心配かけてごめんね。でも大丈夫だから」
言いながら頭をポンポンされたあたしは、不服ながらもそれ以上口出しすることは出来なかった。
◆ ◆
おばあちゃん家に帰って従姉弟と遊んで過ごすのが、昔から続いてる長期休暇の過ごし方。
「咲姉、啓兄、久しぶり」
「わー、千香久しぶりー!」
今年中学生になった千香と会うのは、去年の冬休み以来。
なんだけど……会った瞬間、ちょっと違和感があった。
服は最近流行ってるやつだし、髪は綺麗に整えてあるし、色付きリップまでつけてる。
去年までは、オシャレに興味ないとまでは言わないけど、地味目な感じだったのに。
あれかな? 中学に入って、そういうのが好みな友達でも出来たのかな。
「でも確かに千香は大人っぽくなったな」
そう思ってたら、流石のお兄ちゃんでも千香の感じがいつもと違うことに気がついたらしくて、そう褒めていた。
なんかその姿を見て、ちょっとイラッとした。
まぁ鈴音が見てたとしても気にしない範囲なんだろうけど、あたしはイラッとした。
だからつい言ってしまった。
お兄ちゃんに彼女がいるってこと。
別にそこに深い意味があったわけじゃなくて、ただ単にお兄ちゃんに対する意地悪だったわけなんだけど。
「……さっきのあの反応」
廊下を歩きながら、先ほど走り去って行った千香の姿を思い出す。
あれは明らかに、お兄ちゃんに彼女が出来たと知ってショックを受けている感じだった。
「でもショックって……んん……」
どうしてお兄ちゃんに彼女がいて千香がショックを受けるんだろ?
――なんてことが分からないほど馬鹿じゃない。
まぁ、あれだよね。普通に考えたら……好きなんだろうなぁ、お兄ちゃんのこと。
人の趣味はそれぞれだけど……なんで鈴音も千香もお兄ちゃんなの!?
怜央君の方がどう考えたってカッコいいのに!
あ、でも千香は怜央君と会ったことないし、鈴音は妹だった。
「いだっ!?」
考え事して歩いてたら、誰かとぶつかった。
「あ、ごめん、前見てなかった……って、千香……ごめんね、大丈夫?」
「ううん、私もボーッとしちゃってたから。……それと、さっきはごめん。変な感じで飛び出して行っちゃって」
「や、それは全然!」
ブンブンと首を振ると、千香は安心したように微笑んだ後、顔を俯かせた。
「……えっと、気付いちゃったよね?」
「あー……うん。好きなんだよね」
「……うん」
頬を染めて頷く千香はすごく可愛いけど、相手があの兄かと思うと、複雑でしかない。
「でも全然気付かなかったなぁ……いつから?」
「子供の頃から」
今も子供じゃん――っていうのは、なんか言えない雰囲気だった。
「そっか……、ごめんね。デリカシーないこと言っちゃって」
「ううん。咲姉は知らなかったんだし……それに啓兄なら、近い内にそういう人が出来るだろうなって思ってたから」
「う……うん」
でもあいつ、鈴音以外にはモテてなかったよ。
そう言おうとしたけど、流石に自重した。あたしも空気くらいは読める。
「啓兄の彼女さん、良い人?」
「めっちゃ!」
と、つい元気よく頷いちゃったけど、これはこれでどうなんだろ……いやでも、嘘言うわけにもいかないし。
「そうなんだ……よかった。啓兄が幸せならそれが一番だもん」
天使みたいなことを言う千香に、思わず関心しちゃった。
あたしには出来ないなぁこの発想……。
好きな人が別の人と付き合ったら、ちょっと呪っちゃうかも。好きな人出来たことないけど。
「今日の夕飯のおかず、全部千香にあげる!」
「え、いいよ。おばあちゃん、咲姉たちに食べてもらうの楽しみにしてるんだから。一緒に食べよ」
「う~……良い子過ぎる!」
「ひゃっ……もう、子供じゃないんだからいきなり抱きしめるのやめてー」
あんなに可愛い鈴音と付き合って、こんなに可愛い千香に想いを寄せられて、本当に腹の立つ兄だ。
今度会ったら一発ぶん殴ってやろう。
そう思いながら、バタバタ暴れてる千香をギューッと抱きしめた。
◆ ◆
「……ってか鈴音さー、あたしに毎日電話してない?」
『美咲が寂しいかと思って』
あたしは子供か何か?
