第24話【祖父母の家】
「えっ!? お前、夏休み彼女と全然会ってねえの!?」
Melty☆Milkのライブ帰り、ファミレスで食事をしながら何となくそんな話をしたら、吉田は目をひん剥いて驚いた。
「会ってはいる。妹と家で勉強してるから、その休憩中とかに」
「そんなのは会った内に含まない!」
何故だ……ちゃんと話だってしてるのに。
「というか、柊も妹いるんだな。可愛い?」
「家族の評価なんてしたくねえ」
「ちぇー……それにしても案外ドライなんだな。あんなに彼女ほしがってたのに」
「彼女が欲しかったというか、好きな人に好きと伝えないと気が済まなかったって感じだが」
その結果、惨敗し続けたわけだ。
「俺なら毎日何かしらの理由をつけて会いに行くぜ。で、ハグとかチューとかしまくる」
「っ、……ごほっ……」
「なに咽てんだよ。彼女持ちの柊君は、もうとっくにそんなの済ませてんだろ?」
喉につっかえかけた鶏肉を水で流し込みながら、ふと海での出来事を思い出す。
確かにハグはした。手も繋いだ。
でも……キスなんて、そんな大層なこと、付き合って一年も経っていない内から出来るわけがない。
……いや、まあ、しかけたことはあるけど。
「……まさかお前、まだチューしたことないのか?」
「悪いかよ……そんな簡単にしていいものじゃないだろ」
「マジかお前……よく我慢出来んな……信じられねえわ、色々」
別に我慢とかあまり考えたことはいけど……少し会って話すだけで十分楽しいし、満たされてる。
海の時に言われたことは嬉しかったけど、多分鈴音の言う「触りたい」というのは、手を繋いだり抱きしめたりってことで。キスとかそういうことは想定してなさそうだし。
もちろん俺はそういう欲望がゼロというわけではないが……相手が求めていないことを強制するのは嫌だ。
「愛想尽かされても知らねえぞ」
「えっ!? い、今の会話のどこに愛想を尽かされる要素があったんだ?」
「そりゃ全く会ってないことと、チューもロクに出来ねえことだろ」
「だから会ってるって! それに……キスとか、そういうことで愛想を尽かすようなタイプではない……と、思う」
「ふーん」
吉田は最後の一口となったハンバーグを食べながら、俺の方をジッと見てきた。
「相手がどうこうとかは置いとくとしてもさ、お前自身は寂しくねえの?」
「寂しい?」
「何で疑問形なんだよ……夏休み中、ロクに会えなかったら普通寂しいだろ」
鈴音はともかく、男の俺がこれくらいで寂しがるのもな……。
そもそも家が隣同士の関係上、外でバッタリ鉢合わせたりするし、高確率で美咲の部屋にいるし。
首を傾げる俺を見て、吉田は深い溜め息をついた。
「なんとも思ってないならいいけどさ……寂しいって思ったら素直に言った方が、彼女も喜ぶと思うぜ」
「俺なんかが言ってもキモいだけだろ」
「なんでそんな自己評価低いのかね……ま、いいや。そんなことよりライブの話だ!」
「ああ、最高だったな!」
俺たちの間に恋バナなんて似合わない。
残りの食事を片付けつつ、ライブのセトリやパフォーマンスについて、心ゆくまで語り合った。
◆ ◆
長期休暇にばあちゃん家へ遊びに行くのは、小さい頃からの定番だ。
父さんと母さんは地元が同じなので、父方祖父母の家に三日、母方祖父母の家に三日という配分でお泊まりをする。
「またすぐ会いに来るからね」
父方祖父母の家を後にする際、そんなことを言っている美咲を横目に見てから、空を見上げた。
俺たちが住んでいる場所よりもやや田舎なここは、周囲に緑が多い。というか、ほぼ緑しかない。
だからなんだろうか。時間がゆったりと流れてる気がして、まだ来て数日だというのに、それ以上に時間が経った感覚になる。
「啓太も元気でね」
ばあちゃんにそう声をかけられ、俺は空から視線を戻し、頷いた。
母方祖父母の家には、伯父さん家族が一緒に住んでいる。
のんびりとした三日間を過ごした後は、
「とりゃーっ! 大人しく降参しろ!」
「ふふ、これしきのことで俺を倒せたと思うなよ!」
甥っ子の戦隊ごっこに付き合わされるのが恒例。
今年六歳になる甥――和樹は、いつ会っても元気そうで何よりだ。
俺は和樹のパンチを喰らい、正直それほど痛くはなかったが、負けたフリをした。
「ふははは、悪は滅びた!」
「もう……和樹、あんまり啓兄を困らせちゃダメだよ!」
その声に、和樹は「うげ」と言って、逃げて行く。
代わりに近付いて来たのは、和樹の姉である千香だった。
「啓兄、大丈夫? ごめんね、あの子手加減知らなくて……」
「いや、全然平気だよ。それより美咲は?」
「友達から電話が来たらしくて、廊下で話してる」