寂しいのは多分鈴音の方だと思うんだけど、言わないでおいてあげる。
「あたしじゃなくてお兄ちゃんにかければいいじゃん」
『それは……迷惑でしょ。おばあちゃんの家を漫喫してる時に』
「ならなんであたしにはかけてくるの……嬉しいからいいけど。ただ、お兄ちゃんが鈴音からの電話を迷惑がるとか絶対ないと思うよ」
『……そうかな』
「そうだってー」
ほんと、なんでこんなマイナス思考なんだろ。
はたから見れば、鈴音はお兄ちゃんには勿体ないって感じなのに。
『んー……じゃぁ、気が向いたらかけてみる』
この言い方は絶対かけないやつだ……。
呆れたけど、二人の問題に深く介入するのも野暮な気がして、何も言わなかった。
「というかさ、お兄ちゃんのどこが好きなの?」
『じゃぁ、そろそろ切るね』
「聞こえないフリしないでよ」
『実の兄の魅力なんて聞きたい? 私は聞きたくない』
「あたしだって嫌だけど、鈴音と恋バナしたいなーって思って」
『……、……見た目だけで人を判断しないところ』
めっちゃくちゃ小声で言うもんだから、うっかり聞き損ねるところだった。
そういえば鈴音って”可愛い”とか”アイドルみたい”とか言われるの嫌いっぽいもんなぁ……男子とかに言われたら、無表情になっちゃうし。
まぁあんな見た目してるから、それだけで声かけてくる人も多くて、嫌になってるんだろうけど。
ちなみにあたしは前に「美咲に言われるのは気にならないよ」って言われたから、気にせず言いまくってる。
「あたしはむしろガンガン可愛いって言われたら嬉しいけどね」
でも人の感性はそれぞれだしなーと思ってたら、
『……それもちょっと分かる』
そんなことを言われてビビった。
「えっ!? 分かるの!?」
『ちょっとだけどね……誰に言われても嬉しいってわけじゃないから』
「ほえー……」
つまり……お兄ちゃんになら言われても嬉しいってことだよね。
男子に可愛いって言われる度に感情を失ってた鈴音が……。
人って変わるもんなんだなー、なんて感心したと同時、それが実の兄がもたらした変化なのかと思うと、ちょっとムカつく。
◆ ◆
しばらく話した後、もう寝る時間だからと通話を切って、寝る前にトイレに行こうと廊下に出た。
「……あ」
するとたまたまお兄ちゃんも廊下に出てきたところで、鉢合わせてしまった。
「よ、よお」
なにこの反応……お兄ちゃんってなんであたしに対してこんなキョドるんだろ。
「美咲も飲み物か?」
「んー、うん」
本当は違うけど、まぁ本当のこと言ったって気まずいだけだし。
頷いたからには、何となくの流れで一緒に一階まで行くことになった。
「さっきまで鈴音と電話してたんだ」
「そうなのか。元気そうだったか?」
「まぁね。にしてもさ、おばあちゃんたちに会うのは楽しいけど、鈴音や怜央君たちに会えないのって不思議な感じだよね」
「ああ、ちょっと寂しいな」
急に素直な感想が出てきたことにビックリした。
お互い寂しがってるのに電話しないの、ホント謎なんだけど……。案外恋人同士ってそんなものなのかな。
”鈴音も寂しがってるみたいだから電話してみたら?”
そう提案しようとしたけど、やめた。
あたしに言われて電話したとしても、鈴音は喜ばないかなーって思ったから。
「おわっ!? ビビった……今、なんか音鳴らなかったか?」
「……ダサ。冷蔵庫の製氷機の音でしょ」
やっぱりこんなお兄ちゃんのどこがいいのか、さっぱり分からないなぁ……。
続く