電話か……そういえば鈴音とはよくメッセージのやりとりはするけど、電話はあまりしてないな。
「咲姉、ちょっと会ってない内にすごく綺麗になってて、ビックリしちゃった」
「美咲が綺麗……?」
「うん、いつもオシャレだし」
オシャレなのは否定しないが、妹を綺麗と表現されて素直に認めるのは少し抵抗があった。
「……都会にはもっと可愛い人とか、いっぱいいるの?」
「また難しい質問だな……」
千香は今年中学生になったから、そういうことに興味が出てきたのだろうか。
「俺は綺麗とか可愛いとかよく分からん」
「えー……じゃぁ啓兄はどんな人に魅力を感じるの?」
「魅力って……」
なんだこの話……従妹とこういう話をするのは、ちょっと嫌だな。
「笑顔が良い人、とか」
「それ、可愛いとは違うの?」
「どうなんだろうな……というか、この話はやめよう。むず痒くなってくる」
「じゃぁおばあちゃんがスイカ切ってくれてるから、一緒に食べに行こ」
「お、いいな!」
今日は暑いから、特に美味しく頂けそうだ。
ばあちゃんのいる場所に向かっている途中、隣を歩く千香が質問してきた。
「高校ってどんな感じ?」
「中学とあまり変わらないな。そっちこそ、念願の中学校生活はどうだ?」
「周りがほぼ同じ小学校の子だから、私服が制服になっただけって感じ。私も早く高校生になりたいなぁ……」
中学生になったばかりだというのに、随分気が早い。
千香は子供の頃からずっと「早く大人になりたい」と言い続けている。
気持ちは分からなくもないが、学生時代は今しかないんだからそれを楽しまないと損だ――なんて、年寄りみたいなことを思った。
居間に行くと、電話を終えたらしい美咲と、先ほど逃げ出した和樹が並んでスイカを食べていた。
ばあちゃんは台所で洗い物をしているらしく、二人しかいない。
「あ、千香ー、スイカ美味しいよ。ほら、そこ座って座って」
俺をガン無視した美咲に促され、千香が二人の前に腰を下ろす。俺もその隣に座って、スイカを手に取り、一口。
よく冷えたスイカは甘くてとても美味しい。
「というかさ、今日なんか髪とか服とかめっちゃ可愛いね」
「え、そ、そうかな……普通だよ」
美咲に指摘された千香は、何故かちょっと咽そうになりながら、そう返した。
それを見て和樹が立ち上がる。
「姉ちゃんね、美咲ちゃんたちが来るって聞いて新しい服買ったり髪切りに行ったりしてたんだぜ!」
「な、なに言ってるの! 別に二人が来るからとかじゃないってば!」
「そんなマジ焦りしなくても分かってるってー。今更あたしたち相手にオシャレする意味なんてないし」
スイカを食べつつ、俺も頷いておいた。
「でも確かに千香は大人っぽくなったな」
「えっ!?」
バッと、音が出るような勢いでこちらを見られて、ちょっとビックリした。
何か気に障っただろうかと心配したが、千香の表情はそういう感じじゃなく、むしろ喜んでいるように見えた。
「ありがとう……」
「ああ」
別にお礼を言われることではないけど。
何故かスイカをやたら丁寧に食べている千香から視線を逸らすと、美咲と目があった。
「鈴音に言っちゃおっかな」
「何をだよ……別に変なこと言ってないだろ」
「鈴音って誰ー?」
和樹の問いかけに、そういえば二人に鈴音たちの話をしたことがなかったことを思い出した。
幼馴染だ、と言おうとした俺よりも先に、美咲が口を開いた。
「お兄ちゃんの彼女」
「!?!?」
ダンッと机を叩いて立ち上がったのは千香だった。
俺たちは揃ってその行動に驚き、三人の視線が一斉に千香に突き刺さる。
「え……啓兄、彼女出来たの……?」
「あ、ああ、まあ」
「そ、そそそっかぁ……へー、へー……やっぱり都会の高校生は進んでるんダネェ……」
何故か動揺した様子でそう言いながら座り直し、スイカを食べ始める千香。
先ほどとは違い、すごいスピードであっという間に食べ切ってしまった。
「ご、御馳走様! 私、おばあちゃんのお手伝いしてくる!」
誰の返事も待たず、皿を持って走り去って行った。
なんだ、今の明らかに挙動不審な態度は……俺に彼女が出来たことがそんなに衝撃的だったんだろうか。
「というか、勝手にバラすなよ」
「……これからは気を付ける」
美咲にしては素直な返事だった。
見ると、千香が立ち去った方向を眺めながら、なんだか難しい顔をしている。
何か考え事をしているみたいだが、一体何を考えているのやら、さっぱりだ。
さっきの千香といい、美咲といい、女子ってのは本当に分からない。
「スイカうめー!」
一連の流れなんて気にもせず、ただスイカを楽しんでいる和樹を少し羨ましく感じた。
続く




